2015年12月29日

死神(その4)

 藤木は半年もかからずに借金を完済し、一年後には金持ちになっていた。億ションを買い、銀座に通い、毎夜美しい女たちを味わった。
 ペヤングは二度と食べなかった。

 多過ぎる客をさばき切れなくなった藤木は、相談料の最低金額を五十万円に設定した。これで命が買えるのだ。なんて良心的なのだろう。
 予約は午前と午後に一人ずつ。毎日百万稼げたら十分だ。もともとあくせく働くのは大嫌いだった。これからは欲張らずにのんびり暮らそう。
「こいつが死ぬと、家事をやる奴がいなくなって困るんだ。生き返らせてくれ」
 依頼人の爺さんは布団に寝かされている婆さんを指差した。周囲には紙くずや汚れた下着が散乱し、家中ひどい臭いだった。
「大変残念ですが、この方はもう寿命です。これ以上長生きさせることは出来ません」
 死神は婆さんの枕元で正座している。婆さんの表情も、心なしか、死ねることにホッとしているように見えた。
「どんな重病人でも治せるっていうから呼んだのに。詐欺師か!」
 爺さんは手近なところにあった物を藤木に投げつけた。それは使用済みの高齢者用おむつで、藤木は借金取りに追われた時とも、最初に死神に出会った時とも違う、言い知れぬ恐怖を感じた。
「まずは…… 掃除しませんか?」
 藤木もそれほど綺麗好きという訳ではなかったが、こんなゴミ溜めのような場所で次々汚物をぶつけられたら話も出来ない。
「だから早く、こいつを起き上がらせろと言ってるんだ!」
 爺さんはあごで布団を指し示す。
「この方はもうすぐ亡くなるんですから、自分で何でもやらないと……」
 爺さんが再びおむつを振り上げたので、藤木は相談料をもらうのをあきらめ逃げ出した。

「してる最中に倒れちゃったのよ」
 赤いスリップの肩ひもがはらりと落ちて、藤木の視線は女の肌に釘付けになる。しかしそれよりも、明らかに不自然ないびきをかいて寝ている、全裸のおっさんから目が離せない。
「救急車、呼ばなかったんですか?」
「だって、あなたが助けてくれるんでしょ?」
 死神はおっさんの頭のそばに立ち、時々腰を屈めてまぶたを引っ張り様子を見ている。まるで医者のようだ。
「別に死んだって良いのよ。ただその前に遺言状を書かせたいの。家族じゃなくあたしに遺産が入るように」
「大変残念ですが、この方はもう寿命です。これ以上長生きさせることは出来ません」
「だ・か・らぁ、一瞬目が覚めればそれで良いんだって。出来るんでしょ?」
「無理ですね……」
 藤木がおずおず答えると、女の眉毛が急につり上がった。
「テメェ、帰れよ! 役立たず!」
 藤木の背中に的確な蹴りが入る。ムカついたが、こういう女の後ろに男、下手したら恐ろしい組織がいることくらい、藤木でも容易に想像がついた。藤木がやれるのはたった一つ。背骨を折られないうちに部屋から逃げるだけだ。

 次の客も、次の次の客も、死神は頭の方に立っていた。助かるかどうかに関係なく相談料を受け取る気でいたが、五十万どころか交通費ももらえずに追い出される。
 そんなことが続くうち、
「藤木の蘇生術はインチキ」
 という噂が立った。良い評判より悪い評判の方が圧倒的に広まるのが早い。みな誰かの悪口を言いたくてうずうずしているのだ。
 藤木の仕事は激減し、収入はゼロになり、事務所を維持する経費だけが虚しく消えていった。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 12:29| 【翻案小説】死神(落語) | 更新情報をチェックする