2015年12月29日

死神(その3)

 藤木自身、半信半疑だった。しかし、怒濤のような宣伝メール、いたずらメールの中に、ほんの数通、真剣な悩み相談があった。藤木はふんだんにある時間を使い、一人ずつ会いに行った。
「兄が無気力になってしまったんです。しゃべらないし、外にも出ないし……」
 女はそばかすの上を流れる涙をハンカチでぬぐった。
「お兄さんはどこに?」
「はい、こちらに」
 二階の寝室へ行くと、無表情の男がベッドで寝ていた。藤木にあいさつすることも、妹の方を向くこともなく、ぼんやり天井を見ている。
「朝から夜中まで、毎日休みなく働いていたんですけど、急に会社に行くのをやめてしまって、それからはずっとこんなで……」
 男の足元には、半透明の男が立っている。ぎりぎりと縛るように、お兄さんをねめつけながら。
「あじゃらかもくれん きゅうらいそう てげれっつのぱあ」
 パンパン!
 死神は消え失せ、男の目に生気が戻り、妹と藤木を交互に見つめる。
「この人は……?」
「もう大丈夫なの、お兄ちゃん!」
「大丈夫って何が? どうでも良いけど腹減ったな」
 良かった、良かった、と言って泣きじゃくる妹に困惑し、男は照れ笑いを浮かべた。
「お兄さんに美味しいものをたらふく食べさせてあげなさい」
 藤木がうやうやしく命じると、妹が近付いてきて小さな声で言った。
「あの、お礼はおいくらでしょう。私たちそんなに余裕がなくて……」
 妹の様子から、兄が回復した後のことなど考えずに、遮二無二なってメールを寄越したのだと分かった。
 藤木も治した後のことなど考えていない。
「うーん、一週間分の食費くらいあるとありがたいですね。携帯電話の支払いももうすぐだな。あとは……」
 ブツブツつぶやき続ける藤木を見上げ、女はかすかに首を傾げて部屋を出た。
「今、家にある現金はこれだけです。もし足りないようなら、お給料日の後にお届けします」
 戻ってきた女の手にはピンク色の封筒があった。中をのぞくと四万円入っている。藤木の顔が真夏のカナブンのようにビガッと光った。
 金だ! 金だ!
 恋い焦がれていた一万円札!
「これで良いですよ。持って来たけりゃいくらでも持って来れば良いけど、取り立てになんて来ないです。取り立て屋は本当にイヤですからね……」
 藤木はヘラヘラ笑い、ペコペコおじぎをしながら、兄妹の家を出た。
 四万円あれば、ペヤングを何個買えるだろう。いっぱい、だ。一生困らないほどのペヤング!

 藤木に兄を助けてもらった妹は、追加でお礼を払う代わりに、ツイッターで藤木を褒め称えた。その情報はネット上を駆けめぐり、同じ悩みを持つ者が次々に藤木を呼んだ。

 自殺未遂を繰り返し、腕が傷だらけの少女。
 アルコール依存症で寝たきりの看護師。
 二日連続で徹夜をした後、ばったり倒れたシステムエンジニア。
 死神はみな頭側ではなく足元にいたので、藤木はいともたやすく消すことが出来た。
「あじゃらかもくれん きゅうらいそう てげれっつのぱあ」
 パンパン!

 東京には、死神に取り憑かれた人間があふれ返っている。
 宝の山だ! 金の泉だ!
 
posted by 柳屋文芸堂 at 12:36| 【翻案小説】死神(落語) | 更新情報をチェックする