2019年12月22日

この万年筆でいったい何を書くつもりなんだ(その1)





 彼は僕の歳を訊ね、生まれを訊ね、月収を訊ねる。そして最後に、この万年筆でいったい何を書くつもりなんだ、と訊ねる。
 三か月後、万年筆はできあがってきた。夢のように体にぴたりと馴染む万年筆だった。しかしもちろん、それで夢のような文章が書けるというわけじゃない。
 夢のように体に馴染む文章を売ってくれる店では、僕はズボンを脱いだところで間に合わないかもしれない。
 村上春樹「万年筆」より


一、私のペン歴

 小学生の頃、私は漫画家を目指していた。漫画の描き方を解説する本でも読んだのだろうか、プロの多くは鉛筆で下書きをし、Gペンや丸ペンで原稿を仕上げるのだと知った。
 Gペンは付けペンの一種だ。万年筆の先を薄くしたような形のペン先を、軸に挿して使う。鉛筆やボールペンは上下左右、どちらに向かっても線を引けるが、Gペンはそうはいかない。角度が悪いと紙に引っかかる。丸ペンはさらに細くて難しい。

 私は練習のために、家で勉強する時にGペンを使うことにした。外出時にも練習したかったが、Gペンはフタを開けたままインクを使う。自分の家以外でインク瓶をひっくり返したら大変だ。
 そこでペン先の形が似ている万年筆を購入した。価格は七百円だったと思う。近所の文房具屋で一番安いものを選んだ。銀色の、細く短い金属軸で、デザインはそっけない。どこのメーカーのものか忘れてしまった(プラチナ万年筆のイクシーズ[ixi:z]に似ている気もするが、確証はない)
 インクのカートリッジを「ぷちっ」と差し込むのが面白かった。

 Gペンや丸ペンよりずっと書きやすく、
「これで漫画のペン入れをしたい!」
 と思った。しかし当時の漫画入門書には「ペン先を傷めるから万年筆で絵を描いてはいけない」と書いてあった。

 時は流れ、高校生くらいの頃から、
「私の描きたい物語を表現するには、漫画より小説の方が合っているのではないか」
 と思い始めた。Gペンの練習はやめ、けれども万年筆は手紙を書く時などに使い続けた。特に大学時代、納得のいく小説がなかなか書けなくて、長い手紙をよく書いた。文章の練習になるのではないかと思ったのだ。

 おそらく社会人になってから、パイロットのカヴァリエという万年筆を買った。もらったのかもしれない。何しろいつどうやって手に入れたのか、全く記憶が無い。私好みの紺色の軸で、シャープペンシルとセットだった。
 シャープペンシルの方は長く使い続けたが、万年筆は割とすぐに書けなくなってしまった。私はがっかりし、また書けなくなるのも寂しいので、新しい万年筆は買わなかった。

 結婚して主婦になり、日々のやる事リストや買い物メモを書くのに使ったのは、赤と黒の二色ボールペンだった。
 ボールペンも進化して、書きやすいものが増えていた。芯と軸を選んで自分好みのペンを作れたりするのも面白い。水性ボールペンに似た書き味の芯が好きで、ピンクと黒の二色ボールペンを作ったりした。

 インクが切れたら替え芯を買い、軸が壊れたらペンを買い換える。ボールペンを使い続けるのが当たり前になっていたある日、ふと、手紙を書くのがおっくうになっているのに気付いた。
 若い頃は相手に迷惑なほど長い手紙を書いていたのに。(下手ながらも)小説を書けるようになって、文章を書きたいという欲が手紙まで回らなくなったのだろうか(ちなみに小説はパソコンやスマートフォンで書いている)

 2017年頃から、創作文芸界隈(私と同じように自作小説を冊子にして、即売会などで発表している人たちの、ゆるやかなコミュニティ)で万年筆が流行り始めた。ツイッターを見ていると、美しい軸や書写の写真が流れてくる。
 万年筆、懐かしいな。また買おうかな。でも高そう。子供の頃に使っていたような安い万年筆が今でもあるのか分からなかった。

 それにもう一つ、村上春樹の「万年筆」というエッセイが頭にあった。少し不思議な万年筆屋の話だ。店主は客の服を脱がせて背骨の形を調べ、様々な質問をし、客の体にぴたりと馴染む万年筆を作ってくれる(新潮文庫『象工場のハッピーエンド』所収)

 次に万年筆を買うことになったら、絶対にこの店で作ろう。私はそう決めていた。しかし改めて考えてみると「万年筆」はエッセイなのだろうか。万年筆屋は実在するものと信じていたが、ひょっとして、エッセイ風に書かれた小説だったのでは。何しろ村上春樹はイスラエルまで行って「嘘をつくのが仕事です」と演説した人である。『象工場のハッピーエンド』はエッセイと小説が混ぜこぜになっている本だから、虚実の判別が難しい。

 万年筆に惹かれつつ、買う決断は出来ない。そんな折、大好きな小説書きのオカワダアキナさんが、ツイッターでいいねした人に万年筆でメッセージを書いてくれる企画をしていた。私も手書き画像をいただき、すごく嬉しくて、同時に万年筆が欲しいという気持ちも強まった。

 どんな万年筆があるのかネットで調べてみると、パイロットの「カクノ」の情報がよく出てきた。デザインが可愛らしく、手頃な価格で書きやすいと評判だった。カクノで万年筆にハマり、次々に高額な万年筆やインクを買う、いわゆる「万年筆沼・インク沼」に落ちた人が数多くいるようで、パイロットは上手いことやったな、と感心した。

 私もカクノを買ってみようか。ネット公開されているカクノの説明書を読んだところ、
「インキがつまったり乾いてしまったらペン先を水に浸けて洗ってあげよう」
 とイラスト付きで書いてあった。

 もしかして、私の万年筆も壊れたわけではなく、中でインクが固まってしまっただけなのでは。



 さっそく引き出しの奥から万年筆を発掘し、ペン先をぬるま湯に浸けてみた。するとまあ出てくるわ出てくるわ、ペン先からもわもわとインクの帯が伸びる。水を替えて置いておくと、水の底が黒く染まっている。何度も水を交換し、ようやくペン先から色水が出なくなった。

 水気を拭い、乾かしてから、万年筆と一緒に発掘した黒インクのカートリッジを差し込んでみた。
「あっ! 書ける!」
 壊れていた訳ではないことが分かり嬉しかった。万年筆が復活したと写真付きでツイートしたところ、万年筆に詳しい方が、カヴァリエはもともとインクの流れがあまり良くないのだと教えてくれた。確かに書けるには書けるが、出てくるインク量にムラがある。

 やはり新しく万年筆を買うべきか。ツイッターで万年筆の情報を集め、キングダムノートという万年筆屋さんのページにたどり着いた。
 そこで私は運命の万年筆に巡り合った。万願寺とうがらしや聖護院かぶらなど、京都の野菜をイメージして作られた「京野菜シリーズ」だ。この中に「賀茂なす」という紫色の万年筆があった。私はツイッターのアイコンをなすの形の自画像にしており、実際に大好物だ。夏になると焼いたり煮たり、なす料理ばかり作ってしまう。

 買うならこれしかない、と思ったが「賀茂なす」はペン先が金で出来ていて、私の懐具合から考えると、失敗の許されない価格である。
 落ち着こう。もしかしたらもっと安くて自分好みの万年筆があるかもしれない。私は万年筆入門書を買い、色々なメーカーのペンを見てみた。

 興味深く思ったのは、ドイツの万年筆が多いことだった。モンブラン、ペリカン、ラミー。ファーバーカステル伯爵コレクション、なんて名前だけでも格好良い。ドイツの万年筆は派手ではないが、機能的で上品という印象だった。
 それに対してイタリアの万年筆は華やかで、筆記具というよりアクセサリーのようだ。ヴィスコンティやデルタなど、オレンジや空色の軸がキラキラ光り、ジローラモが胸に挿したらさぞ似合うだろう。

 日本の万年筆はそれほどおしゃれではないが、日本語を書くために作られているという。「賀茂なす」はセーラー万年筆の製品だから、安心して使えそうだ。(ちなみにセーラー万年筆は広島県呉市で創業し、軍港都市だから水兵→セーラー、という社名になった。漫画「この世界の片隅に」ファンの私にはたまらない話だ)

 世の中には美しい万年筆が数え切れないほどあると分かった。しかし「賀茂なす」以上に「私のための万年筆」と思えるものはない。「賀茂なすが欲しい!」という熱い欲望を、私はもう止められなかった。

「キングダムノート」は新宿西口でひっそりと営業している筆記具専門店だ。小さなビルの二階にあるので、住所と地図をしっかり確認して行かないと迷うかもしれない。私は運良くすぐに看板を見つけられた。
 店内にはお金持ちのおじさんが好みそうな高級万年筆がずらりと並んでいる。その中で、カラフルで可愛らしい京野菜シリーズは異彩を放っていた。

「あの、賀茂なすと京てまりが欲しいのですが……」
 そう、私は「京てまり」という万年筆も買おうと決めていた。いつも二色ボールペンを使っているから、万年筆も二色ないと困ると考えたのだ。「京てまり」も京野菜シリーズで、京都で開発された新品種のトマトを模している。軸もキャップも赤く、端っこが緑色だ。
「この緑は、トマトのヘタ……!」
 そう叫んだ後、費用の総額は計算しないことにした。

「試し書き出来ますか?」
「賀茂なすは太字しか残っていないんですよ。京てまりは字幅を選べるんですが」
 店員のお兄さんは京てまりの細字と太字にインクを付けて渡してくれた。壊さないかと緊張しながら、金色のペン先で「トマト」と書いてみる。
「どちらも書きやすいですね」
「ありがとうございます」

 太字というから所持品に名前を書くための油性ペンくらい太いのかと思ったら、そこまでではなかった。字幅0.5ミリほどだろうか。これなら小さな字も潰れずに書けそうだ。
 なす、ごはん、たまご、みそ汁…… 思いついた単語を書いてゆく。全て食べ物。相当な食いしん坊と思われたに違いない。
 太字の堂々とした字は迫力があって気持ち良かった。ペン先が紙の上をすべる感触も、太字の方がなめらかだ。もし太字で書いて窮屈に感じたら、紙の方を大きなものに変えよう。すでに万年筆中心の思考になっている。

「賀茂なすと京てまりの太字をください。同じ名前のインクも」
「インクは無料でお付けする分が終わってしまったんですよ」
「ものはあるんですか?」
「あります」
「なら買います! 京野菜シリーズ、どれもステキですよね〜! 私がカルロス・ゴーンなら全種類買っちゃうんですけど、そこまでお金がなくて……!」

 店員さんは私の暑苦しさに圧倒されていた気がする。もっと熱狂的な万年筆マニアがちょくちょく来店するだろうに、おかしいな。みんなもっと情熱を内に秘めておとなしいのかしら。



 ほくほく顔で帰宅し、Dちゃん(ダンナ)に向かって、
「万年筆買ったよ〜 これはペン先にね」
 と言いながら、キャップを開けようと引っ張った、ら。
「開かない」
「回して開けるんじゃないの?」
 キャップを回してみると、問題なくペン先が出てきた。

「いきなり壊すところだったね」
「危なかった……」
 万年筆のキャップはペン先を乾燥させないために、回転式(ねじ式)のものが多いらしい。そうとは知らずに買ってしまった。

「このペン先にね、なすとトマトが描いてあるんだよ!」





「へぇ、ほんとだ。金はティッシュで拭くと傷が付くんじゃないかな」
「うっ。布で拭くようにする〜」
 高価な万年筆を扱うのに、私は粗雑過ぎるのではないか。一抹の不安を覚えつつ、宝物が出来たようで嬉しかった。

 子供の頃に使っていた万年筆も、インクを詰まらせたカヴァリエも、カートリッジのインクを入れていた。賀茂なすと京てまりは瓶のインクを使うために「コンバーター」というものを装着することにした。インクを貯めておく細い筒で、つまみを回してインクを吸い上げる。
 初めての経験だから、上手くやれるか心配だった。汚しても構わない布を用意し、キングダムノートの店員さんの説明を思い出しながら、恐る恐るペン先をインクに浸した。左手でペンを固定し、右手でつまみをくるくる回す。回し切ったらペン先を引き上げ、つまみを逆回転させる。インクを三滴、瓶に戻す。ペン先を上にし、吸い上げる方向につまみを回す。こうするとペン先にたまったインクがすーっと潮のように退いてゆく。

 周りにしずくを落とすこともなく、すぐにインクは充填された。思ったより簡単だった。
 さっそく賀茂なすでなすを、京てまりでトマトを描いた。



 なすの皮とトマトの果汁にそっくりな色合いが愛おしい。

 私は賀茂なすでその日のメニューを書き、作り終えたら京てまりで丸を付けた。「なすとトマトのパスタ」というなす色の文字が、トマト色の太い線に囲まれる。面倒くさい家事の管理が、楽しい作業になった。
 年賀状に添える一言も、賀茂なすだと五十枚書いても疲れなかった。全く力を入れずにさらさら書ける。金のペン先は伊達ではないらしい。

 カヴァリエはその後もう一度洗浄し、新しく買った青カートリッジを挿したところ、綺麗な線が書けるようになった。万年筆入門書によると、インクの消費期限は二、三年であるらしく(早いな!)カヴァリエも新鮮なインクを使えば問題が起きないようだ。細字なので、手帳に書き込んだりするのに便利だ。死んだとばかり思っていたから、復活してくれてありがたい。

「賀茂なす」と「京てまり(トマト)」と、二十年の眠りから覚めたゾンビの「カヴァリエ(騎士)」
 私はこの三本と一緒に、前よりずっと「書く喜び」の増えた毎日を送っている。