2010年06月01日

ど素人南イタリア旅行記(その1)

※2007年の旅行の話なので、情報としては古くなっている部分があります。
 ご注意&お許しを。

1、結婚2年半後の新婚旅行
 
 結納も結婚式も披露宴もしなかったし、婚約指輪も結婚指輪ももらわなかったが、新婚旅行にだけは行きたいなぁ、と考えていた。時間とお金と手間がかかるため、こういう特別なきっかけでもないとなかなか出来ない、海外旅行に。

 そんな風に思ってはいたものの、結婚した当初は引っ越しの片付けと新生活になじむのに手いっぱいで、旅行の計画どころではなかった。本来新婚旅行に当てるべき結婚休暇も、仕事の忙しさにかまけているうちに期限が過ぎて消滅してしまったし(たいそう腹が立った)

 結局、旅行の相談を始めたのは、結婚して1年以上過ぎた後だった。

「どこ行こうか。南フランスに行ってゴッホの描いた風景を見ようか? アメリカのロスアラモスに行って核兵器について調べようか? タイに行ってグリーンカレーを食べようか? 台湾に行って烏龍茶を飲もうか?」
「う〜ん」

 そう、相談と言っても、出不精のDちゃん(旦那が結婚前から使っているハンドルネーム。ダンナやダーリンの頭文字ではない)は旅行に対して全く乗り気じゃなかった。私のわがままに仕方なく付き合っている感じ。その態度に怒った私がゴネたりグズったり暴れたりしていると、ようやくこんな返事が返って来た。

「……イタリアなら良いかなぁ。食べ物美味しいし」
「よし! イタリアに行ってポルチーニ茸を食べよう!」
「言葉も覚えなきゃいけないし、5年後くらいにね」
「ええーっ!」

 まずい。このまま放置したら、絶対に旅行は実現しない。
「動かざること、岩山のごとし」
 のDちゃんの腰を上げさせるには、千本ノックのようなしつこい説得が必要なのだ。3年の長きに渡り丹頂鶴を思わせる激しい求愛を続け、友人から恋人になり、さらに数年かけて結婚を決心させた私には、よく分かる。根気と努力の日々からようやく卒業出来たと思ったのに、次は旅行かい!

「結婚式もしなかったじゃん」
「やりたくなかったんでしょ?」

 静かにうなずくより他ない。費用もかかるし、何より、
「ウェディングドレスを着て祝福される」
 というのが照れ屋の私には耐えがたく、
「どうしてもやるなら花嫁欠席で」
 なんて真剣に言っていたのだ。

「結婚指輪ももらってない」
「欲しくなかったんでしょ?」

 首肯。
 指輪をする習慣がないので使わない。
 使わない物を買うのはもったいない。
 守銭奴のり子。

「でも、新婚旅行は行きたいの!」
「結婚前にそんな事言ってたっけ?」
「結婚前は結婚するのに夢中だったから」
「この家の暮らしに慣れて、もうそろそろ別の場所で気分転換したいの? 家事も休めるし」
「それもあるけど」

 私は鼻息荒く言う。

「外の世界が見たいじゃない」

 今でこそ日本と日本文化に深々と根を下ろし、大した遠出もせず、
「東京23区とその周辺」
 いや、さらに言うと、
「Dちゃんを中心とした半径5メートル以内」
 だけを自分の世界にしている私ではあるが、10代の頃には、
「遠い外の世界」
 に強い憧れを持っていた。

 外国人と自由に意志疎通する自分を夢見、
「トイレ掃除の間は日本語禁止ね。English only!」
 などと無茶苦茶な提案をして級友たちを困惑させた中学時代(思えばみんな優しい子たちだった。怒らず付き合ってくれて。英単語が出ず、全員押し黙ったままになる事も多かったけど)英会話の力を付けるために、ラジオの英語講座を聴いたり、英語の面接がある英検3級を受験したりもした。

 そんな私が高校入学直後、校内でオーストラリアへのショートホームステイの募集があるのを知り、飛びつかない訳がなかった。討論形式の選考を度胸と負けん気だけで乗り切って、初めての海外へ。そのたった2週間の経験は、私の人生の方向を確実に変えた。母国語でない言葉で人と交流する喜びを知ったのも、もちろん大きい。しかし最も重大な変化は、「日本」及び「日本文化」を意識するようになった事だ。

 私たちは訪問先の高校で披露するために、各自「日本的な出し物」を用意するよう言われていた。習字、生け花、茶道に日舞。和風の習い事をしていなかった子は、浴衣を着て演歌を歌った。私はというと、スーツケースよりかさばる和太鼓をわざわざ持参して、ドドドンと打ち鳴らした。

「あなたの太鼓がいっっちばん素敵だったわよ!」

 帰りの車の中で、ホームステイ先のお姉さんは興奮しながら、誇らしげに言ってくれた。あなたを泊めて良かったわ、という気持ちが伝わって来て、本当に嬉しかった。

 複雑な気分になったのは、
「俺、日本語話せるぞ!」
 と意味深長な笑みを浮かべた後、
「TOYOTA!!」
 と叫んだお兄さんとの出会い。確かにオーストラリアでは、
「日本以上じゃない?」
 と思うほど、トヨタ車が多く走っていた。他にも沢山の日本企業が進出していて、高校生の私は不思議と、
「ジャパン・アズ・ナンバーワン!」
 なんて鼻高々にはなれなかった。心に満ちたのは、申し訳ないような、いたたまれないような、奇妙な感情。あれは一体何だったのだろう。はっきりした答えは、今も出ていない。

 この体験以外はひたすら楽しいものばかりだった。
 けっこうな量の米を作っているにもかかわらず(輸出量は世界有数らしい)、スープにパラパラ入れるくらいしか米の使い道を知らないオーストラリア人に業を煮やした友人は、鍋でふっくらご飯を炊いてみせた。

「な、なんて美味しいんだ!! 米というのはこういう食べ物だったのか!」

 彼女のホームステイ先の家族は、大感激してワシワシご飯をかっこんだそうだ。その頃料理が全く出来ず、炊飯器での米の炊き方すら知らなかった私は、この話を羨ましく聞いた。

 作るのは無理でも、食べるだけなら私にも出来る。ホームステイ先の家族と中華料理店に行った際、
「箸が使える」
 というだけで英雄扱いされたのだ。ふだんはナイフとフォークを優雅に使いこなす彼らの、箸との格闘。立場の逆転が面白かった。

 折り紙で鶴を折った時にも、
「器用だねえ」
 としみじみ感心された。物心が付くか付かぬかのうちに覚えた、技術というより習慣のようなものなのに。

 そんな数え切れない「日本人自覚体験」を胸に帰国した私は、決意した。
「外国に行きたければ、まず母国である日本についてもっと知らなくてはいけない」
 旅行者の気分で日本を眺めてみると、物珍しいものがいっぱいあるのにも気付いた。能、狂言、歌舞伎、落語、講談、浮世絵、マンガ、アニメ、みそ、しょうゆ…… そして英語の勉強そっちのけで日本文化に浸る20代へと突入する。

 狂言を題材に論文も書いた。長唄三味線も始めた。マンガもよく読む(まあこれは昔からだが)のりが作るみそ汁やお吸い物は美味しいと、Dちゃんに誉めてもらえるようにもなった。だから、
「もうそろそろ、外に出ても良いと思うの!」

 うーむ、長ったらしい理由付けであった。
 イタリアの話なのを忘れそうになったよ。

 Dちゃんは私の熱さなどお構いなしで、ふんふんと聞き流している。私の情熱にいちいち付き合っていたら、身が持たないと分かっているのだ。さすが夫。
「ま、気が向いたらね」
「いっつも最後はそれなんだからー!」

 この「のれんに腕押し、ぬかにクギ」男を旅行に連れ出すにはどうすれば良いのだろう? 私はまず、この旅行計画がただの雑談として流れていかぬよう、『初めてのイタリア旅行会話』という本を買って来た。
「えっ、もうこんなの用意したの?」
 案の定Dちゃんは、
「あの話、本気だったのか!」
 というように驚いている。
 そうさ、いつだって本気なのだよ、私は。

 旅行会話の本はCD付きだったので、家事の間などに繰り返しかけた。
「へえ、パスポートはpassaporto(パッサポルト)っていうんだ」
 もともと私より語学に強いDちゃん、イタリア語にも興味を持ち始めている。
 よしよし。
「Molto(モルト) buono(ブゥオーノ)!(とっても美味しい!)」
「Complimenti(コンプリメンティ)!(素晴らしい!)」
「Bravissimo(ブラーヴィッスィモ)! Bis(ビス)! Bis(ビス)!(すごく上手いぞ! アンコール! アンコール!)」

 短く印象的な言葉から頭に入ってゆく。面白がって脈絡なく叫び合う二人。しかしいくらイタリアが情熱的な国だといっても、こんな感嘆の表現ばかりでは旅行は出来ない。もちろんこの本には旅行で使える単語だけでなく例文が沢山載っているのだが、基本が分からないまま丸暗記するのもつらい。最小限に抑えられた文法解説コーナーも食い足りない。
「こうなったら、きちんと勉強しちゃおうかな」

 私は4月になると、ラジオのイタリア語講座を聴き始めた。中学時代、自主的に英語の学習に力を入れていた事からも分かるように、私はもともと語学の勉強が好きだ。実を言うと英語の他に、ドイツ語、スペイン語、ハングル、中国語をかじった経験がある。どの言語の知識も20億光年の彼方に消え去ってしまったけれど(私の脳の容量は非常に小さい)
「外国語の勉強は楽しかったなぁ」
 というあたたかな感触だけが、今も心に残っている。
 のんきなものだ。

 やってみると、イタリア語は今まで学んだどの言語より親しみやすかった。まず発音が英語と違って、ローマ字読みに近いのが良い。例えば「勉強する」は英語で「study(スタディ)」、「tu」を「タ」と読む。しかしイタリア語では「studiare(ストゥディアーレ)」、「tu」はそのまま「トゥ」だ。同じように英「university(ユニヴァーシティ)(大学)」は伊「università(ウニヴェルシタ)」、英「school(スクール)(学校)」は伊「scuola(スクオーラ)」 読みの規則が英語より単純なのが分かってもらえるだろうか。

「ねえ、英語の1の『ワン』ってさ、もしかして、『O(オー)・N(エヌ)・E(イー)』って書くんだっけ?」
「……そうだよ。当たり前じゃないか」
「ええーっ、あれを『ワン』って読むなんて!! あれはどこからどう見ても『オーネ』だー!」

 イタリア語に慣れて来ると、今まで普通に読めていた英語のつづりが奇妙に思えて来るから不思議だ(ちなみにイタリア語の1は「uno(ウーノ)」 カードゲームでおなじみ)

 疑問文を作る時、主語と動詞をひっくり返さなくて良いのもありがたい。

例文 英 平叙文 You are Japanese.(あなたは日本人です)
     疑問文 Are you Japanese?(あなたは日本人ですか?)
   伊 平叙文 Tu sei giapponese.(あなたは日本人です)
     疑問文 Tu sei giapponese?(あなたは日本人ですか?)

 そう、イタリア語は「?」を付けて尻上がりに読むだけ! 些細な事に思われるかもしれない。しかし英語でとっさの一言を言う時に、この「ひっくり返す」作業はけっこうパニックの元になった(私の英語力に問題があるせいか?)だからこのイタリア語の疑問文の規則を知った時にはかなりホッとした。

 音楽用語として覚えた単語を日常用語として使えるのも楽しい。「alto(アルト)(高い)」「basso(バッソ)(低い)」「forte(フォルテ)(強い)」「presto(プレスト)(急いで)」とそのままの意味のものも多いし、楽器の「ピッコロ」は「piccolo(ピッコロ)(小さい)」、「ピアノ」は「piano(ピアーノ)(小声で/ゆっくりと/(建物の)階)」と多くの意味を持つ。

 音や休みを延ばす記号「fermata(フェルマータ)」が「停留所」なのには、
「確かにそこに留まるもんね!」
 とポンと膝を打った。

 そしてテキストの会話文に、
「Scherzo(スケルツォ).(冗談だよ)」
 なんてセリフが出て来てニヤニヤ。
(※スケルツォは速くて軽快な曲を指し、クラシック音楽の題名によく使われる)

 ローマ字読みの例に挙げたものでも分かるように、英語と似た単語も多い。「supermercato(スペルメルカート)(スーパーマーケット)」「frutta(フルッタ)(くだもの)」「importante(インポルタンテ)(重要な)」「secondo(セコンド)(2番目の)」などなど。読み方が独特だが、全く知らない単語を覚えるよりずっと楽だ。

 と、ここまで読んで、
「イタリア語って簡単なんだ〜」
 と勘違いしてしまった人がいたら、ごめんなさい。どんな言語にも必ず難しい部分があり、イタリア語では初歩の初歩の所に難関があるのだ。それは語尾変化。

 例えば、動詞「愛する」(英「love」伊「amare」)の活用

私は愛する I love io amo
あなたは愛する you love tu ami
彼は/彼女は愛する he/she loves lui/lei ama
私たちは愛する we love noi amiamo
あなたたちは愛する you love voi amate
彼らは愛する they love loro amano

 英語が2種類なのに対し、イタリア語は6種類! うわあ、英語ってなんて簡単なんだ!!(この点だけはね) この活用のおかげでイタリア語では主語を省略出来るという利点もあり、使い慣れれば便利なのだろう。けれど初心者は、
「こうやって覚えなければいけない単語が倍々に増えていくのか……?」
 うろたえずにはいられない。

 形容詞「赤い」も、英語なら「red」一つで済む所が(伊「rosso」)

  rosa(ローザ) rossa(ロッサ)(赤いバラ)
  porco(ポルコ) rosso(ロッソ)(赤い豚)
  scarpe(スカルペ) rosse(ロッセ)(赤い靴)
  pantaloni(パンタローニ) rossi(ロッシ)(赤いズボン)

 と形容する名詞に合わせて変化する。最初のうちは煩雑さに目を白黒させたが、この「語感重視」の文法のおかげで、

「O(オー) mio(ミオ) babbino(バッビーノ) caro(カーロ)(私の大好きなお父さん)」
「In(イン) quelle(クエッレ) trine(トゥリーネ) morbide(モルビデ)(この柔らかいレースの中で)」
 なんて感じに韻を踏む、聞き心地の良い歌詞が生まれたと思えば不満も出ない(いずれもプッチーニのオペラより)

 このように私はコツコツと、楽しんだり、戸惑ったりしながら、イタリア語を学んでいった。ラジオのイタリア語講座は6ヶ月で一つのシリーズが終わる。この期間に基礎的な文法や表現がぎゅうぎゅうに詰め込まれているので、月を追うごとに見る見る内容が難しくなってゆき、後半は付いていくのが大変だった。

 しかし10月に新シリーズがスタートすると、学習内容も始めに戻り、アルファベットの読み方から。2度目で余裕が生まれたうえ、担当講師の武田好先生の声がアイドル声優のように可愛らしいのもあって、それまで以上に熱心に講座を聴くようになった。

「たとえ、一生イタリアに行く事が出来ないとしても、趣味としてイタリア語の勉強は続けよう。やっているだけで面白いもん」

 そんな風に思い始めたある日、Dちゃんが突然、言って来た。
「イタリア旅行は来年のゴールデンウィークあたりにしようかねぇ」
 え?
 ええええー!?

「イタリア旅行、行くの? 本当に行かれるの?!」
「そのためにイタリア語の勉強をしているんでしょう?」
 でもでも、5年後とか言ってたし。旅行が実現するかどうか、自分でも半信半疑だったし。
 こんなに、早く!!
 ……早く?

 来年の5月というと、結婚から約2年半後にあたる。新婚旅行としてはかなり遅い。いや、どう考えてももう「新婚」ではないだろう。けれど、おっとり・ゆっくり・のんびりが基本姿勢の私たちにしてみれば、驚くようなハイスピード。私はDちゃんの即決(イヤミに聞こえるな)に、心から感謝した。

「ありがとう。頑張って準備するよ!」
 そう、本当の意味での準備はここから始まる。
 旅行までには、まだまだ長い道のりがあるのだった……
posted by 柳屋文芸堂 at 11:34| 【旅行記】南イタリア旅行記 | 更新情報をチェックする

ど素人南イタリア旅行記(その2)

2、知らない事だらけの旅行準備
 
 イタリア旅行と一口に言っても、一度行くだけで全て見て回れるほど小さな国ではない。Dちゃんの仕事の忙しさを考えれば、そんなに長い滞在は望めないし、ある程度目的の場所なり地域なりを決めなければいけない。

 私はDちゃんの、
「……イタリアなら良いかなぁ。食べ物美味しいし」
 というつぶやきに近いセリフを最優先しようと決め、図書館でイタリア料理についての本を探し始めた。そして大量のレシピ本の中から、イタリア出身の料理研究家アドリアーナ・ヴァッローネさんの『南イタリア スローフードな食卓より』を見つけ出した。この本にはレシピも載っているがメインはエッセイで、イタリア料理について考察するには持って来いだった。自家製のワイン、オリーブオイル、ソーセージ。収穫期に一族総出で瓶詰めする、トマトを使った料理。出来たてのチーズ。どれもこれもなーんて美味しそうなんだ! 私の大好物のポルチーニ茸についての記述もある。

「とりあえず南イタリア第1希望」

 そんな風に考えながら、近所の旅行会社に置いてあったパンフレットをめくっていって、私は衝撃の出会いをする。
 アルベロベッロ!
 石畳の道に、白壁の小さな家が建ち並んでいる。その全ての上に乗っかっているのは、細い灰色の石を重ねたトンガリ屋根。青い空の下、街にあふれる白さが、まぶしい。

 この家々はトゥルッリと呼ばれ、世界遺産に登録されており、この街独自のもののようだ。この写真を見てから、イタリアの他のどの都市の説明を読んでも、頭に入らなくなってしまった。大きな教会も良い。リゾート地も綺麗。でも全部、どこか違う。アルベロベッロじゃなきゃ、だめ。

 どうしてここまでアルベロベッロに惚れ込んだかというと、私が10年ほど前から書きたくて、構想を練り続けている物語の舞台にぴったりだったからだ。こんなような街、と頭の中でもやもやしていたものに、しっかりと形が与えられた感じ。

 それは盲目の自動人形(オートマタ)を主人公にしたファンタジー小説で、ふだん私小説めいた現代小説ばかり書いている私には荷が重い。何度も書き始めては納得出来ずにボツにしている。こういうジャンルは無理なのかも、とちょっと諦めかけていた。

 でも。もしかしたら。アルベロベッロを実際に見れば、書き上げる事が出来るかもしれない。

 幸いアルベロベッロは南イタリアに位置する。第1目標の「食べ物」にも背かない。私はすぐさまDちゃんに提案した。
「南イタリア中心にして、行程の中に必ずアルベロベッロを入れたいんだけど」
「良いよ」
 あっさり。
「本当に良いの?」

 床にパンフレットや本を並べ、調べた結果を説明する。比較対象として北イタリアの食事(トマトソースではなく、バターや生クリームをよく使う)や観光地(ミラノやヴェネチアなど、人気の高い都市が多い)についても。しかしいまいち食いつきが悪い。

「のりの好きにして良いよ。トマトソースは僕も好きだし」
 自分の希望を沢山入れられるのだから、
「全部おまかせ」
 も悪くない。
 でも何だか、一人で空回りしているような寂しさを覚える。
 この人、本当に行く気あるのかなぁ?

「あ、そうそう、まず最初はツアーでね」
 え?
「ええーっ! ツアーなの? 個人で行くとばかり思ってた!」
「だってどうやるか全然知らないでしょ」

 確かに私もDちゃんも、自力で海外旅行をした経験は一度もない。オーストラリアでショートホームステイした時も、引率の先生にくっ付いていっただけだし、Dちゃんは最後の海外旅行経験が小学生の頃。自分で手続きするはずもない。
「せっかくイタリア語勉強したのに……」
 ちょっとしょんぼりしたが、すぐに気を取り直して、ツアーのパンフレットを眺める。

「ところでDちゃん、会社は何日くらい休めそうなの?」
「せいぜい6日かなぁ……」
 6日のツアーとなると選択肢が非常に限られてしまう。
「行きと帰りの飛行機で2日半くらい取られちゃうんだから、8日は欲しい!」
「うーん……」

 Dちゃんが8日休めるという確証もないまま、私は様々な旅行会社のツアーパンフレットを集めた。そしてルックJTBの「南イタリアめぐり8」という8日間のツアーを見つけた。
「ねえ、これ見て!」
 このツアーではアルベロベッロを含む南イタリアの街を回る。その中に、モッツァレラチーズ工場の見学が入っている。

「『見学の後は試食もお楽しみいただけます』だって! モッツァレラみたいにあんまり熟成させないチーズは、日本で食べるより地元で食べた方がずっと美味しいって、本にも書いてあったよ!」
「うん、これは美味しそうだねぇ」
 チーズに目がないDちゃん、珍しく乗り気! 良いぞ良いぞ。Complimenti(コンプリメンティ)!(素晴らしい!)

「じゃあこれに決定ね」
 申し込もうと出発日を見ると、3月までしか載っていない。
「これ、10月から3月までのパンフレットみたい。ゴールデンウィークの予約はまだ出来ないのかな?」

 何しろ全て初めて。旅行するどれくらい前に申し込めば良いのかも全く分からない。パンフレットの置いてあった旅行会社に行くと、まだ4月からの予定は出ていないとの事。2月ごろ再び訪ねると、目的のパンフレット発見。ところが!

「あの…… チーズ工場見学のあるツアーがあったはずなんですが……」

 あれこれ調べてもらい、その結果は。
「チーズ工場見学のツアーはなくなってしまったようですねぇ」
 ガーン!

 とりあえず新しいパンフレットをもらい、自宅へ。チーズ工場見学を諦めるつらさに歯をギリギリさせつつ、各社のツアーを見てゆく。そして、日本旅行の「南イタリア紀行9日」に目が止まった。残念ながらチーズ工場見学は入っていないが、アルベロベッロに2泊するため、ルックJTBのツアーよりゆっくりとトゥルッリを楽しめる。9日間あるせいか、他の観光の予定にもゆとりがある。

「チーズ工場よりこっちが良くなった!」
 チーズの試食がなくなったうえに日にちが1日延びて、Dちゃんは明らかに不満そうだ。
「9日も休めるかなぁ……」

 けれど何だかんだ言ってDちゃんは私に甘い。最後はしぶしぶながらOKした。
「この4月28日出発ので良い? しかしまあゴールデンウィークと普通の日と、ずいぶん値段に差があるもんだね」
 しぶちんD(基本的に2人とも締まり屋だ)素早くパンフレットを手に取って、代金表に目を走らせる。

「1週間ずらすだけで15万近く安くなるのか……」
 Dちゃんはほんの5秒ほど考えてから、言った。
「4月21日出発のにしよう」
「大丈夫なの?」
「ま、どうにかなるでしょう」
 9日間は無理と言ったと思ったら、今度は造作なく日程をゴールデンウィークからはずしたりして、一体Dちゃんの仕事のスケジュールはどうなっているのだろう。

 直前になって、
「やっぱり仕事が入っちゃって行かれないや」
 なんて事になるんじゃなかろうか。
 不安な気持ちを残したまま、私は申し込み手続きを始めた。

 最初、日本旅行に直接電話するのかと思っていたが、パンフレットの裏を見るとどうもそうではないらしい。「お申し込み・お問い合わせ」の欄に、これが置いてあった旅行会社の印が押してある。ではここに、と考えていたら、Dちゃんから耳より情報。

「カード会社のトラベルデスクに割引サービスがあるらしい」
 カードの請求書と一緒に送られて来るチラシを見ると、おお、日本旅行のツアーは3%OFF! 総額が大きいので3%も馬鹿にならない。支払いはDちゃんのカードを使うと決め、いざ電話! 私たちのようにゴールデンウィークを避ける人が多くて満員になっていたらどうしよう。ドキドキしながらツアー名を告げる。

「現在、最少催行人数(ツアーが行われるために必要な参加人数で、今回は10人)を満たしていません」
 なーんだ、2月だとまだそんななんだ。安心して予約。
「カード番号をお願いします」
 え?
 もうそれが必要なの?

 私が用意していたのは電話番号とメモ用紙だけ。
 カードはDちゃんが持っている。
「主人のカードを使おうと思っているもので…… 番号が分からないと予約は出来ませんか?」
「いえ、ご予約はこのお電話だけで大丈夫です。カード番号はお支払いいただく方に直接確認します。ご在宅のお時間をお教えいただけますか」

 うーん、Dちゃんが忙しいから私が電話しているのである。
「私がカード番号を言うだけじゃダメなんですか?」
「ええ、お支払いいただく方に……」
 たとえ夫婦でも、本人以外がカードを使うのはなかなか難しいようだ。不正使用を防ぐためには当然かもしれないが、けっこう面倒だのう。

「そんな訳で、土曜日に電話して欲しいってさ。カードと旅行のパンフレットを用意するのを忘れずにね」
 貴重な睡眠時間をつぶされると分かり、Dちゃんは予想通りブツブツ文句を言っている(土曜は夕方近くまで寝る場合もある、過労D)悪いけど私のせいじゃない。

 無事カードの確認が終わると、トラベルデスクから書類の束が届いた。読むべきものも書くべきものも沢山ある。
「私こういうの嫌ーい!」
 結婚するまで事務員をしていたというのに、私は事務仕事が大の苦手だ。説明を読むのもうんざりするし、空欄に間違えないよう住所や名前を書くのもイライラする。

「小説みたいにドラマチックな文章しか読みたくないのよね」 

 不機嫌になりながら紙をめくってゆくと、うわあ、細かい文字の書類発見! 旅行条件書だ。会社の責任、客の責任、免責事項、個人情報の取扱い等等ずらずらとお堅い文章が並んでいる。私が全体を眺めただけでほっぽり出したこの紙を、何とDちゃんは1行目から読み始めた!
「よくやるねぇ〜」

 生真面目で用心深いDちゃんは、この手の「大事であるがゆえに小さい文字で書いてある」文書にいつもきちんと目を通す。何か問題が起きた時、相手から、
「ここにこう書いてあるでしょう」
 と示されるものだと分かってはいるのだけれど。ううむ、やっぱりつらい。

 全て読み終えたDちゃんから許可が出たので、参加申込書を書く。旅先で病気になったり、万が一死んでしまった時のために、海外旅行保険にも入る。数種類のパンフレットを見ながら比較検討した結果、病気やケガの時は無制限に保険金が下りるが、死亡時の金額は最も低いものにした。

「Dちゃんがいなくなったからってお金を沢山もらっても、どうしようもないもんね。生活費が出なくなるのは困るけど、働けば良いんだし。Dちゃんなんてもっとお金いらないよね。生活費を私に頼ってる訳じゃないんだから」

 カラカラと笑うと、Dちゃんは暗い顔。
「でも、のりがもし死んじゃったら、会社なんて辞めちゃうよ」

 おいおい頑張ってくれ。出来れば何もありませんように、死んじゃう場合は二人一緒によろしく、と祈りながら書類記入。夫婦でセットになっているものにしたら、それぞれ個人で入るより割安になった。記入するものも一枚で済む。

 ああだこうだ言いながら休日の午後を丸々つぶし、必要な書類を全て完成させ、トラベルデスクに郵送。
「これで、本当にイタリアに行かれるんだね」
「そうだよ」
「ああ! 何だか信じられない!!」

 体がほんの少し宙に浮いているような、ウキウキ・ワクワクした気持ちで、その後の数週間を過ごした。3月半ば、実家に帰る機会があったので、母と伯母2人にイタリアのどんな街に行くのかを懇切丁寧に説明。3人とも東京都内は目をつぶっても歩けると自負するものの(下町・荒川区育ち)海外の事はテレビやラジオでしか知らない。

 帰り際、伯母がゴソゴソと何やら探している。
「ほら、お小遣いだよ」
 私に渡そうと来る前から用意していたらしい。
「えっ、こんなに悪いよ!」
「旅行で使いな」
 そして3人が口々に言う。
「お土産はいらないからね」
「いらないからね」
「いらないからね」

 分かったよ!

 相変わらず可愛げのないバアさんたちだぜ、と毒づきつつ、心はぽかぽかとあたたかかった。全くDちゃんといい実家の家族といい、みんな私に甘いんだから。
 さあ、旅行の準備のラストスパート、頑張るぞ〜! と決意して帰宅すると、留守番電話のランプがピコピコと点滅している。はて?

「日本旅行の『南イタリア紀行9日』にお申し込みいただき、ありがとうございます」

 あ、トラベルデスクからだ。

「今回、残念なお知らせをしなければいけません」

 ん?

「4月21日出発のこのツアーは、参加者が最少催行人数に満たなかったため、催行中止になりました」

 何ですとー!!

 多めの小遣いまでもらっちゃったというのに、どうしてくれるんだ。
「催行中止なんて本当にあるんだねぇ」
「パンフレットには書いてあったけど、そうよくある事だとは思わなかったよ」
「同じ時期の似たようなツアーがないか、探してみる」

 ところが。トラベルデスクに電話したり、近所の旅行会社に出向いたり、インターネットで調べたり、八方手を尽くしてみたが、4月21日前後出発のツアーはことごとく中止になっている事が判明。それではとゴールデンウィークのツアーを見てみると、すでに満員。おいおいおい。

「Dちゃんの仕事の予定はそんなに簡単に変えられないし、どうにか近いツアーを見つけなくっちゃ……」

 焦りのあまり、だんだん悲壮な気分になって来る。パンフレットのページを繰り、Googleの検索ボタンを連打し、電話で確かめ、芳しくない結果を知る。

「何だかもうイヤになった。旅行は楽しむためのものなのに、つらい仕事をしているみたいだよ……」
 半泣きでDちゃんに訴える。
「そういう時は一度、頭を旅行から離してごらん。しばらく考えないでいれば、また新たな気持ちになれるから」
 4月21日まで約1ヶ月。そんなのんきにしていては申し込みの期間を過ぎてしまうのでは? と不安だったが、娯楽のためにノイローゼになるのも馬鹿馬鹿しい。ツアー探しにがむしゃらになるのはやめた。

 それでも旅行の計画を完全に中止する訳にはいかない。Dちゃんの会社が休みの日、なるたけ一生懸命にならないよう気を付けて、パンフレットを広げた。

「一つ、内容の良いのがあったのよ。時期が合わないんだけど」
「どれどれ」
 ビッグホリデーの「とっておきの南イタリア&ローマ8日間」のページを見せる。
「モッツァレラチーズ工場の見学が入っているの」
「おお、本当だ!」
 もちろんアルベロベッロも抜けていない。

「日本旅行のより予定が詰まってるのが難点かな。でもそれでも移動が少ない方なのよ」
 調べてみて分かったが、これでもかこれでもかと有名観光地を詰め込んだツアーが本当に多い。
「はいこれ、写真通りの〇〇! 見たでしょ? はい次ー! はい次ー!」
 と連れまわされる様子が目に浮かぶ。きっと移動ばかりでバスの中の思い出しか残らないだろう。私はもっとイタリアの地べたや空気を味わいたい。
 その点、ビッグホリデーのツアーは乗り物から降りて観光する時間が多く、好感が持てる。

「でもね〜、肝心の出発日がね〜」
 4月21日前後に出発するものはなく、4月14日出発はDちゃんの仕事に関する試験に引っかかるので×、4月28日出発はすでに満員で×。その後は5月だ。

「5月26日出発のはもう人が集まって催行決定してるんだって。全然知らなかったけど、一つのツアーが催行決定すると、どうしてもそこに申し込みが集中するんだってさ。確かに催行中止になると予定が狂って困るもんねぇ」
「僕、このツアーが良いな。最初の希望通りにチーズが食べられる訳だし」
「え? でも日にちは?」
「5月26日出発のにしよう」
「仕事、休めるの?」
「ま、どうにかなるでしょう」

 この気軽さは一体何なんだ?
 Dちゃんの仕事は決してひまではなく、深夜帰宅はざらで、徹夜が続く事もある。そんな職場をどうやって8日間抜け出すのだろう?

「大丈夫かなぁ…… でもまあ会社側には結婚休暇を消滅させた負い目があるのだから、そこをつつけば……」
「誰も覚えてないって」

 またもや不安な気持ちを残したまま、申し込み手続き開始。
 2度目なので慣れたもの、お手のもの。
 もう催行中止の憂き目に遭わないと思うと、心も軽い。

 パスポートの申請をしたり(古いパスポートが必要、と書いてあって、それぞれ実家から送ってもらった。ほんと色々手間がかかる)、アマゾンでスーツケースを買ったり、観光で長時間歩いても疲れないよう運動靴を買ったり、細々とした準備も進める。

 そんな中、新たな心配の種が見つかった(よく尽きないのう)

 このツアーではナポリを訪れる。
「海と山を抱く、風光明媚な街」
 の誉れ高いナポリだが、それ以上に治安の悪さで有名だ。

 ナポリ出身のパンツェッタ・ジローラモさんは、エッセイの中で、
「ナポリ人は友達のためなら、シャツ7枚分も汗をかくほどの協力を惜しまない。でもそのあいだにも、スキさえあれば友達からだって盗む」
 という言葉を紹介している。
 半分はユーモアとはいえ、他のエピソード(舌先三寸で金をせしめる詐欺師が英雄視されたり、バカンス中に家財一式がなくなったり)を読んでも、泥棒気質は本物のようだ。

 参加者を危険から守るためか(もしくは責任を取るのが嫌なのか)ツアーの行程にナポリが含まれていても、観光はバスの窓から、下車するのは博物館だけ、というものがほとんどだ(サファリパークかい!)

 なのに。ビッグホリデーの「とっておきの南イタリア&ローマ8日間」には、
「狭い路地に洗濯物がはためき、窓越しに怒鳴り合うようにお喋りしている下町、スパッカ・ナポリをそぞろ歩き」
 というイベントがある。

「何で?」
 平均的日本人以上に安全を愛するDちゃんは、眉をひそめた。
「せっかくナポリに行くんだから、その雰囲気を直接味わえた方が良いじゃない」
 安全より興味・関心・面白さを重視する私はたやすく言う。

「川口も治安悪かったけど、別にイヤな目に遭わなかったし、平気だよ」

 そう、私の出身地である埼玉県川口市も、ナポリほどではないにしろ、平穏ではなかった。「オートレース場と風俗街を抱く、風光明媚じゃない街」川口。ひったくりが横行し(母と友人が被害に遭った)、変質者も多く、「ちかん注意」の看板があちこちに立っている。最近は変わっていると良いのだが。

 Dちゃんはあきれて言う。
「川口ならカンが働くでしょ! 地元でよく知ってるんだから」
「確かに女一人で夜の西川口に行ったりしないな……」

 これ以上ツアーを変えたくないし、イタリアはナポリ以外の都市もそれほど治安が良いとは言えないらしいので、危険対策を万全にする事にした。
「日本人は特に狙われるらしいよ。多額の現金を持ち歩いている、って思われていて」

 相談の結果、現金は必要最低限の額にして、トラベラーズチェックとカードも持ってゆく、と決まった。
「ゴールデンウィークをはずして正解だったかもしれないな」
「イタリア人、絶対知ってるよね。日本人旅行者がやたらに増えるって」
「『さあみんな、稼ぎ時だよ!』なんて女親分が命令を出すんじゃなかろうか」
 二人の頭の中に浮かぶのは「天空の城ラピュタ」に出て来るドーラ(彼女は泥棒ではなく空賊だけど)

「漢字でカード番号を控えても『暗号を変えたってムダだよ!』って言われるかな?」

 それでも盗難に遭った時のために、パスポート・トラベラーズチェック・カードの番号は控えておいた方が良いらしい。かえって危険度が増すような気がして怖かったが、
「漢字を読めない泥棒に当たりますように……」
 と祈りながら壱弐参……でメモ。

「行く前にお財布整理しなくちゃね。ヨドバシのポイントカードなんて盗んでも嬉しくないだろうし」

 二人とも首からさげるタイプの貴重品入れを買った。そこにパスポート・現金・トラベラーズチェック・カードをしまい、ふだん使っている財布には1日で使う分だけの現金を入れる。これならお金の場所は4ヶ所なるので、スリに遭っても一つくらいは残るだろう。

 近所では日本円をユーロに換えられなかったため、表参道の三菱東京UFJ銀行まで行って両替をした。渡した日本円をそのままユーロにしてくれるかと思いきや、小額の現金(5ユーロと10ユーロ)は数枚がパックになったものしかなかった。トラベラーズチェックはさらに選択肢がなく(250ユーロ(約4万円)と500ユーロ(約8万円)のセットのみ)希望していた6万円分、というのは出来ず、250ユーロ両替。

 何を言われても、
「ええっ、そうなんですか?!」
 を繰り返す無知な私に対しても、銀行員のお姉さんは親切だった。

 しかしどうもユーロが高い気がする。
 ガイドブックには1ユーロが149円(2006年9月現在)と書いてあるのに、167円(2007年5月現在)とは。まさか銀行がぼったくり?! なんて訳はなく、史上最高の円安・ユーロ高なのだと後で分かった。よりによって何故私たちの旅行の時に。

 お金の用意と盗難対策はどうにか済んだ。
 あと心配なのは、Dちゃんの仕事だけ。
 これはまるで最初からそう決まっていたかのように、あっさりと解決した。

「のりに良いニュースがあるよ。会社からね……」
 ニコニコ顔。
 何だ、美味しいお菓子でももらったか?
「『30歳休暇を取りなさい』って連絡が来たんだ」
「そんなのがあるの?!」

 結婚休暇が消えたり、かと思えばそんな理由の分からない休暇が与えられたり、Dちゃんの会社の制度は全く理解しがたい。
「これは必ず取らなきゃいけない休暇だから、普通の有給より休みやすいんだよ」
 まあもらえるものはありがたく頂戴しよう。
 良い時期に当たって良かった。
 旅行の予定でもなければ、私たち、ただダラダラ休んじゃうもんね。

 しっかりとした休暇が取れたとはいえ、出発日が近付くにつれ、ドキドキして来た。
「仕事が終わらない! やっぱり休んじゃダメ!」
 なんて会社の人に捕まっちゃうんじゃないか。
 仕事がちゃんと休めても、病気になったりしたらどうしよう。
 ちょうどはしかが大流行していて、大学などが相次いで休校していた。

 楽しみにすればするほど、それが実現しなかった時の事を考え、落ち込む。悲観的な気持ちのまま、胸を押さえて荷造りし、とうとう出発前夜を迎えた。Dちゃんの仕事と体調は問題なし。私は少々セキが出るのが気になったが、旅行に支障があるほどではない。

 8日間家を空けても大丈夫なように、冷蔵庫の中も空っぽにした。
 ああ、ああ、ついに!

「ポルチーニ茸を食べにイタリアへ!」
 という願いが叶わないのを、実は準備中に、知った。

 ポルチーニはきのこ。
 きのこの旬は日本でもイタリアでも、秋。
「松茸を食べに日本へ!」
 と外国人が5月にやって来たってどうしようもない。
 それと同じ。

 でももう、最初の目的なんてどうでも良かった。
 ただ、ただ、イタリアに行きたくてたまらなかった。
posted by 柳屋文芸堂 at 11:33| 【旅行記】南イタリア旅行記 | 更新情報をチェックする

ど素人南イタリア旅行記(その3)

3−1、南イタリア旅行1日目(5月26日) 機中
 
「アリタリア航空はスーツケースが別便になって届かない事がありますので、1泊分の荷物はスーツケースに入れずに手荷物にしてください」

 出発の数日前に添乗員さんから連絡があったので、歯ブラシ・歯磨き粉・ねまきをリュックに入れ、大慌てで出発。別に寝坊した訳ではない。専業主婦になって「朝に出かける」事が滅多になくなったものだから、毎日「朝の戦場」を繰り返しているDちゃんに後れを取ったのだ。

 成田空港には最寄り駅(新浦安)からリムジンバスで行った。乗り場が少々分かりにくく、スーツケースをガラガラしながら右往左往したものの、予約していた時間に無事間に合った。一緒に乗ったのはおそらくディズニーランド帰りの、中国人と英語圏の人。
「日本は楽しかったですか? 私たちもこれから旅に出るんです」
 と心の中で話しかける。

 リムジンバスは道が混んでいなかったため1時間ほどで成田到着。荷物を持って乗り換える手間もないし、直通バスは便利だ。集合時刻までまだ充分時間がある。「Soup Stock Tokyo」というお店で朝ごはん。野菜カレーと野菜スープというヘルシーな組み合わせにしたが、朝から何も食べていなかったせいでお腹が張ったようになる。Dちゃんも朝食を食べる習慣がないため腹痛。出発前に大丈夫か?

 11:30頃、ビッグホリデーのカウンターで添乗員さんに会い、パスポートを見せ、搭乗券を受け取る。出発前に実家に電話をしようかな、と考えているうちに集合の声がかかった。飛行機に乗るまでの手続きを説明される。そしてスーツケースの中身のチェック(X線の機械を通す) もうそれで預けた事になるのかと思ったらまだだった。放置される私のスーツケース。慌てて取りに行き預ける場所へ。

 その後添乗員さんにくっついてゾロゾロ行くのかと思い、一生懸命追いかけていたら、Dちゃんに、
「離れないように」
 と叱られる。
「添乗員さんとDちゃんのどっちについていったら良いのか分からなかったんだよ!」
 と怒る。
 早くも成田離婚か?

 どうもDちゃんは何か問題が起きたりしないか注意深くなっているうえ、昨日までの仕事の疲れもあって、いつもより私への小言が多くなっているようだ。添乗員さんにはどう思われようと構わないが、Dちゃんは一生の伴侶なので、Dちゃんにくっついていく事にする。

 搭乗ゲートに入る前に手荷物検査。
 テロ対策のため、2007年3月から機内への液体物の持ち込みが制限されるようになった。100mlを超える液体物の機内への持ち込みは禁止(航空会社に預けるスーツケースの中ならOK)で、100ml以下のものもジッパーの付いた透明な袋に入れておかなければいけない。液体にはジェル類も含まれ、
「リップクリームもダメな時があるんですよ」
 と添乗員さんから聞いていた。

 事前に自分で用意したジップロックの袋に、歯磨き粉とハンドクリームとリップクリームを入れ、提出。言われた通りきちんとやったのだから問題ないだろう。そう思って普通に通過しようとしたら、係員に呼び止められた。

「100mlを超えています」
 歯磨き粉を指差す。確かに「130g」の表示。
「えっ、でも中身はずいぶん減っているし……」
「容器の大きさが超えているとダメなんです。破棄しますが、良いですか?」
 えええーっ、歯磨き粉がなかったら困るよ!
 まだ使えるものを捨てるなんてもったいないし!
 でも規則は規則。
 うなずくより他ない。

「Dちゃ〜ん、歯磨き粉取られた〜」
 予想外の出来事に半泣き。
「Dちゃんは平気だった?」
「うん」
 Dちゃんの歯磨き粉を見てみる。
「170gって書いてあるじゃん!!」
「シーッ!」
 Dちゃんの歯磨き粉は中身が残り少なく、チューブがペチャンコだったのが幸いしたらしい。

「迂闊だったね。歯磨き粉の量なんて全然気にしなかったよ。ハンドクリームは確認したのに」
 イタリアのホテルには旅行者用歯磨き粉なんて置いてないと聞いている。出国審査の後、売店で歯磨き粉がないか探してみたが見つからない。
「旅行中、歯磨き粉貸してくれる?」
「もちろん。イタリアの検査で僕のも取られなければね……」

 搭乗ゲートで少し時間があったので、実家に電話。
「何アンタ、悲しそうな声出してんの?!」
 母よ、さすがに鋭いな。
 歯磨き粉の話をしたら心配すると思い、イタリアの食事の話などをして切った。 

 飛行機に乗ると、私は窓際の席だった。
 外が見たくて仕方ないお子ちゃまだと、どうして分かったのだろう?

 案内のイタリア語は5%くらいしか聞き取れない。
「ナントカカントカ qui(クイ) vicino(ヴィチーノ)(この近くに)ナントカカントカ」
 どうも非常口の位置の説明らしい。
 日本語の案内も後からあるのでリスニングのテストだ。
 救命胴衣の使用方法がアニメで流れる。
 日本のものとは明らかに動きが違う。
 ヨーロッパ的で、フランスのアニメ「王と鳥」を思い出した。
 そんなささやかな異国情緒が嬉しくてたまらない。

 14:00頃、いよいよ離陸開始。
 ちょうど左翼が見える席だったので、
「これが今折れたら死んじゃうんだろうな。でもDちゃんが一緒だから全然平気」
 と思う。しかし「当然」というか「ありがたく」というか、離陸は無事成功して、空へ。添乗員さんの、
「アリタリア航空は色々壊れている事が多い」
 という言葉を思い出す。おそらく座席のディスプレイや音楽チャンネルについて言ったのだろうが、飛行機を飛ばす大事な部分(エンジンや翼)は問題ないのだろうか。中身はどうでも良いのでその辺をしっかりしてもらいたい。

 成田上空は畑だらけで驚く。自分の飛行機の影が地上に映っている。海が見えたので、
「さらば千葉、さらば日本」
 と心の中で別れを告げたら、すぐまた地面が見えた。どうやら東京湾を渡っただけらしい。その後芦ノ湖のようなのが見えたり、雪の残る美しい山脈が見えたり、とても楽しかった。雲の眺めももちろん上から。綺麗。二つの蛇行する川を見て再び海へ。日本海だ。

 機内サービスの赤いオレンジジュースを飲みながらこの旅行記のためのメモを書いたりしているうちに、機内食の用意が始まった。イタリア料理と日本食があるというのでイタリアの方を選んだら、品切れ。代わりに日本食が来た、と思ったら、
「まだイタリア料理があるかも」
 みたいな事を英語で言われて、戻された、と思ったら、
「イタリア料理は終わり」
 という声が聞こえ、再度日本食がやって来た。落ち着かないのう。

 内容はうなぎと、おでんのような煮物。こんな所で最後の日本食を食べる事になろうとは。昨晩、ひつまぶしを食べようか迷って結局食べなかったのだが、正解だった。うなぎとおでんはすごく美味しいという訳ではないけれど、
「ちゃんと作りました。でも冷えちゃったので、レンジでチンしました」
 という感じで悪くなかった。
 自宅で夕ごはんの残りを朝ごはんに食べる気分。

 食事の後、少し経ってから、乗務員のお姉さんが回って来て、
「Close(クロウズ).」
 と繰り返している。皆次々と窓を閉める。明かりも消えておやすみタイムだ。私もしばらく(どれくらいなんだろう? 時計を持って来なかったので不明)寝てみたけれど、足がしびれて、
「もしやエコノミークラス症候群?!」
 と恐怖に駆られ安眠など無理。

 起きて窓を小さく開けてみる。
 今はロシア上空を飛んでいるらしい。
 元ロシア語通訳の米原万里さんの本にハマっている私には感慨深い。
 じんわりとした感動とは無関係に、お腹のガスがポコポコ言っている。

 旅行に出ると必ずお腹が張る私。
 用を足すためというより運動のためにトイレに行きたいのだが、Dちゃんもその隣のお兄さんも寝ているので、通路に出られない。窓を閉めてしまったら窓際なんて不便なだけではないか!!

 どうしようもないので座席のディスプレイで「トイ・ストーリー」を見る。
 おお、バズ初登場!(私は2しか見ていない)
 こうやってウッディとバズは知り合ったのか。
 ……って何でイタリアに向かう飛行機の中でディズニーアニメを鑑賞しているのだろう?
 旅情を損なわないためにイタリア語吹き替えにしたら、セリフは5%しか理解出来なくなった。しかし切ない部分やアクション部分はちゃんと分かって面白い。アニメ万歳!

 映画が終わる頃、Dちゃんとその隣のお兄さんが起き出した。よしよし。
「すみませーん」
 Dちゃんは問題なく立ち上がってくれる。ところが見知らぬお兄さんは、ノートや本を沢山並べて勉強中だった。私のためにそれを全部片付ける。申し訳ない。

 トイレは狭くてドアに頭をぶつけたりしたけれど(私が不器用なだけ)汚くはなかった。スクリーンの表示によると、あと5時間少々でローマに着くらしい。
 みんながおやすみタイムに飽きたと見てか、お菓子が配られる。金髪の乗務員のお姉さんから受け取る、亀田のおつまみおせんべい。やたらに美味しい。

 乗務員さんは二人の日本人以外、全員英語で話す。私はすっかり英語の発音を忘れてしまっていて、
「Water.(水)」
 の注文すらままならない(正確に発音するなら「ウオーター」ではなく「ウォタ」と「ウヮタ」の間くらい?)
「水頼んで、水!」
 とDちゃんの袖を引っ張る体たらく。

 1年間頑張って勉強したイタリア語が活躍する場面は出て来るのだろうか?

 途中、気流が乱れているので安全ベルトを、というアナウンスがあった。少し大きめに揺れている。私は「風の谷のナウシカ」のトルメキアの船が落ちるシーンを思い浮かべた(アニメばっかりだな)でも全然怖くない。Dちゃんは私の手をぎゅっと握って来た。

「のりが不安だといけないと思って」

 と後で言っていたが、あれは絶対自分が怖かったに違いない。私はDちゃんと心中出来るなら願ったり叶ったりだもの。イタリアを見ずに死ぬのは残念だけど。

 そんなあれこれを考えつつ、ついに到着まであと1時間。成田からローマまで12時間かかると知った時には、
「そんな長時間、大丈夫なんだろうか?」
 と心配でたまらなかった。
 しかし寝たり起きたりしていたせいか、案外あっという間だった。
 到着前に軽めの機内食が配られる。
 パン、ハム、チーズにデザート。
 食べ物の周りでウロウロしていた小さな羽虫を、Dちゃんがつぶしてくれた。

 外は青くて、ポリエステル綿みたいな雲が後ろに流れていく。高い所に月が見える。日本の時刻だと深夜だが、イタリアはマイナス7時間の時差があって、夕方なのだ。

 イタリアの時刻で19:00過ぎ、ローマ空港に到着!

 添乗員さんのもとに集合してこれからの予定を聞く。ローマ空港内で1時間ほど自由時間を取った後、空港の外には出ずにバーリ行きの飛行機に乗り継ぐ。添乗員さんは目立つ旗を振る訳でもなく、一見ただの旅行者だ。迷子にならないよう顔をしっかり覚えなければ。

 イタリアではチップが必要なので、bar(バール)(イタリア式喫茶店)に行ってお札を崩す事にする。
「Dちゃん、先行く?」
 Dちゃんは bar(バール) の5歩手前くらいの所で、臆病な子犬のように固まっている。慣れない「外国語での買い物」に怖じ気付いているようだ。
 もともと私は男に度胸など求めていない。
(落語に出て来る若旦那みたいなのが好み)
 Dちゃんはそのまま放っておいて、レジに向かう。

「Un(ウン) cappuccino(カップッチーノ),per(ペル) favore(ファヴォーレ).(カプチーノを1杯お願いします)」

 レジのお兄さんも、
「cappuccino(カップッチーノ)……」
 とつぶやいている。
 どうやら通じたらしい。
 おおーっ、私のイタリア語が初めて役に立ったぞ!

 でも残念ながらリスニングがさっぱりで、お兄さんが言っているらしいカプチーノの値段が分からない。まあお札なら何でも間に合うだろう、と渡してみたら、不審顔。ん?
「ああーっ、それ違う、違う!」
 思いっきり日本語で叫びながら取り返す。
 ユーロ札を出したつもりが樋口一葉の5000円札だった。
 失敗、失敗。

 改めて10ユーロを出し直す。
 おつりと一緒に受け取ったレシートを、飲み物を作ってくれるスペースに持ってゆく。するとbarista(バリスタ)(コーヒーをいれる人)が、カプチーノの入ったカップを目の前にことりと置いてくれた。牛乳の泡の上にはココアがかかっている。背の高いテーブルで立ったまま飲む。香ばしく、砂糖を入れなかったのに飲みやすく、メチャクチャ美味しい!! 空港のおまけのような bar(バール) だったから、味なんて全く期待してなかったのに。

 台湾の烏龍茶を初めて飲んだ時にも、
「これがあのペットボトルの烏龍茶と同じものか?!」
 と驚いたが(質の良い烏龍茶は花の香りがしてまろやか)このカプチーノにも同じくらい衝撃を受けた。お茶マニアで、コーヒーはそれほどでも…… と思っていた私も、この旅でコーヒー党に生まれ変わってしまうのか?

 本場のcaffè(カッフェ)(コーヒー)に酔いしれて、すっかり存在を忘れていたDちゃんが、気付くとそばにたたずんでいる。おや、何故か何も持っていない。

「おつりが足りないから、お札じゃダメだって言われちゃった……」

 小銭を沢山作ろうと思って二人別々に頼んだのがいけなかった。
 私のおつりを使ってもう一度注文しようか? と言っても、しょんぼりしたDちゃんは聞く耳持たない。私よりDちゃんの方がずっとコーヒー好きなのに。

 申し訳ない気持ちと、カプチーノのうっとりするような余韻を引きずったまま、集合場所へ。ここからはツアー参加者全員が、添乗員さんの後をゾロゾロと続いていく。手荷物検査でDちゃんの歯磨き粉が没収される事もなく、無事バーリ行き飛行機の搭乗ゲートへ。

「さっき乗った飛行機、出発も到着も定刻通りだったね。イタリアの飛行機はよく遅れるって聞いてたけど」
「そういえばそうだね」
 なんて会話をしている所へ、イタリア語で早口のアナウンス。

「Oh(オー)〜!」
「Ah(アー)〜!」

 すぐさま嘆きと苦笑の入り混じったどよめきが起きる。
 ええい、黙れ、イタリア人!
 その後の英語のアナウンスが聞こえないではないか。
(まあ私はどっちも聞き取れないけど)

 添乗員さんはスピーカーのそばに行って何が起きたかを一生懸命知ろうとしている。
「バーリ行き飛行機の出発が遅れるそうです」
 なるほど。
 それでどよめきの中に苦笑が混じっていたのか。
 イタリア人にとっては、
「いつも通りのハプニング」
 という気分なのだろう。

 21:30頃、どうにかバーリ行き出発。
 15分ほどの遅れで済んで良かった。
 成田−ローマ間ではイタリア語・英語・日本語でアナウンスがあったが、イタリア国内線であるローマ−バーリ間ではイタリア語・英語のみ。英語のリスニングが得意なDちゃんが寝てしまうと、私は何も分からなくなってしまう。

「飛行機の中のアナウンスなんてどこも内容は一緒だよ」
 とDちゃんは言う。
 移動に関しては、語学力より旅慣れているかどうかが大切みたいだ。

 約1時間でバーリ到着。
 預けた荷物の回収へ。
 私のスーツケースは、真っ赤なボディに「ゲジゲジ眉毛&タラコ唇」の黄色い鳥、その名も「バードになったのり子」の大きなシールが貼ってある。うん、目立って大変よろしい。すぐ見つかった。Dちゃんのは地味な黒いものだがこれも発見。アリタリア航空は荷物が届かない場合もあると聞いていたから心配していた。
 これで安心。

 と思っていたら、何と、同じツアーにスーツケースが見つからない人がいるという。噂は真であったか。添乗員さんが慌てて取り戻すための手続きをしていた。

 バーリからは観光用のバスに乗ってアルベロベッロのホテルへ。
 約1時間。

 24:00頃、
「HOTEL(オテル) COLLE(コッレ) DEL(デル) SOLE(ソーレ)」
 に到着。
 もうクタクタだ。
 歯だけ磨いてバタンキュー。
 Dちゃんはシャワーを浴びると言っていた。

 入った様子も、出た様子も、全く覚えていない……
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ど素人南イタリア旅行記(その4)

3−2、南イタリア旅行2日目(5月27日) アルベロベッロ
 
 6:30頃起床。
 モーニングコールがあると聞いていたが、特に何もなかった。
 はて?
 私たちは目覚まし時計を持って来ているので問題なし。

 荷物を片付けて朝食へ。
 目玉焼き、ベーコン、ハム、チーズにパン。
 パンはフランス風の堅めのものと、カステラに似た甘くやわらかいものが、ともに薄切りになって置いてあった。

 ネットで情報を集めている時に、
「イタリアのホテルの朝食は質素で、日本人は不満に思う人が多い」
 というような文章を見つけたけれど、私とDちゃんは全くそんな風に感じなかった。

「確かにメニューは地味だ。でもどれもすごく素材の味が良いよ」
「うん、目玉焼き一つ取っても、日本のよりずっと美味しい」
 さっそく海原雄山夫婦になる二人。
(※海原雄山とは、漫画「美味しんぼ」に出て来る美食家。北大路魯山人がモデルらしい)

 満腹になるまで食べ続けたいのをぐっとこらえて、ホテルの入り口に集合。アルベロベッロのトゥルッリ群のある地区へ。徒歩で10分ほど。写真通りの可愛らしいトンガリ屋根と白い壁が見えてくる。この地区に住む唯一の日本人ヨウコさんのお店の屋上に上がり、トゥルッリ群を眺める。うん、なかなか絵になってる。しかし私の書きたい小説の主人公は盲目なのだ。目ばかり使っていては意味がない。歩きたい。感じたい。

 1時間ほど自由時間をもらえたので、Dちゃんと二人きりで散歩に出る。トゥルッリは丘の上に固まって建っているため、ほとんど坂道ばかりだ。足に気持ちを集中する。石畳の感触は日本の段差の多い道とそれほど変わらない。Dちゃんと手をつないで、そっと目をつぶる。鳥の声が美しい。イタリアの鳥だけあって、
「ピルルルルルルル〜♪」
 とRの発音が上手だ(巻き舌。私はこれが出来ない)
 空を見上げると、ツバメに似た鳥が沢山くるくる回っている。

 小さな教会があり、中から神父さんの声と音楽が聞こえる。そう言えば今日は日曜だった。ミサの最中に行き合えるとは、なかなかの幸運。道を歩いていると、お土産屋さんに声をかけられる。
「おはよう! お土産あるよ」
 日本語だ。

「アルベロベッロはおとぎの国のようだと聞いていたのに、日本語の呼び込みが多くて幻滅した」
 という情報があったが、なるほどこれの事か。がっかりするのも無理はないけれど、遠い国の小さな街で、日本語を勉強する人がいるなんて素敵じゃないか。たとえ日本人観光客の落とすお金が目当てでも、さ。

 お土産屋のおばちゃんは漢字の書いてあるポスターを振って叫ぶ。
「白川郷と姉妹都市だよ!」
 だから何だ?
 仲が良いんだから買っておくれ、という意味だろうか。
 旅行2日目で荷物を増やす訳にはいかないんだよ。
 すまん。

 数々の呼びかけを、
「Grazie(グラッツィエ).(ありがとう)」
 でやり過ごし、メインストリートから一本はずれた道へ。
 急に静かになる。
 ざらざらした白い壁。
 誰もいない坂道。

 ジャスミンの花があちこちに咲いていて、時おり甘い香りにふわりと包まれる。
 Dちゃんと二人きりで、異世界に放り込まれたようだ。
 幸せ。

「あの音、何だろう?」
 ギンゴンガンゴン、ギンゴンガンゴン。
 速度は学校のチャイムの2〜3倍。
 最初、子供が鉄の柵でも打ち鳴らして遊んでいるのかと思った。
 しかしそれにしてはずいぶん大きい。

「教会の鐘みたいだね」
「鐘?! これが!?」

 鐘の音というのはもうちょっとゆったりしたものだと思っていたが。
 田舎の街らしくて良いとも言えるけど。

 トゥルッリ群のある丘を下り、ホテルまでの道をゆっくり歩く。来る時は通り過ぎるだけだった色とりどりの花や、オリーブの木を楽しみながら。畑の中には茶色いトゥルッリ形の小屋がぽつんと建っている。選挙が近いのか、政治家のポスターらしきものも見た。これからトゥルッリ群に向かう日本人観光客の団体とすれ違う。

「海外旅行ってこんなものなんだろうか?」
 急にDちゃんが言う。
「『外国に来た!』という感じがあまりしないのは何故なんだろう。ツアーだからだろうか」
「Dちゃんも? 実は私も思ってたんだよね」

 異国情緒はあちこちにあふれている。
 トゥルッリしかり。
 広場を駆け回る子供たちの話すイタリア語しかり。
 しかしそれらを圧倒する、この「日本っぽさ」は何だろう?

 Dちゃんと考えてみて出た結論。
「これ、浦安だよ!」

 まず、緯度が日本とそれほど変わらないため、温度変化がなかった。
 さらにアルベロベッロの特徴なのか今の季候のせいなのか、湿気の多い風がびゅうびゅう吹いている。これは私たちが今住んでいる、海辺のネズミ帝国、千葉県浦安市にそっくりではないか。観光客がやたらにいる所も似ている。
 排気ガスの量と道の狭さも。

「どうも私も頭の中に境川(浦安市の真ん中を流れる川)がチラチラしていたんだよねー」
 全く外国のどこに「日本」がひそんでいるか分かりゃしない。
 1時間なんて短いと思いきや、様々な発見のある楽しい散歩であった。

 ホテルに戻り、出発前にトイレを借りる。
「C'è(チェ) una(ウナ) bagno(バンニョ)?(トイレはありますか?)」
 イタリア語が話したくて、わざわざホテルの人に尋ねる私。
(残念ながら una(ウナ) ではなく un(ウン) が正解)
 ジェスチャー付きで場所を教えてくれた。

「Grazie(グラッツィエ).(ありがとう)Arrivederci(アッリヴェデルチ).(さようなら)」

 集合の声がかかる。
 ホテルを後にし、観光バスでマテーラに向かう。

 私はツアーを選ぶ際、
「バスでの移動時間はムダな時間だから、なるたけ短い方が良い」
 と考えていた。
 けれど、バスの中から風景を眺めるのもそう悪くはない。
 広々とした田園地帯に、たる形にまとめた大きなわらの束がゆうゆう沢山並んでいたり、牛がのんびり草を食んでいたりして、非常にのどかだ。

「北海道旅行を思い出すなぁ」
「僕は北海道に行って、こういうヨーロッパの風景を思い出したよ」

 Dちゃんは小学校入学前まで、フランスに住んでいた。その当時の記憶はほとんど残っていないし、フランス語もすっかり忘れて話せない。それでもDちゃんには、いまだに日本になじみきれていないような、不思議な雰囲気がある。きっと心の最も深い根元の部分が、日本ではない場所につながっているのだろう。

 目の前にいるのに、はるか遠くにいるような。
 その違和感に、私は恋をしたのだ。

「のりにこの風景を見せたかった。言葉ではうまく言えないから」
 私もDちゃんの大切なものが見られて嬉しいよ。

 1時間半ほどでマテーラに到着。
 ここには渓谷の岩盤に穴を開けて造られた洞窟住居があり、サッシと呼ばれている。簡素で小さい箱形の家が無秩序に密集しているだけで、見た目は地味だ。しかし街の中を歩いてみると意外に面白かった。

 ここにはもともと貧しい人たちが住んでいたのだが、50年ほど前、不衛生な環境を問題視した政府によって、住民全員が新市街に移住させられた。現在は多少人が戻って来たものの、やはりほとんどの家は無人で、街そのものが「廃墟」として保存されている。そのたたずまいが妙に物語めいているのだ。うねうねと曲がった石畳の道は転びやすく、宮崎駿っぽい(またアニメだよ)

 Dちゃんは、
「こういう所だと、逃げ甲斐があるね」
 なんて言っている。
 何故逃げる?

 かつての住民の暮らしを再現した場所も興味深かった。家の中で馬やロバを飼ったり、子供をたんすの中に寝かせたり、異常に足の長いベッドがあったり(下でニワトリを飼うそう!)貧しいから仕方ないとはいえ、けっこうとんでもない。私はこういう郷土色の強いものを見るのが大好きなのだ。
「いつか小説の中で使えるかも」
 と思うから。

「パンフレットがあれば絶対買うんだけどなぁ……」
 そこまでの郷土資料マニアはいないらしく、見つからなかった。それでも、分かりやすい日本語の解説が放送で流れたから良しとしよう。
「まあ、こんなに日本から遠い地で、これほど正確な日本語を流すとは、素晴らしい!」
 と思ったのもつかの間、
「最後まで注意してくれてありがとうございます」

「注意してくれて」?
 ううむ、終わりの文章だけがちょっと微妙。
 あの原稿は一体誰が書いて誰が読んでいるのでしょう。
 立派なものです。

 サッシの見学を一通りしたら、近くのレストランに昼食へ。まずはトマトソースをからめた「strascinati(ストラッシナーティ)(耳たぶの形をしたパスタ)」 南イタリアらしいメニューに感激。味も良かった。サラダが続き、その後は「ローストビーフ」と聞いていた。

 私とDちゃんは、狂牛病騒ぎが起きてから一切牛肉を口にしていない。
 イタリアで狂牛病が人に感染したという情報もあり、
「旅行中も牛肉は食べないようにしようね」
 と決めていた。

 ところが出て来た肉、どうも豚のように見える。
 それでも心配だし、食べ過ぎ防止にもなるし、手を付けずにいた。
「食べないの?」
 同じツアーのおじさんに声をかけられる。
「ええ、牛は食べないんです」
「宗教みたいだなぁ」

 茶化すような言いぶりにカチン。
 人が何を食べようと食べなかろうと、勝手ではないか。
 それに私の「食べない理由」が本当に宗教だったとしたら、かなり失礼な発言だ。
 私が無言でいると、
「狂牛病のニュースを聞いてから食べなくなって……」
 Dちゃんは律儀に笑顔で説明している。すると隣の席のお兄さん、
「これ、豚ですよ」

 やっぱりね。
 私はもうこれ以上ゴチャゴチャ言われるのがイヤなので、すごい勢いでロースト「ポーク」を口の中に押し込んだ。
「Non(ノン)、のり」
 不安のあまり(?)フランス語になるD。
「豚だよ。見てすぐそう思ったもん。しょっちゅう料理に使うんだから分かるよ」
 と言うより、この肉が牛だろうが豚だろうが羊だろうが、この不愉快な時間をとっとと終わらせたいの。

「そう……? そう言われてみると、しょうが焼きを思い出すような……」
 Dちゃんもおずおず食べ始める。
 ああもう、ツアーというのはこんな風に干渉されながら飯を食わねばならないのか。

 デザートの果物の盛り合わせを食べ終わると、ツアーの人たちはおしゃべりに花を咲かせた。
「どちらにお勤めなんですか?」
「○○商事の△△課で□□の仕事をしているんですよ」
「まあ、○○商事さん? 私の主人は××商事で……」
 は? はい??

 何ですかこの会話。
 大金払って南イタリアくんだりまで来て、何故日本の会社の話をするんだ?
 それもほとんど初対面みたいなものなのに、会社名から勤務する課の名前まで言って。
 さっぱり意味が分からない。

 おじさん・おばさん軍団はそれぞれの住所・勤務先・仕事内容を教え合うと、今度は若いカップルたちから同じ事を聞き出し始めた。
「これが世に言う『戸籍調べ』か……」
 私たちも当然話しかけられたが、話を膨らませないよう、なるたけ短く返事をした。
 餌食にされてたまるものか。

 食事中の出来事がストレスになったのか、ナポリに向かうバスの中でセキが止まらなくなった。涙が出る。2日目だというのに自分用に持って来た南天のど飴がもうなくなってしまった。Dちゃんからヴイックスドロップをもらう。私の心身は人間関係にからきし弱い。そしてあからさまだ。

 ナポリまでは約3時間半。
 途中、autogrill(アウトグリル)(イタリア版ドライブイン)に立ち寄る。トイレの前には大きな皿が置いてあり、おじさんが座っている。チップが必要なのだ。私は20セント(※100セント=1ユーロ)をチャリン。

「お金出してこれかい〜」
 トイレには便座が付いていなかった。
 壊れているのではなく、最初からない。
 トイレットペーパーで便器を拭いてから座った。

 売り場の方に行くと、Dちゃんが買い物をしていた。
 手にしているのはキットカットとアクエリアス。
「日本で買えるものばっかりじゃん!」
「いつものものが欲しくてね」
 洋ナシのチョコも購入。相変わらず甘党のD。

 バスの中では、うたたねしたり、窓の外をぼんやり眺めたりしながら過ごした。私は主婦だから、あちこちに干されている洗濯物が気になって仕方ない。何本か渡したロープに、洗濯ばさみで留められたシャツやズボン。イタリア人は角ハンガー(四角い枠に、洗濯ばさみが沢山付いているもの)を使わないのだろうか?

「干すスペースがいっぱいあるからいらないんだろう」
 というのがDちゃんの意見。
 なるほど。
 角ハンガーは日本の狭い庭やベランダのためにあるのね。

 ナポリに近付くと、壁の落書きが目立つようになって来た。
 スプレーで同じサインが繰り返される。
 日本のものとそっくりだ。
 イタリアにも暴走族がいるのだろうか。
 そういえばアルベロベッロでそんなような音を聞いたが。

 選挙のチラシもよく落ちている。
 ポケットティッシュほどの大きさの紙に、人の顔。
 これをばらまいて宣伝するのだろう。

 17:30頃、ホテル「Holiday(ホリデー) Inn(イン) Naples(ネイプルズ)」(Naples(ネイプルズ) は英語でナポリの事)に到着。夕食は19:30からなので少し部屋でのんびりする。ベッドが広く、快適。

「シーツと枕があんまり綺麗じゃなくて、イマイチ」

 Dちゃんは不満な様子。
 確かに素晴らしいとは言い切れないけれど、無難なビジネスホテルだ。
 バスルームも日本のものと変わらない……
 と思ったら、難点発見。
 トイレの水を流すボタンが使いにくいのだ。
 ちょっと押しただけでは何も起きない。

 ううむ、どうしよう。
 あれこれ試した挙句、成功したのはこれ。
「かーめーはーめー波ー!!」
 手に力を集中させて、一気に押す。
 ジャーッ!
 ようやく流れてくれた。
 ふうー。

 軽く昼寝をした後、ホテルのレストランへ。
 ここではおじさん・おばさん達とは違う席になった。
 ホッとしたのも少しの間。

「ハハハハハハ!」
「ホホホホホホ!」

 とんでもない笑い声が、隣のテーブルから響く。
 音程・音量ともに常識をはずれた高さ。
 ワインがタダで付いたのが災いした。
 何事か、と他の外国人のお客さんや従業員がいっせいに振り向く。

 ここはそういう風に騒ぐ場所ではないと思うのだけどな……
 一応「ディナーをいただく」という雰囲気になっているのだから。

 壁際の席になったのは、
「酒を飲んで騒ぐ日本人」
 という印象が最初からあって、隔離されたのだろうか。

 メニューは生トマト入りボンゴレスパゲッティ、サラダ、カジキマグロのグリルに、ババ(ナポリ名物の甘いスポンジケーキ) 味は悪くなかったけれど、とても長居する気になれず、急いで食べて慌てて退散。

「何なの、あの人たち?!」
 部屋に帰って怒り爆発。
「いやあ、すごかったねぇ」
「『ツアーだとゆっくり出来ないかな』とか『食べ物が美味しくなかったらどうしよう』なんて心配は、来る前からしてた。でも、他のツアー客にこんなに悩まされるなんて思わなかったよー!!」

 全く私は浅はかであった。

「イタリアに来てまで日本の会社の話をしたりするのも、変だし」
「あれはまあ、そんなに驚かなかったかな」
「どうして?!」
「ああいう人たち、どこにだっているから」
「私の周りにはいない」
「のりの周りは変わっている人が多いじゃん」

「類は友を呼ぶ」で、私の周囲には芸術家肌の人が多い。みんな多少気難しい所があったりするが、「社会的価値観」より「自分の価値観」を大切にするので、とても付き合いやすい。
「私のいる環境が特殊なのか……」
「会社にいればよく会うよ」
「専業主婦の暮らしが長くなって、もともと足りなかった社会性が、いよいよなくなってしまったのか」

 ううむ、衝撃の事実。

「でもさあ、前に母親とツアーで北海道に行った時は、こんな思いしなかったよ」
「確かにあの騒ぎ方は異常だよね。いや、まいった」

 単に運が悪かったのかもしれない。

 怒りのあまりゴホゴホとセキ込みつつ、シャワーを浴びて就寝。
 バスタブの狭さや、お湯の温度調節の難しさより、明日も明後日も続く集団行動がひたすら憂鬱であった。
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ど素人南イタリア旅行記(その5)

3−3、南イタリア旅行3日目(5月28日) ナポリ
 
 7:00まで寝ていようと思ったら、Dちゃんがホテル備え付けの目覚ましを6:00にかけていて、その音で起きてしまった。もう! ゆっくり眠っていたかったのに。Dちゃんはシャワーを浴びるとの事。昨日は疲れてそのまま寝てしまったのだ。仕方がないのでこの旅行記のためのメモを書いたりしながらのんびりする。

 イタリアは日本と違って、あちこちに自動販売機がある訳ではないので、飲み物はお店かバスの中で買っておかなければいけない。最初のうちはそれが分からず、水分不足になってしまった。ホテルの部屋の冷蔵庫に入っているものはお酒がメインだ。日本のホテルでよくある「お湯とティーバッグのセット」も、もちろんない。コンビニもない。たとえあったとしても、ナポリで夜中の外出など怖くて出来ないが。

 今日はポンペイ遺跡を歩くので、半袖のシャツにしてみた。昨日・一昨日は長袖で、それほど暑くもなかったけれど、たまに腕をまくったりした。この季節は日本でもイタリアでも、服選びが難しい。

 Dちゃんがシャワーから上がったら、朝食へ。
 4種類のチーズ(少し堅めのもの、中がやわらかいもの、少しクセのあるもの、真っ白いモッツァレラ)を自由に食べられる事に感激!
 日本でヨーロッパのチーズを買うととても高いのだ(みみっちい)
 トマトとパンと一緒に食べたら非常に美味しかった。

 コーヒーはエスプレッソの味(酸味がない)で、濃さは日本のものと同じになっている。Dちゃんはこれをたいそう気に入っていて、
「ココア風味だね」
 なんて言っている。
 そんな感じのやわらかい香ばしさがあるのだ。
 私は牛乳を入れて飲んだ。

 部屋に戻ると、ホテルの人が掃除をしている所だった。
「Posso(ポッソ) entrare(エントゥラーレ)?(入っても良いですか?)」
「Sì(スィー),sì(スィー).(はい、はい)」
 にっこり笑って答えてくれた。

 その後、何やら分からないイタリア語2語。
「?」
 ああもう、リスニングが出来ないのがつらい。
 困り顔のまま固まっていると、
「OK(オーケー),OK(オーケー).」
 終始笑顔。

 昨日レストランで夕食を食べた時には、従業員は全員ずっとムスッとしたままで、
「イタリア人って、もっと愛想が良いかと思っていたのに……」
 とがっかりした。
 しかしよく考えてみると、あの時従業員が話していたのは、英語。
 いくら英語とイタリア語が(英語と日本語よりは)似た言語だと言っても、彼らにとって外国語であるのには変わりない。

 Dちゃんは言う。
「仕事で外国語を使っていたら、間違えないように気を遣って、愛想良く出来なくなっちゃうんだよ、きっと」
「私がイタリア語で話しかけた途端、パーッと表情が変わったもんね」
「うん。今までと全然違ってた」

 イタリアの観光地やホテルで使われる言葉は英語ばかりで、
「こんな事ならイタリア語の勉強なんてする必要なかったな……」
 と寂しく思っていた。
 けれどもこれだけ英語とイタリア語で反応が変わるなら、やった甲斐があったというものだ。返事の意味が聞き取れないのでは片手落ちだが。

「のりのイタリア語、役に立つね」
「しゃべるだけだけど…… ああーっ!」
「どうした?」
「枕チップを忘れてた!」

 1部屋に1泊するごと、枕元に1ユーロ置いておくよう、添乗員さんに言われていたのだ。
「さっきの人、見つけなくっちゃ!」
 部屋から出ると、まだ近くの部屋を掃除していた。直接お金を渡すなんて失礼かしら? と不安もあったが、
「Scusi(スクーズィ).(すみません)」
 と呼び止める。
「Grazie(グラッツィエ).(ありがとう)」

 最初は、
「そんな、申し訳ない」
 という仕草をしていたけれど、
「Grazie(グラッツィエ).」
 と何度か繰り返していたら、快く受け取ってくれた。

 掃除してくれたのも、にっこり笑ってくれたのも、とっても嬉しかったんだから。
 気持ち、伝わったかな?

 ホテルからバスで30分ほどでポンペイ遺跡へ。
 添乗員さんが入場手続きをしている間、辞書を片手に看板や貼り紙に書いてあるイタリア語を訳してみた。
「あれは何だろう?」
 Rocky、という大きな文字と、犬の写真。
「ロッキーだって」

 実家で飼っていたマルチーズと同じ名前なので、親近感がわく。
 下の文章を訳すと、
《見つかったら謝礼差し上げます》
「迷い犬だ」

 ここポンペイでは、勝手気ままに1匹で散歩している犬をよく見る。
 野良なのか、それとも自由な飼い犬なのか、と不思議に思っていたが、もしかしたら自分の家に帰るのをすっかり忘れている「半・飼い犬」も混ざっているのかもしれない。

 遺跡の中にも犬は沢山いた。
 屋根のある所で昼寝している。
 2000年も昔に作られた水道管に驚いたりしつつ、私とDちゃんは貴重な建造物そっちのけで犬の写真ばかり撮っていた。歴史より動物が好きな私たち。娼婦の館を指し示す大胆なマーク(どんなものか想像してみよう!)とか、面白いものもいっぱいあったけどね。

 日差しが強かったので、半袖にして正解だった。
 露天商のおじさんは、
「ボウシー! ジュウユーロー!!」
 と日本語で頑張っている。

 私は数年前に100円均一で買った麦わら帽子を持っているので、暑くても平気だ。
 10ユーロ(約1700円)はちょっと高くないかい?
 円安だからそう感じるのか。

 ポンペイ遺跡を後にし、ナポリの方向に戻る。
 現在バスは路面電車と並走中。
 ナポリの車道は石畳の部分や路面電車のレールがあるので、ガタガタ揺れる。
 ゴミだらけの市内に、クラクションのパープー言う音がよく響く。

 昼食はpizza(ピッツァ) Margherita(マルゲリータ)
(トマトソース・モッツァレラチーズ・バジルのピザ)
 日本のものとは比較にならないくらい美味しい!!
 けれども量が多くて半分も食べられない。
 悔しいっ。

 ピザの前に揚げ物やサラダなどの前菜も出たのだが、Dちゃんは一切食べなかった。そして大きなピザを一枚ペロリ。
「全部食べたいと思って、最初から考えていたんだ」
 作戦成功、得意満面。

「日本のと、何が違うんだろう?」
「バターの質が良い気がする」
「バターなんて使うのかな。オリーブオイルじゃない?」
「そうかな」
「それともチーズから染み出る油がバターみたいなんだろうか」
「チーズの味も良いよね」
「『とろけるチーズ』じゃあ、このコクは出ないよ。日本で同じ味のピザを作ろうと思ったら、一体いくらかかるか……」

 つい考えがお金の事になってしまう、しみったれ主婦のり子。
 でも本当に日本で美味しいチーズを手に入れるのは大変なのだ。
 イタリアではありふれた食材なのに。

 Dちゃんがワインを飲みたいと言うので、
「Vino(ヴィーノ) al(アル) casa(カーザ),per(ペル) favore(ファヴォーレ).(ハウスワインをお願いします)」
 と注文。
 まるでイタリア語ペラペラみたいな顔で組み立てたこの文章、実はデタラメ(al(アル)ではなくdella(デッラ)が正解)
 しかしちゃんと通じた。ホッ。

「ああっ」
「どうした?」
「今の注文でワインがビンで1本来ちゃうかも!」

 そう、文法的に間違っているだけでなく、量を指定する言葉が入っていなかったのだ。慌ててお店の人を捕まえる。
「Piccolo(ピッコロ)!(小さい!)」
「Sì(スィー),mezzo(メッゾ).(はい、半分ですね)」

 半分?
 大丈夫だろうか……
 やって来たのは、デキャンタ(ワインを移し替えるためのガラス製の容器)に入った、半リットルの白ワイン。うわあ、piccolo(ピッコロ)なんて曖昧な言葉を使わずに、グラス1杯って言えば良かった。調べないと単語が出て来ないけど。

「ごめんね〜 お勘定が高くなっちゃうかも……」
「良いよ、良いよ。美味しいし。全部飲めないのが残念だな」
 こういう時、母から飲んべえの血を受け継がなかった事に腹が立つ。母なら顔色一つ変えずに全て飲み干すだろう。私はおちょこ1杯が限界の下戸だ。胎内にいた時に一生分のアルコールを摂取してしまったのだ、きっと。

 デザートはティラミス。
 これもクリーム部分がふわりと軽くて絶品。
 別腹にしっかりと収まった。
 そして心配な会計……
 ん?
 ワインを注文した他の人たちと同じ額しか言われない。

「あれが標準の量だったんだね」
「あ〜 良かった」

 午後は国立考古学博物館へ。
 数々のどでかい石像にも驚いたが、何と言っても「秘密の部屋」に感動した。これは性器と性行為に関する出土品ばかりが集められた展示室。その露骨な表現は、ポンペイの娼婦の館を指し示す大胆なマーク(正解は「男性器の形」でした。当たったかな?)以上に見る人の度肝を抜く。

 以前、上野で葛飾北斎展が開催された時、私は数時間待たされて入場し、カンカンに怒って帰宅した。別に混雑がイヤだったのではない。春画(江戸時代のポルノグラフィ)が1枚もなかったからだ。「富嶽三十六景」のようなゾクゾクするほどクールで格好良い風景画や、比類ないデッサン力を感じるたおやかな美人画、そして、
「オッサン、オッサン、ちょっとやり過ぎー!」
 と後ろからどついてやりたくなるような卑猥な春画まで、幅広くこなした所に、葛飾北斎の素晴らしさはあるのに。

「春画は子供に見せられないって言うなら、レンタルビデオ屋のアダルトコーナーみたいに囲いを作って、そこに展示すれば良いのよ!!」
 私は憤慨しながらDちゃんに向かって叫んだ(全く困った妻だ)

 ひるがえってこの「秘密の部屋」
 私の思い付いた「アダルトコーナー」の実現と言っても良いのではないか。
 ああもう、偉いぞ、イタリア人!

 その中に、様々な性行為のパターンを示した絵があった。
 これはポンペイの娼婦の館のメニューだそうで、
「今日はこんな風にしてください」
 とお客が娼婦に注文する訳だ。

 春画も、寝室の屏風に貼って同じ使い方をされていた。
 2000年前のイタリアと、江戸時代の日本の共通点に感激。
 いやまあ、助平な男の人と、それを商売の種にする人の考える事なんて、古今東西変わらないのか。

 私はこの展示室でのべつ幕なしに、
「すごい! すごい!」
 と騒いでいたが、Dちゃんは完全に無反応だった。
 堅物め。

 博物館にいる間に天気が崩れ、スパッカ・ナポリは傘を差しての見学となった。バスを降りた途端寄って来る傘売り。晴れの日は何を売っているのだろう。素早い。治安が悪いと前々から聞いているので、気を引き締める。この時点で一番盗まれたくないものは、お金でも傘でもなく、この旅行記のために書きためたメモ帳だった。泥棒の方でも何の役にも立たないしね。

 並んで歩いてゆくと、ちょうど教会で結婚式があるらしく、花嫁の乗った車が通った。途中、道に落ちていた太いチェーンに引っかかるが、強行突破。ガラガラガラ! 車から降りてどけよう、などとは考えないらしい。
 荒っぽいなあ。

 お店に入ると、ガイドさん(添乗員さんではなく、日本語ペラペラのイタリア人女性)が、
「お金盗られるから気を付けて!」
 と注意。ん? と思うと、「ニュー・シネマ・パラダイス」に出て来た少年トトみたいな可愛い顔のジプシーがこちらを見ている。
 うーん、この子にならお金を盗られても……
 いやいや、この笑顔も商売道具なのだ。
 甘くなってはいかん。

 自由時間をもらったので、Dちゃんと道を歩いてみる。どのお店も小さく、棚には沢山の細かい商品が並んでいる。その様子に懐かしさを感じ、胸がキュッとなった。

 これは……
 どこだろう?

 決して綺麗でも、美しくもない。
 でも何かがある。

 猥雑さ。
 貧しさ。
 たくましさ。

 南イタリア出身のギター奏者のインタビューに、
「初めて上野のアメ屋横丁を歩いた時、何て故郷に似ているのだろうと感動した」
 という言葉があった。でも私はアメ屋横丁のあたりをあまり知らない(よく行くのは美術館の方) もっと広い範囲で、東京の下町に似ているのだろうか。

 あれこれ考え、ハッと気付いた。
 これは、母と伯母たちが娘時代を過ごした、
「戦後の東京の下町」
 だ。もちろん私は直接それを知っている訳ではない。3人が何度も何度も繰り返し話して聞かせた「思い出の中の街」だ。近くに路面電車が走っているのも、チンチン電車(都電荒川線)みたいではないか。

「埼玉は、都電の音が聞こえなくて寂しい」
 といつか伯母が言っていたっけ。

 母たちのふるさと。
 私のふるさと。

 本屋さんがあったので、思い切って入ってみた。外からは小さい店に見えるのに、中はびっくりするほど奥行きがあって広かった。典型的なうなぎの寝床。近くにナポリ東洋大学があるせいか、漢字の本が平積みされていて面白い。全体的に学生街らしい堅めの品揃えだ。店主のおじさんは、

「観光客が何の用だ?」

 と不審そうな目でちらりとこちらを見たが、すぐにもう一人のおじさん(お客という感じではなかった。出版社の営業担当?)との熱い議論に戻っていった。

「やっぱり本屋さんは良いね。すごく落ち着くよ。外国語の本ばかりなのに」
 活字中毒夫婦、読めもしない本からエネルギー吸収。治安の悪い地区にあっても、本屋さんの中だけは聖域のような気がするから不思議だ。

 スパッカ・ナポリは、誰もが楽しめる場所とは言えないかもしれない。派手さのない、単なる古くて狭い路地だ。でも、私は来て本当に良かったと思う。観光地化されていて、予想ほど怖くもなかったし。

 ……と感慨にふけっていたら、
「パーン!」
 広場に大きな音が響いた。

 銃声?
 犯罪?
 テロ??

 ドキドキしながら原因を探すと、なーんだ。子供たちが蹴って遊んでいたボールを、車が踏んで破裂させたのだ。もう、ほんと荒っぽいんだから!

 一度ホテルに戻り、夜は市内のレストランへ。
 ここのラザニアが最高だった。
「上からかかっているトマトソース、そんなにスパイスは使ってないのね。すごくさっぱりしてる」
「うん、これのおかげでチーズのコクとうまみが生きてる」
 海原雄山夫婦の本領発揮。

 実を言うと私はラザニアを作るのが不得意で、何度やっても、
「まずくはないが、あと一歩」
 の仕上がりになってしまう。
 干し魚と漬け物とみそ汁が基本の純和風の家で育った私に、そんなものをこしらえさせようとするのがそもそも間違いなのだ。

 しかしDちゃんは、
「この味を覚えて、家で再現してね」
 なんて恐ろしい事を笑顔で言っている。

「金に糸目を付けなくても良いなら」
「えっ、何で?」
「トマトソースはどうにかなると思う。でもチーズは明らかに日本の安いやつじゃダメ」
「どれくらい必要だろう…… けっこういっぱい使うよね?」
「どうして日本には安くて美味しい国産チーズがないんだろう」
「Q・B・B(日本のチーズ会社)の株を買い占めるか……」

 イタリア料理の美味しさの秘密は、1にも2にも素材の良さだ。
 その最たるものがチーズだと思う。
 これは料理の腕で解決出来るものではない。
 いっそ酪農を始めでもしない限り。

 興味深いものを見、美味しいものを食べ、楽しい1日だった。けれども心には小さな骨が刺さったまま、抜けずにいる。今日の団体行動中、おじさん・おばさんだけではなく、若いカップルたちも、勤務先と仕事内容を教え合っていたのだ。

 私とDちゃん以外がみんなやっていると言って良い。これはツアー旅行の常識なのだろうか。私は強い違和感を覚える。休暇の間は会社や社会の事を忘れていたいという考えは、ここでは通じないのだろうか。

 悩みが高じてとうとうこの日、私は不眠におちいってしまった。慣れない環境、慣れないベッド。それより何より、理解不能な周囲の日本人。

 もうあの人たちと一緒にいたくない……
posted by 柳屋文芸堂 at 11:28| 【旅行記】南イタリア旅行記 | 更新情報をチェックする

ど素人南イタリア旅行記(その6)

3−4、南イタリア旅行4日目(5月29日) アマルフィ
 
 カプリ島に行く船に乗るため、5:30起床。
 昨日早めに寝たので睡眠時間は充分なのだが、眠りが浅かったせいでフラフラしている。酔い止めを用意するよう連絡が来るほど揺れる高速船に乗るのに、大丈夫なのだろうか?

 今日もモッツァレラチーズとトマトとパンの優雅な朝食を取ろうと思っていたら、時刻が早過ぎて貧相な品揃えだった。甘いパンと牛乳入りコーヒーで我慢。慌てて荷造りし、バスへ。

 ヌオーヴォ城のすぐそばにある船乗り場には、私たち以外にも沢山の観光客が集まっていた。添乗員さんが電光掲示板をじっと見つめる。

「運航を中止しているみたいだね」
 Dちゃんが英語を読んでくれる。どうやら強風と高波のせいであるらしい。確かに冷たい風がびゅうびゅう吹いている。

「運航が再開されるかもしれないので、少し待ってみましょう。これから1時間、ここで自由時間にします」
 私とDちゃんは団体から逃げるように港を散歩。
 無茶な運転をする車を避けながら、ずいぶん遠くまで。
 Dちゃんにしては珍しく、積極的にぐんぐん進んでいく。

「わあ、綺麗!」
 危険を冒した甲斐あって、ボートの並んだ素敵な場所を発見。
「のり、そこに立ってごらん」
 記念撮影、パシャリ。
 うん、新婚旅行っぽいぞ。

 それにしてもこの風、長袖シャツ・くるぶしまであるジャンバースカート・カシミアショールといういでたちでもまだ寒い。一向に治る気配を見せないセキが悪化しないと良いのだが。

 結局カプリに向かう船は出ず、そのままソレントへ。
 カプリ島にある青の洞窟を楽しみにしていた他の参加者は、すっかり気落ちしていた。私とDちゃんは行っても行かなくてもどちらでも良かったので、問題なし。
 体調があまりすぐれないし、高速船に乗らずに済んでかえってありがたかったかもしれない。

 ソレントでの昼食は魚介類のスパゲッティ。
 ほんのりトマト味で、貝は貝殻が取ってある。
 そのせいかこの手のパスタにありがちな磯臭さがない。
「美味しい」
 貝嫌いのDちゃんが喜んで食べている。びっくり。

 エビとイカのフライや、デザートのケーキも悪くなかったが、私が最も美味しく感じたのは別会計で頼んだレモンジュース。このあたりはレモンの産地として有名なので、ぜひとも味わってみたかったのだ。

「Dちゃんも飲んでみなよ」
 口に含むと、目と眉毛と唇が顔の中央に寄り集まった。
「酸っぱ〜い!」
「甘くない所が私好み」

 ソレントはこぢんまりとした可愛らしい街で、海沿いの景色も素晴らしい。
 息さえしなければ天国のよう。
 けれども肺が空気を求めると……

「ゲホゲホゲホ」
「煙い!!」

 観光バスやバイクの排気ガスで、中心部にはまともな空気がひとかけらもないのだ。ただでさえのどの調子が悪いのに、勘弁してくれ……

 再びバスに乗り込み、世界遺産のアマルフィ海岸をドライブ。
 日差しの変化によって、紺色とエメラルド色の水面が大理石模様に混ざり合う。この様子を実際に見ると、
「世界一美しい海岸」
 というのも誇張ではない気がする。細い道がくねくね曲がっていて、バスの乗り心地はイタリア版いろは坂と言ったところ。
 少々酔う。
 ううう。

「あっ、オート三輪だ!」
 オート三輪とは、その名の通りタイヤが3つ(前1つ、後ろ2つ)の自動車。戦後から昭和30年代にかけて隆盛を極め、その後日本ではほとんど見かけなくなってしまった。タイヤが4つの普通の車の知識さえ満足にない私、当然オート三輪の事も全く知らなかった。3年前、あおばさんという詩人がひょいと目の前に現れて、
「今度、こういうものを作ったんです」
 と小冊子を渡してくれるまで。

 それは彼が編集した、オート三輪についての詩集だった。真っ赤な車の写真が表紙の、丁寧に綴じられた自家製本。その冊子を発展させ、あおばさんは昨年、136ページもある本格的なオート三輪アンソロジー「車輪人間」を詩学社から出版した。
 見上げたオート三輪愛だ。

 その情熱をもらい受けて、私もオート三輪の写真を見たりすると「あっ」と声を上げるようになった。日本では、映画やドラマの中でレトロな雰囲気を演出するのに使われたりする。

 ところが南イタリアの街では、オート三輪は現役で活躍中だった。ナポリでも何度か見かけたし、ここアマルフィ海岸では走っている車の3割がオート三輪と言っても良い。
 道が狭いから、四輪車より小回りが利いて便利なのだろう。

「あおばさんに見せたいなあ」
「ほんと、いっぱい走ってるね」

 アマルフィ海岸はオート三輪を守る聖地なのではないか。
 ファンの人はぜひ巡礼に来て欲しい。

 夕方になる前にアマルフィの街に到着。
 まずは団体で教会を見学。
 素朴な建物で、中を歩くと心がしんと静まり、落ち着いた。聖堂のろうそくには火がともり、観光スポットである前に、信仰の場として生きているのを感じる。

 大声を出してはいけない。
 Dちゃんの耳元でそっとささやいた。

「ヤスノリは、こういう雰囲気に憧れて、歌を歌っているんだろうね」

 ヤスノリというのは高校時代の後輩で、芸大の声楽科に通って勉強を続けている。彼は演奏会でイタリアの古い宗教曲も歌う。その歌声からはいつも「何か」が伝わって来た。けれどもクリスチャンでもなく、キリスト教の知識も少ない日本人である私には、それが何なのかうまくつかめなかった。それでも不思議と、強く魅せられた。

 ヤスノリが古い楽譜のすきまから拾い、歌にして私に渡してくれたのは、教会に満ちるこの雰囲気ではなかったか。信者の生活に必要不可欠な、神様に近い空気。

 直接触れるのは初めてだ。
 でも似たものを知っている。
 例えば実家近くのお稲荷さん。
 パンと稲荷寿司くらいの差があるか……

 教会の見学の後は夕食まで自由時間。
 Dちゃんと散歩に出る。
 色鮮やかな絵入りのタイルが、いくつも外壁に飾られているお店で足を止める。古代からモザイク画(ガラスやタイルの小片を組み合わせて描かれる絵画)を作製していた人たちだけあって、今でもお土産として観賞用のタイルがあちこちで売られている。その中でも、この店の商品は現代的でセンスが良かった。

「ここでDちゃんの実家へのお土産を買おうよ」
「う〜ん」
 旅行の出発前に、Dちゃんの実家からかなり高額のお餞別を受け取っていた(私の母・伯母だけでなく、Dちゃんの親も私たちに甘い訳だ) Dちゃんは特に気にならないかもしれないが、嫁としては、
「何かマトモなお土産を見つけなければ」
 と必死である。
 のんびりDに任せておくと最終日まで何も買わなさそうだし。

 躊躇するDちゃんの腕をつかんで店の中へ。
 Dちゃんは猫の絵が描いてあるタイルをじっと見ている。
 じーーーーっと見ている。
 長いんだこれが。

 そこにある数枚から瑕疵のないものを選び、次はふくろうのタイルをじーーっ。冷やかしなのか客なのか判断付きかねて、店主は困ったようにこちらを見ている。
 日本の店でもこの人はこんなですから。

「イタリア語で『これください』って何て言うの?」
 教えてあげるとDちゃんはレジに向かった。
「Questo(クエスト),per(ペル) favore(ファヴォーレ).(これ、お願いします)」
 2つ買うのに単数形のquesto(クエスト)で良かったかしら、語尾変化は…… と不安に思いつつ、ちゃんと通じたようでDちゃんは無事購入。
 やれやれ。

 私も何か話したくなって、
「Questo(クエスト) è(エ) bello(ベッロ)! bello(ベッロ)!(これは綺麗! 綺麗です!)」
「Grazie(グラッツィエ).(ありがとう)」
 変な日本人だと思われたかな?
 微笑んでくれたから良しとしよう。

「あっ、雨!」
 海のそばだけあって天気の変化が激しい。店に入る前は晴れ間も見えていたのに、店を出ると土砂降りだった。
「雨宿りにさ、bar(バール)(イタリア式喫茶店)に行こうよ!」
 広場に面した入り口に駆け込む。

「イタリアにもウインナーコーヒーがあるらしいんだけど、どこにでもあるメニューなのか、特別なメニューなのか分からないんだよね」
 私は子供の頃からウインナーコーヒーが大好きで、古めの喫茶店に入ると必ず注文する。イタリアのガイドブックにも似たような写真が載っていて、飲めるものならぜひ、と出発前から期待していた。

「聞いてみようかな」
「あっ、あの人たちの飲んでるの……」
 イタリア人らしいお客さん2人が、イタリア版ウインナーコーヒーを手に持ってお店の人と話している。
「おおー」

 さっそく注文。
「Caffè(カッフェ) con(コン) panna(パンナ),per(ペル) favore(ファヴォーレ).(生クリームを浮かべたコーヒーをお願いします)」
 一瞬「?」という顔をされたが、すぐに作ってくれた。
 濃いエスプレッソの上に生クリーム、シュワシュワシュワ。

「どう?」
「ふふふふ〜 期待以上!」
 イタリアのエスプレッソは日本のものと全く違う。
 断然香り高い。
 もう日本の喫茶店でコーヒーなんて頼めないかも……

 カップを返して店を出る時に、店員に声をかけた。
「Molto(モルト) buono(ブゥオーノ).(とっても美味しい)Grazie(グラッツィエ).(ありがとう)」
 最初はあまり愛想の良くない感じだったのに、ちょっぴり表情をゆるめてくれた。
 嬉しかった。

 雨は少々弱まったものの、やみはしない。
 その中を再び進む。
 おっ、本屋さん発見!
「入ってみよう」
 店内をぐるりと見回す。

「豆本だー!」
 てのひらですっぽり包めてしまうくらいの、ケース入りの小さな本。
 5種類ほどある。
「お母さんのお土産にしたいね」
 Dちゃんが言う。
 私の母はミニチュア好きで、特に豆本が大好きだ。

「中を確かめたいなぁ」
 イタリアのお店は客が勝手に品物を触ると嫌がると聞く。特にブランドショップや洋服屋などでその傾向が顕著らしいが、本屋さんはどうなのだろう。

「Posso(ポッソ) vedere(ヴェデーレ)?(見ても良いですか?)」
「Sì(スィー),sì(スィー).(はい、はい)」

 店主のおじさんは快く言ってくれる。
 それではとケースをはずし、そーっとページをめくった。
「わあ、壊しちゃいそう!」
 おじさんは、
「もっと大きく開いて見ていいぞ」
 というジェスチャーをする。
 南イタリアの人らしい、愛嬌たっぷりの動作。
 映画の場面みたい。

「うちの母親には、この花のイラスト集が良いかな…… でもクマも捨てがたい」
 それぞれ違う人が描いた、愛らしいクマ、クマ、クマ。
 クママニアのための豆本。
「こっちはよいこぐまさんのお土産にしたら?」
「ああ、そうだね!」

 よいこぐまさんというのは、友人の詩人、いや「天才詩人」と言い切ってしまいたい。眩暈を起こさせるような言葉を紡ぐ人で、国語便覧に載っている文学者と同じレベルで憧れていたのだが、気が付いたら友達になっていた。一見普通の女性なのに、どこか世界とのズレがある。大きなクマのぬいぐるみを思わせる人だ。
 私とDちゃんはクマグッズを見かけるたび、ほとんど反射的に、よいこぐまさんを思い出す。

「じゃあこの2冊にしよう。Quant'è(クワンテ)?(おいくらですか?)」
 おじさんはケースの底を指差す。
「Mamma(マンマ) mia(ミーア),amore(アモーレ),piccoli(ピッコリ) libri(リーブリ).」

 私は「うちの母ちゃん、愛する、小さい本」のつもりでこの文章を組み立てた。しかし「愛する」は「amore(アモーレ)」ではなく「amare(アマーレ)」(そして正しくは主語に合わせて活用する必要あり) これでは「うちの母ちゃん、愛、小さい本」だ。ちょっと拙過ぎやしないか。

 それでもおじさんはにっこり笑ってくれた。
 イタリア人男性は母親を思う気持ちが強いらしいから、私の言いたい事も分かってくれた…… かな?

「イタリア語体験が沢山出来て楽しかったー!」
 努力した分、喜びもひとしおだ。
 たとえ間違いだらけの文章でも。

 その後、今日の宿泊先「HOTEL(オテル) AMALFI(アマルフィ)」に戻って少し休む。床がタイル張りで可愛い。ささやかながらバルコニーもある。
「ベッドは小さめだけど、おしゃれな部屋だね」
 2人とも今までの中で1番気に入った。

 夕食はバスでレストランへ。
 お昼のレモンジュースが美味しかったのでここでも注文したら、ただの缶入りレモンスカッシュがやって来た。
「不二家じゃないだけマシか……」

 Dちゃんはワインを頼んだ。
 相席になった若いカップルも同じものを注文。
 なのに、
「何でこんなに量が違うの?」

 私はDちゃんの手元のデキャンタを指差しながら、ウェイターのおじさんに叫んだ。
「Grande(グランデ)!(大きい!)」
 おじさんは3つのグラスにワインを注ぎ分ける。
 空になるデキャンタ。
「Ecco(エッコ)!(どうぞ!)」

 いや「どうぞ」って言われても。
 ワインを誰が頼んだかなんてどうでも良いのか?
 それとも私の言葉が足りなかった?
 お会計はどうなる?

「よく分かりませんねえ」
 若いカップルと笑い合う。
 気さくな感じの人たちだったのでホッとしていると、
「お二人はどちらにお勤めなんですか?」
 もう、すぐこれだ!
 勤め先の分からない人間とは一緒にいたくないのだろうか。

 ちょっとムッとしていると、Dちゃんは優雅に微笑みながら答えた。
「今は旅行中ですので、プーという事で」
 よく言った、慇懃無礼が世界一似合う男よ!

「す、すみません! 酔っているんで許してください」
「そう言えば、これ、飲んじゃったけど……」
「ああ、こっちが頼んだワインじゃないのに!」
「いえいえ、どうぞ」

 その後は、イタリアのテレビの話など、楽しくおしゃべり出来た。私たちはテレビを見る習慣がないのでホテルでも一切スイッチを入れなかったが、二人は幸運にも(?)イタリア版ゴレンジャーを見る機会があったそう。

「風景は日本みたいなんだけど、マスクをはずすと中身はイタリア人なんですよ」
「人が出て来る部分だけ合成しているんですかねえ」
 うーん、羨ましい。

 パスタに入っていたフジツボ付きムール貝に驚いたり(パスタは美味。少し磯臭かったかな。フジツボは食べません)、鯛のトマト煮と一緒に出たサラダのしょっぱさに舌をしびれさせたり(でも鯛によく合っていた)、3日連続のババの甘さに思わずカプチーノを頼んだり(二つそろって完成形)、いつも通り大満足の食事。
 ツアーと言っても料理は全く問題ない。

 店を出る時、
「Cappuccino(カップッチーノ) è(エ) Molto(モルト) buono(ブゥオーノ).(カプチーノがとっても美味しい)」
 そう言って、ワインを運んでくれたウェイターのおじさんとガシッと握手した。彼の名前はジョバンニ(いつの間にかそう呼ばれていたけど、誰かが尋ねたのだろうか?) 何だか憎めない人で、ツアー客全員が握手していた。
 結局ワインの会計は同じ額。
 量は適当なのね。

「わあ、見て!」
 海の上に月が出ている。
 水面には光の帯。
 食事中、3回ほど豪雨の音を聞いたのだが、今は幸い晴れ。
 街の夜景も美しい。
 岸壁に張り付くようにして建つ家々からこぼれるともしび。

 部屋に戻る前にホテル近くの雑貨屋で水を買った。
 閉店間際だったので、
「Posso(ポッソ) entrare(エントゥラーレ)?(入っても良いですか?)」
「Sì(スィー).(はい)Prego(プレーゴ).(どうぞ)」

 急がなくちゃ!
 うーん、大きなビンの水しかないよう。
 困っていると、お店のおじさんが声をかけてくれた。

「Acqua(アックア)?(水?)」
「Sì(スィー).(はい)」
「Piccola(ピッコラ)?(小さいの?)」
「Sì(スィー),piccolo(ピッコロ).(はい、小さいの)」
「Naturale(ナトゥラーレ) o(オ) gassata(ガッサータ)?(炭酸なし、それとも炭酸入り?)」
「Naturale(ナトゥラーレ).(炭酸なし)」

 最後の2行、ラジオのイタリア語講座のテキストにまるっきり同じ問答が出て来たよ! 実際に使えるなんて。
 おじさんは小さいペットボトルの炭酸なしミネラルウォーターを出してくれた。私は心から感謝する。
「Grazie(グラッツィエ)!(ありがとう!)」

 急いでレジに向かう途中、Dちゃんが何かを指差した。
「これは……!」
 イタリアのお菓子、タラッリ。
 食感は乾パンに似ており、豚のしっぽのようにくるりと巻いてある。オリーブオイルの香りと塩味が利いていて、乾パンの100倍は美味。日本では成城石井に2種類(プレーンと玉ねぎ味)があるきりだが、ここには様々な種類がある。うわあ、選んでる時間ないのにぃ。

「ど、どうしよう…… こ、これにしよう!」
 トマトやにんにくなど、色々な野菜が描いてある袋を手に持った。
 全部混ざっているみたいだから。

「Questo(クエスト),per(ペル) favore(ファヴォーレ).(これ、お願いします)」
 レジを〆てお札を数えたりしている所だったので、ちょっとイヤそう。
 ごめん、私も似たような仕事をしていたから、気持ち分かるよ。
 それでもまあまあ快く会計してくれた。

「やったね!」
「本場のタラッリだ」

 ホテルに帰ると、Dちゃんはお風呂に入り、私は風邪薬を飲んで早めに寝た。雨のせいか体調のせいか、寒くて仕方ない。
 ぶるぶるぶる。
 おやすみなさい。
posted by 柳屋文芸堂 at 11:27| 【旅行記】南イタリア旅行記 | 更新情報をチェックする

ど素人南イタリア旅行記(その7)

3−5、南イタリア旅行5日目(5月30日) チーズ工場
 
 不眠にもならず、体調も大きくは崩さず、5:00ちょっと過ぎに起床。Dちゃんはまだ寝ていたいと言うし、朝食にも早いので、一人で海を見に行く事にする。

 外に出ようとすると、ホテルのおじさんに声をかけられた。
「Case(ケース)! Lift(リフト)!」
 え、何?
 英語分かんないよ〜

 固まっていると、イタリア人らしい激しいジェスチャーで、
「箱を、ここに置け!」
 という形に腕を動かす。
 どうやらスーツケースを出せと言っているらしい。

 でもまだ、添乗員さんの言っていた「荷物を出す時刻」になってないし…… 私がこのまま部屋に帰って来ないと思っているのかな? 何も言わない私に、おじさんはいよいよ激しく、
「箱を、ここに置け!」
 を繰り返す。

「I(アイ) know(ノウ).(知ってます)」
 ふう、ようやく解放してくれた。

 5分と歩かずにすぐ海だ。
 うっとりするほど美しい海辺の風景……
 はそこにはなく、鈍色の空から暗い海に向かって激しい雨が降り注ぐばかり。黒い砂浜をカモメがとことこ歩いている。何だか小学校6年生の時に行った臨海学校を思い出す。3泊4日の間、1日も晴れなかったんだよね。
 昔から雨女だったなぁ、私。

 ホテルに戻る途中、砂と人を運ぶ子馬の列を見る。
 地元の人も馬が可愛いみたいで、通りすがりに口のあたりをポンと触っていくのが可笑(おか)しかった。子馬は雨の中でもおとなしく働いている。石畳の街でこういうのを見ると、中世にタイムスリップしたみたいだな。

 部屋に戻ると、電話が鳴った。
 すごい早口のイタリア語。
「Non(ノン) ho(オ) capito(カピート).(分かりません)」
 えーん、止まらない!

「I(アイ) can't(キャントゥ) understand(アンダスタン).(分かりません)」
 えーい、何語なら止まるんだ。
 よく聞いていると文章の中に「Case(ケース)」「Lift(リフト)」という単語が入っている。ああ、またスーツケースを出せって言ってるのね。

「Sì(スィー).(はい)Grazie(グラッツィエ).(ありがとう)」
 ようやくガチャン。
「今の、モーニングコールかなあ?」
「いや、モーニングコールはのりが外に行っている間にかかって来たよ」
 まだ荷物を出す時間じゃないのに……
 うわ、また鳴ってる!

「Breakfast(ブレックファスト).(朝ごはん)」
 よし、今度は聞き取れた。
「Grazie(グラッツィエ).(ありがとう)」

 でもまだ朝食の時間になってないんだよね。
 ロビーに出ると添乗員さんがいたので、時刻が変更になったのか聞いてみると、困り顔で首を振った。
「ここのホテルは毎回訳が分からないんですよ」

 ためしに5階の食堂に行ってみた。
 やっぱり食事の用意は出来ていない。
 予定の時刻になってないもの。
 ロビーに戻り少し待って、再びエレベーターに乗る。

「あっ」
 急にエレベーターが止まり、電気が消えて真っ暗になった。
 おお、覚えた単語を使うチャンス!
「Aiuto(アイユート)ー!(助けてー!)」
「ここからじゃ聞こえないよ」
 Dちゃんにつっこまれる。
 一度叫んでみたかったんだい。

 すぐに明かりが点いて、無事食堂へ。
 いつも通り簡素で美味しいイタリアの朝ごはん。
 今回は特に塩が素晴らしかった。
 岩塩を砕いたのか、粒が大小様々で、ただのゆで卵が特別なゆで卵に変身。

 昨日相席になったカップルに声をかける。

「美味しいですね、この塩」
「私もうお土産に買いましたよ」
「素早い!」
「友達に塩マニアがいるんです」

 世の中には色んな人がいるものだ。
 勤め先じゃなく、そういう話を最初からしようよ。

 食べ終わって部屋に戻ったらまた電話。
 受話器を取ると無言。
 はて?

 私「Pronto(プロント)?(もしもし?)」
相手「Pronto(プロント)?(もしもし?)」
 私「Che(ケ)?(何?)」 
相手「Che(ケ)?(何?)」

 何じゃこのオウム返しは。
 どうせあのおじさんだろうと思い、そのまま待ってみる。
 しばらくすると、

「キー!キー!」

 何をキーキー言っておるんじゃ。
 あ、もしかしてkey(キー)?

「Chiave(キアーヴェ)?(鍵?)」
「Sì(スィー).(はい)」

 まだチェックアウトの時刻には早いってば!
 それでもすでに出発の準備が整っていたので、ロビーに行く。
 すると添乗員さんが先ほどのおじさんと英語でやり合っていた。

 事情を聞くと、
「ファックスを頼んだ紙がなくなっていて、そんなの知らないって言うんです!」
 大事なものらしく、えらい困りよう。
 これでツアーが頓挫しては大変。
 パソコンなどが置いてあるホテルの事務所に勝手に入り込み、ゴミ箱の中をのぞいてみる。

「もしかして、これ……」
「し、信じられない!!」
 そこにはビリビリに破かれた重要書類が。
 拾い集めてジグソーパズル。
 添乗員さん、仕事中だというのを忘れて本気で怒っている。

 その後もおじさんは、
「部屋の鍵を締めろ!」
 と他のツアー客に迫ったり、
「鍵が足りない!」
 と騒いで何度も、
「Uno(ウーノ),due(ドゥーエ),tre(トゥレ)……(1、2、3……)」
 と数えた挙句、
「分かった、分かった」
 というジェスチャーをしたり、全く落ち着きがない。
 
 Dちゃんと出した結論。
「彼はテンパってる」

 たぶんもともと時間通りに物事を進めるのが得意じゃなくて、にもかかわらず仕事で決められた時刻に動かなくちゃいけなくて、しかもそんなに上手く話せない英語も使わなくちゃいけなくて、日本人は細かい所にうるさいし、頑張らなければ!!

 ……と思うあまりに神経症的にパニックを起こしているのではないか。数を何度も数えるのもそのせいだろう。私も、
「世の中の速さに合わせよう」
 と思えば思うほど神経質になるので、他人と思えん。

 せっかちおじさんにせかせか見送られ(追い出され、の方が近い)バスでチーズ工場に向かう。
「今頃おじさんホッとしてるだろうね」
「『ああ、これだから日本人はイヤなんだ』って両手広げてるよ、きっと」

 アマルフィは本当に素敵な街だった。
 おじさんも含めて。

 雨はようやく上がり、青い空を巨大な白い雲がゆっくりと移動してゆく。山と海にはさまれたサレルノの街が右手に見える。
 とても美しい。

 1時間ほどでチーズ工場に到着。
 もっと工場工場しているのかと思いきや、製造施設はあっさりしていて、見学者のためにガラス張りになっている。チーズを固める工程より、原材料を生み出す水牛の管理に力を入れているようだ。

 万歩計のようなコンピュータを1頭ごと足首に付け、運動量・食事量を記録し、それによって出すミルクも調節するらしい。交配も人工授精ではなくメス30頭の中にオス2頭を交ぜて自然にしているようだ。

 ホルスタインの乳を使わないという時点で、すでに割高なのだ(水牛は乳量が少ない)それでも美味しいチーズのためにあえて水牛を選び、飼育に最善を尽くす。イタリア人の食に対する情熱には本当に感服する。

「わあ〜 牛さん!」
「驚かしちゃダメだよ」

 幼い娘と父親……ではなく、30歳夫婦の会話である。
 ああもう、大きな動物を見ると大人でいられない。
 牛さんたちはドロドロした土の上にいて、私たちが近付くと「興味津々」という感じでこちらを見る。しかし誰かのカメラのレンズがキラッと光ったりすると「ビクッ!」と一斉に後ずさる。
 みんな可愛い顔をしていた。

 工場と飼育場の見学を終え、いよいよ試食!
 私たちにとってはこのツアーのメインイベントと言っても良い。サラダ、堅めのパン、辛口ワインと一緒に、3種類のモッツァレラチーズが出て来た。

【三つ編みモッツァレラ】
 幅3センチくらいの長細いモッツァレラチーズが、三つ編みになっている。日本では1度も見た事のない形。ナイフを入れると白いミルクが染み出てあふれる。硬さはやわらかいゴムくらい。少し塩味があり、噛むと、口の中にさわやかでうまみのある液体がジュワッと広がる。3種の中で1番美味しく感じた。

【丸いモッツァレラ】
 大きさは5センチほど。形は日本のものに1番近い。でも味は段違いに上等。三つ編みモッツァレラよりジューシーで、ミルクの味が強い。塩味はなく、舌触りもまろやか。美味。

【スモークモッツァレラ】
 大きな塊だったものが薄切りになって出て来る。わらじ形。
 Dちゃんが、
「エリンギみたいな歯ごたえだね」
 と言うので笑ってしまった。
 確かに縦にすじがあって、ちょっと硬い。パサッと乾いているのだけど、香ばしくて美味しい。Dちゃんがスモークで茶色くなった部分を残していたので、
「これが美味しいんじゃないのー!!」
 と奪い取ってツルツルっと食べた。

 試食と言うから少しずつなのかと思いきや、どれも大量。
 腹に詰め込めるだけ詰め込んだが、全部は無理。
 日本のものより100倍美味しいチーズを皿に残していくなんて。悔しい!! お土産用はプラスチック容器に丸いモッツァレラが10個ほど入っている。
 5ユーロ。

「のり、買う?」
「日本で買うよりずーっと安いよ。でも運ぶ間に味が落ちちゃうし、暑さで腐っちゃう可能性もあるし……」
 しばし悩む。
「いいや。もし上手くいかなくても、思い出のために、買おう!」

 満腹の腹を抱え、バスでカゼルタの王宮へ。
 ここは「スター・ウォーズ エピソード1」のアミダラ女王の住む宮殿として、ロケに使われたそう。
「ああ、この階段に座って、ヨーダがね……」
「そんな所にヨーダは出て来ません」

 ナポリの職人さんたちが丹念に作り上げた豪奢な内装に感嘆しながら、いくつかの大きな部屋を回る。
 中国の壺のようなものを発見。
 大昔にここへやって来たのね。

 建物の見学の後は庭園で1時間のフリータイム。
 たいそう広いので(全長3キロ)馬車とバスが走っている。

「どうする?」
「チーズ食べ過ぎたし、歩こう」

 巨大な池の横をのんびり進む。
 池には小さな魚が沢山泳いでいて、何かが落ちて来るとすばしこくその一点に集まって来る。池を囲む柵には小鳥が等間隔にとまっており、私たちが近くに行くと次々飛び立つ。私はこういう小さな生き物の動きを見るのが大好きだ。道沿いの緑の木々からは、美しい鳥のさえずりも聞こえる。
 乗り物になんて乗らなくて良かった。

「のりと一緒だと旅行も楽しいな」
「え? そう?」
「今朝のおじさんみたいに『どこにでも神経質な人っているんだ』って分かったりさ」

 Dちゃんは旅行の準備中、ワクワクした様子を全く見せなかったので、本当に行く気あるのかなぁ? 私に合わせて無理しているのかなぁ? と不安だった。けれども私と違うやり方でささやかに喜びを見つけているようで、嬉しく思った。

「ところでさ、添乗員さんの日本語、気にならない?」
「Dちゃんも?!」

 個人的に話す時はそうでもないが、バスの中で観光地の説明を始めると、とんでもない言葉の使い方をする。丁寧にしようとするあまり、自分に対して、
「教えていただけますので」
 と言ってしまったりするのだ(「お教え出来ますので」が正解)

「どうもバスに乗るとセキが止まらなくなると思ったら、そのせいだったか」
「乱れた日本語アレルギー?!」
 ツアー参加者にイライラしたり、添乗員さんの日本語にゴホゴホしたり、妙な所で困るのう。

 集合時間前に王宮内の bar(バール) に行き、私は caffelatte(カッフェラッテ)(温めたミルクにエスプレッソを少しだけ入れたもの)を飲んだ。

「Dちゃんは何も頼まないの?」
「移動中にトイレに行きたくなると困るから……」
「やりたい事より心配が先に立っちゃうのね」
「のりはやりたい事をきちんとやってるねぇ」
「当ったり前じゃん! 北海道でソフトクリーム、沖縄で豚足、イタリアでcaffè(カッフェ)(コーヒー)は当然でしょ!!」

 再びバスに乗り込み、一路ローマに向かう。
 Dちゃんと私はトイレ休憩にも行かず、よく眠った。
 たまに目を開けると、雨粒が窓にぶつかっているのに気付く。
 また天気が崩れて来たようだ。
 3時間ほどでローマ市内に入った時には持ち直していた。

「南イタリアの街より風景が普通だね」
 ナポリのような荒っぽさのない、近代的な都市。
 南イタリアは中部・北イタリアより発展が遅れている、という言葉をここに来て初めて意識する(ローマは中部に位置する)

「遅れている」
 ではなく、
「古さが守られている」
 の方が適切だな。

 しかしすぐにローマの「古さ」に度肝を抜かれる。
 東京にもあるようなビルとビルの間に、大昔の遺跡が忽然と現れるのだ。
「面白い街だね」

 宿泊先は「GRAND(グランド) HOTEL(ホテル) PALATINO(パラティーノ)」 ナポリの「Holiday(ホリデー) Inn(イン) Naples(ネイプルズ)」と同じようなビジネスホテルだ。
「こういう所は使いやすいけど、ちょっとつまらないよね」
 Dちゃんと私は変なおじさんのいるヨーロピアンタイプの小さなホテルの方が性に合うらしい。

 夕食は徒歩で近くのレストランへ。
 2人きりになれるテーブルを確保。
 ホッ。

 まずは野菜のリゾット。
 白いんげん豆・グリンピース・さやいんげんが入っている。
 そのままでも美味だが、粉チーズ(おそらく羊のミルクで作られたペコリーノ・ロマーノ)をかけるとさらに食が進む。

 サラダ(レタス・ニンジン・トマト)は自分でオリーブオイル・白ワインビネガー(酢)・塩をかけて食べる。シンプルなのに美味しい。

 saltimbocca(サルティンボッカ) は子牛肉に生ハムをのせて焼いたもの……と辞書にはある。けれどこの日は鶏肉だったので食べられた。
 助かった。

 別会計で生オレンジジュースを頼む。
 濃くてフレッシュ。
 Dちゃんが注文したacqua(アックア) gassata(ガッサータ)(炭酸水)も分けてもらった。
 甘くはない。
 荒れたのどに気持ち良い。

 途中、フォークを床に落としてしまった。
 ウェイトレスに声をかける。
「Forchetta(フォルケッタ),per(ペル) favore(ファヴォーレ).(フォーク、お願いします)」

「よく単語が出て来るね」
「不思議と思い出すんだよね」

 その言葉が話されている場所に行くと、日本でバラバラに覚えた単語が頭の中でつながってゆく感覚がある。オーストラリアにショートホームステイした時にも同じように感じた。このまま長く滞在していれば、イタリア語をもっときちんと話せるようになるのかもしれない。
 ああもう、明後日出発か。

 ホテルに戻ると、体調を気にしつつ風呂に入った。
 あとちょっとだ、頑張れ、私の体。
 早く帰って自宅のベッドで休みたいような、イタリアから離れがたいような、複雑な気持ち。

 この団体からは一刻も早く逃げ出したいが。

 夜は更ける。
posted by 柳屋文芸堂 at 11:25| 【旅行記】南イタリア旅行記 | 更新情報をチェックする

ど素人南イタリア旅行記(その8)

3−6、南イタリア旅行6日目(5月31日) ローマ
 
 6:00に起きて大慌てで食事。
 バスに乗り込み、カトリックの総本山のあるヴァチカン市国へ。ここは世界最小の独立国家で、一昨年、コンクラーベ(教皇選挙)が行われた時にはニュースでも大きく取り上げられた。

 20分ほど列に並んでヴァチカン美術館に入場する。
 案内をしてくれた日本語ペラペラのイタリア人ガイドさんが面白かった。売れっ子らしく、説明の途中にたびたび携帯電話が鳴る。右手と左手に1つずつ持って、片方はイタリア語、片方は日本語、なんて離れ技も見せてくれた。

「しゃべり方がさ、少し田村正和を彷彿とさせない?」
「話し始める前にちょっと『ため』があるせいだろう」

 確かに田村正和は、セリフなんてちゃんと覚えているはずなのに、
「次、何を言おうかな」
 と考えているかのような「ため」を入れる。
 ガイドさんの「ため」は日本語を組み立てるための時間だが、田村正和のは演技をリアルに見せる技術なのだろう。
 そうか、そんな所に彼の工夫があったとは……

 そんな事はともかく、詳しい解説を聞いた後、システィーナ礼拝堂へ。
 ガイドさんから注意。
「スリもいるので気を付けてください。子供たちが良い商売してますので」
 こんな言い回しが出来るんだもの、人気者になるよね、そりゃ。

 この礼拝堂にはミケランジェロの天井画がある。
 旧約聖書の中の場面が緻密に立体的に描かれて……いるのは良いけど、天井なので鑑賞するのが大変。首をコリコリさせながら上を見上げていたら、Dちゃんが頭を支えてくれた。
「あら、優しいわねぇー!」
 同じツアーのおばさんに冷やかされる。
 うるせえ。

 日本の美術館では、シンプルな建物の中に美術品を展示する事が多い。しかしここは美術品を展示する場所というより、建物全てが美術品という方が正しい。右を見ても左を見ても上を見ても下も見ても、何もかもが豪華絢爛。
 ため息が出る。

 そのまま進んでサン・ピエトロ大聖堂へ。
 旅行者が大挙して押し寄せる観光スポットでありながら、今でもちゃんと祈りの場として使われている。司祭様(という呼び方で良いのか、キリスト教の知識が少なくて分かりません。ここの儀式を取り仕切っていた人)が信者たちに何やらお話していて、途中、メロディ付きの祈りが建物内部に響き渡った。

「ねえ、これ……」
「そうだね」
 グレゴリオ聖歌の旋律の一部だ。感動のあまり、全身がゾワーッとして心が飛んでゆく。Dちゃんに最初にもらったプレゼントが、グレゴリオ聖歌のCDだったのだ。

「のり、頭に妖怪アンテナが立ってるよ」
 感激アンテナだってば!

 大聖堂を出ると、入場待ちをする長蛇の列。
 私たちは予約ありの団体入場だったのですぐ入れたが、個人で来た人はかなり(2〜3時間?)待たなければいけないらしい。
 こういう所はツアーの良い点だ。

 昼食はレストランでペンネアラビアータ(辛いトマトパスタ)、ローストチキン(ローズマリーの香り。大き過ぎて食べ切れなかった)、パンナコッタ(なめらか!)、別会計でカプチーノ。
 食後解散して、今日は夜までフリータイム。
 どれだけこの時を待っていたか。

 ホテル前までバスで送ってもらい、まずは近所のスーパーへ。
 Dちゃんの会社の人たちへのお土産(ビスコッティ)と、acqua(アックア) gassata(ガッサータ)(炭酸水)を買う。本当はオリーブオイルも欲しかったのだけれど、大きなビンしかなく諦めた。
 塩はすっかり忘れていた。
 失敗。

 一度ホテルに戻ってから再び道に出ると、横断幕を持ったおじさんたちが大騒ぎしながら練り歩いている所だった。車も人々に交ざって徒歩の速度で進み、長々とクラクションを鳴らす。
 まるで角笛だ。
「これ、もしかしてデモ行進?」

 今日、ローマ市内のタクシーがストを起こしているというのは聞いていた。遠出しないし関係ない、と思っていたら、こんな集団に出くわすとは。デモ行進の前後は歩行者天国状態。
「イタリアの車は運転が怖いし、排気ガスも煙いから、タクシーの運転手さんはいつもデモをしていて欲しいね」

 イタリアの地下鉄は、
「行きはよいよい帰りは怖い(買ったものを盗られる)」
 らしいので、あちこち行きたい人には不便だろうな。

 行進の道から離れ、フォロ・ロマーノへ。
 萩尾望都の「この娘うります!」にも登場した場所なので、2人ともワクワク。都会の真ん中にある巨大遺跡。これぞローマ、というような神殿の柱にオオーッ! 入場無料で、貴重な建造物を街の風景のように感じながら、のんびり散歩が出来た。

「写真撮ろう。……あれ?」
 フィルムがもうない。
「あと1枚あると思ったのに〜!」

 盗難に遭うといけないので、39枚の使い捨てカメラを1つだけ持って来たのだが、全然足りなかった。ふだんあまり写真を撮らないので油断した。
「ごめんね〜 Dちゃん楽しみにしていたのに」
「良いよ良いよ」

 ガイドブックにも大きく載っているし、そこから思い出をひねり出そう。うーん、それにしても残念。萩尾望都ファン失格だ〜

 その後ガイドブックに出ていた「FELTRINELLI(フェルトリネッリ)」という大きな本屋さんへ。この旅行記の表紙をお願いした、ちかさんへのお土産を探す。最初、彼女の好きな「鋼の錬金術師」のイタリア語版を探していたのだが、漫画売り場がなかなか見つからない。

「Dov'è(ドヴェ) MANGA(マンガ)?(漫画はどこですか?)」
「MANGA(マンガ)」という単語は通じたようで、店員さんは何か答えてくれた。でもその意味が分からない。リスニングが出来ないんじゃどうしようもないよ〜

 困ったなぁ、と思いつつ地下に下りると、イタリア語版JUNE漫画が。
 おおお。
 ちかさんは筋金入りの腐女子である。

(※オタク用語から遠い場所で暮らしている人への解説。JUNE(ジュネ)とは男の子と男の子の恋愛物語。腐(ふ)女子(じょし)とはその手のものを愛好する女性を指す。最近は高齢化が進んで貴腐人(きふじん)なんて言われるそうですね)

「ちかさんは、くっきりした絵柄より、細い可憐な線で描かれた絵が好きなんだよな。ストーリーもどぎつくなくて淡い感じの……」
 そこにあった20冊ほどのJUNEを全部パラパラ見てみる。
「うん、これが良さそう」

 自分たちのためにイタリア語で書かれた日本の漫画の解説本なども買い、上の階に上がる。
「次は鉄六先生へのお土産を見たい」
 このお店ではCDも扱っている。
 長唄三味線の師匠である鉄六先生には、イタリアの音楽をお土産にしたかった。

「C'è(チェ) CD(チディ) "O(オー)' sole(ソーレ) mio(ミーオ)"?(CD「オー・ソレ・ミーオ」はありますか?)」
 店のおじさんはさっと移動してイタリア各地の音楽が集められた棚へ。
 1枚のCDを手に取る。

「Can(キャン) you(ユー) understand(アンダスタン) English(イングリッシュ) or(オア) italiano(イタリアーノ)?(英語かイタリア語、分かりますか?)」
 ど、どっちも中途半端だよー!
 そうだ、聞く方だったら私のイタリア語よりDちゃんの英語の方が確実だ。後ろを振り向くと、誰もいない! おいおい、ちゃんと付いて来て〜

 困り顔のまま突っ立っていると、おじさんがCDの裏側を指差しながら説明を始めた。
「"O(オー)' sole(ソーレ) mio(ミーオ)","Funiculì(フニクリ) funiculà(フニクラ)"……(「オー・ソレ・ミーオ」、「フニクリ・フニクラ」……)」
「Sì(スィー),sì(スィー).(はい、はい)Vorrei(ヴォッレーイ) questo(クエスト)!!(これが欲しい!!)Grazie(グラッツィエ)!(ありがとう!)」

 ナポリ歌曲集が欲しかったのでぴったりだ。
 一瞬で見つけてくれたおじさんに感謝。
 自分たち用にも同じCDが欲しかったがなかったので、近くにあった他のナポリ歌曲集を買う。

 他にはイタリア語版コンピュータ専門書(Dちゃんの会社の同僚へのお土産)、イタリア語で書かれた日本語の教科書(例文が面白い!「酒でも飲んで、今晩はそんな事は皆忘れよう」とか。イタリアらしい〜)なども購入。

「買い過ぎ……?」
 ふと気が付くと合計112ユーロ(2万円弱)も本屋で使ってしまった。

 本屋内の bar(バール) で caffelatte(カッフェラッテ) を飲んで一休みし、ホテルへ戻った。ベッドに寝転んで、Dちゃんは日本の漫画の解説本、私はちかさんのために買ったJUNEを読む。

「何だかコミケの後、お宝に囲まれるちかさんとえりかさんみたいだね」
 えりかさんはちかさんと一緒に私のサークル活動を手伝ってくれる友人(2人とも小学校からの幼馴染) オタク文化を愛する気持ちはちかさんに勝るとも劣らない。
 ま、私も人の事言えんが。

「恋愛の時に使うイタリア語が分かって勉強になるよ。自分用にも買えば良かったなぁ」
 楽しみながらゆっくり休んだはずなのに、夕食に行こうと動き始めると、どうも体の調子がおかしい。

「ローマ名物の carciofi(カルチョーフィ)(アーティチョーク。日本ではあまり食べる機会のない野菜)が食べたい……のに…… carciofi(カルチョーフィ),carciofi(カルチョーフィ)…… あれ? 今私、ちゃんとRを巻き舌で言えてなかった?」
「うん。旅行中少しずつ言えるようになっていたよ」
「ええっ! 日本では全然出来なくて『私には無理なんだわ』って諦めていたのに!! carciofi(カルチョーフィ)! carciofi(カルチョーフィ)!」

 しかし発音は出来ても消化が無理そうだった。
 道に迷って体力を失うのを避けるために昨日と同じレストランに行き、トイレに入ると、案の定お腹を壊していた。

 疲れのせい?
 ストレスのせい?
 連日の食べ過ぎのせい?
 コーヒー飲み過ぎ?
 acqua(アックア) gassata(ガッサータ)(炭酸水)の刺激が良くなかった?

 ……全部、だな。

 Dちゃんはトマトパスタなど普通のコースメニューを頼み、私はエビとズッキーニのリゾットと、紅茶を注文した。ティーバッグとはいえ久々のお茶にホッと息をつく。リゾットは、胃が重くてなかなか食べられない。いつもなら美味しく感じる海っぽさが、今日は生臭く感じる。ズッキーニだけを拾って口に運ぶ。

 Dちゃんのデザートを出したいらしく、何度もウェイターにリゾットを持っていかれそうになり、そのたびにフォークを握った。それでもやはり半分ほどしか食べられない。美味しくなくて残したと思われると申し訳ないので、

「Mi(ミ) scusi(スクーズィ),mio(ミオ) stomaco(ストーマコ) non(ノン) bene(ベーネ).(ごめんなさい、私の胃が良くない)」
 と言って皿を返した。
 かなり拙い文章だが、ウェイターは、
「Sì(スィー),sì(スィー).(はい、はい)」
 とてのひらを振って「気にするな」という気持ちを表してくれた。

 食後、寄り道せずホテルに戻り、すぐ眠った。
 22:00だった。
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ど素人南イタリア旅行記(その9)

3−7、南イタリア旅行7日目(6月1日) ローマ
 
 7:00起床。
「体がポカポカして気持ち良いよ」
 Dちゃんは私のおでこに手を当てる。
「熱い」
 万が一と思って日本から持って来た体温計を脇にはさむ。

 37.4度。
 やっぱりね。

「もう帰ると思って気が抜けたんだな〜 うわ〜 動くとダルーい」
 朝食では紅茶用のお湯にポカリスエットの粉を溶かして飲み(こんなものを用意して来た自分に感心する)甘くないラスクのようなものを少しだけ食べた。

 壊れた体とスーツケースを引きずって集合場所に行くと、おばさん達が、
「チーズ工場で買ったチーズの容器から水がもれてる!! 出発前に水を抜いた方が良い!!」
 と騒いでいる。

「大丈夫かな?」
「タオルで包んでビニール袋を2重にかぶせたから、もれても平気だよ」
「偉い!」
 私は小声でDちゃんにささやく。
「水よりおばさん達の方がイヤ!」

 このキンキン声。
 具合が悪いんだから勘弁して。
 話しかけられないように遠くに離れる。

 バスで空港へ。
 搭乗手続きに時間がかかって中に入るのが遅くなり、30分ほどしか自由時間をもらえなかった。大慌てでお土産屋に行く。

 実は旅行前に、Dちゃんのお母さんから、
「お土産はチョコレートが良いな」
 という電話をもらっていた。
 おそらく、
「手軽に買える物を」
 という配慮だったのだと思うが、とうとう最終日まで美味しそうなチョコレートに巡り合わずに来てしまった。

 1軒目のチョコはいまいち。でも自分たちのために After(アフター) Eight(エイト)(日本でも売っているチョコ)を買った。会計の時、イタリア人らしい店員さんに、
「ナントカカントカ ticket(チケット) ナントカカントカ」
 と言われる。

 はて?
 ボーッとしていると、
「Are(アー) you(ユー) Japanese(ジャパニーズ)?(あなたは日本人ですか?)」
「Sì(スィー).(はい)」
「トージョーケン」

 いや、チケットの意味は分かるが、ここで券を出す意味が分からない。仕方なく貴重品入れをふところから引っ張り出し、搭乗券を出す。するとピッ、ピッと機械で処理して、After(アフター) Eight(エイト) を袋に密封した。今は飛行機の中に持ち込むものに対してうるさくなっているから、
「これは平気ですよ」
 という証明をしてくれたのだろう。

(どうでも良いけど、このチケットの会話、言ってる人間の国籍と言語がしっちゃかめっちゃかだな)

「のりはここで待ってて」
 熱のある私を気遣って、Dちゃんだけが2軒目に走る。
 しばらくして戻って来た。

「あっ、トリノのチョコレートだ!」
 トリノは昨年冬季オリンピックが開催された、北イタリアの都市である。
「ああ、良かった。トリノはチョコレートで有名なんだよ」
「行ってないけどね」

 ところでこのチョコレート、箱ごとざくっと大きな袋に入れられているだけで、密封されてはいなかった。お店ごとに会計の仕方が違うのだろうか? よく分からない。とにもかくにもお土産が見つかって良かった。

 体のダルさが極限に達していたため、飛行機に乗り込んだらすぐ爆睡、グーッ。出発が遅れたらしいが(うっすら目を開けたらまだ飛んでいなかった)気にせずグーッ。食事が来たら一応起きて、半分だけゆっくり食べ、また水にポカリを混ぜて飲んでグーッ。

 眠ってばかりいたおかげで、行きより帰りの方があっという間だった。飛行機の中が退屈な人は、熱を出してみると良いかもしれない。
 おすすめはしないけど。
posted by 柳屋文芸堂 at 11:21| 【旅行記】南イタリア旅行記 | 更新情報をチェックする

ど素人南イタリア旅行記(その10)

3−8、南イタリア旅行8日目(6月2日) 帰国
 
 Dちゃんがてのひらをおでこに当てる。
「熱は下がったようだね」
 窓の下にはもう日本の土が見えている。
 成田は晴れ。

 無事着陸し、人の流れに沿って入国手続きをし、荷物を受け取る。
 そう言えばイタリアに着いた時にスーツケースを受け取れなかった同じツアーの人は、結局最後まで荷物無しで過ごしていた。
 一体どこに行ってしまったのだろう?

 私は行きも帰りもちゃんと届いて良かった。
「バードになったのり子」
 の大きなシールが正しい道へと導いてくれたのだろうか。

 添乗員さんにあいさつをして、解散。
 日本語にはちょっと問題があったけれど、何かと一生懸命働いてくれたから感謝する。

 リムジンバスの券売り場に行くと、10分後に出るという。
 急いで乗り場へ。

 午前中だからか3人ほどしか客がおらず、椅子を倒してのんびり寝ていたら間もなく我が町浦安に到着。体力をなくしている上に荷物が増えているので、スーツケースを運ぶのがつらかった。帰宅後お土産や服を片付け、Dちゃんがすぐにスーツケースをベランダに干してくれた。

 昼は醤油とすりゴマでひやむぎを食べ(久々の醤油は香ばしくて美味だった)、お昼寝し(14:00〜19:30くらい)、寿司を出前で取って食べ、アニメ「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」のDVDを鑑賞(ヨーロッパに行ってから見ると、風景シーンがより魅力的に感じた) その後寿司の入れ物を洗い、メモ帳の足りない部分を書き上げた。

 もうそろそろこの旅行記も finito(フィニート)(おしまい)
 Grazie(グラッツィエ).(ありがとう)
posted by 柳屋文芸堂 at 11:20| 【旅行記】南イタリア旅行記 | 更新情報をチェックする

ど素人南イタリア旅行記(その11)

4、あとがき&後日談
 
 旅行中に書きためたメモを元に書くから簡単だろう……
 なんて考えは甘かったです。
 いやはや大変だった。

 書いてみて、自分が思った以上にアニメや漫画を意識して日々を送っているのだと気付きました。
 何かというと出て来たもんね。

 やたらに勤め先を聞きたがる人の気持ちは今も分からない。
 あっちが常識でこっちが非常識だったのだろうか。
 うーむ。

 でもおばさん達は本当にうるさかった。
 ああはならないよう気を付けよう。
 無理かなぁ。
 声大きいし、デリカシーに欠けるし。

 いつか私も……!
 って目指したくはない。

 イタリアの各地で松を見た事や、
(「ローマの松」という交響楽を初めて聴いた高校時代、
「ローマに松なんてあるんかいな」
 といぶかしく思った。
 たーくさんありましたよ!
 生えているだけでなく、松ぼっくりの形をした大きな魔よけがあちこちに置いてあった)

 Dちゃんの発した、
「缶コーヒー」
 という言葉に、
「ター!!」
 と叫んだ事など、
(美味しいコーヒーが飲める bar(バール) があちこちにあるのに、何故そんな単語を思い出せるのだ?
 でも日本の自動販売機とコンビニは便利だな〜 とも感じた)

 書き忘れた出来事も多いが……
 ってここで書いちゃった。えへ。

 治安が悪い悪いと聞いていたけれど、何も盗まれなかった。
 日本の治安もどんどん悪くなっているから、そんなに気にならなかったのかもしれない。
 グローバル・スタンダードに近付いた?
 イヤだなあ。

 メモ帳を無事持って帰る事が出来たのは、めでたい。
 そのおかげでこの本が書けた。

 後日談を少々。

 まず私の体調だが、帰宅後数日で元に戻った。
 やはり団体行動から離れたのが1番の治療になったのだろう。
 孤高の主婦のり子(ワガママとも言う)

 お土産の数々は、友人・先生・親戚に喜んでもらえた。

 ちかさんからは、
「どうして私がこの本の大ファンだって分かったの?!」
 というメールが届いた。
 付き合いが長いと(かれこれ20年)分かるんだねえ。

 感極まったのか、
「本の最後に、
『泉"オレの人生コメディーだぜ!"ちか』
 って入れて!!」
 との事。

 変な人。
 でもこういう訳の分からなさは大好きだ。

 特別なものを用意出来なかった友人たちには、この本をお土産として渡すつもりでいる。喜んでもらえなかったらどうしよう。でもクタクタだったし、ユーロ高だったし、許して。

 アマルフィの閉店間際の雑貨屋で買ったタラッリは、唐辛子味が強くて辛かった。
 でも美味しかった。
 日本ではなかなか手に入らない品なので満足。

 懸案だったモッツァレラチーズは、水ももれず、腐りもせず、無事胃袋に収まった。工場で食べた時ほどではないにせよ、味も悪くなかった。あそこまでフレッシュなチーズは、現地でないと食べられない。
 貴重な体験をしたなぁ、と思う。

 買い忘れた塩は、成城石井で購入(イタリア南部にあるシチリア島の岩塩)
 はっきり言って魔法の粉。
 もう日本の塩には戻れない。

 戻れないと言えば、コーヒー。
 イタリア製の直火式エスプレッソメーカーを買っていれるようになってしまった。
 火加減が難しくて、まだあの味は出せない。
 今後も研究を続ける予定。

 アルベロベッロを舞台にしたファンタジー小説は……
 いつか書けるのだろうか。
「こうすれば、もしかしたらいけるかも」
 という構成のアイデアを、この旅行記執筆中に思い付いた。
 でもどうなるか不明。
 忘れた頃に書き上がる……かも。

 旅行の後、母から電話があった。
「あんた、ベロベロベッロに行ったんでしょ?」
 行ってねえよ!!!

 旅行中、必要性をひしひしと感じたリスニング力を強化して、いつかまたイタリアに出発したいです。そう言いながらこのひと月、これを書くのに忙しくて、イタリア語の勉強をすっかりサボってしまったのは内緒。

 最後に、この旅行に付き合ってくれたDちゃんと、読んでくださった皆様へ一言。
 Amo(アモ)!

柳田のり子


初版:2007年8月19日
著者:柳田のり子
表紙:泉"オレの人生コメディーだぜ!"ちか
posted by 柳屋文芸堂 at 11:19| 【旅行記】南イタリア旅行記 | 更新情報をチェックする