2015年12月29日

死神(その2)

 借金まみれになると白昼夢を見るようになるのか。ストレスがたまっているせいだな。アパートに帰った藤木は最後のペヤングを食べ、ごろりと横になった。
 右手にダンボールが当たる。昔、アマゾンで買い物した時に、商品が入っていた箱だ。俺もあの頃はまだ、クレジットカードが使えた……
 アホ過ぎるな。藤木は一人、ニヤニヤ笑いながら、ダンボールにボールペンで「スピリチュアル・アドバイザー」と書き込んだ。そして死神に言われた通り、ガムテープでドアに貼ってみた。借金取りが、
「とうとう頭がおかしくなったか」
 と怖がって、一回くらいはピンポンを押さずに帰ってくれるかもしれない。無理か。無理だな。ははは……
 本当に発狂したかのように藤木が笑い続けていると、携帯電話が鳴った。幼なじみの淳二からだ。藤木は生き返った気持ちで通話を受けた。
「淳二! 久しぶりだなぁ〜 元気にしてるか?」
「金返せ……」
 地獄の罪人のうめき声を思わせる、低くかすれた声だった。藤木はすっかり忘れていたが、淳二の部屋から金を盗んでとんずらしたことが前にあった。それでしばらく連絡しなかったんだっけか。
「金返せよ、金…… ゴホッ ゴホゴホゴホッ」
「何だお前、風邪か?」
「分かんねーけど、熱で…… ゴホッ もう死ぬかと思ったら、お前に盗まれた金のことが、悔しくて…… ゴホッゴホッ」
「熱くらいで大袈裟だなぁ! 今からお前んち行くよ。金は無いけど」
「金無いなら来るな……」
 淳二の意見は気にせずに、藤木は一時間ほど歩いて淳二の部屋へ行った。無職だと移動にいくらでも時間をかけられるのが便利だ。腹は減るが。
 淳二は玄関の鍵もかけずに、ベッドに横たわって荒く息をしていた。靴はひっくり返り、そのすぐそばに中身が入ったままのコンビニの袋が落ちている。外出先で体調を崩し、朦朧としたまま食べ物を買い、どうにか帰宅してベッドに倒れ込んだのだろう。藤木にも似た経験があったので推理するのは簡単だった。
「いただきま〜す!」
「俺のパン…… ゴホッ お前ほんと、鬼か。病人の食料を。ゴホゴホッ」
 袋の中のアンパンとポカリスエットを腹に収め、改めて淳二が寝ているベッドを見ると、足の側に半透明の男が立っていた。
「もし足の側にいたら、まだ命が残っている。君はこう唱えるんだ」
 死神の言葉が脳裏によみがえる。藤木はほとんど無意識のうちに、
「あじゃらかもくれん きゅうらいそう てげれっつのぱあ」
 とつぶやき、手を二回打った。半透明の男、おそらくこの辺りを管轄している死神は、淳二を見つめる姿勢のままフッと消えた。
「金を盗られ、パンとポカリまで…… あれ?」
 淳二は上半身を起こす。
「急に頭が痛くなくなった。のども苦しくない」
「俺が治したんだよ!」
「はぁ?」
 藤木をにらみつけた淳二の腹が、ぐぅ〜っと鳴った。
「とりあえずピザ取ろうぜ! もちろんお前の金で」
「クソ…… でも腹減って買い物行けないし、藤木に金渡してもそのままいなくなるだろうし」
 気の弱い淳二は藤木に言われるまま、ピザ三枚にライスコロッケとアイスまで注文させられた。
「持つべきものは友だねぇ」
 藤木は死のうと考えたことなどころりと忘れ、上機嫌で食事の大半を食べた。
「いや〜 満腹、満腹」
「なぁ、藤木。今日のことをネタにして漫画描いても良いか?」
 淳二は健康を取り戻してもなお陰気な顔を藤木に向けた。
「あぁ、お前、絵が上手かったよな。まだ漫画なんて描いてたんだ」
「ブログで連載してて、けっこう人気があるんだよ」
 淳二はノートパソコンを立ち上げ、少し誇らしげに自分のページを見せた。
 藤木はニヤリと笑う。
「何だよ、パソコンまで盗んだら今度こそ警察行くからな!」
「違うよ。もう一つネタをやる。俺、スピリチュアル・アドバイザーになったんだ」
 淳二はギャハハハと目に涙をにじませるほど大笑いした。
「お前、どこまで堕ちていくんだ!」
「今日の病気も俺が治したって言い張ってるってさ、面白おかしく描けよ」
「あんまり痛々しくて、笑えるように描けるかなぁ……」
「痛々しいって言うな! 俺は本気だよ。それで、連絡先として俺の携帯のメールアドレスをブログに載せて欲しい」
 淳二は心配そうに藤木を見る。
「変なメールがいっぱい来るようになるぞ」
「構わない」
「あと盗癖があるから気を付けろって書くからな。こっちが訴えられたら困る」
「お前んとこ以外で盗みなんてしねーよ。他は借りたまま返してないだけだ」
 
posted by 柳屋文芸堂 at 12:40| 【翻案小説】死神(落語) | 更新情報をチェックする