2020年03月03日

翼交わして濡るる夜は(その37)

「東京に出てきて一番楽しかった!」
 司と一緒にザワークラウトを食べた後、七瀬さんとのデート写真をテーブルに並べた。わざわざプリントしたのだ。
「翼に好きな人が出来たら応援するつもりだったけど、この人はダメだよ」
「なんで?」
 司は真面目くさって言う。
「結婚している人に言い寄るなんて」
「あんまり幸せな結婚生活じゃないみたいだったよ。けっこう簡単に離婚させられるんじゃないかなー」
「訴えられて、裁判になることだってあるんだから」
「結婚にはすごい力があるんだね」
「そうだよ」
「それなのに、ゲイは結婚出来ないなんて、酷くない?」
「そうだよ」
「結婚の恩恵は受けられないのに、罰は受けるなんて、おかしくない?」
「そうだよ。世の中は酷い上におかしいんだよ」
「急に『友達』がキスして来たりするし?」
 僕は司の目を下から覗き込んでまっすぐ見つめた。司は顔を真っ赤にした。
「あれは…… 忘れて欲しい」
「いやだよ。忘れない」
 僕は立ち上がり、司を背中から抱き締めた。司の髪の匂いがして、自分がどれだけ枕に鼻をうずめたか思い出し、泣きそうになった。
「翼が俺じゃムリなのよく分かったから。もう二度とあんなことしないから」
「いやだよ。しようよ。ベッド行こう」
「なんで?」
「床だと背中が痛くなる」
 納得いかない様子の司の服を脱がせて、自分も裸になった。司はちゃんと体を鍛えているのに、僕は相変わらず貧相で、見られないよう胸と胸をぴったりくっつけた。
「司、何かスポーツしてるの?」
「高校までは飛び込みやってた」
「飛び込み自殺?」
「水泳競技だよ! 今は時々プールで泳ぐだけ」
 僕が背中に回した腕に力を込めたら、司もしっかり抱き締めてくれた。
「最初に会った時に、翼とは絶対セックスしないって決めたんだ」
「何それ!」
「友達になった方が、長く一緒にいられると思ったから」
「僕とはしたくない?」
「友達でも恋人でも、永遠に一緒にいられる訳じゃないって、カツミさんの写真見て思ったんだ」
 司はそろそろと遠慮がちに、唇を触れ合わせた。僕は司のふとももに腰を強く押し付けた。
「翼、やる気まんまんだね」
「ずっと我慢してた」
「そっか」
 司は抱き合っていた腕をほどき、ベッドの端に座った。
「体が半分になったみたいで寒いよ。離れないで!」
 僕が泣き声上げてもう一度抱きつくと、司は近くにあったパジャマを肩にかけてくれた。
「くっついたままだと何も出来ない」
 キスをして、司はしばらく僕の両足を抱きかかえていた。それからひざに手をかけて、ゆっくりと開かせた。
「司は何も着なくて寒くない?」
「大丈夫だよ。裸を見ていた方が興奮するかなぁ、と思って」
「ドキドキしてるよ」
「この間は全然だったのに」
「鍋が火にかかったままだったし!」
「美味しかったね、ドイツ風だご汁。今日のザワークラウトはビールによく合った」
「残りのザワークラウトは冷蔵庫に入れたよ。これで心置きなく興奮出来る」
「良かった」
 司は笑顔のまま、僕のを口に入れた。不器用なのは分かっていたから、恥ずかしかったけど、どうすると気持ち良くなるか言葉で説明した。司の舌の動きはもどかしく、苦しくしないよう注意しながら、腰を揺らした。
「翼もそういう顔するんだね」
「変な顔になってる?」
「ううん」
 司は美味しいものを食べている時のように、幸せそうに、僕の表情をちらちら見ながら、僕の体を刺激し続けた。
「ごめん。声とか、出して良い?」
「何で謝るの?」
 司は大笑いした。
「司の前でこんな風になるの、初めてだから!」
 僕の声は怒っているようで、司は少し悲しい顔で、僕を抱き締めた。
「翼も不安?」
「不安だよ」
「俺、死ぬほど怖いんだ。翼との関係が変わることが」
「変わらないよ。ただ一緒に生きて死ぬだけだよ」
 全身をきつく絡め合って、お互いのをぶつけ合って、それから再び司は口でし始めた。体が勝手に波打つのを、かすれた声がのどからもれるのを、僕はもう我慢しなかった。

「出した後は体をくっつけたくない?」
「ううん。くっつけたい」
「翼、あったかくなってる」
「ちょっと休んだら、司のも、するから」
「俺はいいよ。それよりこうやって抱き合っていたい」
 汗ばんだ肌に司の肌が貼り付いて、このまま境目が溶けてしまえば良いのにと思う。
「一人でどうやって生きてきたのか思い出せない」
「ホストとのデートを楽しんでたくせに」
「あれはお金払ってでも、もう一度行きたいねぇ」
「俺、浮気とか、ほんと無理だから、やめて……」
「どこまでが浮気?」
「翼が俺以外の男を見ているだけで苦しい」
「独占欲、強過ぎじゃない?」
「だから翼とは友達でいたかったんだよ!」
「そんなに変わるもの?」
「アキラを好きになった時は、自分をコントロール出来なくなって、自分には恋愛する資格がないんだと思った」
「刺したくなったらさ、刺しに来ちゃえば良いじゃん。包丁持って」
「えー」
「七瀬さん、逃げる姿も格好良いんだろうな〜」
 司は笑って、僕の体をぎゅーっと強く抱き締めた。
「翼は俺の深刻さを溶かしちゃうんだよね」
「ふざけてるってよく言われる。僕、すごく真面目なのに」
「知ってる」
 司は僕の耳もとで、小さな声で、甘い言葉を言った。そのまま同じ言葉を返せば良いだけなのに、照れて、
「お、お互い様です」
 とよく分からない返事をしてしまい、司はまた笑った。笑いの振動が僕の全身を震わせて、僕も笑い、涙が流れた。


posted by 柳屋文芸堂 at 01:04| 【長編小説】翼交わして濡るる夜は | 更新情報をチェックする
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