2020年03月03日

翼交わして濡るる夜は(その13)

 光一はラブホテルではなく、旅行客が泊まる大きなホテルに連れていってくれた。叔父と甥だということにしようと口裏を合わせて(でも別に、ホテルの受付の人は僕たちの関係を尋ねたりしなかった)部屋に入ると僕はすぐに光一を裸にした。鍛えてない、全然良い体ではなかったけれど、僕は満足だった。触りたいだけ触って口でいかせた。光一はその間、体をこわばらせて寝ているだけだった。最後にお返しをするように僕のも舐めた。
 出し終わると、夢から醒めたように冷静になって、自分が異常なことをしたのだとようやく気付いた。今日初めて会った、恋い焦がれている訳でもないおじさんと、性的な関係を持ってしまったのだ。しかも向こうから誘ってきたのではなく、こちらが一方的に犯したようなものだった。光一は嫌がりも喜びもせず、されるがままになっていた。二人とも汗をかいて髪が濡れている。
「すみません。夢中になってしまって」
「そうだったねぇ」
 光一は腕を伸ばして僕を抱きしめた。
「すみません」
「ううん」
 光一の匂いがして、僕のがもう一度反応した。光一の抱き方はあまりにも優しく、自分が正しいことをしたのか、間違ったことをしたのか、うまく判断出来なかった。

 軽くシャワーを浴びて(光一が髪を丁寧に乾かしてくれた)家の近くまで送ってもらい、夜になる前に別れた。家族と食卓を囲んで夕飯を食べていると、いつも通りの光景がいつもと全く違うものに感じられて落ち着かない。変わったのは家族ではなく、僕だ。もちろんお父さんとお母さんに光一の話をすることはなかった。
 次の日の夜、光一のブログが更新された。「罪」というタイトルだった。

 罪を犯した。
 いくつの罪を犯したのか、恐ろしくて数えることも出来ない。
 けれどもその中で最も重く、何をしようと決して贖うことが出来ないと分かっているのは、自分に対する罪だ。

 これまで私は自分の臆病さを憎んできた。
 この醜い性質が、本来なら味わえるはずだった美しいものを遠ざけてきたのだと。
 しかし今、この臆病さがどれだけ自分を守ってくれていたのか、自分が何故臆病であったか、ようやく理解した。

 私の心は途轍もなく弱い。
 この苦しみの中で正気を保てるだろうか。
 考えようとするだけで気が狂いそうになる。

 罰はすでに始まっている。
 天使に会えなくなったら。
 これほど大きな痛みを私は知らない。

 罪というのはたぶん、僕としたエッチなことを指すのだろう。予想外の一日ではあったけれど、僕は楽しかったし、光一も笑って見送ってくれた。それなのに、こんな風に書くなんて。
 天使に会えない? キリスト教は確か同性愛を禁止していたはずだ。光一がもしクリスチャンだとしたら、天国に行けなくなるとか地獄に落ちるとか、信仰に関することで悩んでいるのかもしれない。僕は特定の宗教を持たないから「神の教えに背く」というのがどんな感覚のものなのか、全然分からなかった。
 僕は光一にメールを送った。

 今日更新された「罪」の話、どういう意味?
 僕のことだよね?

 すぐに返事が来た。

 ごめん。削除した。どうしてもどこかに気持ちを吐き出さないと耐えられなくて、軽率なことをした。本当にごめん。

 光一のブログを見てみると、さっきの記事は無くなっていた。僕は削除して欲しかったのではなく、意味を教えてもらいたかっただけなのに。遠く離れた場所で勝手なことをする光一にイライラした。

 光一はクリスチャンなの?

 違う。どうしてそんなことを聞くのだろう。ああ、罪と罰について書いたせいか。もしクリスチャンだったら、僕はもっと苦しむことになったのか、それとも救われたのか……

 メールのやり取りではらちが明かないと思い、週末に再び会う約束をした。

 心が乱れていて事故を起こしそうだから、話しかけないで欲しい。そう光一が言うので、僕はあの海に着くまで助手席でおとなしくしていた。
 砂浜に車を停め、僕たちは冷房の効いた車内で話すことにした。外には家族連れが遊びに来ており、小さな姉妹がおもちゃのスコップで濡れた砂を掘り返している。
 もう車は動いていないのに、光一はハンドルを握りしめ、前を向いたまま言った。
「僕と、友達になってもらえないだろうか」
「セックスフレンドのこと?」
「そうじゃない。普通の友達だ。雑談したり、笑い合ったりするだけの……」
「え〜っ」
 光一とは歳が離れているし、趣味も合いそうにないし、友達になりたいとは思えなかった。友達はダメでセックスフレンドなら良い、というのも変な感じがするけど、正直に言ってそうだった。
「もし友達になれないなら」
 光一はハンドルを強く握り、手の甲の血管がぐっと浮き上がった。
「もう会うのはやめよう」
 声も体も震えている。
「この間僕がしたこと、そんなにイヤだったの?」
「イヤじゃなかった」
 光一は頭を大きく振った。
「でもするべきではなかった」
「光一がしたんじゃなく、僕がしたんじゃん」
「僕には止める義務があった。それなのに…… 君に体を触ってもらいたいという欲望を、抑えられなかった」
 光一の耳がみるみる赤くなる。
「今も触って欲しいんじゃないの」
 僕は外から見えないように光一の太ももを撫でた。
「ダメだよ」
 そう言いつつ、僕の手を振り払いはしない。
「あの日の夜、君のお母さんのことを考えて眠れなくなった」
「うちの親?」
「サッカーもやらせないで大切に育てたのに、二十も年上の男にわいせつな行為をされたと知ったら、ショックで倒れてしまうんじゃないだろうか」
 球技禁止の話のせいで、光一は僕の親を過保護だと勘違いしたようだ。ピアノの練習さえサボらなければ、あとは放任なんだけどな。
「わいせつな行為をしたのは僕じゃん」
「世間はそう考えない。中年の男と未成年者が性行為をしたとなれば、自動的に未成年者の方が被害者だと見なされる。細かい事実なんて誰も見てくれない。大人には未成年者を保護する義務があるんだ」
 いつも夢見がちなことばかり言っているくせに、急に普通の大人みたいなことを言い出して。
「君のお父さんかお母さんが警察に相談すれば、僕は逮捕されるかもしれない」
「じゃあ僕は『親に言いつけるよ』って光一を脅せるんだね?」
 ガバッとこちらを向いた光一の顔は引きつり、瞳は叩かれる直前の子供のようだった。
 太ももを撫でていた指を足の間に移動させ、布越しに膨らみを確認する。
「早くちゃんと二人きりになろうよ。我慢出来ない」


posted by 柳屋文芸堂 at 10:40| 【長編小説】翼交わして濡るる夜は | 更新情報をチェックする
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