2007年08月17日

ど素人料理談義(その1)

  まえがき

 毎日料理を作る暮らしが始まったら、料理の本を出そう。それも、何をどうしたら食べ物になるのやら、皆目分からない「ど素人」のうちに。
 そう決めていたにも関わらず、見知らぬ土地での慣れない家事に思いの外手間どって、あれよあれよと時は過ぎゆき、ハッと気付くと、
「最近、料理をしていて驚く事が少なくなってる! もうど素人じゃなくなっちゃったの?」
 まあ、結婚して四ヶ月も五ヶ月も経つのに料理の「り」の字も分からないような妻じゃ、ダンナがかわいそうだよな。
 生活者としては喜ぶべき「ど素人卒業」
 しかし文章書きとしては、
「まずーい! 新鮮な気持ちを失わないうちに本を作らなければー!」
 という訳でこの本は、
「家庭科の授業くらいしか料理の経験がない新妻が、夕食を無事食卓に並べるまでの、愛と波乱に満ちた冒険活劇」
 ……いや、最後の方はちょっとウソ。「柳田の無知の記録」の方が正しかったりして。
 料理や生活には慣れてきたけれど、ダーリンとの関係は新鮮なままですよ!
 ……って、誰も聞いてないから。



一、ど素人、いきなり鶏ガラスープを取る

 結婚して最初の料理は「手羽先と大根おろしのスープ」
 これを作るにあたって、密かに決意していた事がある。それは、
「鶏ガラスープを自分で取る!」
 この料理はもともと、手羽先・長ネギ・しょうが・オクラ・大根おろしを、鶏ガラスープの素を溶かした水で煮込む、というレシピ。実家で母が作っているのをよく見ていたので、最初の料理に選んだのだが、私はこの「鶏ガラスープの素」をあまり使いたくなかった。化学調味料が入っているのが気になるし、何より調理が簡単に済んでしまうのがつまらないと思ったのだ。
「そんな考えをしているから、いつまで経っても料理に時間がかかるのよ!」
 とあきれ返る友の声が聞こえてきそうだが、私にとっては何事も、
「手早く済ませられるかどうか」
 より、
「面白いかどうか」
 の方がはるかに重要なのだ。
「出来上がるのが何時になったってかまわない。思いっきり料理を楽しんでやる!」
 ダンナが聞いたら嘆きそうなココロザシを胸に、いざ買い物へ。
 この時点で、鍋やフライパンなどの調理器具はそろっていたが、食材は調味料も含めて何一つ買っていなかった。
「料理に使うものから順番に買いそろえていけば良いや」
 これがけっこう大変だった。何しろ大根や長ネギはもちろん、塩もサラダ油も料理酒もないのだ。しかし「手羽先と大根おろしのスープ」にはこれらを使う。どうするか? 全部まとめて買うより他ない。
「お、重い……」
 確かにゼクシィの新生活準備リストの中には、調味料がずらりと並んでいた。最初からこんなにそろえるもんかね、と軽くながめてそのままにしてしまったのが間違いのもとだった。その後数日間、
「レシピの材料全部買い」
 でヒーヒー言う事になった。野菜や肉に加え、しょうゆ、酢、こしょう、砂糖、みそ、みりん、小麦粉、ソース、オリーブオイル……
 話を最初の料理に戻そう。鶏ガラスープといっても、鶏ガラは店頭にない場合が多いので、手羽先で代用する方法を取った。スープ作り用+具用で手羽先を三パック。二人暮らしである事を考えると、うっすら笑いが浮かぶ量だ。その中からスープ用に三本取り出し握りしめ、生肉のプヨプヨした感触にドキドキしつつ、『決定版 はじめての料理』を読み上げる。どうやら手羽先はそのまま煮るのではなく、何やら細工をしなければならないらしい。
「『三角形の部分を切り離し……』 三角形って、どこ?」
 この本は食材別に下ごしらえの仕方が丁寧に解説されていて、たいそう便利なのだが、この時は残念ながら柳田の無知をおぎなう事が出来なかった。
「要はよく味がしみ出りゃ良いんでしょ? 適当に包丁刺しちゃえ!」
 ザク、ザク、ザク!
 実を言うと今でもどこが三角形なのかよく分かりません。誰か教えてください。
 とにもかくにも、危なっかしい手つきで荒々しく皮と肉を切り刻み、本に載っている写真とはかけ離れた姿ではあるけれど、骨が外から見えるような状態にした。それを長ネギとしょうが(具ではなく、におい消し)と一緒に鍋に入れ、たっぷりの水をそそぐ。火は最強。そして、
「『煮立ったら、火を弱めてアクをすくいとり……』」
 今から考えると馬鹿馬鹿しい事この上ないのだが、私は料理を始める直前まで、「アク」というものを見分けられるのだろうか、と心配していた。ただの泡をすくいまくってスープを無駄にしてしまうんじゃなかろうか、と。
 煮立ってみれば、心配無用。これぞアク、というような白茶色の汚いブワブワしたものが大量に浮き上がってきた。大慌てでお玉をにぎり、すくう、捨てる、すくう、捨てる……
「うーん、もったいないなぁ〜」
 お玉でアクだけを取るのは難しい。どうしてもスープを一緒に捨てる事になってしまう。手間をかけた分スープに愛情がわいて、ほんの少しでも排水口に流れてゆくのが無念でならない。
 今まで考えてもみなかったけれど、ラーメン屋のオヤジは客が残していったどんぶりの汁をどんな気持ちで見ているのだろう。これぞと思った材料を仕入れ、家庭で作る鶏ガラスープなどとは比較にならない時間をかけて煮込んでいるのだ。「まいどー」なんてのんきに言いつつ、心の中では、 
「汁も全部飲んでけ!」
 と叫んでいるのではあるまいか。
 アホな妄想をしながらフツフツさせる事、一時間。意外にもあっという間だった。アクを取ったり、吹きこぼれないよう火加減を調節したりしているうちに、時間が過ぎていってしまうのだ。鶏ガラスープを取りながらやろう、と思っていた具の下ごしらえは遅々として進まなかった。
「思った以上に、手際が悪いなぁ」
 私は何をやっても要領が悪い。(工作・勉強・小説執筆・人間関係・生き方、などなどなど)結婚前は毎日きちんと家事をやれるか不安で、
「マズい料理ばかり食べさせて、ダンナが鬱病になっちゃったらどうしよう」
 などと誰彼かまわず相談(相談なのか、これは?)していた。私の性格をよく知る友人たちは、
「あなたは努力家だから、大丈夫だよ」
 と励ましてくれた。確かに私は、興味さえあればとことん研究するタチだ。より良いものを得るためなら(今回の鶏ガラスープのように)冒険もする。もしかしたら、美味しい料理を作れるようになるかもしれない。しかしこの性格ゆえ、料理に時間がかかるのは一生直らないのではないか。
 思わず遠い目をしてため息をつきそうになるが、そんな暇はない。本当の料理(手羽先と大根おろしのスープ)はまだ始まってもいないのだ。
 せっかく取ったスープをこぼしたりしないよう気を付けながら、鍋の中身をキッチンペーパーをしいたザルでこす。茹で上がった手羽先の美味しそうな事!
「でも変な風に切り刻んじゃったから骨と肉が混ざって食べられないや」
 次回は肉と骨を綺麗に分離してからスープを取り、肉も食べられるようにしよう、と決意する。出来上がった量はボールいっぱい。全部使うとそれこそラーメンのようにこってりしそうなので、半分くらいは製氷皿に流し入れ、保存用に冷凍する。そして大慌てで鍋を洗い(スープを作れるような大きな鍋は一つしかないのだ)新たなスタート。
「大根おろさなきゃ。手羽先(具用)も焼かなくちゃ……」
 クラクラクラ。(でも倒れる暇は当然、ない)
 料理に対する不安に対して、当のダンナ様(その当時は彼氏)は、
「仕事のせいで鬱病になった話はよくあるけど、料理のせいで鬱病になったという話は聞かないから、大丈夫だよ」
 と慰めてくれた。けれどもダーリンの機嫌を損ねる原因になるのは、マズさのせいではなく、もしかすると……
「ただいま〜」
「ひーっ! まだ全然作り終わってないよ!」
 何時になったってかまわない、と思っていても、仕事に疲れた愛する人がハラペコで目の前に現れたら、あせる。本当にあせる。
「うわあ〜」
「急がなくて良いから。それよりガスとか包丁でケガしないようにね」
 ダーリンは優しい。……のはもちろんだが、私の不器用さをよーく知っているので、いつ何時何をやらかすか、ヒヤヒヤしているのだろう。私はダーリンと自分のために、落ち着いて慌てた。
 結局、食卓に料理が並んだのは、その一時間以上あとだった。
 初めての料理に対する、ダーリンの感想は、
「まあまあ」
 そうか…… そうですか。機嫌を損ねなかっただけ御の字かも。
 時間が間に合わなかった以外には、大きな失敗もしなかったし、ま、良しとするか。

☆鶏ガラスープその後☆
「肉と骨を切り離してからスープを取り、茹で手羽先を楽しむ」
 という企ては、一度だけ実行した。確かに美味しかったけれど、生の手羽先を扱うのが思いの外面倒で(火が入った手羽先も食べにくいが、生はプルプルで手がすべりやすい上、肉がホロッとはがれたりしてくれない)やめてしまった。ではその後どうしているかというと、なんと、本物の鶏ガラで鶏ガラスープを取るようになった。鶏ガラをいつでも手に入れられるスーパーを発見したのだ。
 一回分にちょうど良いかたまり(一羽分なのか?)で百四十円程度。業務用スーパーで大袋に入った冷凍鶏ガラをながめ、
「あんな量はいらないんだけどなあ」
 とトボトボ帰宅した日が懐かしい。
 鶏ガラスープを取るのは相変わらず手間と時間がかかる。しかし一度取ってしまえば、製氷皿の冷凍スープをインスタントのだしのように使えるので、何かと便利だ。これをどぼりどぼりと二つほど入れて炊いた中華粥が好評だった。
 この「コク濃縮氷」間違ってジュースの中に入れたりしたら、取り返しのつかない事になるんだろうな(まだやってない)
posted by 柳屋文芸堂 at 10:42| 【エッセイ】ど素人料理談義 | 更新情報をチェックする