2007年08月17日

ど素人料理談義(その1)

  まえがき

 毎日料理を作る暮らしが始まったら、料理の本を出そう。それも、何をどうしたら食べ物になるのやら、皆目分からない「ど素人」のうちに。
 そう決めていたにも関わらず、見知らぬ土地での慣れない家事に思いの外手間どって、あれよあれよと時は過ぎゆき、ハッと気付くと、
「最近、料理をしていて驚く事が少なくなってる! もうど素人じゃなくなっちゃったの?」
 まあ、結婚して四ヶ月も五ヶ月も経つのに料理の「り」の字も分からないような妻じゃ、ダンナがかわいそうだよな。
 生活者としては喜ぶべき「ど素人卒業」
 しかし文章書きとしては、
「まずーい! 新鮮な気持ちを失わないうちに本を作らなければー!」
 という訳でこの本は、
「家庭科の授業くらいしか料理の経験がない新妻が、夕食を無事食卓に並べるまでの、愛と波乱に満ちた冒険活劇」
 ……いや、最後の方はちょっとウソ。「柳田の無知の記録」の方が正しかったりして。
 料理や生活には慣れてきたけれど、ダーリンとの関係は新鮮なままですよ!
 ……って、誰も聞いてないから。



一、ど素人、いきなり鶏ガラスープを取る

 結婚して最初の料理は「手羽先と大根おろしのスープ」
 これを作るにあたって、密かに決意していた事がある。それは、
「鶏ガラスープを自分で取る!」
 この料理はもともと、手羽先・長ネギ・しょうが・オクラ・大根おろしを、鶏ガラスープの素を溶かした水で煮込む、というレシピ。実家で母が作っているのをよく見ていたので、最初の料理に選んだのだが、私はこの「鶏ガラスープの素」をあまり使いたくなかった。化学調味料が入っているのが気になるし、何より調理が簡単に済んでしまうのがつまらないと思ったのだ。
「そんな考えをしているから、いつまで経っても料理に時間がかかるのよ!」
 とあきれ返る友の声が聞こえてきそうだが、私にとっては何事も、
「手早く済ませられるかどうか」
 より、
「面白いかどうか」
 の方がはるかに重要なのだ。
「出来上がるのが何時になったってかまわない。思いっきり料理を楽しんでやる!」
 ダンナが聞いたら嘆きそうなココロザシを胸に、いざ買い物へ。
 この時点で、鍋やフライパンなどの調理器具はそろっていたが、食材は調味料も含めて何一つ買っていなかった。
「料理に使うものから順番に買いそろえていけば良いや」
 これがけっこう大変だった。何しろ大根や長ネギはもちろん、塩もサラダ油も料理酒もないのだ。しかし「手羽先と大根おろしのスープ」にはこれらを使う。どうするか? 全部まとめて買うより他ない。
「お、重い……」
 確かにゼクシィの新生活準備リストの中には、調味料がずらりと並んでいた。最初からこんなにそろえるもんかね、と軽くながめてそのままにしてしまったのが間違いのもとだった。その後数日間、
「レシピの材料全部買い」
 でヒーヒー言う事になった。野菜や肉に加え、しょうゆ、酢、こしょう、砂糖、みそ、みりん、小麦粉、ソース、オリーブオイル……
 話を最初の料理に戻そう。鶏ガラスープといっても、鶏ガラは店頭にない場合が多いので、手羽先で代用する方法を取った。スープ作り用+具用で手羽先を三パック。二人暮らしである事を考えると、うっすら笑いが浮かぶ量だ。その中からスープ用に三本取り出し握りしめ、生肉のプヨプヨした感触にドキドキしつつ、『決定版 はじめての料理』を読み上げる。どうやら手羽先はそのまま煮るのではなく、何やら細工をしなければならないらしい。
「『三角形の部分を切り離し……』 三角形って、どこ?」
 この本は食材別に下ごしらえの仕方が丁寧に解説されていて、たいそう便利なのだが、この時は残念ながら柳田の無知をおぎなう事が出来なかった。
「要はよく味がしみ出りゃ良いんでしょ? 適当に包丁刺しちゃえ!」
 ザク、ザク、ザク!
 実を言うと今でもどこが三角形なのかよく分かりません。誰か教えてください。
 とにもかくにも、危なっかしい手つきで荒々しく皮と肉を切り刻み、本に載っている写真とはかけ離れた姿ではあるけれど、骨が外から見えるような状態にした。それを長ネギとしょうが(具ではなく、におい消し)と一緒に鍋に入れ、たっぷりの水をそそぐ。火は最強。そして、
「『煮立ったら、火を弱めてアクをすくいとり……』」
 今から考えると馬鹿馬鹿しい事この上ないのだが、私は料理を始める直前まで、「アク」というものを見分けられるのだろうか、と心配していた。ただの泡をすくいまくってスープを無駄にしてしまうんじゃなかろうか、と。
 煮立ってみれば、心配無用。これぞアク、というような白茶色の汚いブワブワしたものが大量に浮き上がってきた。大慌てでお玉をにぎり、すくう、捨てる、すくう、捨てる……
「うーん、もったいないなぁ〜」
 お玉でアクだけを取るのは難しい。どうしてもスープを一緒に捨てる事になってしまう。手間をかけた分スープに愛情がわいて、ほんの少しでも排水口に流れてゆくのが無念でならない。
 今まで考えてもみなかったけれど、ラーメン屋のオヤジは客が残していったどんぶりの汁をどんな気持ちで見ているのだろう。これぞと思った材料を仕入れ、家庭で作る鶏ガラスープなどとは比較にならない時間をかけて煮込んでいるのだ。「まいどー」なんてのんきに言いつつ、心の中では、 
「汁も全部飲んでけ!」
 と叫んでいるのではあるまいか。
 アホな妄想をしながらフツフツさせる事、一時間。意外にもあっという間だった。アクを取ったり、吹きこぼれないよう火加減を調節したりしているうちに、時間が過ぎていってしまうのだ。鶏ガラスープを取りながらやろう、と思っていた具の下ごしらえは遅々として進まなかった。
「思った以上に、手際が悪いなぁ」
 私は何をやっても要領が悪い。(工作・勉強・小説執筆・人間関係・生き方、などなどなど)結婚前は毎日きちんと家事をやれるか不安で、
「マズい料理ばかり食べさせて、ダンナが鬱病になっちゃったらどうしよう」
 などと誰彼かまわず相談(相談なのか、これは?)していた。私の性格をよく知る友人たちは、
「あなたは努力家だから、大丈夫だよ」
 と励ましてくれた。確かに私は、興味さえあればとことん研究するタチだ。より良いものを得るためなら(今回の鶏ガラスープのように)冒険もする。もしかしたら、美味しい料理を作れるようになるかもしれない。しかしこの性格ゆえ、料理に時間がかかるのは一生直らないのではないか。
 思わず遠い目をしてため息をつきそうになるが、そんな暇はない。本当の料理(手羽先と大根おろしのスープ)はまだ始まってもいないのだ。
 せっかく取ったスープをこぼしたりしないよう気を付けながら、鍋の中身をキッチンペーパーをしいたザルでこす。茹で上がった手羽先の美味しそうな事!
「でも変な風に切り刻んじゃったから骨と肉が混ざって食べられないや」
 次回は肉と骨を綺麗に分離してからスープを取り、肉も食べられるようにしよう、と決意する。出来上がった量はボールいっぱい。全部使うとそれこそラーメンのようにこってりしそうなので、半分くらいは製氷皿に流し入れ、保存用に冷凍する。そして大慌てで鍋を洗い(スープを作れるような大きな鍋は一つしかないのだ)新たなスタート。
「大根おろさなきゃ。手羽先(具用)も焼かなくちゃ……」
 クラクラクラ。(でも倒れる暇は当然、ない)
 料理に対する不安に対して、当のダンナ様(その当時は彼氏)は、
「仕事のせいで鬱病になった話はよくあるけど、料理のせいで鬱病になったという話は聞かないから、大丈夫だよ」
 と慰めてくれた。けれどもダーリンの機嫌を損ねる原因になるのは、マズさのせいではなく、もしかすると……
「ただいま〜」
「ひーっ! まだ全然作り終わってないよ!」
 何時になったってかまわない、と思っていても、仕事に疲れた愛する人がハラペコで目の前に現れたら、あせる。本当にあせる。
「うわあ〜」
「急がなくて良いから。それよりガスとか包丁でケガしないようにね」
 ダーリンは優しい。……のはもちろんだが、私の不器用さをよーく知っているので、いつ何時何をやらかすか、ヒヤヒヤしているのだろう。私はダーリンと自分のために、落ち着いて慌てた。
 結局、食卓に料理が並んだのは、その一時間以上あとだった。
 初めての料理に対する、ダーリンの感想は、
「まあまあ」
 そうか…… そうですか。機嫌を損ねなかっただけ御の字かも。
 時間が間に合わなかった以外には、大きな失敗もしなかったし、ま、良しとするか。

☆鶏ガラスープその後☆
「肉と骨を切り離してからスープを取り、茹で手羽先を楽しむ」
 という企ては、一度だけ実行した。確かに美味しかったけれど、生の手羽先を扱うのが思いの外面倒で(火が入った手羽先も食べにくいが、生はプルプルで手がすべりやすい上、肉がホロッとはがれたりしてくれない)やめてしまった。ではその後どうしているかというと、なんと、本物の鶏ガラで鶏ガラスープを取るようになった。鶏ガラをいつでも手に入れられるスーパーを発見したのだ。
 一回分にちょうど良いかたまり(一羽分なのか?)で百四十円程度。業務用スーパーで大袋に入った冷凍鶏ガラをながめ、
「あんな量はいらないんだけどなあ」
 とトボトボ帰宅した日が懐かしい。
 鶏ガラスープを取るのは相変わらず手間と時間がかかる。しかし一度取ってしまえば、製氷皿の冷凍スープをインスタントのだしのように使えるので、何かと便利だ。これをどぼりどぼりと二つほど入れて炊いた中華粥が好評だった。
 この「コク濃縮氷」間違ってジュースの中に入れたりしたら、取り返しのつかない事になるんだろうな(まだやってない)
posted by 柳屋文芸堂 at 10:42| 【エッセイ】ど素人料理談義 | 更新情報をチェックする

ど素人料理談義(その2)

二、我が家の和風だし問題

 私はよく、かつお節でだしを取る。
「鶏ガラスープを取ったり和風だしを取ったり、アンタんちはスープばっかりかい!」
 と突っ込まれそうだが、和風だしはスープ以外の料理にもよく使うのだ。
 例えば、きんぴらごぼう。私はこれを料理を始めて三日目に作った。泥付きゴボウをたわしでゴシゴシ洗い、カブトムシのような土の香りを満喫してから、おもむろにまな板の前に立つ(壁に飛んだ泥水の跡は、見て見ぬふり)そして「ゴリン、ゴリン、ゴリン!」と五センチほどの長さに切り、それを薄切りにしようとした所で、ふと気付いた。
「ゴボウは上級者向けの野菜なのではあるまいか」
 まず当たり前だが、他の野菜に比べると、かなりかたい。その上細いので、均等に薄切りするのが難しい。さらに作業効率とは関係ないが、まな板周りがくずとアクにまみれる。
「う〜ん」
 チマチマとしか進まない千切り。きんぴらごぼうをメニューに選んだのは失敗だったか? しかし途中でやめる訳にはいかない。私はベテラン主婦の十倍くらいの時間をかけて、ゴボウとニンジンの千切りを終えた。これを赤とうがらしと一緒にごま油で炒め、油がなじんだら、しょうゆ・砂糖と一緒に和風だしを流し入れる。
「汁がなくなるまで煮れば良いのね。なーんだ、千切りの後は簡単じゃん!」
 しかし。カップ半分のだしが全て蒸発するにはけっこうな時間がかかる。時々混ぜなければいけないので、その間はほとんどフライパンから離れられない。
「やっぱり手間のかかる料理だったのね……」
 またもや長くなる調理時間。けれどもその甲斐あって、薄茶色に光る、味わい深いきんぴらごぼうが出来上がった。
「お。ちゃんとキンピラらしくなってる!」
 ダーリンも、背広のままフライパンの中をのぞいて驚いている。(この日は帰宅時間にギリギリ間に合ったのだ)食卓に並べ、ごはんと一緒に食べると、由緒正しい日本の味が口いっぱいに広がる。私もなかなかやるじゃないか。
「自分で作っておいて言うのもおかしいけど、美味しいねえ」
 ダーリンは満足げにうなずく。
 が。
 その穏やかな表情に、すっと影が差した。
「でも……」
 でも? でも何さ。
「何か変なにおいがする」
 野菜はその日に買ったものである。さらに料理三日目。調味料さえ新品なのだ。私は原因を突き止めるべく、きんぴらごぼうを作る工程をダーリンに説明した。
「水じゃないかな。ここの水道の水、変な味がするなあって、引っ越してきた時から思ってたんだ」
 全然気付かなかった。水の良し悪しを判定出来るほど、私の舌は繊細じゃないのだ。
「だしを煮つめた時に、水の中の有害物質が凝縮されちゃったんだよ、きっと」
 あんなに頑張ったのに。美味しく出来たと思ったのに。自分の技術とは関係ない所で、料理がマズくなっていたなんて。
 あまりに悔しかったので、その後だしを取る時には、ミネラルウォーターを使う事にした。浄水器を付けよう、という話もあったのだが、様々な不便が生じる(お湯が使えなくなる、など)と知って悩んでいるうちに、立ち消えになってしまった。水道水を使わなくなった途端、予想通り「変なにおい」が消えたので、水道の水質が話題に上る事もなくなったのだ。
 だしの利いた和食の並ぶ食卓。その裏で、私の静かな奮闘があった。値段が安いので、ミネラルウォーターは箱入りを買う。二リットル×六本で、十二キロ。私は車を運転出来ないので、これを自転車で運ばなければならない。
「父ちゃんのためならエンヤコラ〜」
 いや、箱の上げ下げで腕が疲れるのは別にかまわないのだ(そりゃちょっとは大変だけど)走り出してしまいさえすれば、自転車の乗り心地も普段とそう変わらない。バランスだってちゃんと取れる(微妙にヨロヨロするけど)
「ミネラルウォーターを荷台に載せ、ひもを巻き、発進する」
 そのちょっとした動作が、怖いのだ。
 私は一つの事に集中すると、周りが全く見えなくなる。ミネラルウォーターを買い始める少し前にも、自分の荷物に気を取られて、スーパー前の自転車をドミノのように倒しまくった事があった。そばで見ていた見知らぬ女性にきつ〜く叱られたのもつらかったが、「荷物を載せて自転車を無事発進させる」というただそれだけの事が出来ない自分がとにかく情けなくて、家に帰ってからシクシク泣いた。そんな事で泣いてしまうのもまた情けないが、まあ私はそういう弱い人間なのだ。
 にもかかわらず、十二キロ。ミネラルウォーターを買うたびどれだけ不安になり、どれだけ心臓をバクバクさせるか、想像するのは簡単だと思う。
「ヘマをしませんように。周りに迷惑をかけませんように。叱られませんように」
 もうほとんど「祈り」に近い。
 そうやって苦労して手に入れた「水」である。美味しいだしを取らなきゃやってられない。かつお節の入った鍋に、一滴も無駄にしないよう注意しながら注いでゆく(もちろん、たまにこぼす。どんなに注意しようと不器用な人間は失敗するのだ)そしてごくごく弱い火にかける。激しく煮立たせてしまうとだしが濁り美味しくなくなるので(自分だけが食べる昼ごはんで実験済み)その防止のためだ。時間はかかるが、野菜や肉の下ごしらえにもっと時間がかかるので、何の問題もない(本当にないのか?)
 水ほどでもないが、かつお節についてもそれなりに苦労した。最初は薄く削ってある花かつおを使い、鶏ガラスープと同じようにキッチンペーパーをしいたザルでこしていた。しかしこれだと洗い物が増えるので(ザルとボール)目の細かい網で出来たお玉のようなものでかつお節を取り除くようになった。これはもともとアク取り用で、スープを無駄にしないために購入したのだが、いつの間にか「かつお節すくい専用」みたいになってしまった。
 花かつおを一袋使い切った頃、業務用スーパーで業務用だし(かつおだけでなく、サバなども入っているミックス削り節)を見つけたので、試しに購入してみた。それだけでやめておけば良いのに、同じ棚にあった「にぼし粉末」というものも、ついついカゴに入れてしまった。これは小麦粉なみに細かくなっているにぼしの粉で、袋の裏の説明によると、水に入れて沸騰させればそのままだし汁になるらしい(何もすくう必要がない)
「そんなうまい話があるのかなあ……」
 はい。ありませんでした。粉になってもにぼしはにぼし。水に溶けるはずもなく、かつお節の澄んだだし汁に慣れた身には、粉っぽさが気になって仕方ない。そのまま食卓に出すのが申し訳なくて、「網お玉」で粉をすくう羽目に。
「かつお節より手間がかかるよ、こりゃ……」
 またまた長引く調理時間。しかもこの粉、一回に大さじ一杯しか使わないのでなかなか減らない。業務用スーパーの割には量が少ない(二〇〇グラム)のが救いだが、一キロ入りとかだったら最初から買わずに済んだかもしれない。
 業務用だしはかつお節と同じ感覚で使え、だし汁もなかなか美味しかった。ただ「骨が混ざっている可能性があります」という注意書きが気になって、「網お玉」作業が長引く事が多々あった。
 業務用だしがなくなった後、骨のない花かつおに戻してみたりもしたが、最近は厚削りのかつお節に落ち着いている。同じ業務用スーパーで売っていたもので、かつお節の一枚一枚が大きく、「網お玉」を使わずに箸で取りのぞける。
 実はこれ、『みんなの定番&きほんの料理』という本で推奨されていたやり方なんだよね…… 結婚前から持っていた本なんだから、始めから迷わず厚削りを選べば良かった。
 ま、試行錯誤してこそ成長する、って事で。……本当かなぁ?

☆にぼし粉末その後☆
 さて、始末に困ったにぼし粉末。かつお節でだしを取る時にちょこっと混ぜたりして減らしていったが、まだ半分くらい残っている。ダーリンは、
「お好み焼きをする時に入れちゃえば良いよ!」
 と言うけれど、我が家にはホットプレートがないのでお好み焼きを作る機会がない。(フライパンで焼いたら楽しみ半減、という気がするのは私だけ?)カルシウムも摂れるし、良いアイデアなんだが。
 う〜ん。
 ハッ、ひらめいた!
「これでけんちん汁を作ってみよう!(大した思いつきじゃなくてごめんなさい)」

一、まず、大きな鍋にごま油をひいて余り物の野菜(大根・にんじん・白菜など)を炒める。
二、その間、小さな鍋(いや、本当は大きい方が良いのだけど、前にも書いたようにうちには大きな鍋が一つしかないのだ)にたっぷり水を入れ、にぼし粉末をザバザバ投入し、火にかけておく。
三、持ち手の付いたザルにキッチンペーパーをしく。
四、野菜があらかた炒まったら、右手にザル、左手に小さい鍋を持って、にぼし粉末をこしながら大きな鍋にだし汁を注ぐ(この工程の事を考えると、やっぱり鍋は小さくなきゃいけないのかも)

 こんな悩み交じりのレシピがあるかい! と、つい自分でツッコミを入れたくなるな。しかし悩み入りなのには訳がある。このやり方でけんちん汁を作った時、にぼし粉末を思いっきり吹きこぼしたのだ。水と混ざったにぼしの粉でガス台はドロドロ。火を弱くしていたので焦げなかったのが不幸中の幸いだった。
 アクシデントに見舞われつつも、完成したけんちん汁。うどんを入れて食べてみると、これがなかなか美味しかった。キッチンペーパーでちゃんとこしたので当然粉っぽさはなく、にぼしの濃いだしがごま油の風味とよく合っている。
 そしてどんぶり二杯分使っても、まだ鍋には大量の汁が!
 いくらにぼし粉末を減らしたいからって、吹きこぼすほどだし汁を作る必要はなかったのだ。
「やりたい事」と「やれる事」の差を見極めるのが今後の課題、かもしれない。
 いやその前に「大きい鍋をもう一つ買え!」だな…… 
posted by 柳屋文芸堂 at 10:41| 【エッセイ】ど素人料理談義 | 更新情報をチェックする

ど素人料理談義(その3)

三、魚のある食卓

「この家に来ると、必ず焼いた塩鮭があるんだよな」
 伯父はちゃぶ台の前に座ると、なかば呆れ、なかば懐かしむような不思議な笑顔でそう言った。私はその頃、どこの家の食卓にも必ず魚が載っていると信じていたから、伯父が何故わざわざそんな事を言うのか全く分からなかった。
 伯父はいつも予告なしでふらりと私の家に来た。そして数日間滞在し、またふらりとどこかに行ってしまう。伯父が普段どんな暮らしをしているのか、子供の私は知る由もなかったけれど、おそらく毎日食卓に焼き魚が用意されているような日々ではなかったはずだ。伯父は生涯独身だったから。
 伯父が亡くなったという知らせが来たのは、ひどく寒い日だった。小さな小さなお葬式が済んでしばらく経った後、私の家に新巻鮭が送られて来た。それは伯父の恋人だった人からで、丁寧な手紙が添えてあった。
 手紙の内容は覚えていない。
 彼女が鮭を選んだのには、何か深い理由があったのだろうか。それとも……

 はっ。何故か私小説風に始めてしまった第三章。ここの所ずーっとエッセイ的文章ばかり書いていたから、私の中の「小説書きたい病患者」が我慢出来ずにむっくり起き出してしまったのだ。
「ちょっとぉ! 私にも書かせてよ!」
 でも私はキーボードを叩きたがるその人を後ろから羽交い締めにして、「それとも」の後を無理やり書き継いでしまう。
「単に『柳田家には鮭さえ与えておけば大丈夫』と知れ渡っていただけなのだ!」
 とにかく私はそういう家で育った。そしてその事に反発したりせず、素直に大の魚好きになった。幸いダーリンも魚が好きなので、「毎日魚」とまではいかないまでも、「肉と魚を一対一」くらいにはしようと心がけている。
「魚料理なんてしないよ」
 私より数ヶ月先に結婚した友人が、当然のようにそう言うので、私はびっくりした。
「家中臭くなっちゃうんだもん。魚は実家で食べるもの、って決めてるの」
 確かに魚料理には苦労が多い。焼いた時の煙もすごいし、黒こげになった網を毎度洗うのも面倒だ。それほど魚が好きでなかったら、避けたくなるのも分かる気はする。けれども私は、実家に帰るまで我慢出来ないくらい、あの味が好きなんだよなぁ。
 料理を始めて二週間経った頃の事だ。サンマはすでに一度塩焼きにしていたので、次はアジを焼いてみようと、スーパーへ買いに行った。
 最初はパック入りのアジを手に取った。しかしすぐ横に、発泡スチロールの箱がいくつか置いてあるのに気付いた。それらには氷水と一緒に魚が入っており、
「アジ」
 と油性マジックで書かれた板も見える。
「こっちの方が新鮮そうだな」
 私はパック入りアジを元の場所に戻し、パン屋でパンをはさむ時に使うような道具で、その魚をぐっとつかんだ。
「落としませんように、落としませんように……」
 売り物の魚を床にツルン! なんてやってしまったら、恥ずかしさと申し訳なさで具合が悪くなってしまう。全神経を指先に集中させ、慎重に、慎重に、祈りを込めて……
「ふぅ」
 二尾、無事ビニール袋に収めると、何か立派な事を成し遂げたようなすがすがしい気分でレジに向かった。
「パック入りよりずいぶん大きいなぁ。慌てずに周りを見て得したよ」
 店員さんはカゴの中の物を次々取り出し、ピッ、ピッと手際良くバーコードを読み取ってゆく。そのたびレジの上の小さな黒い画面に商品の名前がカタカナで表示される。「ダイコン」「マヨネーズ」「アブラアゲ」「サバ」……
 サバ?
 サバなんて買った覚えはない。今日買った魚は先ほど自分でビニール袋に入れたアジだけだ。さては店員さん、バーコードなしの手入力だから間違えたか?
 頭の上に五秒間「?」を出した後、ようやく理解した。パック入りのアジと、目の前の魚の大きさがかなり違う意味について。
 間違えたのは、私だー!
 白状してしまうと、私はそれまでアジというものをほとんど「開き」でしか食べた事がなかった。結婚するまで自分で生の魚を買ったりしなかったから、サバも二枚か三枚におろして調理された形しか記憶にない。世事に疎い、乳母日傘のお嬢なのだ(ドサクサにまぎれて何を言う)
 いや、それでも。
 大きさで気付けよー! 私のバカー!
「サバ…… サバ買っちゃった……」
 呆然としたままレシートを確認すると、くっきりはっきり「サバ」という文字。レジの画面を見間違えたのかも、という小さな希望はあっさり消え去った。
「サバって事は…… アニー! アニーがいるかもしれない! ひ〜」
【アニー】とは魚に付く【アニサキス】という寄生虫の愛称だ。高校時代に『寄生虫館物語』を読んで以来、寿司や刺身を食べられなくなった私にとって、それは残酷な魔女の名のように響く。この文章を書くために調べてみると、どうやらサバだけでなくアジにもいるそうだが(要はどっちを買っても危険度は同じだった)私は、
「サバと言えばアニー、アニーと言えばサバ!」
 と呪文かことわざのように信じていた。おそらく〆サバで感染する例が一番知られているからだろう。
 サバにアニーがいたとしても、塩焼きにするのだから当たる可能性はほとんどない。しかし体の中にこっそり忍び込んで、思う存分人間を苦しめる小さなニョロニョロ(ひ〜)に手が触れてしまうかもしれない、と思うと血の気が引く。
「どこかに使い捨ての手袋があったはず。もったいないけど使わせてもらおう。とてもじゃないけど素手でなんて触れないよ」
 帰宅後、買った物を冷蔵庫に放り込み、すがり付くように『決定版 はじめての料理』のサバのページを開いた。
「アジなら内臓とぜいごだか何だかを取るだけで済んだのに、サバはさばかなきゃいけないんだよなぁ……」
 本には綺麗にさばかれた「二枚おろし」「三枚おろし」の写真が載っている。ここまでやるのは当然無理だとしても、どうにかこうにか食べられる形に仕上げなければ。
 全っ然、自信がなかった。
「でも、ダーリンが夕ごはんを食べられるかどうかは私の手にかかってるんだ。頑張らなくちゃ」
 くじけそうな心を愛で補強し、大きく息をついて『決定版 はじめての料理』を読む。
「(魚の)下処理は古新聞を敷いて行うと汚れない」
 まず、新聞がないよ……!
 恐ろしい事に、我が家にはテレビも新聞もない。友人たちに言うと必ず驚かれるが、
「ネットさえ出来ればどちらもいらないだろう」
 と新郎新婦の意見が一致しただけだ。決して貧乏なせいではない。実際「情報を得る」という意味ではほとんど困っていないけれど、「紙としての新聞」はたまに必要になる。
 そしてこの「サバさばき事件」が、結婚して最初の「必要」だった。
「アジならキッチンペーパー一、二枚で間に合っただろうになぁ」
 血が付くのを防ぐため、まな板をラップで包み、その上にキッチンペーパーを四枚ほどしく。そして使い捨て手袋をはめ、いざいざ、い〜ざ〜!
「まずは首に包丁入れて骨を切るのね。ええっと……」
 ごりごり。ごりごり。ごっ。
「切れたのかなあ?」
 裏返してもう一度首(ひれの後ろあたり。魚の首、というのも変な言い方だが、頭を落とすために切るのは首だろう、という事で)に包丁を入れると、肉を切るだけで首が離れた。
「ふー」
 これで一安心、な訳がない。怖いのは内臓だ。色んな意味で。しかしためらっていてもサバが傷むだけ。エイヤーッと気合を入れ、お尻の穴の所までざっくりと腹をかっさばく!
「うわぁ〜」
 ありがたい事に、アニーの姿は見えなかった。それでもサバの内臓には迫力がある。それぞれの臓器がはっきり見えて、理科の解剖実験みたいだ。そう考えると何だか楽しい気分になって来た。
「そうよ、私は理科大好き人間。理科教諭の免許だって持ってるのよー!」
 アジとサバの区別も付かない奴にそんなもの与えちゃいけない気もするが。
 包丁でかき出した血まみれの内臓をまじまじと観察してしまいそうになるのをぐっとこらえて、サバ本体に気持ちを集中する。これを水洗いし、いよいよ二枚か三枚におろさなければならないのだ。
「三枚は大変そうだから、二枚で良いや。塩焼きなんだし」
 手が使えなくても見られるように開いておいた『決定版 はじめての料理』を再び読む。
「中骨の上に包丁の刃先を入れ……」
 文章の通りやってみるが、き、切れない。どうしても硬い骨が当たってしまう。これも切れというのか?
「う〜ん」
 包丁を一度抜き、先ほどまで内臓があった空間をじっと見つめていたら、ふと思い出した。実家でイワシの香草焼きを作った時の事を。オーブンを扱えるのが私だけだったので、本当に本当に本当に珍しく(年に一回あるかないか)私が調理した。
「あのオーブン、あんまり使わなくてもったいなかったなぁ」
 いやそんな事、今はどうでも良い。あの時私はイワシを手で開き、ケガをするんじゃないかとドキドキしながらも、ちゃんと骨を取り出した。少々気持ち悪くはあったけれど、それほど難しい作業ではなかった。
「もしかして、サバも手で開けるんじゃ……」
 骨と肉の間に親指を差し込む。使い捨て手袋のおかげで何も怖くない。私は大胆に力を入れる。ぐい、ぐい、ぐい。
「い、いける!」
 包丁では切れなかった骨たちが、肉から抜けてあっさり離れる。
「出来た〜! しかも三枚!」
 三枚というよりは、二枚と骨。身の表面は当然なめらかでないが、包丁でやったとしても綺麗に仕上がるはずがないから同じだろう。私は嬉々としてそれらを皿に並べ、塩を振った。
「それにしても、デカいなぁ」
 何故これをアジと思ったのか。おろされた姿を見るといよいよ分からなくなる。でもまあ良い。夕ごはんに焼き魚を食べられる事が確定したのだから。
 ガス台のグリルにサバを入れる所を見て、ダーリンは立ち止まった。
「何それ。ずいぶん大きいねえ」
「サバ。自分でさばいたんだよ」
「へえ。何でまた」
「……色々あったのよ」
 その日あった大冒険(?)を語りながら食べたサバの塩焼きは、今までの人生で一番、と言っても良いくらい美味しかった。
 と、綺麗に締めたい所だが、実を言うと、焼く前に振った塩が多過ぎたんだよね〜 塩辛かった。とっても。料理は最後まで油断大敵。どんな苦労も塩の量一つで水の泡。
 ああもう、私ってば、どんどん賢くなっちゃうなぁ(錯覚)

☆サバその後☆
 残ったサバの塩焼きを、次の日、お茶漬けにしてみた。
「な、なんじゃこりゃあ! 美味〜〜い!」
 かけ過ぎた塩がお茶に溶け、ちょうど良い味になっている。魚の油が表面にゆらりと浮かび、全体がだし汁のように濃厚。でも全くくどくない。
 これはもう本当に「人生で一番美味しかったお茶漬け」だと断言出来る。
 ダーリンにも食べさせたかったけど、あいにく一人分しかなかったんだよね。お茶漬けのために「塩かけ過ぎサバ」をまた作る訳にもいかないし。
 残り物には福がある。主婦の特権を思う存分行使しちゃって、ダーリン、ごめんなさい!

★魚話おまけ★
 サバにはすっかり懲り懲りし、その後一度もさばいてないが、サンマは旬のうちに何度も食べた。内臓を取って真っ二つにするだけだから、サバよりずっと簡単だ。最近はさらに手抜きになって、切り身魚ばかり買っている。季節のせいもあるけれど(これを書いているのは冬の終わり。タラ・ブリ・かじきと旬の魚は切り身ばっかりだ)包丁を血まみれにする事なしに魚が食べられる便利さに、ついつい甘えてしまう。
 丸のままの魚を調理し、血の臭いをかぐと、
「生き物の命を食べて、私たちは生きているんだ」
 という感じが強くする。切り身魚やパック入りの豚肉・鶏肉は清潔過ぎて、そういう当たり前の事を忘れそうになってしまうから、
「たまにはサバの一つもさばかないと」
 と思ったりもするのだけれど、なかなかねぇ〜
 アジを買おうとしてサバをつかんだのは自分の過ちだが、赤の他人のせいで夕ごはんの魚を変更せざるを得なくなった事が、一度だけある。
 季節は秋。素直に旬の魚を選べば良いのに、私はどうしてもブリが食べたかった。
「皮のそばの黒い部分が美味しいんだよねぇ」
 実家のちゃぶ台のレギュラーメンバーだったブリの味を思い出しつつ、スーパーの魚売り場に行くと、サバとサンマが一番目立つ場所にででーんと置いてあった。あの憎き発泡スチロールの箱に入って。
「悪いけど、今日は血まみれにならないからねっ。今日はブリ。ブリなんだから」
 ……ない。もしかして、今はブリなんて一切れたりとも仕入れられないような時期? 無知が生み出す不安とともに、パック入りの魚を一つ一つ見ていく。
「あったー! でも」
 それは生のブリではなく、しょうゆ漬け(熱は加えられてない)のブリだった。
「しょうゆだけなら良いけど、変な添加物が入っていたら嫌だなあ」
 原材料は書いてあるかしら、とパックを手に持って調べていると、すぐ近くで男の人の声がした。
「ブリはよしなさい」
 とっさに振り向くと、見知らぬおじいさんが明らかに私に向かって話しかけている。まさか、変な人に捕まった? 私が軽い恐怖と驚きで何も答えられずにいる事などまるで気にせず、おじいさんは淡々と続けた。
「しょうゆ漬けはやめなさい。売れ残りを漬け込んでいるんだから。生のブリを買って来て、自分の家で漬けるならかまわないよ。でもこの店でこれを買うのはよしなさい」
 その理路整然ぶりに「危ない人かも」という疑惑は減ったが、丁寧過ぎる説明に驚きは増す。迷子のようにフラフラと売り場を歩き回る私の姿が、よっぽど頼りなく見えたのか。
「ありがとうございます」
 どうすれば良いのかよく分からず、とりあえずお礼を言うと、おじいさんは満足そうに去っていった。
「困ったなぁ」
 私はブリが食べたかったのだ。ブリがなかった場合の事なんて考えてなかったし、何より売れ残りのしょうゆ漬けとはいえ、ちゃんと目の前にモノはあるのだ。
「焼いてしまえば古くても大丈夫なんじゃ……」
 けれども、もう一度パックをにぎった途端、再びあのおじいさんが飛んで来て、
「ブリはやめろと言ったじゃないか!」
 なんて怒鳴られそうで、とても買えそうにない。
「う〜ん」
 困った困った困った。魚売り場の周りをくるくると無意味に回る。すると、サバとサンマの入った箱のそばに大量に積み上げてある塩鮭が目に入った。
「仕方ない。鮭を焼くか……」
 鮭も実家の味ではあるが、今日はブリの気分だったのに。
 だったのにぃ〜!
 恨むぜ、見知らぬじいさん。
「あれ? 今日はブリにするって言ってなかった?」
「……色々あったのよ」
 本日の大事件(穏やかな主婦の暮らしの中では、どえらい事件だ)について語りながら、焼いた塩鮭を食べる。味なんて気にせず熱弁を振るう私。しかしきんぴらごぼうの時と同じように、ダーリンの顔がすっと曇った。
「何かこの鮭、生臭くない?」
「えっ、ごめん! ちゃんと焼けてなかった?」
「いや、たぶん、鮭があんまり良くないんじゃないかな」
 ブリだけでなく鮭もダメなのかよー!
 その後、野菜でも似たような事が続き、そのスーパーは二度と使わないと決めた。特別気に入っていた店でもないし(単に家から近かっただけ)何の未練もないけれど、「ブリはよしなさいおじいさん」がどうしているかは、ちょっと気になる。
 たまには行ってみるかな、古くなった魚を買いに。
 ……やっぱり、古いのは嫌だ(当たり前)
posted by 柳屋文芸堂 at 10:40| 【エッセイ】ど素人料理談義 | 更新情報をチェックする

ど素人料理談義(その4)

四、ど素人の本棚

 我が家の台所のそばの棚には、料理の本がずらりと並んでいる。それを見た友人は驚いて言った。
「本なんか見なくても、料理なんて適当に作れば良いのよ」
 それが出来れば苦労しないって……
 別の友人に、料理の本を見ながらその日のメニューを決め、買うべき物をリストアップし、そのメモを持ってスーパーに向かうという話をしたら、またもや驚かれた。
「スーパーに行って特売の物を見てからメニューを決めるのが普通でしょう」
 それが出来れば苦労しないってば……
 友人たちは簡単そうに言うけれど、そういうのはある程度の「料理基礎力」があって初めてやれる事だと思う。結婚前、全くと言っても良いくらい料理をしなかった(正確に言うと「させてもらえなかった」なんだが)私にそんな力があるはずもなく、本に頼らざるを得なかったのだ。
 冊数の多さは不安の大きさ。参考書をやたらに買い集める出来の悪い受験生に似ている。一ページも開かないうちに勉強した気になったりしてね。
 料理の本は読み物としても面白いので、一度も開かなかった、という本はない。しかし掲載されているレシピをほとんど活用していない、という本はけっこうあったりする。
 この章では、そんな私の本たちを全部まとめて紹介してみようと思う。
 たとえ再び友人たちにあきれられるとしても……

『決定版 はじめての料理』主婦の友社
 これは本当に便利! ど素人の強〜い味方。この本を見ながら変な事をする場面を何度か書いてしまったけれど、実際はこの本の通りに進めて成功した回数の方がずっと多い。食材別に下ごしらえの仕方と簡単なレシピが載っていて、どれもまんべんなく美味しい。
 これを読むと、料理に慣れた人向けのレシピでは色々な事が省略されているのだと分かる。まあ何もかも書いていたらきりがないからなぁ。

『みんなの定番&きほんの料理』新星出版社
 題名の通り「肉じゃが」「オムライス」「マーボー豆腐」等おなじみ料理のレシピが沢山載っている。作り方の説明も写真入りで分かりやすい。変に凝ったりせず、かといって手抜きもしないので、正統な味の料理が出来上がる。
 ダーリンと私のお気に入りは厚めの豚肉で作るしょうが焼き。香りの良い、とろりとしたタレに包まれたやわらかい肉…… あ〜 食べたくなってきた!

『からだに効くスープ161』家の光協会
 いきなり鶏ガラスープを取った事でも分かるように、私はスープが大好きだ。ほぼ毎日何かしら汁っぽい食べ物を一品作ってしまう。結婚前から持っていた『決定版 はじめての料理』『みんなの定番&きほんの料理』にはスープのレシピが少ししか載ってないので、結婚後この本を慌てて買い足した。写真もないし、説明もそれほど丁寧ではないのだけれど、和風・洋風・エスニックと様々な種類のスープが作れるのが嬉しい。
 最近作ったものでは、レンズ豆を使ったムングダールというインドのスープが美味しかった。

『365日スパゲティが食べたい』文化出版局
 美味しいスパゲティが食べたいね、とダーリンと一緒に選んだ本。フィットチーネやペンネはなく、和風・オリーブオイル・スープ・トマト・ミート・クリームとソース別に、ひたすらスパゲティのレシピが並ぶ。私が作ってもお店っぽい味になるから大したものだ。見た目が写真と全然違うけどね(ソース混ぜ過ぎ&盛り付け下手のせい)
 スパゲティを茹でるのは短時間の一発勝負なので非常に緊張する。手際の良し悪しが味が直接結びつくから恐ろしい。でも茹で加減よりハーブのかけ過ぎで苦情が出る方がずっと多いな。ディルとチャービルでスパゲティを隠したりして。何故かインド風味になったのが不思議だった。

『人気の韓国&アジアごはん』世界文化社
 基本的な料理をマスターしたら、エスニック料理を作れるようになってやるー! と意気込んで、結婚前に買った本。初めはどの料理も難しく感じ、読み物として読むだけだったが、最近になってようやくレシピを活用出来るようになってきた。
 スパイスを何種類も用意したり、日本では手に入りにくい食材を使ったりするのがちょっと面倒なだけで、料理法は日本とそれほど違わないと気付いたのだ。
 まずはインドカレーとタイカレーを我が家の定番料理にしたい。いずれはタンドールでナンを焼く所まで……(やり過ぎ)

『人気のビストロフレンチ』世界文化社
 私の誕生日を祝う料理を作るために、ダーリンがさんざん悩んで選んだ本がこれ。普段着のフレンチ、なんて書いてあるけれど、レシピはずいぶん本格的なように見える。
 ダーリンが夜中までかかって作った「鶏肉の悪魔風」と「シュークルート」はたいそう美味しかった。愛を勘定に入れなくても、だ。
「ありがとう! 嬉しい! 美味しい! こんなの初めて!」
 大感激でバクバク食べたら、次の日、胃の調子がおかしくなってしまった。それ以来、この本の肉料理のレシピはほとんど見ていない。ダーリンの好きな料理も多いし、今後はもうちょっと活用したいものだ。

『奥薗式常識やぶり!おかず2品献立』芝パーク出版
 その日の忙しさに関係なく、やたらと料理に時間がかかってしまうので、
「日々を円滑に送るためには、手抜き料理も作れるようにならなければ!」
 と買ってみた本。おかず二品を同時に作って手間を省こう、というのが主旨。味付けが微妙(和風なのか洋風なのかはっきりしない)だったり、単調(作者のお気に入りの調味料が多用されている)だったりするのは、手抜き料理だから仕方ないのかもしれない。思いの外時間がかかるレシピがあったのにはちょっとまいった(単に私が不器用過ぎるだけかも)
 文句ばかり言ってしまったが、簡単で美味しく、我が家の定番になっているレシピもいくつかある(「中華丼」「きゅうりの即席漬け」など)
「忙しい時はこれを作れば良い!」
 と思えるものがあるのは安心だ。これで毎日の暮らしが少し楽になった気がする。

『決定版 毎日のおべんとう』主婦の友社
 ダーリンのお弁当を作るんだー! と意気込んで買ったものの、ごめんなさい。全っ然使ってません! 朝からこんな料理作ってられないよ〜 と尻込みしたまま、放置!
 この本のレシピにとらわれず、普段の料理を多めに作っておいてお弁当に回す、という考えでいかないと、一生お弁当なんて作れないんじゃないか、と最近は思っている。

『茂山千五郎家のおまわり』レギー
 おまわりとは、京都の言葉でおかずの事。私の大好きな狂言の茂山千五郎家で日々食されている「おまわり」が、季節感あふれる文章と綺麗な写真で紹介されている。読み物メインでレシピはおまけなので、説明は詳しくない。ど素人がこれだけ見て作るのは危険、と今までは眺めるだけだったけれど、もうそろそろ挑戦してみても良いかもしれない。
 まずは千之丞さん特製の豆腐ぎょうざあたりから。美味しいと良いなぁ。

『エッセンシャルクッキングハンドブック』デロンギ・ジャパン
 これは本とは言えないかもしれない。実家で買ったオーブンについて来た小冊子だ。置いておいても誰も使わなさそうなので、嫁入りの時に持って来てしまった(良いのか?)第三章でちょこっと書いた「イワシの香草焼き」はこれに載っている。タイムの香りがイワシの臭さを消してとても美味しいのだけど、あんまり良いイワシが売ってないんだよね。
「スーパーに行って品物を見てからメニューを決める」
 というのが出来るようになれば、良いのを見つけたその日に作れるのだが。まだ無理。

『食品成分表』一橋出版
 これは高校の家庭科で使った本。病気になった時の食品例が便利。結婚してすぐの頃、この本を参考にして便秘を治すための夕食を作った。

 麦飯
 サツマイモのグラッセ
 トウモロコシのバター炒め
 色々きのこのソテー
 ピクルス

 どれも美味しかったのに、全体のバランスが悪くて大不評。確かにモソモソ&油責めだ。タンパク質も足りない。便秘を治そうとするあまり、個々の食材にばかり気を取られちゃったんだよね。
 美味しく、体に良く、バランス良く。料理というのは全く奥深い。

・自分のファイル
 これには、自分で切り抜いた料理の記事や、ダーリンのお母さんに教わったレシピなどがまとめてある。ルーズリーフ一枚に料理一品、と決めて。自分で必要だと思った情報ばかりだから、『決定版 はじめての料理』の次くらいによく使っている。
「ダーリンの好きなもの」
「ダーリンの嫌いなもの」
 なんてページがあるあたりに、新婚の甘酸っぱさを感じるなぁ(勝手に感じてろ)



  あとがき

 ようやくここまで来た。
 文章を書く人間というのは不思議なもので、
「文章のネタになる!」
 と思えばどんなつらい事でも耐えられる。私は失恋の痛手も、失業の苦しみも、そうやって乗り切ってきた。
 結婚は幸せな出来事だけれど、慣れない環境にいきなりポンと入らなければいけない訳で、戸惑う事も沢山ある。不器用な上に家事の経験がほとんどない私は、数ヶ月間ひたすら目を回していた。
 本も読めない。ましてや文章なんて書ける訳がない。そんな精神状態の中で、
「これをネタにして本を作ってやる!」
 という思いだけは決して消えなかった。
 最近になって時間と精神に余裕が出来るようになり、どうにかこうにか書き上げたが、
「鶏ガラスープと和風だしと魚と本の話だけ? もっと書くべき事があったはずなんだが……」
 と少々不満だったりする。文章からこぼれてしまった小さな小さな経験全てが、もったいなくて仕方ない感じ。
 しかし、それら全てをここに注ぎ込む必要はないのかも、とも思う。
 短歌だのエッセイだのに手を出してはいるけれど、私の本業は小説書き。そちらの方でこの経験を生かさなければ。
「幸せ過ぎて小説書けな〜い」
 なんて逃げ口上は許されない。
 ……ほとんど口癖になってるけど(ダメじゃん)

 次は物語の中でお会い出来ますように。
posted by 柳屋文芸堂 at 10:39| 【エッセイ】ど素人料理談義 | 更新情報をチェックする