2017年02月21日

七瀬君とモテと非モテの研究

 文化祭は秋に開催されることが多いのだろうか。
 うちの高校は五月だった。ゴールデンウィークの次の土曜日、私は吹奏楽部の演奏を聴くため、体育館に並べられたパイプ椅子に座っていた。
「プログラムの時刻より20分遅れています」
 放送部員のアナウンスは早口で、焦っているのが伝わってくる。なんだ、すぐ始まる訳じゃないんだ。私は閉まったままの舞台に向かってあくびをした。

 何の説明もなく突然幕が開いた。そこにいたのは友人のサチが入っている吹奏楽団、ではなく、和服姿の女の人だった。紫色のふさを垂らした棒を肩に載せ、踊り始める。ゆったりとした動き。真っ白く塗った顔に、深紅の唇。

 何これ? 夜中に起き出した日本人形を見てしまったような。さっきまでの現実とつながっているとはとても思えず、背中がゾクゾクする。夢じゃないよね? 寝てないよね、私。
 体育館はお正月っぽい和風の音楽で満たされ、女の人はなめらかに背中を反らせる。息を呑むほど綺麗、なのに、この違和感は何だろう。

 答えに気付いた瞬間、私は椅子をガタッと鳴らしてしまった。
 大き過ぎるんだ。舞台からの距離のせい? 違う。いつもここで長話をする校長より、この女の人は頭二つ分くらい背が高い。たぶん180センチ以上…… まさか。私は文化祭のプログラムを広げて確認した。

 日本舞踊「藤娘」
 三年二組 七瀬耕一

 同じクラスじゃん! 七瀬? そういう名前の男子がいるのは知っている。でもどんな奴だったか全然思い出せない。七瀬君は舞台の床に横たわって体をくねらせ、首をほのかに傾ける。誘ってるんだ。誰を?
 こんなに色っぽい女の人、初めて見た。いや、女じゃないんだけど。

 七瀬君は紫色のふさを抱きかかえ、絵のようにポーズを決めた。まるで人形に戻ったみたいに。幕が閉まり始める。誰かが拍手をしたので、私も他の客もつられて手を叩いた。
 サチたちが演奏するレッドロブスターのCMの曲が体育館に響いても、私の頭の中ではさっきの日本人形、七瀬君が踊り続けていた。

「ユカ! 聴きに来てくれてありがとう」
 サチはクラリネットを持ったまま小さく手を振った。
「サチたちの前に出た男の人、見た?」
「体育館の横で待機してたから見てないよ」
「そっか……」
 キョロキョロしても和服姿の女の人はどこにもいない。
「面白かったの?」
 面白かった、のかな? 私が何も言えずにいると、サチは眼鏡の奥の目を細めて微笑んだ。
「後で詳しく聞かせて!」

 次の週、私は教卓に置いてある座席表で七瀬君の席を確認した。意識してみると、背が高いから他の男子と簡単に見分けがつく。休み時間に七瀬君が廊下に出たので、慌てて追いかけて学ランの袖をつかんだ。

「七瀬君!」
 振り向いて私を見下ろす二つの目を、じっと見つめる。
「この間の踊り、見たよ。すごいね! 子供の頃から習ってるの?」
 七瀬君は視線をまっすぐこちらに向けたまま何も言わない。
 返事を待ちながら、私は七瀬君の顔を観察した。

 ニキビもほくろもないツルツルの肌。前髪の下にのぞく大きな瞳。
 まつげが長くて、まるで女優みたい。ヤクザの奥さん役なんかが似合う、派手なタイプの。
「ありがとうございました」
 七瀬君は低い声でつぶやき、足早に男子トイレに消えてしまった。
 我慢してたのかも。悪いことしちゃった。

 体育の時にクラスの女子全員に聞いたところ、誰も七瀬君の日本舞踊は見てないという。
「誰それ?」
 という反応がほとんどで、前も同じクラスだったという岡さんだけが七瀬君の情報を持っていた。
「かなり成績が良かったはずだよ」
「そうなの?」
 放課後に実力テストの順位の紙を見てみると、確かに七瀬君は全部の教科で上位に入っている。特に国語は学年一位だ。こんなに優秀なら、もっと目立っても良いのに。七瀬君が注目されていないのが不思議だった。

 七瀬君と席が近い寺嶋君にも聞いてみた。
「七瀬君ってどんな人?」
 寺嶋君は壁に寄りかかって腕を組む。
「知らない」
「席、前じゃん。話したりするでしょ」
「あいつ、ずーっと本読んでるから。休み時間も昼メシの時も。『話しかけるな』って全身で言ってる感じ」
 マズい。
 よりにもよってトイレに行きかけのところを話しかけちゃったよ。七瀬君の性格なんて知らなかったし。

 寺嶋君は続ける。
「七瀬はさ、高校を大学受験のための予備校みたいに思ってるんじゃないかな。誰とも知り合いにならなければ、ムダ話することもないし」
「ごめんね、ムダ話させて」
 寺嶋君は顔をクシャっとさせて笑う。
「俺は受験のことだけ考えて生活するなんて絶対ムリ! ところで七瀬、何かやらかしたの?」
「文化祭で踊りを踊ったんだよ」
「えっ」
 寺嶋君は手と腰をゆらゆら揺らした。
「七瀬がフラメンコ?」
「それ、フラダンス! 色々違うから!」

 テスト期間に入り、練習熱心な吹奏楽部も休みになった。久々にサチと帰れる。
「おかしいと思わない?」
 私は七瀬君について分かったことを全部話した。
「背が高くて顔も美形で、成績も良いんだよ? 漫画だったら学園のヒーローになるはずじゃない?」
「ドラえもんに出てくる出木杉君みたいに」
「いやほんと、出木杉レベルじゃないんだって! それなのに、誰もどんな人か知らないなんてさ」

 サチは手を頬に当ててしばらく考えていた。
「七瀬君が格好良いってみんなが知る機会はあった?」
「文化祭の踊り」
「ユカ以外、誰も見なかったんでしょ」
「綺麗だったぁ〜 夢の世界に連れていかれたよ」

 女になった七瀬君を思い出してうっとりしていたら、サチが私の顔をのぞき込んだ。
「七瀬君のこと、好きなの?」
「えーっ サチはすぐ恋愛に結びつけるんだから……」

 実を言うと、私は恋をしたことがない。それがどんな感情か分からないのだ。
 高三にもなって初恋がまだだとバレたら恥ずかしい。いつも知ってるフリして誤魔化している。
「好きというより『興味深い』だよ」
「確かに女装したり、孤独になろうとしたり、謎めいてるね」

 夏が過ぎ、私たちは本格的に受験生になった。七瀬君は相変わらず誰とも話さず、読書したり、参考書に赤いシートを重ねて何かを暗記したりしていた。
 ある時サチに付き合って図書室へ行ったら、奥の棚のところで七瀬君が本を選んでいた。

「ねえあれ、ユカの好きな人じゃない?」
 サチは七瀬君を指差し大声で言った。
「バカ! サチッ」
 七瀬君はこちらをギロリとにらみ、ほとんど駆け出すように図書室を出て行ってしまった。

「あの人、真っ赤になってたよ。あ、ユカの顔も真っ赤」
「サチのせいでしょ〜」
 図書委員の鋭い視線に首をすくめる。サチはそんなの気にせず「良いことした!」とでも言いたげに、ニコニコしていた。

 どうにか受験を乗り越え、卒業式。七瀬君を本気で好きになっていたら第二ボタンをもらったり出来たのだろう。私の気持ちはあやふやなままだった。さよならも言えずに二度と会えなくなってしまうのは寂しい。でもどうしようもない。

 帰宅後、卒業証書を入れていた手提げ袋を開けたら、結城ゆか様、と書かれた封筒が入っていた。差出人の欄には「七瀬耕一」
 何これ、ラブレター? 顔がかぁっと熱くなる。ど、どうしよう。震える指で便箋を取り出す。


 突然すみません。僕は子供の頃から大人とばかり一緒にいたので、同級生と話すのが苦手でした。友達が一人も出来なくても、構わないと思っていました。けれども文化祭の後、結城さんに話しかけられた時、まともに言葉も返せない自分を目の当たりにし、愕然としました。苦手なことから逃げ続けた報いです。失礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした。


 七瀬君、真面目過ぎる……
 あの日の受け答えをずっと気にしていたんだ。別に失礼なんて思ってないよと返事を書こうかと思ったけど、またそれを難しく考えてしまったら可哀想だと思い、何もしなかった。

 私は女子大に進学し、近くにある大学のサークルに入った。
 夏休みの後その大学に行ったら、男の子同士のカップルを見かけた。優しそうな丸眼鏡の子の頬に、美少年がつま先立ってキスをする。
 びっくりしたけど、可愛くてお似合いで、応援したくなる二人だった。

 サークル活動のたびに二人を見つけてはほのぼのしていた。
 時々彼らと一緒にいる男がいて、この人の方がゲイカップルよりよほどエキセントリックだった。
 ピンクと黄緑のチェックのシャツとか、アロハっぽい柄の長いジャケットとか、どこで買ったの? と聞きたくなるような服ばかり着ている。背が高いからすごく目立つ。

 楽しそうに笑い声を上げ、三人とも表情が輝いている。
 仲が良いんだな…… 派手男の顔を見て、私はアッと叫んだ。
 七瀬君じゃん! そういえばこの大学にも合格していた。どうして今まで気付かなかったのだろう。だって服が違う。それ以上に、性格が。七瀬君が顔を上げておしゃべりしている姿なんて、今日初めて見た。

 七瀬君の謎が一気に解ける。七瀬君はゲイだったんだ!
 普通の男子とは話が合わず、女子である私とは話す必要がない。
 女装したり、けばけばしい服を着たりするのが好きなのに、高校では我慢していた。

 良かったね、七瀬君。ようやく仲間が出来て、自分らしく生きられるようになったんだ。嬉しさと、ちょっと悲しい気持ちで、涙が出る。胸が痛い。馬鹿だな。絶対に愛し合えない人だと知った途端、恋していたことに気付くなんて。
 次の恋を探そう。私も幸せになるからね、七瀬君!


 そんな訳で、数多の誤解を受けたまま、七瀬の初恋は終わった。
 恋文は恋文と分かるように書こうな、七瀬。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 17:06| 【掌編小説】七瀬君とモテと非モテの研究 | 更新情報をチェックする