2013年03月05日

愛(1/4)

   エス

 男の身代わりだったのね
 あなたは気軽に笑うけれど

 誰もいない図書室
 セーラー服で抱き合った

 甘くかすかな息の音
 夏服にすけるブラジャーのひも
 あたたかな汗のにおい

 私は明らかに欲情していた

 あの女と絶交しなければ
 もう二度とお前とは口をきかない

 どんなに楽しい友達でも
 あなた以上、という人はいなかった
 痛みはもう麻痺していたから
 一つ一つ、つながりを切ってゆく

 あなたはそうやって私から
「普通の」女友達を全て奪った
 いつも二人ぼっちの
 一人ぼっちの

 デパートの喫茶室
 二人とも夫がいて

 まるで私たち、普通の友達みたい
 遠い過去について話すような口ぶり

 忘れたのかしら
 忘れたと思っているのかしら

 たまには連絡頂戴よ
 そういって渡された電話番号のメモ
 きらきらと輝く真昼の中で
 こなごなに引き裂く

 私に別れを告げた
 あの交換日記のように

 もう二度と会いませんように
 泣く必要なんてないのに

 もう二度と会いませんように
 私は別の場所で

 もう二度と会いませんように
 幸せなのだから

 幸せなのだから
 幸せなのだから


posted by 柳屋文芸堂 at 02:27| 【詩】愛 | 更新情報をチェックする

愛(2/4)

   類似

 あの日に似ている
 暑くも寒くもない良い気候で
 雲一つないのっぺりとした青空から
 ヘリコプターのパタパタ飛ぶ音が聞こえ

 そうだ、これは
 あの人とまだ上手くいっていた頃の
 記念日でも何でもない
 平凡な一日に
 よく似ている

 私はまだあの人の神経を逆なでせずに済んでいたし
「愛している」と言う必要も
「愛している?」と聞く必要もない程
 お互いの愛情を信じていた

 穏やかな空気の中にたゆたっていたあたたかい関係は
 その後やって来た冬の寒さに耐え切れず
 簡単に
(本当に簡単に?
 泣いてわめいて痩せこけて
 一生一緒にと誓った時、
 一年もたないと想像したか?)
 壊れてしまった

 あの日と同じように穏やかな
(違う男の)
 愛に包まれて
 私はあの日の傲慢を思う
 愛してさえいれば
 幸せに出来るだなんて

 あなたの幸福のために何をすれば良いのだろう?
 私はヘリコプターのパタパタの中
 考えに考えて
 そうだ、ていねいに部屋を掃除しよう
 それから
 美味しい夕ごはんを作ろう
 と決める

 きっと大丈夫、よく似ているけれど
 これから来るのは冬じゃない 
 日一日と増してゆく蒸し暑さの中
 私はあなたの幸福のために
 精一杯努力する

 無駄でも全然かまわないから
posted by 柳屋文芸堂 at 02:26| 【詩】愛 | 更新情報をチェックする

愛(3/4)

   青空

 いつもより重い重力に
 たわむベッド
 窓の向こうには
 遠い四角い青空

 もう二度と
 あの下で遊ぶ事は
 かなわないのではないかと
 熱に浮かされた頭が
 考える時

 心の底から
 あなたを
「恋しい」と感じる。

 それは本当?

 病める時も
 すこやかなる時も

 素直に好きって言えばいいのに。
posted by 柳屋文芸堂 at 02:24| 【詩】愛 | 更新情報をチェックする

愛(4/4)

   現実

 二人の愛人の間で揺れる
 恋多き人のように
 今夜もくちづけに集中できない

 浮気の相手は三人のおばあさん
 戦争と生活に追われて
 行き場を失った荒々しい愛情を
 全力で私に注ぎ込んだ

 愛され過ぎても人はゆがむ
 あなたはそのズレを目ざとく見つけ
 ゆがんでいるのは世界の方だと
 確信して

 そんな人の優しいくちづけだというのに
 私はどうしても集中できない
 生まれてこのかた浴び続けた
 愛情が強過ぎたのだ

 どうして逃れられると思ったのだろう?
 軽やかな足取りで
 すんなりと腕の中にすべりこんだ
 つもりだったのに

 戻れない、もう
 夢見心地にも
 あの場所にも 

 どこにも
posted by 柳屋文芸堂 at 02:22| 【詩】愛 | 更新情報をチェックする