2015年12月20日

贋オカマと他人の恋愛(その5)

「あの女形の人はどうしていなくなっちゃうの?」
「幻っていう設定なんだよ。夢の中に偶然出て来たようなもんで、目が覚めたら終わりだ」
「男の人と女形の人はどうして一緒にいられないの?」
「松山は遊女…… まあ簡単に言えば売春婦だから、金がないと会えない」
「あの人だけ無料にしてあげたらいいじゃん!」
「いや廓っていうのはだな……」
 克巳は「二人椀久」の結末に本気で腹を立てていた。まるで久兵衛を不幸にしたのはお前だ、とでも言うように、激しく俺を責め立てる。
「夕ごはんどうしよう」
 周平は食べることしか考えてないみたいだった。
「おごるから安心しろ」
 母親とよく行くフランス料理屋へ連れていくつもりだったのに、周平が客引きに引っかかった。やたら流暢な日本語を話すインド人で、気が付くと俺たちはカレーのセットを注文させられていた。それほど美味いとも思わなかったが、周平と克巳はカレーが好きなようで、ガツガツとかっ込んだ。
「『じゃらくら』ってどういう意味?」
「でれでれ。お前たちみたいのをじゃらくらって言うんだろうな」
「ふうん?」
 克巳は口の端にカレーを付けたまま首を傾げる。周平は自分のハンカチを出してその汚れを拭いてやった。
「克くんは歌舞伎を満喫してたね」
「楽しかったけど、悲しかった」
「克くんは感受性が豊かだから」
 周平は克巳の頭を撫でる。俺はマンゴーラッシをじるーとすすった。
 支払いを済ませて店を出ると、克巳が周平の羽織をくいっと引っぱった。
「ごめん、僕たち有楽町から乗ろうと思って」
「克巳も?」
「今晩は僕のうちに泊まるんだ」
「ほー じゃあ帯をくるくるほどいて『あ〜れ〜』ってやるんだな。お互いに」
 俺はバレリーナみたいに回ってみせた。
「童貞のくせにうるさいっ」
 克巳は俺の弱味を握った気でいる。
「童貞で結構。俺は清い体で生きてくよ。そうだ、脱いだ着物は早めに呉服屋へ持っていって手入れしてもらえ。場所覚えてるか?」
 二人はそろってこくんとうなずく。
「どうせ今晩は床にほっぽっとくんだろうけどな。思う存分おしげりなんし」
 遊女っぽく裏声で言ってみる。二人は首を傾げる。意味分かるだろ、バーカ。
「職人さんたちが手間暇かけて糸染めて織った布だ。大事にしろ」
「もしかしてこれ、手織り?」
「そうだよ。大島について語り始めると長くなる。興味があったら自分で調べてくれ。じゃあな」
 手をつないだ着物のペアルックが、銀座の雑踏に消えてゆく。あいつらあんなにべったりで、別れる時どうするのかな。一生一緒にいればいいだけか。
 亀甲柄の羽織が二枚、はらりと床に落ちる。その上で二本の帯が蛇のようにからまりあい、体温と同じ熱さの着物が二枚重なって……
 地下鉄の階段を降りていた足が止まった。
 一生一緒なんて、本当に可能なのだろうか?

 家に帰ると、昼食の残りとイチゴがテーブルに並んでいた。
「育ち盛りの子が二人来るって言うから沢山作ったのに、いっぱい余っちゃった」
「もう三人とも育ち切ってるよ……」
 イチゴに練乳をかけてぱくりと口に入れる。
「あの子たち、可愛いわね〜 仲が良くて、子犬がじゃれてるみたい」
「恋人どうしだからな」
「えっ」
 母親はとっさに意味を理解出来なかったらしく、俺を見つめたまま固まった。
「ゲイなんだよ、ゲイ。衆道。男色。ホモ。分かる?」
「もちろん言葉の意味は分かるけど…… もしかして、耕一もゲイなの?」
「俺は違う」
「三人の中で一番ゲイっぽいじゃない」
「たぶん、学校の奴らもそう思ってるんだろうなぁ」
「今からなっちゃえば?」
 母親は目を輝かせる。
「なろうと思ってなるもんじゃないだろ」
「お母さん、そういうちょっと変わった子が良かったのに」
「今でも十分変わってるから安心しろ……」
 誰のせいでこんなに生きづらくなったと思ってるんだ、全く。
 数日後、周平が電話をかけて来た。
「この間は色々ありがとう。お母さんにもよろしくお伝えください」
 躾が良いんだな、と感心する。
「お前、退屈だったんじゃないか?」
「そんなことないよ。貴重な体験させてもらったと思ってる」
「どこが面白かった?」
「筋書きだね。映画のパンフレットは高い割に薄くて写真ばっかりでつまらないけどさ、歌舞伎の筋書きは読みでがあって好感が持てた」
「お前はほんと文章を読むことにしか興味ないんだな」
 まあ、俺も活字中毒だから気持ちは分かる。
「『二人椀久』の解説を読んで、入れ揚げることの怖さを考えた。僕も克くんに入れ揚げてるから」
「バイト代貢いでるのか」
「好きな人に捧げるのはお金だけじゃないよ。時間とか、未来とか」
 周平の声があまり幸福そうに聞こえなくて、心配になった。
「克巳とケンカでもしたのか」
「ううん。ラブラブだよ」
「なんだ」
「ラブラブだから困るんじゃないか」
 その頃の俺はまだ、ラブラブであることの危険性を知らなかった。
「とにかくありがとう。それじゃ、新学期にね」
 
posted by 柳屋文芸堂 at 00:05| 【長編小説】贋オカマと他人の恋愛 | 更新情報をチェックする