2014年10月11日

邯鄲(その1)

【邯鄲の夢(かんたんのゆめ)】
 官吏登用試験に落第した盧生という青年が、趙の邯鄲で、道士呂翁から栄華が意のままになるという不思議な枕を借りて寝たところ、次第に立身して富貴を極めたが、目覚めると、枕頭の黄粱(こうりょう)がまだ煮えないほど短い間の夢であったという故事(広辞苑より)



 とにかく勉強が好きだった。高校時代の担任(津田塾出身の、留学経験もある女性教師)は四年制大学へ行くよう強く勧めてくれた。しかし私は悩んだ末、短大に進学することに決めた。これ以上父に心配をかけたくない、というのが一番の理由だった。
 十六歳の誕生日、父は厳かにこう告げた。
「お前は結婚の時に差別されるかもしれないから、覚悟しておきなさい」
「なぜ?」
「母親がいないからだよ」
 母は私が小学生の頃に病気で亡くなり、家族の面倒は叔母の静子さんが見てくれていた。
「お母さんが亡くなったのは、私にはどうにも出来ないことじゃないの」
 私がわがままを言い過ぎて死んでしまったならともかく、早く治ってと毎日祈りながら病室に通っていたのに。泣き出したいのをこらえて微笑みを絶やさぬよう気をつけていたのに。
「本人にどうにも出来ないことでも、差別する人はするんだよ。特に就職や結婚のような人生の重大な場面でね」
 私は美人ではないし、女にしては背も高い。さらに学歴までつけてしまったら、ほとんどの男の人が私を敬遠するようになるだろう。ウーマン・リブに興味はない。なるたけ早く家庭に入って、父を安心させたかった。
 もし男に生まれていたら、私はきっと学者になっていたはずだ。一日中、そして一生、学問のことだけを考える暮らし。私に与えられた学問の時間は、たった二年。どんな人でも欲しいものを全て手に入れられる訳じゃない。自分に許された範囲で、全力を尽くそう。
 夢中になって課題の英文を訳す毎日が過ぎ、一年後期の試験が終わった頃、父の書斎に呼ばれた。
「お見合いの話が来たんだ。無理にじゃない。春子が嫌なら断っても良い」
「断るって、まず話の内容を聞かないと」
「ははは、それもそうだ」
 父はそわそわと落ち着かない様子で、机の上の書類を無駄にかき回した。
「相手は正太さんのところで働いている職人だ。井田治くん。聞いたことあるかね」
「いいえ」
 正太さんの工房では、昔ながらの手作業で和紙をすいている。若い男の人が何人かいるのは知っているけれど、誰とも話したことがない。
「手先が器用なうえに研究熱心で、相当筋が良いらしい」
「ふぅん……」
 研究熱心という言葉に、ちょっと興味がわく。
「ただ中学しか出ていない。春子ちゃんは物足りなく感じるんじゃないかと、正太さんは心配していた」
「中卒なのは構わないけど、物足りないと思う人を薦めてくるのは失礼じゃない?」
 父は目を細め、何か企むような、懐かしむような、曰く言い難い笑みを浮かべた。
「正太さんが持ってきた話じゃないんだ」
「え、じゃあ静子さん?」
「違う。本人が頼みに来た。わざわざ工場まで来て『社長さんに会わせてください』ってね」
「私と結婚したら工場を継げると勘違いしているのかしら」
 私には兄がおり、関西の大学で経営学を学んでいる。このまま気持ちが変わらなければ、兄はいずれ次の社長になるだろう。
「その説明は先にしておいた。治くんは機械ですいた紙には関心がないそうだ」
「何か、変な話だなぁ……」
 兄を毒殺してまんまと後釜に、なんて推理小説みたいな展開を考えてしまう。兄を殺されるのも困るし、利用されるのも悲しい。
「お父さんはどう思ってるの。断った方が良い?」
「いや。正太さんによると、治くんは周囲があきれるほどの堅物らしくてね。娘の結婚相手としてそう悪くないような気がしている」
 年齢から言って、お見合いの話が来るのは分かっていた。しかしいざその立場になると、心がすくんでしまう。進学先を決めるのとは微妙に違う不安だった。
「一度会ってしまったら、断りにくくなるかしら」
「そんなことはない。まずは自分の目で見てみると良い」
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邯鄲(その2)

 三月の薄曇りの日に、私は治さんと初めて顔を合わせた。桜の花が描かれている淡い色の振袖を着て、静子さんがお化粧もしてくれた。少しは美人になれるかと思ったのに、唇だけが赤く浮き、鏡の中の私はおかめにそっくりだった。
 あいさつをした後すぐに二人きりにされてしまい、何を話せば良いのか、向こうが話しかけてくるまで待つべきか、緊張と迷いで頭がぐるぐるした。
 治さんは下を向いたまま押し黙っている。こちらを全く見ないのをいいことに、不躾に観察した。痩せ型で顔と肩幅が小さく、耳が横に開いている。絵本に出てくるネズミに似ているな、と思った。
 私より一つ下で十八歳。隣の県の農家の三男。中学を出て正太さんの工房に入り、住み込みで働いている。私が教えてもらった情報はそれだけ。
 沈黙に耐え切れず、話しかけてしまうことにした。
「あの、ご趣味は」
 治さんはガバッと顔を上げた。
「えっ、しゅ、しゅみ?」
 顔は真っ赤で、涙目になっている。
「ええ」
「しゅみ?」
「治さんのご趣味は」
 宿題をやって来なかった子どものような顔で私を見つめる。あなたをいじめるつもりで言ってるんじゃないのよ?
「私は本を読むのが大好きなの」
「知ってる」
「え?」
 お父さんが話したのかしら。治さんは再びうつむいてしまった。
「治さんはどんなことがお好きなの?」
「和紙をすくこと」
 堅物という言葉を思い出して微笑む。仕事人間で、他のことには頓着しないのかもしれない。
「仕事以外の時間はどんな風に過ごすのかしら。お酒を飲みに行ったりする?」
「酒は飲まない。煙草も吸わない」
 未成年であることなど気にせずに酔っ払って騒ぐ職人を父の工場で大勢見てきたから、治さんの道徳心に感心した。しかし本当に堅物過ぎて取り付く島もない。
「朝から晩まで和紙のことばかり考えているの? 他に何か、やっていると楽しく感じることは?」
「ある」
 思いのほかきっぱりとした答えだった。
「それを教えて欲しいのだけど」
 治さんはびくりと肩を揺らした。
「い、言えない!」
 言えない趣味? 賭け事。女遊び。職人が好む、あまり褒められない趣味は色々ある。いくら堅いと評判でも、正太さんや父に内緒にしている道楽があるのかもしれない。
 だんだん着物の帯が苦しくなり、目の前がチカチカした。治さんのことをまるで理解出来ないまま、今日はお開きにして欲しいと、こちらからお願いしてしまった。
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邯鄲(その3)

「治さんとデートしたいの」
 お見合いの数日後、私は思い切って静子さんに相談した。
「たぶん大丈夫だと思うけど、一応お父さんに許可をもらった方が良いわね」
 お見合いの日は、五分おきくらいに静子さんが部屋をのぞきに来るので、聞きたいことを全然聞けなかったのだ。知り合いが誰もいない遠くの街へ行き、落ち着いて話がしたかった。
「いかがわしい場所に連れ込まれそうになったら、一目散に逃げるのよ」
「いかがわしい場所って?」
「ほら、休憩するためのお宿があるでしょう」
「そんなとこ行かないわよ!」
 顔がかぁっと熱くなる。
「春子ちゃんが行こうとしなくても、男の人の腕力は強くてとても抵抗出来ないのだから、用心しなきゃダメよ」
 急に怖くなってしゅんとする。
「もしおかしなことをしたら正太さんの工房をクビになるし、治さんも自制してくれると思うわ。出端をくじくようなことを言ってごめんなさい」
 謝りつつなお、きちんと籍を入れるまでは節度あるお付き合いをするよう、くどくどしく繰り返してから、静子さんはデートの段取りをつけると約束してくれた。
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邯鄲(その4)

 待ち合わせ場所は家の近所のバス停だった。私は白いブラウスに水色のロングスカート、暖かい日だったのでコートではなく、黒いカーディガンを羽織った。似合わないのが分かったから、お化粧はしていない。治さんはお見合いの時と同じ紺のスーツに、なぜか白い運動靴をはいていた。私が足もとを見ていると、
「この間、靴ずれでひでぇ目に遭ったから」
「あら、ごめんなさい」
 治さんはぶんぶん首を振った。並んでみると、治さんの背丈は私より頭一つ分小さい。結婚したらノミの夫婦になるのね。治さんが嫌じゃないと良いのだけど。
 デートの場所は池袋。最寄りの駅から乗り換えなしで行けるし、短大の帰りに買い物することもあったので、いくつかお店を知っていた。隣り合って電車に揺られていると、治さんの肩が何度も私に触れた。窓からの光が強く、治さんの表情はよく見えない。到着するまでの長い時間ほとんど話さなくても、前回のように気詰まりではなかった。
 池袋ではまず、欧風カレーのお店に行った。魔法のランプの形をした銀器を、治さんはじょうろのように傾けて、カレーを全部ご飯にかけた。慌てて私も同じようにする。ちまちま気取って食べるよりずっと美味しかった。
 食休みして席を立つと、治さんは先にレジへ行き、会計を済ませてくれた。店の外でお金を出そうとしたら、おびえた顔で一歩下がった。
「親方から小遣いもらってんだ。春子ちゃんに一銭でも出させたらぶん殴るって言われた」
「荒っぽいことねぇ」
 お腹がいっぱいだったのでゆっくり歩いた。白木蓮の花びらがビルの横に吹き寄せられている。
「独立したら、治さんは田舎へ帰るの?」
 結婚した場合、もちろんついて行かなければならない。自分が将来どこに住むことになるのか、気になっていた。
「帰らない。帰っても何もねぇもの」
「一生あの町で過ごすの?」
「食えるうちは」
 食えるうち。確かに手すきの和紙の商売をいつまで続けられるか、不確実だった。伝統工芸はどの分野でも縮小の一途だ。
 次の目的地である紙の専門店に着いた。ここには日本全国で作られた和紙が集められている。私は色彩と図案の美しい京都の千代紙が好きで、気に入ったものを見つけると購入し、ブックカバーにしたりしていた。最近入荷したものがあるか店員に尋ね、見本を見せてもらう。また今度と断り、消えてしまった治さんを探す。
 無地の紙の売り場にいた。私と一緒に来たことなどすっかり忘れた様子で、何枚も和紙を広げて店員に説明を求めている。時間がかかりそうね。そのまま千代紙細工が飾ってある棚へ行き、人形や小箱をじっくり眺めた。
「すみません」
 治さんは右手に紙袋を下げていた。
「正太さんからいただいたお小遣い、全部使ってしまったんじゃないの?」
 からかうように言ってみる。
「勉強のための金は別に取ってあるから」
「自分のお金?」
「毎月額を決めて、仕事に役立つものを買うようにしてる」
 何という手堅さだろう。父に気に入られた理由が分かった気がした。
 店を出て喫茶店に向かう。本を読むのにぴったりの、落ち着いた店だ。ほどよく客がいて静か過ぎないのも心地よい。
 女給さんが瀟洒なカップを二つ並べてくれた。店内には小さな音でクラシックが流れている。あら、この曲は。高校の音楽室で先輩が弾いてくれた。タイトルは、そう、ショパンの「別れの曲」……縁起でもない!
 治さんはカップにいっさい手をつけなかった。コーヒーが嫌いなのかもしれない。実を言うと、私も緑茶の方が断然好きなのだ。サバランをひと口含み、何日も考えていた質問を今しなきゃ、と勇気を奮い起こした。
「私と結婚しても、工場を継げないことは、ご存知……?」
 つい語尾が弱々しくなってしまう。
「会社はお兄さんが継ぐんだろ」
「もし、あの」
 兄を毒殺しようとしてるなら、なんて言えない。
「春子さんにこんなこと言うの悪いって知ってっけど、オレ、機械ですいた紙は」
 治さんは眉をしかめ、唇を歪めた。
「ニセモノだと思ってる。だから工場は継ぎたくない」
「私と結婚しても、何も得られないのよ。それでも良いの?」
 きっと私はすがるような目をしている。治さんは視線をそらした。
「もう充分もらった」
「え?」
 カップをわしづかみし、治さんはコーヒーを一気に飲んだ。そしてむせ返る。
「大丈夫?」
「苦ぇなぁ。何だこりゃ」
 私が笑うと、治さんも笑った。初めて見る笑顔に、胸の奥がおかしくなる。熱い? 苦しい?
「もう一つ、あの……『言えない趣味』について、話し合っておきたいの」
 治さんはハッとし、みるみる青ざめた。
「女の私の前では口に出しにくいことなのかもしれない。でももし私と添い遂げる気があるのなら」
 治さんの目をまっすぐ見つめる。
「結婚前に説明しておいて欲しいの。家庭を壊さないと約束してくれるなら…… 辛抱します」
 治さんは息の出来ない魚みたいに何度も口をパクパク開けたり閉めたりして、最後にようやくかすれた声で言った。
「朝、バス停で、春子さんを見ること」
 横に開いた大きな耳が、真っ赤になっている。
「私、治さんに会っていたの?」
「春子さんはオレのこと知らねぇから!」
「治さんは私を知っていたのね?」
「親方が、町一番の才女だって自慢してた。おかみさんも、春子さんが横文字の本を読んでるのを見たって」
「英文科だもの。英語の本くらい読むわよ」
 東京からそう遠くないのに、あの町は昔話に出てくる村と変わりないんだ。短大に入学しただけで、町一番の才女にされてしまうなんて。私のことを自慢する正太さんたちを思い浮かべ、クスクスと笑ってしまった。
「お会いしていたのに、あいさつもせずごめんなさい」
「春子さんはいつも、本を読んでた」
「そうね、本を読み始めると周りが見えなくなっちゃうの」
 偶然私を見かけて、それを嬉しく思っていてくれたんだ。言えない趣味ではなく、私に言いにくかっただけ。自惚れで椅子から浮いてしまいそうだった。
 帰りの電車は行きより混んでいた。何駅か立った後、治さんが空席を見つけ、私だけ座らせてくれた。
「今日は、春子さんの会社を悪く言ってすみませんでした」
「いいのよ。父も今の製品に満足している訳じゃないし」
 父の専門は機械工学で、だからこそ機械の限界を知っており、職人の手作業に敬意を払ってきた。正太さんに技術協力してもらい、手すきの紙に少しでも近づけられないか、常に努力している。
「今はまだ、オレたちにしか出来ねぇことがあるからいいんだ。でもいつか、機械が完璧な和紙を作るようになったら。紙だけじゃねぇ。服も、食い物も、何もかも工場からポンポン出てくるようになったら」
 治さんの視線は私を射貫いていた。しかし治さんが見ているのは私ではなく、もっと大きい、遠くの何かだ。それがはっきりと分かる。
「作る喜びを取り上げられて、オレたちは何を張り合いにして生きていくんだろう」
posted by 柳屋文芸堂 at 23:49| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その5)

 電車から降りると、沈む直前の太陽が町を赤く染めていた。
「日が伸びたわねぇ」
 治さんは突然足を止めた。
「やべっ。佐山のババアだ」
 バス停に、近所で農家をしている佐山さんが立っている。
「オレ、歩いて帰るから!」
 そう言いながらもう、治さんは百メートル走のスピードで駆け出し、いなくなってしまった。
 バスの中でも一緒にいられると思ったのに。佐山さんの畑からネギでも盗んだのかしら。行儀良く一列に植わっているのを見ると、こっそり二、三本引き抜いてお鍋に入れたくなったりするけれど。
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邯鄲(その6)

 早く再び会って、治さんとお話がしたかった。学歴はなくても、深く思索しながら生きている人だと、あの日強く感じた。しかし短大の春休みが終わり、授業が始まってしまったので、私はまた予習復習に追われることになった。
 課題となる原文は一年の時より難しい。先生方は熱意を持って英文学の本質を伝えようとしてくれている。面白い、はずなのに、集中出来ない。辞書を片手に英文を前にしても、単語の意味がバラバラにほどけて内容が頭に入ってこない。真っ白いノートのページに治さんの顔が浮かぶ。電車で隣に座った時の、肩がぶつかる感触がよみがえる。
 会いたい。治さんに会いたい。そう思えば思うほど勉強ははかどらなくなり、自由時間が減り、デートが出来ない。悪循環だ。
 治さんは朝、バス停にいる私を時々見かけると話していた。本から何度顔を上げても、治さんが前を通ったりしない。この町のどこかにはいるんだ。私は本をかばんにしまって、周囲をぐるりと見回した。バス停のある橋。その先の小さな商店。雑木林。反対側の曇った空。私の家。橋の下を流れる小川。
 その川岸の草むらに、治さんが立っていた。和紙の材料を探しているのかしら。喜びで全身が熱くなるのを感じながら、私は大きく手を振った。
「治さん! 治さーん!」
 手を振り返してくれると信じていたのに、治さんは後ろを向いて大股で逃げてしまった。どうして? 目の前が暗くなる。ちょうどその時バスが来たので、起きたことの意味を理解出来ないまま、そこを離れるよりほかなかった。
 このお見合いは、私さえ断らなければ結婚に至るのだと、勝手に思っていた。でもあのデートの日に、治さんは考えを変えたのかもしれない。こんな大女に見下ろされて一生を送るのはごめんだと。当たり前だ。男の人はみな、小さくて可愛らしい女性が好きなのだから。
 あるいは、私は何か治さんの気に障ることを言ってしまったのかもしれない。すぐに思い当たって血の気が引いた。
「正太さんからいただいたお小遣い、全部使ってしまったんじゃないの?」
 治さんはそう多くないであろうお給金を節約し、自分の作る物をより良くしようと努めている。それなのに、親のすねをかじっている私が、軽々しく馬鹿にするようなことを言ってしまって。こんな生意気な女とはやっていけないと、失望したのではないか。
 私を嫌いになった?
 頭の中でつぶやくだけで涙がこぼれる。短大の同級生はみな私より美しく、相談したらみじめな気持ちになりそうで、誰にも打ち明けられなかった。
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邯鄲(その7)

 次の朝、バス停に向かい、そこが昨日までとはまるで違った場所になっているのに気づき、愕然とした。石の台の付いた金属製の錆びた時刻表。その前に、病院へ通う佐山さんちのおじいさんが立っている。草木の緑。小川の穏やかな水音。いつもと同じ風景。でも何かが決定的に違う。母を亡くした日にさえ私を優しく包んでくれた空と大地が、敵国からの侵入者を見るように私を拒んでいる。ここはお前の生きるべき世界ではないと。
 欄干から身を乗り出し彼岸を覗いても、治さんはいない。最初から分かっていた。ここは治さんのいない世界。
 バスの席に座り、自分の頭が狂い始めているのに気づく。変わってしまったのは外界ではなく、私自身だ。学校にはどうにかたどり着いたけれど、もう授業どころではなかった。指名されてしどろもどろになる私を、先生は叱らずに心配した。級友にあれこれ尋ねられるのが嫌で、休み時間は食事も取らずお手洗いにこもって泣いていた。
 帰宅後、静子さんが用意してくれた夕食を食べる。味がしない。それが心の底から申し訳なく、美味しい、と言って無理に笑った。
 治さんに会いたい。……いいえ、会わなければいけない。この大切な結び目を、ほどいてしまう訳にはいかないのだ。私は玄関を忍び出て暗い夜道に飛び出した。こんな時間に一人で外を出歩いたら、静子さんにどれほど怒られるだろう。その前に人けのない場所で愚連隊にでも出くわしたら、大変なことになる。それでも私は行かなければいけない。橋の向こうへ。街灯のない雑木林を走り抜け、治さんがいる世界へ。
 何があっても、誰に何を言われても、これは私の人生だ。
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邯鄲(その8)

 作業場にはまだ灯りがついていた。入り口に立った私に気づいたのは、頬がニキビで凸凹した、大柄な男の人だった。ニカッと笑って目を輝かせ、指をくわえ、ピュゥーッと甲高い口笛を鳴らす。その音の先に、作業着姿の治さんがいた。
 目覚まし時計のベルを聞いたようにハッとする。治さんは目を丸くして私を見ている。耳が真っ赤だ。囃す声に押し出され、外に出てきた。二人とも無言のまま、雑木林の方に歩き出す。灯りの見えなくなったところで立ち止まった。
「学校などやめてしまって、明日にでも治さんと結婚したい!」
 何てはしたない振る舞いだろう。治さんに好かれる女になりたいのに、自分が自分じゃないみたいに、思い通りに動けない。苦しくて涙がこぼれる。
「治さんに会えないのが、辛いの。結婚すれば、離ればなれにならずに済むから。ずっと一緒にいられるから……」
「オレも一日、春子さんを見なかったら、手も頭も借り物みてぇにバカになって、今日は親方に叱られっぱなしだったんだ。滅茶苦茶に」
 治さんは私を見上げ、 真剣な顔をくしゃっと崩した。心の休まる笑顔だった。
「明日から毎日、学校へ行く春子さんを見送るよ。そうすれば二人とも元気になるんじゃねぇか」
「そうね。ありがとう、治さん。ありがとう……」
 治さんは家まで送ってくれた。幸い父と静子さんには見つからず、何事もなかったように自分の部屋に戻り、眠った。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:46| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その9)

 それから次の春まで一年間、治さんは本当に毎日バス停の下の川原に来てくれた。梅雨になってしとしと雨が降っても、梅雨が明けてかんかん照りになっても、治さんは学校に向かう私を祝福するように、大きく手を振る。私も振り返す。どんな天気でもお日様みたいに光る笑顔。
 台風の日だけは橋の上で待っていてくれて、いつもと違う濁流の音を二人で聞いた。ここにいれば流されるはずもないのに、怖くて震えてしまう。私たちは何も言わずに見つめ合い、言葉にならない思いを交換し合った。

 秋に結納を済ませ、十二月には父と静子さんと四人で秩父夜祭りへ行った。とても寒くて混雑も酷く、治さんの腕につかまることが出来たら、と強く思う。けれども私たちは必ず一歩分、距離を保った。お互いの位置ばかり気にしていたせいで、うっかり途中で父たちとはぐれてしまった。
「どうしましょう!」
「そんな遠くに行かねぇと思うな」
 近辺をぐるり一周する。二人は地元の方が出している夜店で甘酒を飲んでいた。白い湯気のあたたかさが羨ましく、私たちも同じものを頼む。
「何してたの?」
「静子さんたちを探していたんじゃない」
「あなたたちの場合、本当にそうなんでしょうね…… 信じられないわ」
 冷やかされて赤くなった治さんの耳に注目し、みんなで笑った。
 もう家族に認められているのだから、手をつなぐくらい許されただろう。しかし私は知っていた。治さんの体に、肌に触れてしまったら、欲望を止められなくなることを。私は毎夜、布団の角を抱き締めて、結婚後の生活を夢見た。
 また明日、と言って別れなくても良い暮らし。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:45| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その10)

「短大まで出していただき、ありがとうございました」
 卒業式の後、袴姿から着替えずに父の書斎へ行った。卒業証書と成績表を渡す。
「頑張ったようだね」
「英語の勉強は好きだから、苦労した気はしないの。これで授業を受けられなくなってしまうのが寂しい」
「なに、静子先生の花嫁講座がある」
「そうね。式までに家事のコツを教わっておかないと」
 父は成績表から顔を上げ、私を見た。
「治くんから婿に入りたいと言われたよ」
「えっ」
 私は一人娘ではないのだから、婿を取る必要はない。結納もこちらがお嫁に行く形式だった。私の混乱をやわらげるように、父は楽しげに微笑んだ。
「その理由が可笑しくてね、
『井田より隅田の方が風流だから』
 と言うんだ」
「それほど違う苗字とも思えないけど」
 この一年、井田春子になれるのを心待ちにしていた。まあ、隅田春子のままでいられるのも、嬉しいかもしれない。
「いっそ隅田川に改名しようかと冗談を言ったら『あれは悲しい話だから隅田で良い』と返された」
 短大の授業で能の「隅田川」を元にしたイギリスのオペラが取り上げられ、治さんにあらすじを語ったことがあった。それを覚えていてくれたんだ。
「治さんは日本の伝統について広く知識を吸収しているのだと思います。和紙は様々な場所で使われるから」
 父は両手を組み、真剣な目つきで私を見る。
「物足りないどころじゃない。うかうかしていると、お前が物足りないと言われてしまうよ」
「はい」
 私が伝えた話のおかげで、治さんが褒められている。こういうのを内助の功と言うのだろうか。知らず口元がほころびる。
「社会に出た後の学問は基本、独学だ。むろん人から教わることも出来るが、『誰に』『何を』尋ねるかは自分で決めなければいけない」
「はい」
「これから子どもでも産まれたら、目の回るような忙しさになるだろう。それでも学ぼうとする気持ちを忘れないように。春子には出来るはずだ」
 卒業は終わりではなく始まりなのだと気づき、胸が熱くなる。私は父に向かって深く頭を下げた。
「女の私に学問を与えていただき、ありがとうございます」
posted by 柳屋文芸堂 at 23:44| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その11)

 四月に近所の神社で式を挙げることになっていた。ほんの内々のもので、披露宴はしない。父が事業をやっているため、私と治さんの知り合いより父の会社の関係者を多く呼ぶことになってしまう。大切な門出を騒々しいものにしたくない。私の思いを、父も理解してくれた。
 当日、桜吹雪になれば素敵だと思って日程を組んだのに、今年の開花は遅く、まだ五分咲きだ。紫色の固いつぼみ。
 今日のために伸ばしていた髪を島田に結い上げ、顔を真っ白に塗る特別なお化粧をしてもらう。またおかめになったら角隠しで顔も隠したいと悶々としていたけれど、鏡の中の私は別人みたいだった。一生に一度の特別な日なのだから、今日だけは自分を綺麗だと勘違いしたって許されるだろう。
 白無垢の着付けが終わると、感極まって泣きそうになった。いけない! おしろいが溶けてしまう。佐山さんちのネギ! 何を言っているのか分からないバスの運転手さん! 私は必死に日常の物事を思い浮かべ、涙を引っ込めた。
 治さんはうちの家紋を染め抜いた黒紋付袴で私を待っていてくれた。ニコッと微笑むとちゃんと耳が赤くなったので嬉しくなる。
「三三九度のお酒は口をつけるだけで飲まなくて良いのよ」
「オレ緊張してガボガボ飲んでぶっ倒れるかもしんね」
「そうなったら介抱してあげる」
 始まるまで不安そうにしていた割に、式の間治さんは落ち着いて堂々としていた。それより私の方が誰かの鼻をすする音に気を取られ、いくつか所作を度忘れした。そのたび巫女さんが次の動作を教えてくれたので助かった。
 式を終えて社殿から退出すると、兄がつかつかとこちらへやって来る。花婿と同じ黒紋付袴。父のを借りたのだろう。
「遠いところ、来てくれてありがとう」
 大学入学後、兄はほとんど家に寄り付かない。盆暮れにさえ帰って来ない時があるのだ。
「お前、本当にあれで良いのかよ?」
「新居のこと?」
 私たちがこれから住むのは、古い小さな平屋だ。治さんが独立したら作業場付きの家を新築しようと、父は今から楽しそうに図面を引いたりしている。
「違う! 旦那だよ、お前の」
 咄嗟に治さんの方を向く。良かった、父と正太さんに話しかけられて、兄の言葉は聞こえなかったはずだ。私は兄と治さんを引き離すように歩き始める。
「中卒の職人だって言うじゃないか」
「治さんは立派な方です!」
「おまけにチビだし、ネズミみたいな顔して」
「治さんが小さいんじゃなく、私が大き過ぎるの! 勝手に比較して貶さないでください」
 兄は父と治さんの方をにらんで舌打ちした。
「どうやって取り入ったんだよ」
「治さんは工場を乗っ取ろうとしている訳じゃ……」
「そうじゃない。あんなもん欲しけりゃくれてやる」
 兄は一瞬黙り、下唇を突き出してつぶやいた。
「春子は山の手の奥様になると思っていたのに」
 懐かしい表情。得意の数学で満点を逃した時、よくあんな顔をしたものだ。兄はそのまま身をひるがえし、鳥居をくぐって神社から出ていってしまった。
 結婚式で言われたのには驚いたけれど、兄が父ほど治さんを評価しないのは予想していた。人間の価値を中身ではなく、冠で判断するところがあるから。
 おめでとう、と一言も言ってくれなかった。それでも悲しいというより可笑しくて笑ってしまう。山の手の奥様。東京の学校に通えば、どんなおかめでもお金持ちに見初められると思っているのだろうか。
 治さんのそばに戻ろうと振り返ると、静子さんが顔に手ぬぐいを当ててうつむいている。
「どうしたの?」
「感動して泣いてるに決まってるじゃない!」
 顔を上げると、涙と鼻水がするする流れ、慌てて手ぬぐいでこする。
「ハンケチじゃ間に合わなくて。お式の間も音が響いちゃってごめんなさい」
「誰か風邪でも引いてるのかと思った」
 感激するにしても、ちょっと大袈裟じゃないかしら。遠くにお嫁に行くのではなく、お婿さんをもらって近所で新生活を始めるだけなのに。結婚とはそんな大変な出来事なのかと、呆気に取られる。
「私、怖かったの。春子ちゃんがあんまり熱心に英語を勉強してるから、小野洋子さんみたいにアメリカへ行って、外国人と結婚しちゃうんじゃないかって……」
 こらえ切れず噴き出し、白無垢を着ているのを忘れて大声で笑ってしまった。私が短大の英文科に通ったことで、みんなこれほど思いを巡らすとは。奥様。国際結婚。町一番の才女。
 私はただ、英語の勉強が好きだっただけ。異国の言葉の向こうに、自分と同じ人間の心を読み取るのが面白くて仕方なかった。きっと世界中に静子さんやお兄ちゃんがいる。お父さんと正太さんも。私と治さんも。佐山さんも。お母さんも。
「春子ちゃんを手放さずに済んで、兄さんがどれほどホッとしてるか。普段は偉そうにしてるけど、ものすごい寂しがり屋なのよ」
 父の方を見ると、治さんのお母さんに何かお土産のようなものを渡しているところだった。父の半分ほどの背を、何度も曲げてお辞儀するお母さん。
「今日は兄さん、春子ちゃんと話さないつもりよ」
「そうなの?」
「泣き顔を見せたくないんでしょ。みっともないものね」
 静子さんはようやく泣きやんで、いつもの茶目っ気のある笑顔になった。
「末永くお幸せに」
「ありがとう」
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邯鄲(その12)

 新居では、先にお風呂に入らせてもらった。静子さんが重箱で用意してくれた夕御飯を食べ、治さんがお風呂から出てくるのを待つ。食器を洗っていても、これから起こることが頭に浮かんで集中出来ない。自分の心臓の音が聞こえる。何回か手を滑らせてひやっとした。
 布団を敷き終えると、ステテコ姿の治さんが部屋に入ってきた。目を合わせられず、布団の上に座って下を向く。治さんは私の前で正座した。押し倒されるものとばかり思っていたのに、いくら待っても何もされない。
 明日の朝、宮崎への新婚旅行に出発することになっている。今晩は疲れないよう何もせずに眠るのかしら。寒くなってきたので布団にもぐる。落胆しているのが恥ずかしい。
 治さんは同じ姿勢で固まって身じろぎ一つしない。心配になり手に触れると、冬の水のような冷たさだった。
「そんなに体を冷やしちゃ毒よ」
 治さんの手をにぎり布団に引き入れ、痩せた体をすっぽり抱きしめた。どうにか熱を移せないかと足をからめる。治さんは私に包まれて、少しずつあたたかくなってゆく。
 ちょうど私の胸のあたりに頭があったから、赤ん坊にお乳をあげる母親の真似をしてみたくなり、寝巻きをはだけて治さんの目の前に乳房をこぼした。乳首を唇にそっと押し付ける。治さんは口を開いて吸った。私の甘い高い声が部屋に響き、胸への口づけは深く激しくなる。濡れた唇と舌の動き。
 そのうち足の間がうずき始めてハッとした。こういう仕組みになってるの。女が心地よくなれるのは抱擁と愛撫までで、その後の行為は子どもを授かるために我慢するのだと思っていた。
 そうじゃないんだ。自分の子宮が治さんの体を求めているのがありありと感じられる。この人になら肌を許してもいいと思った相手に触れられると、女の体はこんな風に変化するの。
 私は布団にもぐり、自分の内側が欲しているものを探した。治さんのお腹に指をはわせ、おへそを見つけた後、下着の中に手を入れた。想像していたよりずっと大きくてびっくりする。行水する近所の男の子のを見たきりで、大人のは初めてだ。ずいぶん育ってしまうものだと、すみずみまで撫で回した。
 我を忘れ、自分が破廉恥になっているのに気づき、慌てて布団から顔を出す。
「ごめんなさい。女があまり積極的だと、男の人は嫌なんでしょうね?」
 治さんはじっと天井を見つめ、ゆっくりこちらを向いた。目が涙で潤んでいる。
「何だか夢を見ているようで、どうしたらいいか……」
「治さん、したことは?」
「そういう店に行こうって誘われたことはあるけど、オレもうそん時、春子さんを気に入ってて、他の女の所になんて行きたくなかった」
 気に入ってて、という言葉に全身が震える。治さんはどうしてこんなに私を幸せにしてくれるのだろう。
「情けねぇなぁ…… 無理にでも行って練習してくれば良かった」
「女の体をお金で買う人なんて、私、大嫌いよ! 治さんが悪い誘いを断ってくれて、本当に嬉しい」
 再び治さんをぎゅうっと抱きしめる。
「わざわざよそで練習する必要なんて無いわ。二人で練習しましょう」
 大胆になるのを許可された思いで、私はすぐに全裸になり、治さんの服も脱がした。
「上に乗って」
 腰の位置を合わせて足を開く。自分の中に導こうとするのに、なかなかうまくいかない。何度やってもつるつると跳ねてしまう。どうにか先端が入った時、私の指先は体液でべとべとになっていた。
 奥まで届くと、治さんはようやく本能を思い出した様子で、腰を前後に揺らし始めた。一度始まってしまえば、本人にも止められない荒々しい動きだった。
 あんなに欲しいと望んでいたのに、私に与えられたのは快楽ではなく破瓜の苦しみ。圧倒的な痛みに支配され、身動き出来ない。他の男にやられたら、とても耐えられなかっただろう。
 自分の子宮を打っているのが治さんだと思うと、痛みさえ意義深いものに感じられる。この女はオレの女だと、体の真ん中に刻印を押されているような。
 治さんのものになれるのが嬉しい。痛みが私たちを結びつけている。一段と早くなる腰の動き。燃える痛み。治さんがそばにいれば、どんな苦しみも歓喜になる。
 なんて倒錯した考え。私の頭に一つの言葉が浮かぶ。文字でしか知らなかった。今その真の意味をつかみ、喘ぎながら叫ぶ。
 愛してる。
 私は治さんを愛してる。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:42| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その13)

 僕の母親は六十代で大病をしたせいか老化が早く、七十五歳で亡くなった。
 若い頃の母はふくよかな体つきをしていた。昔の女性にしては背が高く、胸とお尻は夏の果物を隠しているかのように丸く高々と膨らんで、その姿は「豊穣の神」を思わせた。
 多少の悩みや迷いがあっても、母のいる家に帰れば大丈夫。そういう安心感のもとで僕は育ち、生きてきた。
 手術後、母の肉は失われ、最後は骨と皮と、あちこちに脂肪の残りがぶら下がるだけになった。落ちくぼんだ静かな目。病室で母と話しているうち、母の顔が骸骨に見え始め、僕はトイレに行って泣いた。
「お父さんに悪くて」
 入院するたび母は辛そうにつぶやいた。家事が出来ないことだけを言っていたのではないと思う。母は父を支え続けたかったのだ。そうして送り出してから死ぬつもりでいた。二人そろって平均寿命まで生きれば、願いは順当に叶えられたはずだ。しかし当然のことながら、全ての人が平均になれる訳じゃない。
 母と一つ違いの父は、歳を取るのを忘れたみたいに元気に働き続けている。美術用の和紙を特注で作るのが父の仕事だ。書家や画家の希望を聞き、それぞれの作品に合った紙をすく。
 珍しいところでは写真家の客もいるそうだ。父の和紙にプリンタで写真を印刷する。よくにじまないなと感心する。和紙がすごいのかプリンタがすごいのか、僕にはよく分からないけど。
 特注の和紙で作品を作るのは、経済的に余裕のある芸術家だ。父のすいた和紙には紙一枚とは思えないような高値がつく。僕は子どもの時分から、父のおかげで服や食べ物を買えることに感謝したし、社会に出て金を稼ぐ大変さを知ってからは、特別なものを作って生計を立ててきた父を、尊敬するようになった。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:41| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その14)

「紙すき教わるために隣に住んだのに、完全に飯炊きババアよ!」
 妹の咲が受話器の向こうで怒鳴る。
「じゃあ僕たちは『スパゲティ茹でジジイ』だねぇ」
「語呂が悪い!」
 最後の一年間、母はほとんど寝たきりで、咲が代わりに家事をしていた。
「二軒分の面倒見るのマジでキツいよ」
「手伝おうか?」
「えーっ お兄ちゃん何か出来るわけ? あー本当に男なんて何の役にも立たない!」
「僕、高校出て一人暮らしするようになってから、家事全部やってるんだけど。今も料理以外は僕の担当だし」
「へーっ じゃあ晴れた日にこっち来て、洗濯してくれない? 二軒分」
 実家へ行くのは店の定休日だけにしたいのだ。天気に左右されたくない。
「乾燥機使えば別に晴れじゃなくても」
「日光消毒!」
 僕は一緒に店をやっているメグに相談した。
「ランチの時間が厳しいと思うんだ」
「お客さんに事情を知らせて、周平のいない日だけセルフサービスにすれば良いんじゃない? 手間かけさせた分、割引券配って」
「かえって客が増えそうだね…… 僕がいなくても店が回ることが証明されてしまう」
「そんなことないよ。あたし、本の話なんて出来ないもん」
 僕たちの店は村上春樹の小説に出てくる料理を売りにしている。「かえるくんの芽キャベツパスタ」「青豆の逃亡クラッカー」「牛河さんの桃のパイ」等々、春樹ファンのためのメニューが並ぶ。本好きを集めるのが目的だったのに、メグの料理が美味し過ぎて美食クラブみたいになっている。常連が多いので、理由を話せばみんな手を貸してくれるだろう。結局のところ、メグの料理を食べられさえすれば何でも良いのだから。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:39| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その15)

 メグは昔、魚河岸近くの寿司屋で修行をしていた。頭を角刈りにし、
「女っぽい」
「気持ち悪い」
「ナヨナヨするな」
 と蔑まれながら。修行時代の話を聞くと、メグを馬鹿にした奴らを殺してしまいたくなる。
 メグが寿司屋でいじめられたのは性同一性障害だったせいではなく、単に妬まれていたのだと思う。メグの実家は日本料理店で、そうするのが当たり前であるかのように子どもの頃から調理や接客をしていた。美味しいものとは何か。そこに到達するには何をすれば良いのか。腕の良い料理人である父親に徹底的に叩き込まれている。
 寿司屋に入る前にメグは板前として完成していたのだ。そんな人間が修行中の若者たちに混ざったら、それは反感を買うだろう。
 男らしく振る舞うことや、客向けの料理を作らせてもらえないことに絶望し、メグはオカマバーに転職した。そこで働いていた友人に紹介され、僕たちは知り合った。最初、純粋に仕事のパートナーとして雇うつもりだった。
「過酷な労働に就かせるために手籠めにされちゃったの」
 客に馴れ初めを尋ねられるとメグはそう言っておどけるけど、先に抱きついて来たのはメグだ。心に沢山傷を抱えたこの子を幸せに出来るだろうかと何度も自分に問いつつ、僕たちは裸になってお互いの孤独を溶かし合った。
「お前と付き合い始めて、あいつ明るくなったよな」
 友人が言ってくれたその一言が、人生で得た一番大きな勲章だ。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:38| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その16)

 メグと違い、僕は父親から和紙のことを何も教わらなかった。貴重な技術でもあるし気になって、
「仕事を継がなくて良いの?」
 と聞いたことはある。
「いやぁ……」
 父親は腕を組んで渋った。
「僕、不器用だからやめた方が良いよね?」
「そうじゃねぇ。何だって練習すりゃ上手くなるさ。でも例えばな…… 周平が誰にも作れないような素晴らしい和紙をすいたとするだろう」
「うん」
「それがどんなに画期的で美しい和紙だったとしても、誰も欲しがる人間がいなきゃ売れないんだ」
「そりゃそうだろうね」
「もう少し安けりゃ売れるかと値段を下げるとするだろう」
「うん」
「材料費の方が高くついたら手間賃が出なくなる。そんなのは仕事じゃねぇ。趣味だ」
「趣味……」
「お前がどんなものを作るかじゃなく、お客がどんだけ欲しがるかなんだ。オレはどうにかやってっけど、これから先も手すきの和紙を買う奴がいるか分かんねぇよ」
「需要と供給」
 父親は何も聞こえなかったように続ける。
「絶対やるなとは言わねぇけど、やった方が良いとも言えねぇな」
 父親が理路整然と話すのを聞いたのは初めてだった。たぶんこれが最後になると思う。父に何を聞いても、
「よく分かんねぇからお母さんに聞け」
 が決まり文句になっていた。僕がどれだけ良い成績を取っても自分を優秀だと思えないのは、父親の遺伝子のせいなんじゃないかと疑っていた。けれども父は頭が悪いのではなく、和紙のことしか考えてないだけなのかもしれない。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:38| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その17)

 農家の出身だからか、和紙に植物を使うためか、花はよく見ているようだった。
「ツツジが咲いたな、周平」
「そうだね」
 しばらくして、
「紫陽花が咲いたな、周平」
「そうだね」
「オレは何十年も生きてっけど、ツツジより先に紫陽花が咲いたことはたぶんねぇよ。誰かが起こしに行く訳でもねぇのに、すげぇな」
「……」
 そんな答えようのないことを言っては、口笛吹いて機嫌よく作業場に降りてゆく。親子とはいえいまいち噛み合わない人だ。
 父親にメグの話はしていない。母は読書家で、世間に多様な価値観があることを知っていたから、僕たちのことも理解しようと努めてくれた。しかし父親は、愛というものをどうとらえているのかさえ全く推測出来ない。僕たちがどんなに真剣に愛し合っていても、男と男の恋愛は父親にとって、不自然で受け入れ難いものなのではないか。冬に咲くひまわりのように。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:37| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その18)

「お店抜けてうちに来てくれてるんだってね、周平」
 入院先の病室で母がかすれた声を出す。
「メグちゃんに、周平を借りちゃってごめんなさいって、伝えて」
「お兄ちゃんがいなくても困ってないよ! 普段から役に立ってないとこういう時便利だね」
「実際そうだけど人に言われたくない」
 正直、家事の手伝いより咲との会話に疲れる。昔から苦手なのだ。
 母は小さく微笑んで言う。
「メグちゃんは周平のこと大好きだもの。役に立たなくたって、そばにいるだけで良いのよ。ずいぶん心強いはず」
「僕も経営者として、お金のやりくりとか色々やってるんだから……」
 母は今にも壊れそうな骨だけの手で、僕の指に触れた。
「ごめんね。お母さんきっともう、何も返せない」
「大学まで出してくれたじゃないか。返さなきゃいけないのは僕の方だよ」
「たまに来るだけの人は親孝行出来て良いですねー」
「咲にもいっぱい迷惑かけて、ごめんね……」
 咲はつーんとそっぽを向いている。もうじき死んじゃうかもしれないんだから優しくしろよと怒りたいが、両親の面倒を毎日見ているのは咲なのだ。僕に何か言う権利はない。
 僕も咲も、母自身も、死神がゆっくりこちらに近づいて来るのに気づいていた。父だけが、
「点滴すりゃ治るだろ」
 とのんきだった。後から考えると、父は母がいなくなることを想像出来なかったのだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:36| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その19)

 まだ肌寒い早春の朝、母は病室で息を引き取った。父親が庭から切ってきた沈丁花の花が、花瓶に活けられもせずに甘い芳香を放っている。消毒薬の臭いではなく春の花の香りの中で亡くなったことが、僕の救いになった。
 喪服を取りに東京の家に帰ると、咲から電話がかかってきた。
「お兄ちゃん、喪主やってくれない?」
「えっ、お父さんじゃないの?」
「順番だとそうなんだけどさー ショックがひどくて無理そう。生ける屍って感じ」
「ぼーっとしちゃってるの?」
「そう。食べない、飲まない、しゃべらない。現在我が家は屍二名よ」
 咲はゲラゲラと笑う。
「喪主って何すればいいの?」
「事務的なことは全部私がやるからさ、会葬者へのあいさつだけして。まあ名ばかり喪主ってとこだね」
「本日は来てくださってありがとうございますとか、そんな感じ?」
「そうそう。村上春樹ばりの気の利いた比喩を使いまくって、若い娘たちをキャーキャー言わせてやってよ」
「そんな葬式があるか!」
 実家へ戻る前に店に寄った。
「一人営業続きで申し訳ない」
「いいの。それより残念だったね、お母さん」
 メグはぽたぽた涙をこぼし、エプロンでぬぐった。
「臨時休業にしてお通夜とお葬式に来る?」
「うーん……」
 メグはエプロンのはじっこを指で引っぱりながらしばらく考えていた。
「店を休んでお葬式に行くのと、店を営業し続けるの、お母さんはどっちを喜ぶかな?」
「営業する方だね」
 体調を崩す前、母はよくこの店に来てくれた。そうしてメグの料理や、僕が厳選した本の並ぶ本棚を絶賛した。自分のせいで店が休みになったら、たった二日であっても母は心を痛めるだろう。
「あたしは定休日にお線香あげに行くよ。息子が経営する店の従業員として」
 メグは寂しそうだった。体が男でなかったら、メグは長男の嫁なのだ。どうするのが正解なんだろう。
 メグの気持ちを心配しながら、僕はメグの提案に従うことにした。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:35| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その20)

 おとなしい父と優しい母の間に産まれたのに、意地の悪い宇宙人に遺伝子操作でも受けたのか、咲は少女時代から恐ろしい乱暴者だった。痴漢を通学カバンで殴打して半殺しの目に遭わせたとか、あまり聞きたくない武勇伝が数多ある。
 僕はゲイであることと無関係に、こんな女とは絶対結婚したくないと思うけれど、咲は母譲りの大和撫子風の外見を悪用し、いかにも気の弱そうな、二枚目の旦那を手に入れた。頼りない! 情けない! とブーブー文句を言いつつ、大学生の息子と三人、けっこう円満に暮らしている。
 お通夜もお葬式も、実際の準備は葬儀屋が全てやってくれるので、名ばかり喪主の僕は手持ち無沙汰だ。咲が時々女王のように指示を出す。
「周平さん、ちょっと良いですか?」
「ああ、みっちゃん」
 咲の旦那のみつる君だ。
「お父さんが」
「ぼーっとしてるってね。まだ直ってないんだ」
「このまま認知症になったりしたらと思うと……」
「一時的なものだと思うけどね。お母さんが死ぬ直前まで元気だったんだし」
 みつる君は落ちぶれたアイドル風の、陰のある顔をますます曇らせる。
「奥さんに先立たれたら、立ち直れないですよ。もし咲ちゃんがいなくなったら、俺きっと、生きる気力を失って、働くことも眠ることも出来なくなると思います」
 もし君が先に死んだら、咲は嬉々として葬式の準備をすると思うよ! とはもちろん言わない。みつる君は手で涙をこすった。
「お父さんにはポカリスエットと麦茶を交互に飲ませてます。あとコンビニのおにぎりを食べさせたり」
「ありがとう」
 乱暴者の妹を愛してくれてありがとう。その家族も大切にしてくれてありがとう。
「お父さんのことは俺が見てるんで、周平さんはお母さんのことだけ考えていてください」
「特にやることもないんだけど……」
「仲良かったですもんね」
「うん」
 それは本当に、そうだ。僕は母の影響で本好きになり、文学部に進んだ。大人になってからは面白かった本の情報を交換し合い、時々二人で出かけたりして、プラトニックな恋人みたいだった。
 咲も本好きだけど、母とは趣味が合わないと言う。昔から父親の方に懐いていた。母と僕、父と咲。家族の中に二つのチームがある感じだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:34| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その21)

 広く知らせたつもりもないのに、お通夜には数百人の人が集まって呆然とした。母は生涯をこの町で過ごしたので、知り合いも多かったのだろう。
 おじいさんが町で一番大きな製紙工場を経営していたのも、関係があるのかもしれない。会社は伯父の代で潰れたけど。伯父さんは夜逃げしてしまい、音信不通だ。
「周ちゃん!」
「タツヤくん」
 年甲斐もなくドキンとしてしまう。タツヤくんは僕の幼なじみだ。
「おばさん、もう少し生きて欲しかったなぁ」
「病気もあったしね。それより今日のお通夜のこと、どうやって知ったの?」
「母親から連絡があった」
「何も言ってないのに来てくれる人が多くて驚いてる」
「おばさんどこで亡くなった?」
 病院名を言うと、タツヤくんは苦笑いした。
「あそこで死ぬと次の日には町中に広まるんだよ。中に拡声器がいるんだろうな」
「それマズいんじゃないの……」
 棺の中の母は綺麗にお化粧されていた。顔色の悪さを隠すためとはいえ、授業参観にさえ口紅一つ塗らずに来た母が、こんなおばあちゃんになって厚化粧されているのは不思議な気がする。僕の知らない遠くの場所に行ってしまうのだと改めて感じ、少し泣いた。
 かつての母は、化粧などしなくても十分美しかった。川岸に咲く花みたいに。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:33| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その22)

「母は良妻賢母の鑑のような人でした」
 うちの前に集まった人々が、ズズッ、ズズッと一斉に鼻をすする。
「病気になった後も、家族のことばかり気にかけて、自分の身を嘆いたことは一度もありませんでした」
 ズズッ、ズズッ。オーケストラの指揮者になった気分だ。気の利いたセリフを言うべきだろうかと考えるが、もちろんそんなもの浮かばない。僕は村上春樹じゃないのだ。残念ながら。
「僕たち家族やみなさんが、健康に、楽しく生きることが、何よりの供養になると思います。本日は母のためにお集まりいただき、ありがとうございました」
 お清めの料理が並んだ部屋へ行くと、咲はニヤリと笑って僕の背中を叩いた。
「紋切り型の表現に満ちた、平々凡々としたスピーチをありがとう!」
「おかしなことを言う訳にいかないじゃないか」
「まあしょうがないよね。お母さんの生き方が紋切り型だったんだから」
 母の話になると、必ず咲はトゲのあることを言う。あの優しい人のどこが気に食わないのだろう。自分はそんなにオリジナリティあふれる生き方をしているつもりなんだろうか。
 これからは家事を手伝いに来る必要もないんだ。咲のことは頭から追い払おう。
 咲は中学・高校の同級生が大勢来たため、そこだけ飲み会のようになっている。
「みっちゃん、お酌して!」
「う、うん」
 考えてみると、咲もほとんどこの町から出たことがない。
「かんぱーい!」
「お通夜で乾杯はないよ、咲」
「ギャハハハ」
 みな咲と同じく子育てを終えたおばさんたちだ。若い娘なんてどこにもいない。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:32| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その23)

 僕も母と親しかった人たちにお礼をして回り、お辞儀のし過ぎで腰が痛かった。
 部屋のはじっこにぽつんと座った父のことを、誰も見ていなかった。
「春子さんすみません!」
 突然の大声に、その場にいる全員が一瞬動きを止めた。
「春子さんすみません! 春子さんすみません! オレのせいだ! オレのせいだ!」
 父は涙と鼻水を滝のように流して叫び続ける。父が母を名前で呼ぶのを初めて聞いた。咲は父のそばに駆け寄って手からコップを奪う。
「誰? お父さんにお酒飲ませたの!」
 そして僕をギロリとにらむ。
「ちゃんと見ててよ!」
「お前だってなぁ!」
 みつる君が抱きかかえるようにして父を立たせた。
「布団の方に行きましょう、お父さん」
 父は素直に従って、部屋から出ていった。
 次の日、父は起き上がることが出来ず、火葬場へも行けなかった。みつる君が家に残って看病してくれた。母が焼かれるところを見ないで済み、父にとっては良かったのかもしれない。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:31| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その24)

「人一人が死ぬというのは大変なことだねぇ」
「お疲れ様、周平」
 僕は喪服のまま、客のふりをしてメグの料理を食べる。
「お父さん、大丈夫なの?」
「昼くらいには立てたって。単なる二日酔いだよ」
「可哀想だね。よっぽど辛かったんだろうね」
 僕は皿に残った輪切り唐辛子をフォークでもてあそびながら言葉を探す。
「実を言うとさ、お母さんが亡くなっても、僕はそんなにショックじゃなかったんだ。長患いだったし、それこそ『お疲れ様』って気分だった」
 僕も、たぶん咲も、心配することから解放されてホッとしていた。
「病気が分かって、手術して、だんだん弱っていって。僕は十年間かけて少しずつ母を失っていった気がする」
「でもお父さんにとってはそうじゃなかったんだろうね」
「もっと家のことをやらせるべきだったのかなぁ」
 何しろ父が作る和紙は高く売れるので、別のことをさせるのはもったいないと思っていたのだ。
「周平だってあたしが死んだら、きっと突然失うんだよ」
 僕は目を丸くしてしまう。
「メグが先に死ぬことなんて考えたことなかった」
 メグは僕より九つも下なのだ。
「おじいさんになったら、メグが作った美味しい離乳食みたいなのを毎日食べさせてもらって、幸福な赤ん坊みたいに死んでいくつもりでいたよ」
「ステキな老後の計画ですわねっ まあ元気でいたらそうするけどさ。人の命なんて分からないじゃん」
 僕は早くに亡くなった昔の恋人を思い出す。メグもたぶん同じことを考えている。
「そう言えば、ごめん。お通夜で初恋の人に会っちゃった」
「佐山竜也だなーっ」
 メグは低い声でうなる。
「よくフルネーム覚えてるね」
「その人から年賀状が来るといつもニヤニヤして見てるでしょっ」
 確かに子どもが五人もいるタツヤくんの年賀状は毎年楽しみだけど、僕が見ているのはやきもちを焼くメグの方だ。
「それにしても、お清めのお寿司が不味くてまいったよ。埼玉の奥地で生の魚なんか食べるもんじゃないね」
 メグは一瞬真顔になり、ぱっと明るく微笑んだ。
「お父さんを励ますために、お寿司作りに行って良い?」
「えっ……」
「別に恋人として紹介しなくていいよ。こんな腕の良い料理人を抱える経営者なんだぞって、お父さんに自慢して」
 僕は時々思うのだ。メグを誰より傷つけているのは僕なんじゃないかと。
「ねっ ダメ?」
「そりゃメグの料理を食べられたら、喜ぶと思うけど……」
「じゃあ決まり! お父さんの体調聞いて、平気そうなら次の定休日に」
posted by 柳屋文芸堂 at 23:30| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その25)

 店の閉店が夜の十二時だから、休みの日は遅くまで寝るのが普通だ。その日メグは早起きして魚河岸まで仕入れに行った。八時半に池袋で待ち合わせる。僕も眠い。
「良いのあったよ〜」
 メグはジーパンに黒い野球帽とジャンパーで、魚と氷の詰まったカゴをかついでいる。いつもしている薄い化粧も今日は無しだ。
「ねえ、あたし男に見える?」
「うん、格好良いよ」
「えへへ〜 周平に言われると嬉しいな」
「カゴ持とうか?」
「ムリムリ。素人さんに持てる重さじゃありません」
 メグは「重たい物が持てなくなると困るから」という理由で性転換手術やホルモン治療をしていない。女になることより、料理人として最善であることの方が、優先順位が高いらしい。
「そんなに男らしくしなくても良いからね」
「この格好で女っぽかったら変じゃない? そうだ、ボロ出さないよう無口系で行くよ。『自分は……』」
「高倉健になる必要ないって! うちの父親、人のことはそんなに見ないから」
「そうなの?」
「もしメグが和紙で出来てたら細かいところまでチェックされるけどね」
 メグは「ルージュの伝言」の「ママ」を「パパ」に替えてるんるんと歌っていたが、空いた席に座った途端に眠ってしまった。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:27| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その26)

「お客さん!」
 駅員に起こされ慌てて電車から降りる。いつの間にか僕も寝ていた。
「乗り過ごした?」
「いや、終点が最寄りで助かったね」
 ちょうど良いバスが無かったので、タクシーで実家に向かう。
「おっかえり〜 おっ! メグちゃん久しぶり〜!」
 メグと咲はきゃあきゃあと再会を喜び合っている。
「台所綺麗にしておいたよ」
「ありがとう」
 咲は口は悪いが、頼まれた仕事は絶対にきちんとやる。そこは昔から変わらない。
 メグは持ってきた荷物を解き始める。僕は居間で横になった。
「お兄ちゃん、出来たよ!」
 咲に蹴飛ばされて起きる。布団がかけられていたので、別に痛くはなかった。
「メグちゃんが立ち働いているのに寝ちゃうなんてひどい夫!」
「うっ」
「しかし実を言うと私も寝てたんだ」
「疲れてるんだね」
 二人で白髪だらけなのに染めてない髪をかき上げる。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:26| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その27)

 食卓には正月みたいに重箱が広げられていた。
「螺鈿の入った豪華なお重があったので使わせてもらいました」
「お母さんが元気な時はこれにおせちを作ってくれたよね……」
 今日、重箱に入っているのはお寿司だ。作業場から父が戻ってくる。
「お父さん、働いてるの?」
「仕事は何の問題もなく出来るんだ。他はボーッ」
 咲は頭の横で指をクルクルさせる。
「何だかあわれだね」
「とにかく食べようよ。メグちゃんありがとう。いただきます!」
 お通夜の時のことがよみがえり、僕は父から目を離さないようにした。父はどんよりした顔でウニの軍艦巻きを口に放り込む。
 目がカッと光った気がした。
「大丈夫?」
 ネタが判別出来ないほど素早く、三つ立て続けに食べる。
「あーっ そんなに急いで食べたらのどにつかえる!」
 言うことを聞かないので羽交い締めだ。それでも気にせず食べる。
「何してるの?」
 僕の攻撃をものともせず、父は目の前の寿司を完食した。
「ねえ、これ美味しいんだけど何?」
「アジのなめろう。アジをお味噌としょうがと一緒に叩いたの」
「ねえお兄ちゃん、玉子焼きとなめろう交換しない?」
 僕は父から腕を外しながら答える。
「メグのお寿司は玉子焼きも絶品だよ」
「うわっ、ほんとだ! 何これ」
「卵は何種類も食べ比べて選んで、父親に教わったダシと、ちょこっとアサツキも入れてる」
「みっちゃんとユウに食べさせたい」
 ユウというのは咲の息子の呼び名だ。
「お寿司は固くなっちゃうからダメだけど、玉子焼きはいっぱい作ったから持っていって。残ったお魚は醤油と味噌で漬けようと思ってるの。どんぶりにしたり、焼いたり出来るように」
「なんて素晴らしい嫁っ」
 メグと咲は楽しそうに、お吸い物と残りのお寿司を食べている。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:25| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その28)

「春子さんにも食べさせたかった」
 父はうなだれたままつぶやいた。
「お店に来てくれた時、お寿司は出さなかったね」
「『ねじまき鳥のスパゲティ』がお気に入りだった」
「春樹カフェなんてやめて今すぐ寿司屋になりなよ!」
「そういう訳にも……」
 父は手で顔をおおい、しくしくと泣き始めた。
「オレがもっと早く今くらい稼げるようになってたら、春子さんにも苦労かけずに済んだんだ」
「苦労ったって、普通に暮らしてたじゃん」
「好きな本を買って読んでたし」
「夜逃げもしなかった」
 父は重箱をつかんでのぞき込む。
「こういう美味ぇもんもたらふく食べさせられたはずなんだ」
「お母さんの料理だって美味しかったじゃん」
「メグほどではないけど」
「そこはのろけるんだ」
「そりゃあね」
 父親にはどうも、僕たちの言葉が全く届いていないようだった。重箱の一点、おそらく過去のどこか一点を見つめ、間違いを正そうとしている。
 間違いって何だろう。
「春子さんは、オレと結婚したりしちゃいけなかったんだ」
「え?」
 父は作業着のズボンに爪を立てて引っ掻いた。
「パイロットか、外交官か分かんねぇけど、もっと学のある男の所に嫁に行って、裕福な暮らしをするはずだったんだ。それなのに」
 ぽろぽろ落ちた涙が作業着に染みをつくる。
「気がついたらオレと結婚してて」
「え」
「子どもまで産まれてて」
「おめーが作ったんだろ!」
 下品なツッコミを入れたのはもちろん咲だ。念のため。
「オレはたった一言口がきければそれで良かった。塩まいて追い返されるの覚悟で、社長にお願いしに行ったんだ。『春子さんに会わせてください』」
 父と母はお見合い結婚だと聞いている。周りの人間が適当に紹介したのだと、これまで思っていたのだが。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:24| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その29)

「近くで見た春子さんは天女みたいにうっすら光ってた。あんまり神々しくて、体の中が透明になるような気持ちだった」
「大袈裟じゃね?」
「まあ恋をすればそうなるのかも」
「恋」
 咲はふんっと笑ってお吸い物を飲み干す。
「それだけで満足だったのに、春子さんは何でかオレと結婚する気でいて、そんなのおかしいから、オレ、町を出ようかと考えたんだ」
「ボクより君を幸せに出来る人がいるはずだ、みたいな?」
「男ってどうしてそうやって弱腰になるんだろ」
 咲とメグは何故かこちらを見る。
「僕は違うでしょ!」
「一日春子さんを見なかったら、オレもう体がうまく動かなくて、春子さんも一緒にいたいって言ってくれて……」
「愛し合ってんじゃん」
「お父さんは何をそんなに悔やんでいるの?」
 メグは首を傾げる。僕は父親が変えたがっている過去が何なのか、考えていた。
 死だ。母の死。
「お父さん、よく聞いて。僕は昔、お母さんに『無理にでも女の人と結婚した方が良いか』って相談したことがあるんだ」
 咲とメグがぱっと振り向いた。僕は続ける。
「『結婚すれば必ず幸せになるというものでもないから、無理にしなくても良い』って言われたよ。『私は運良くお父さんみたいな人と出会えたけど、みんなが当たりを引ける訳じゃない。結婚するかどうかじゃなく、会えるかどうかなんだ』って」
「アイスかよ」
 咲のツッコミは無視する。
「お母さんは幸福だったよ。お父さんが言うように、光っていた気がするくらいに。そりゃ病気になっちゃったのは残念だけど、歳取って体のどこかが壊れるのは仕方ないじゃないか。花びらだって茶色くなったりするでしょ」
「金持ちと結婚して油っこい食事ばかりしてたら、別の病気になってたかもよ?」
 咲は頬づえついて言う。父はズボンに爪を立てたまま黙り込む。
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邯鄲(その30)

 メグは優しく語りかけた。
「ひとりの人を一途に愛し続けることって、誰にでも出来ることじゃないのよ。一つの仕事を真面目にやり遂げることだって」
「そうだよ、お父さんは自分で考えるよりずっとすごいんだってば!」
 まるで父親励まし大会だ。でもその効果はあったようだ。父は母が亡くなった後初めて、僕たちを見た。
「そんなこと言ってな、お母さんは外人の客と、英語でしゃべったりしてたんだぞ! 外国からの注文も全部オレの分かるようにしてくれて、横文字の手紙を書いて…… そんなすげぇことが出来るのに、オレたちの飯炊きに追われて、幸せなもんか!」
「悪いけど、それ全部私も出来るからね」
 英文学科卒の咲が言う。
「ちなみに僕も」
 僕は英文学専攻ではないけれど、英語は得意だった。時々アメリカの小説を原書で読むし、外国人のお客とのコミュニケーションにもほとんど困らない。
「今時、英語くらい誰だって使えるよねぇ?」
 父は、この国ではもう日本語が通じなくなったのか、と恐れおののく顔で、僕と咲を眺めた。そして助けを求めてすがるように、メグを見つめる。
「あたしが英語なんて話せる訳ないじゃない! こんなインテリ源ちゃんほっといて、飲も飲も、お父さん。おれたちゃこの腕一本で生きてきたんだーっ」
 メグの男言葉はやわらかく、可愛らしかった。父はメグが注いだ吟醸酒をくいっと飲み、そのまま昏睡した。
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邯鄲(その31)

「お酒飲めないって知らなくて、ごめんなさい」
 メグはしゅんとしていた。
「飲めないというか、飲まないというか」
「お母さんに合わせてたんじゃないの」
「お父さん、大丈夫かな?」
「死んだらまた葬式出せば良いだけじゃん。段取り忘れないうちに」
「お前なー」
 メグは残りの魚を調理するために台所へ行った。僕もついてゆき、迷いのない包丁さばきを映画を見るように鑑賞する。
「インテリ源ちゃんなんて古臭い言葉よく知ってるね」
「うちの父さんが口うるさい客を罵るのによく使ってた」
「なるほど」
 父の親方の正太さんは「インテリ源ちゃん」を褒め言葉として使っていた。伯父の会社が潰れた時に自殺した正太さん。
 当時僕は子どもだったから何も知らない。大人たちがどんな策略を巡らせ、何に悲嘆したのか、今となっては想像するしかない。
 父だけが雑念無しに紙をすき続けた。幸運の女神に守られた家で。
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邯鄲(その32)

「今晩は漬け丼にして。味噌漬けと粕漬けはしばらく持つから」
 店で作ってきた煮物とおひたしも渡す。
「メグちゃんありがとう〜 これで何日かラク出来るよ」
 咲は駅まで見送ると言い、三人で家を出た。橋の上のバス停に行き、時刻表を見る。
「次のバスまで一時間。みんな家の車を使うから本数減っちゃってさ。タクシー呼ぶ?」
「歩いていく」
 途中、ネギ畑にいたタツヤくんのお母さんにあいさつした。咲が何気なく言う。
「お父さんってさ、お母さんとお見合いする前に、三年間もストーカーしてたんだって」
 思わず足が止まる。初耳だった。
「何というか、何につけても根気のある人だねぇ」
「その頃、ストーカーなんて言葉も無かったじゃん? 後でそれが犯罪だって知って、ぶっ倒れそうになったって」
「お母さんは警察に行かなかったの?」
 咲はあごを上げて冷ややかに笑う。
「本読んでて全然気づかなかったってさ」
「あの人らしいねぇ」
「警戒感なさ過ぎ」
 日が傾き、町の表面が赤く染まり始める。
「佐山のばーちゃんも知ってたし、有名だったみたいだよ」
「そりゃこんな狭い町で三年間も同じ女の人を追っかけてたら、噂になるよね」
「花や鳥みたいに、綺麗なものはいくら見ていても良いと思ってたって」
「お父さん、可愛い!」
「そうなのよ〜 メグちゃんは分かってくれると思ってた〜」
 咲とメグは手をつないで笑い合う。
「そんな惚れに惚れ抜かれた人と添い遂げられて、お母さん、本当に幸せだったね」
 メグが咲の目をまっすぐ見て言うと、咲はぼたぼた涙を落とした。
「私、百パーセントお母さんが好きだった訳じゃないの。苦手なところも色々あったの。でも」
 お母さんが死んじゃって寂しいよー 寂しいよー カラスが逃げ出す大声で泣き叫んだ。五十のおばさんの泣き方ではなかった。
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邯鄲(その33)

 駅が近づき、咲はようやく泣きやんだ。
「今日はありがとう、メグちゃん」
「ううん。お父さんに会えて嬉しかった。疲れが取れたら、また紙すき頑張ってね」
「家事しながらだからなかなか難しいけど」
 咲も父の技術を残したいと思ったらしく、隣に住んで少しずつ教わっているのだ。
「外国人は和紙を注文して何をするんだろう。やっぱり何か印刷するのかな」
「インテリアに使うんだって。禅の雰囲気を楽しむんでしょ」
「外国人はすぐ禅って言うよね」
「日本文化を表す言葉は禅より『無常』だと思うんだけどな」
「花が散ったり」
「人が死んだり」
「お寿司が腐ったり」
「……」
「お寿司にはそんな思想がこめられてたの?」
 咲はちょっと耳の出っぱった、母親にそっくりな顔を光らせて、ゲラゲラ笑った。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:19| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その34)

 ホームに降りると、池袋行きの急行が出発する直前だったので飛び乗った。
「お疲れ様、メグ」
「周平も」
 お客のいない車両のはじに、肩を寄せ合って座る。
「あたし、咲ちゃん大好き」
「えーっ あんなののどこが」
「周平に似てるとこ」
「顔だけね」
「お母さんと周平と咲ちゃんは完全に同じ顔だよね」
「父親だけが違うんだ。川原で拾って来たんじゃないかって咲がいじめてた」
「お父さんは後から拾えないよねぇ」
「そういうことを言っても父親は咲を叱らないんだ。だからつけ上がって横暴になっちゃって」
「でもやるべきことはやってくれるじゃない」
「まあね」
 メグは僕の肩に頭を載せた。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:17| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする

邯鄲(その35)

「顔はまるっきり違うけど、お父さんと周平も似てるね」
「一度も思ったことない。どこらへんが?」
「女の愛の深さを、ちっとも理解してないところ」
 僕は姿勢を正した。
「メグの気持ちを理解出来てない、ってこと?」
「さあどうでしょう」
 メグは目をつむって微笑んでいる。
「父親に僕たちの関係をちゃんと説明出来なくてごめん」
「いいよ。今さら混乱させるの可哀想だし。でも今日、お父さんをお父さんって呼べて良かった」
 メグは僕の肩を引き寄せ、再び頭を載せた。
「寝ます!」
「早起きしたから眠いんだね」
 家に帰ったらメグを抱き締めよう。その感触を腕に感じながら、僕もメグにもたれて眠りについた。

 (終わり)
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邯鄲(その36)

  あとがき

 書き終えて一番に読んでくれたダンナから、分かりにくい単語があると言われたので意味を書いておきます。

題名の「邯鄲」
 邯鄲の夢を元にした能。この舞台の展開、「邯鄲」という漢字、「かんたん」という音、全てが魅力的で、いつか自分の小説に使いたいと思っていました。願いがかなって感無量です。

邯鄲の夢の説明にある「黄粱」
 オオアワの別称。粟飯のこと。栄華が夢だったとしても、飯が炊き上がっているんだから良いじゃない! という気持ちがこの小説になりました。主婦が昼寝したら飯も出て来ないよ。

春子が心配する「ノミの夫婦」
 夫よりも妻の方が体の大きい夫婦のこと。ノミはオスよりメスの方が大きいそうです。

口うるさい客に「インテリ源ちゃん」
 インテリという単語はロシア語の「インテリゲンチャ」の略語で、「インテリげんちゃん」はそういう知識階層をおちょくるために古くから使われたものと思われます。ネットで検索してみると1985年の「新潮文庫の100冊」のキャッチコピー「インテリげんちゃんの、夏やすみ。」が出てくる(作ったのは糸井重里)このげんちゃんはどうも高橋源一郎のことらしい。という訳で「源」の字を当ててみました。春樹も源さんも大好きです。

 周平とメグちゃんの出会いを描いた、
「オカマ板前と春樹カフェ」
 という作品もあり、ネットで読めます(これ
 もしこの二人に興味を持ってもらえたら、そちらもどうぞ。

  柳田のり子
posted by 柳屋文芸堂 at 23:15| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする