2015年12月29日

死神(その6)

 階段が尽き、死神と藤木は開けた場所に出た。
「何だここ……」
 ほの明るい。足元でろうそくが燃えている。よく見ると、前も、後ろも、右も、左も、燃えるろうそくが無限に並んでいる。
「これは、人の命のろうそくだよ」
「命のろうそく?」
「たとえば」
 死神は炎の弱々しい、長細いろうそくを指差した。
「これは君の友達の、淳二さんのろうそく」
「あいつ、命そのものがジメジメしてんだな」
「でも、低空飛行のまま長生きするんだ」
「細く長くか…… こっちの今にも消えそうなやつは?」
「君のろうそくだよ」
 世界がしんと静かになった。俺の? 俺の命? 藤木は発狂したかのように声を裏返しながら怒鳴った。
「何で消えそうなんだよ! 俺、どこも悪いとこなんて無いのに!」
「だって、S社長のろうそくと取り替えちゃったじゃないか。ベッドをひっくり返した時に」
 全身の血の気が引く。
「そんな話、聞いてない」
「死神が頭の側にいたら手を出しちゃいけないって、ちゃんと言ったよね。君だって分かっていたはず」
「やったら死ぬなんて聞いてない。聞いてねぇよ!」
 殴りかかる藤木の腕を、死神は軽々とつかんで止めた。
「一番大事なことはね、誰も説明なんてしてくれないんだよ?」
 藤木はへなへなとその場にくずおれ泣き出した。
「助けてくれ! 俺のことが好きだって言ったじゃないか、なあ! 裸になって踊っても良いから」
「何だか僕、残虐な王様みたいだねぇ」
 死神はニコニコして言う。
「でも残念ながら、人間の肉体にはあんまり興味ないんだ。その代わり、もう二度と女遊びしないって約束してくれたら、この燃えさしのろうそくをあげる」
 藤木は死神にすがりついた。
「する、するよ! 死んだらお終いだからな」
 藤木は火を移そうと、小さく縮んだ自分の炎に、新たなろうそくを近付けた。
「でもさ」
 死神は優しく目を細める。
「最初にあげたチャンスだって、君は無駄にしちゃったんだ」
「つかねぇ…… つかねぇ!」
「今回のチャンスも、また無駄にしちゃうんじゃないかな?」
「ゴチャゴチャうるせぇっ つ、つかねえ」
「君はそういう男だから」
「クソッ! 芯が、もう……」
「ほら、消えそうだ。消える、消えるよ……」
 ばったり倒れた藤木を見つめ、果てしないろうそくの火の森で、死神は微笑む。
「僕の世界にようこそ」

(終わり)
 
posted by 柳屋文芸堂 at 12:20| 【翻案小説】死神(落語) | 更新情報をチェックする