2008年10月21日

自己啓発シングル

!注意!

 この小説には不愉快な表現が多分に含まれています。
 嫌な思いをしてもかまわない、と覚悟を決めてからお読みください。


「ああ、俺だよ。最近どうしてる? 俺? もーすげー元気。今までにないくらい(笑)最近ちょっと凝っててさ、ほら、何ていうのかな……自己啓発っていうの? いや、セミナーに通ってる訳じゃないよ。あれってさ、エヴァンゲリオンの終わりみたいにみんなに拍手されて、
『俺は生まれ変わったー!』
 とか言って泣いたりするんだろ(笑)すげー馬鹿みてー(笑)そんなんじゃないよ。俺のはさ。
『自己』啓発っていうくらいなんだから、自分でやんないと意味ないよね。本も読まないよ。その手の本がいっぱいあんのも知ってるけどさ。どーせ当たり前の事を新しく見つけた大真理みたいに偉そうに書いてあるって、読む前から分かるじゃん(笑)
 俺、もともと本読まないしさ。本読むと頭が良くなると思ってる奴、はっきり言って馬鹿だね。特に最近の小説なんてさ、読めば読むほどくだらねー人間になりそうだよ。『世界の中心で、愛をさけぶ』とか『電車男』とかさ、あんなん俺だって書けるよ。あれに感動したとか言ってる奴、ほんとアホだよ。……いや、読んでないけどさ。読まなくたって分かるじゃん。何書いてあるか。
 そういや、綿矢りさっているじゃん。『蹴りたい背中』だっけ? あれはさすがにやれないね。だって俺、美少女じゃないし(笑)あの小説も可愛い若い女の子が書いた、って事にみんな価値を見出すんであって、内容なんてどうせスカスカなんだろ? ……いや、読んでないけど、話聞いてりゃすぐ分かるじゃん。
 あれ? 何の話だっけ? そうだ、俺の話だよ(笑)自己啓発。何でそんな事やろうとしたかっていうとさ、今まで俺、なんか暗かったじゃん。後ろ向きでさ。自分の事嫌いだったし……良くない所ばっか見ちゃうっていうの? 会社に通えなくなった事とかずーっとうじうじ悩んでさ。自分が全部悪いんだって、責めて……。超馬鹿みてー(笑)もうそういうのやめようと思って。病院? 行ってないよ。会社辞める前、休職の手続きするためにちょっと通ってたけどさ。カウンセリングとかすげーむかついて。俺が自分の事一生懸命話してんのに、うん、うん、ってはりこの牛みたいにひたすらうなずいてるだけで。
『あなたは何も間違ってない』
 とか言われたかな(笑)たぶん患者がどんな事言っても何一つ否定すんなって教えられてんだよ。俺、色々話した後さ、
『そんなんじゃ誰の命も救えねーよ』
 って言ってやった(笑)あんなん聞いてるようで聞いてないのと一緒じゃん(笑)
 医者もひでーよ。薬もらうのはけっこう好きでさ、飲み慣れてない時はハイになったりして面白いし(笑)夜ちゃんと眠れるのもありがたかったよ。でもさ、そのうち薬漬けにされてるような気がして来てさ。だってあいつら、俺が治るより治らない方がもうかる訳じゃん? 薬を飲ませる、それがだんだん効かなくなる、もっと強い薬を出す、それもだんだん効かなくなる、量を増やす……それの繰り返し。超怖くねー?(笑)しかも薬使えば使うだけ製薬会社から金もらえるんだよ。ほんと、そのうち日本中薬中ばっかになるんじゃねーか?(笑)
 あれ? 何の話だっけ? そーだよ、自己啓発(笑)まずさ、自分の本当の能力を思い出すんだよ。俺、こう見えても小学生の頃『神童』って言われてたんだ。国語も算数も偏差値七十切った事なかったもんね。開成受けろって塾からも言われてたんだけどさ、通うのに遠いって、親に反対されて。それでやる気なくしたのと、直前に高熱出したのとで、第一希望……って言っても親の希望だけど……落ちてさ。すべり止めに進学するのも嫌だったから、普通に公立の中学に行ったんだよ。もー周り馬鹿ばっかでさ(笑)こっちは受験でけっこう難しい問題に慣れてる訳じゃん? 特に国語なんて、
『え? 何でこんな分かりやすい文章でテスト作るんだ?』
 ってもう、不思議で不思議で。勉強なんて全然しなくなったね。嫌いじゃなかったんだけどさ、やる気なくすよ、簡単過ぎて(笑)
 最初のうちは小学生の知識の残りでどうにかなってたんだけど、中二、中三と成績落ちて来てさ、自分でもやべーって思って受験ギリギリでわーって勉強したよ。まあ有名校は無理だったけど、ソコソコんとこ入ったよ。とりあえず全員大学進学目指す高校。そこの教師が超教え方下手でさ。入学して二週間しないうちにもうこりゃダメだーって分かって、内職始めたね(笑)授業中とか勝手に自分の好きなお勉強(笑)成績はもちろん悪かったけど、全然気にならなかった。まあ退学にされたらまずいからさ、赤点取らない程度にテキトーに。それでもストレートで大学入ったもんね。授業なんて受けなくて正解だった(笑)
 そんな調子で大学行って、別にどうしてもやりたい学問って訳じゃなかったし、ま、社会出るために一応さ。大学はもう高校以上に超ラクだったね。完全に昼夜逆転(笑)あんなんで卒業出来ちゃうんだから日本の大学って怖ーよ(笑)
 それから会社に入るんだけど……。
 何でうまくいかなかったのかな……。
 いや、また気にしてる(笑)俺、超女々しいー!(笑)
 ずっと自分に非がある気がしてたんだ。でもよく考えたらさ、大学四年間一日たりとも午前中に起きなかったような人間がさ、いきなり五時半に起きて、毎日一時間半かけて会社に通えーっていうんだよ。はっきり言って無謀じゃん(笑)
 自分が無能だったから会社に通えなくなったんじゃなくて、要求が無理過ぎたんだよ。おっかしーなー、って思ってたんだ。俺より頭悪そうな奴がみんな何年も勤め続けてさ。朝の電車の混みよう見てみろよ。あんなん平気で乗れる方がおかしいって(笑)無神経過ぎ。途中で降りちゃう俺の方がマトモなんだよ。……ベンチ座ってさ、あー、もう遅刻だ、また先輩にイヤミ言われんだろうなーって思いながら電車待ってるとさ、こう線路に呼び寄せられる感じするんだよね……。次の電車が来たら、乗るんじゃなくてガーッて轢かれちゃえば楽だろうなーって。でもさ、何で俺が死ななきゃなんねーんだ? ってふと我に返る時があってさ。その時は、そうだ、俺じゃなくて先輩が死ねばいいんだ、先輩死ね! 死ね! 死ね! って何度も何度も唱えるみたいにして……。
 ……あれ? また俺。暗ー! 超暗ー!(笑)そんな嫌な思い出話はいいんだよ(笑)自己啓発の話。俺が見つけた独自のやり方だけどさ、『本の人』みたいに偉そうにはしないよ(笑)
 まず自分が人より優れていた時の事を一つ一つ思い出すんだ。さっき小学生の頃の話したのはそれでさ。勉強に関して言えば、もう中学・高校はなかった事にして、『神童時代』だけ考える訳。俺は全然無能なんかじゃなくて、むしろ選民? みたいな感じに。体の事もさ。体っていうか心……。そりゃ調子悪い時多いよ。でもさ。元気なんだよ、もう。ほら、自分は悪くないって気付いたから。もう前とは全然違うから。ちゃんと眠れるようになるし、朝もきちんと起きられるようになるって。怒鳴り散らして母親泣かす事もなくなるし。だって俺、馬鹿じゃないもん。世の中の大多数より絶対頭良いはずだよ。神経だってマトモだし。おかしいのは周りで、俺は超フツーなんだよ。いや、普通じゃないよ。神童なんだから。偏差値七十なんだから。本当は開成行って東大行って大蔵省かなんかに勤めて…… いや、違うな。きっと作家になってたな。ベストセラーみたいなアホっぽいやつじゃなく、大衆受けしないけど評論家に絶賛されるようなの。こう歴史に残って、百年後の国語のテスト問題になるような。漱石とか鴎外とか、それ以上のレベルかもな。いや、読んでないけど、分かるよ。自分にそういうの書けるのが。俺。絶対間違ってねーから。絶対」

 ……台本は作り終えた。あとはこれを誰かに聞かせるだけで良い。男は電話をかけるべく、受話器をにぎる。

 彼の言葉に耳を傾けてくれる人間なんて、世界に一人もいやしないのに。

(了)
posted by 柳屋文芸堂 at 22:20| 【掌編小説】自己啓発シングル | 更新情報をチェックする