「美味しい、美味しい」
と嬉しそうに食べたのだ。ははは。ざまあみろ。
私に内緒で二人が一緒に暮らし始めた時から、私の殺意はじわじわと枝を伸ばし始めた。浩志が好きだった? それもある。でも私は、真理子だって好きだったのだ。これからは私抜きに、二人だけで楽しい時間を過ごすのかと思うと、指先がじんとしびれた。嫉妬と、寂しさで、息も出来ないほど苦しかった。
バレるだろうか。自分のやった事を思い返してみる。旅行用のスーツケースを使って二人を車の後部座席に運んだ時も、海から戻って車を降りた後も、マンションの住人とはすれ違わなかった。車道を走る車は少なく、歩道も無人に近かったように思う。もちろん二人を落とした現場は、誰にも見られていない。
こんなに簡単に、人を殺せるものなのか。背中がゾッと寒くなる。そんなはずはない。私は自分の行動を、甘く、大ざっぱに見過ぎている。取り返しのつかないミスがないか、もっと細かく考えなければ。
車から二人を降ろす時も、地べたに引きずった形跡が残ったりしないよう、重さに耐えてしっかりと持ち上げて運んだ。何も問題は……
足跡だ。
海べりは小さな土手になっていて、その上にコンクリートの壁がある。この土手の土に、往復二回分の、私の足跡がついている。しかもそのうち片道二回は、人を持った重みのせいで、よりいっそう深くくっきり残っているだろう。
自殺か、他殺かと右往左往する警察官たちをかき分けて、切れ者の刑事がこの不自然な足跡を見つける。その先にかすかに残る、タイヤの跡。その模様が私の車のものと一致するのを発見する。
彼は私を見つける。私を、捕まえる!
しかしふと、警察の検挙率が下がっているというニュースを思い出した。未解決事件に追われる忙しい警察の人たちが、ドラマに出て来るような捜査や推理を、はたしてちゃんとやるのだろうか。
「若い男女の死体が海から?」
「心中だろ」
「じゃ、次の現場に急ごう」
とりあえず答えらしいものさえ出たら、正解かどうかに関係なく、その事件の書類には「解決済み」のハンコが押されてしまうのかもしれない。引き出しの奥にしまわれて、忘れ去られる、私の犯罪。
友人を亡くしたちょっと可哀想な女の子として、私は生き続ける。ひとりぼっちで。
結局、何も変わらないじゃないか。いやむしろ、殺す前よりひどい。しばらく我慢して慣れれば、今までとは少し変わった形で、私は彼らの友達でいられたはずだ。かつてのように三人平等という訳にはいかなくても、二人は今日のように、足繁く私の家に遊びに来てくれるだろう。そのたび私は、毒入りではない、美味しい料理を食べさせる。二人は大いに喜び、
「また来るね!」
と笑いながら手を振って帰ってゆく。
ああ、どうして私は私を、必要以上に孤独にしてしまったのだろう。
コンクリートの壁にこびりついている、私の皮膚のDNAから。彼らの胃に残る、溶けかけたタンタン麺から。
私を探して。
私を助けて。
玄関のチャイムが鳴った。警察が、優秀で思いやり深い刑事さんが、私を迎えに来たんだ! 私の罪をあばき、その上で、
「君もつらかったんだね」
と優しく言ってくれるに違いない。きっと私はたまらなくなり、ポロポロと涙をこぼす……
ドアを開けると、浩志と真理子が立っていた。妙にしっかりとした存在感がある。幽霊ではないらしい。二人の濡れた服からは、汚れた海特有の、腐った魚の臭いがプンプンした。
「二人とも、生きていたのね!」
すがりつこうとした私のお腹を、浩志は容赦なく蹴り上げた。
「俺たちを殺そうとしておいて、なに笑ってるんだ」
言葉を返そうと口を開きかけると、顔を殴られた。床に倒れた私を、浩志は何度も何度も、全力で、蹴る。
浩志の足とは別に、もう一ヶ所、激しく打たれているのを感じた。浩志より力は弱いけれど…… ああ、真理子も私を蹴っているんだ。そう気付いた頃には、痛みも、苦しみも、何も感じなくなった。
完全に意識を失った私を、浩志と真理子は東京湾に、どぼんと落とした。
この罪を糾弾する者は、誰もいない。
(終わり)