2015年12月19日

贋オカマと他人の恋愛(その14)

「俺、ハロウィンもクリスマスも大っ嫌いなんですよね」
「どうして? 恋人がいないから?」
「違いますよ」
 壁から魔女やコウモリの飾りを外してゆめこさんに渡し、代わりに受け取ったサンタやトナカイのぬいぐるみを貼り付けてゆく。
「クリスチャンじゃないのにキリスト教のお祭りで騒ぐのはおかしいと思ってる?」
「それもありますけど。問題は期間の長さです。今日は十月三十一日ですよ」
 正確には日付が変わって十一月一日。営業時間の後、居残って店の模様替えをしているのだ。
「これから二ヶ月近くクリスマス気分でやっていくのはどう考えても無理があります。ハロウィンもひと月続くし、本家のアメリカだってそんなにダラダラやらないんじゃないですか」
「商売人の願かけなんだからしょうがないじゃない。イルミネーションやツリーには『お客の財布のひもが少しでも緩みますように!』という念がこもってるのよ」
「ゆめこさんのカツラにも?」
「もっちろん!」
 この一ヶ月、ゆめこさんは全身かぼちゃ色だった。赤鬼がオレンジ鬼になった訳だ。蛍光ペンに似ている。
「効果あるんですかね?」
「効果があろうが無かろうが、祈らずにはいられないのよ。それが人間というものでしょう」
 サッちゃんが幸せに暮らしていますように。
 周平と克巳が仲直りしますように。
 俺の研究が…… いや、それは祈るものではない。ただ愚直に積み重ねてゆくだけだ。
 長い金髪のカツラをかぶり、赤いコートとミニスカートを身に付けて、俺は誰よりも美しい女サンタになった。文句を言っていたくせに、クリスマスパーティーラッシュで一番はしゃぎ、最も多く稼いだのは俺だった。
 どんなに店内が浮かれていても、ゆめこさんのもとには暗い顔をしたおばさんが通い詰め、二時間も三時間も部屋から出て来ない。とめどなくあふれる愚痴を聞き続けるのだ。よく精神的に参らないなと感心する。ゆめこさんの派手な服には、魔除けの効果があるのかもしれない。
 年が明けて元日、母親が俺宛に来た年賀状を分けて渡してくれた。喪中の知らせかと思うほど事務的で地味な社長の年賀状と、クリスマスカードみたいにキラキラしたゆめこさんの年賀状の間に、周平の年賀状があった。
 市販のイラスト入りの葉書で、子どもっぽいファンシーな蛇の絵の横に、手書きで、
「今年もよろしくお願いします。」
 とある。
 今年「も」って、去年のお前は全然よろしくなかったじゃねえか! 俺は部屋を飛び出て周平の携帯に電話をかけた。呼び出し音が鳴る。つながった!
「おいっ」
「七瀬?」
「そうだよ」
「…………」
「…………」
「あけましておめでとうございます」
「おう、あけましておめでとう」
「…………」
「…………」
 勢い込んでかけたものの、何を話すか決めてなかった。言いたいことは山ほどあるんだ。えー あー
「……元気?」
「風邪もひかない。そうだ、今すぐ新宿の紀伊國屋へ来い」
「実家にいるんだけど」
「お前の実家、埼玉だろ?」
「埼玉の奥地」
「奥地から出て来いっ 待ってるから!」
 紀伊國屋は元日も営業している。上の階から下の階まで何周かした後、外国文学の棚の前で周平を見つけた。大学時代と同じ紺色のダッフルコートを着ており、体型も変わらない。俺に気付くと、眩しいものを前にしたように目を細めた。
「七瀬はまだ携帯持ってないの?」
「持ってない」
 周平は笑顔になった。
「相変わらずだね」
 近くのファミリーレストランへ行くと、思ったより混んでいた。二人とも和風ハンバーグを注文し、ドリンクバーで飲み物を取ってくる。その間、克巳の話をしようかどうか迷っていた。名前を聞いた途端に、まただんまりを決め込むかもしれない。しかし克巳の話以外に、特にしたい話は無いのだ。
「大学の頃、僕このチェーンで働いてたんだよね。割引券持ってるはず……」
 周平は財布を探り、小さな紙片を取り出した。
「残念。有効期限切れてる」
「別に割引かなくたって高くないだろ。何ならおごるよ、俺が呼び出したんだし」
「羽振りが良いね。もうお金には困ってないの?」
「まあどうにかな。オカマは天職だった」
 周平は飲んでいたジュースを吹いた。
「まだあそこのオカマバーで働いてるの?」
「あら、やっだぁ〜 ホームページ見てくれてないのぉ〜?」
 店が作ってくれた名刺を周平に渡す。
「『吉本なな』」
「吉本ばななさんが大好きなんですぅ〜」
「大嘘つき……」
「このセリフを言うために一応全部読んだけどな」
「プロだねぇ」
 周平は名刺を裏返した。
「そこに店のホームページアドレスも載ってるだろ。あたしの可愛い写真がばーんと出て来るから見てちょうだい」
「歌舞伎の研究はどうなったの?」
「ちゃんと続けてる。もうじき修士論文提出だ。だいたい仕上がってる」
 周平は最初驚いて、それから誇らしげに笑った。
「君は変わらないね。本当に変わらない」
 その後、周平は仕事の話をした。ほぼ毎日残業があり、気力体力を全部持っていかれると言う。
「休みの日も、眠れるだけ眠って家のことをやったら終わっちゃうんだ。とても人に会おうなんて気分にはならない」
「それなのに悪かったな、呼び出して」
「大丈夫だよ。正月は一応長く休めるから」
 周平は頬杖をついて窓の外をぼんやり眺めた。赤い振袖の女と、黒い革ジャンの男が店の前を通り過ぎる。
「昔より切実な気持ちで本を読むようになったよ。通勤時間だけだから量は減ったけど」
「のほほんとしてたもんな、お前は」
「読書の時間がどれほど貴重か、気付いてなかったんだ、当たり前過ぎて。今僕は、本に没頭している時だけ生きている気がする。……他の時間は死んでいるような気がする」
 周平は克巳と違って痩せたりはしなかった(痩せた後もう一度太ったという可能性もあるが。何しろ二年近く会っていなかったのだ)仕事や恋愛に苦しめられた痕跡を、外側から見ることは出来ない。
 けれどももしかしたら周平も、崖っぷちに立って暗い谷底を覗いたまま暮らしているのかもしれない。突然泣き出す克巳と同じように。
「鏡の中の自分と目が合うと、いつも酷い顔をしていて呆れるよ」
「うちの店に来るサラリーマンが本当にどうしようもなくてさ、女の子たちの体をむやみに触ったり、答えに困るような嫌らしい質問をしてきたり。でもそれだけストレス溜まってるならしょうがないな」
「女の子って、みんな男でしょ」
「俺にとっては女の子だよ」
「そうなんだ。あと僕をそういうダメなサラリーマンと一緒にしないで欲しい……」
「あら、お店に来てくれたっていいのよ? あたしのおっぱい触り放題!」
「絶対行かない」
 会計しようとすると、レジの前に列が出来ていた。新人の店員らしく手間取って、青ざめたまま他の店員の所へ相談しに行ったりする。当然ちっとも進まない。
「懐かしいなぁ。手伝ってあげたくなっちゃう」
「お前今、誰かと付き合ってるのか?」
 俺が周平にそんな質問をするのはどう考えても不自然だった。俺は周平の恋愛事情になんて何の興味もない。そのことは周平だって十分承知のはずだ。
 周平の情報を入手し、克巳に知らせたい。俺の頭にあったのはそれだけだった。
「僕はもう一生、誰とも恋愛しないと思う」
 周平の方を見て、ああこれが死んだ顔か、と思った。怒りも悲しみも何もない、平板な表情。同時に俺は、自分を殴りたくなるほど後悔した。周平は深く傷ついているのだ。信じ切っていた克巳に裏切られて。それなのに、俺はいつの間にか克巳の味方になっていた。何があろうと周平の側につくべきだったのに。
 あいつがぎゃんぎゃん泣くからいけないんだ、全く。
「誰のことも好きにならなければ、ゲイかどうかなんて問題にならないしね」
 気の利いた冗談でも言ったような顔で微笑み、黙り込んだ。店を出て甲州街道を歩いている時も、周平は上の空で、いくら話しかけても会話が成り立たなかった。
 これで周平とは終わりかもしれないな。せっかく連絡が取れたのに。俺は本当にバカだ。
 新宿駅南口、JRの改札の前で、周平はこちらを振り向いた。
「またこうやって会えないかな。研究の話も聞きたいし」
 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
「お互い忙しいだろうから、たまにで良いんだ。今日、七瀬と話して、自分がずいぶん鬱いでいるのに気付いたよ。仕事と関係ない人と会って心に風を通さないと、きっといつか潰れてしまう」
「じゃあ次は、藤の花が咲く頃に会うか」
 俺を見上げた周平の目が優しく輝く。そこには命が戻っていた。
「風流だね。藤の花っていつ咲くの?」
「ゴールデンウィーク」
「ちょうど良い。ありがとう」
 周平は手を振り、山手線のホームに降りていった。
 帰宅後、コートも脱がずに克巳に電話をかける。
「七瀬くん? あけま……」
「周平に会ったぞ!」
「えっ」
 俺は息を大きく吸って呼吸を整える。
「恋人はいないそうだ」
「そんなこと訊いたの? 最低!」
「何でだよ! 俺はお前が知りたいだろうと思ってわざわざ」
「ボクだってまだ、恋愛のことなんて尋ねられたくない。もーっ オカマ心が分からないんだから。にせオカマ!」
「うるせぇ! 分かるものかっ」
「それよりさ、周平は元気にしてた?」
 克巳の声音がとろりと甘くなる。
「まあまあってとこだな。仕事で疲れてる様子だったが、体型は昔のまんまだ」
「ほっぺた福々してた?」
「ああ。憎たらしいくらいに」
「ふふふ」
「お前も電話してみたらどうだ」
 克巳は無言になる。
「俺の着信拒否も解除したようだし、今ならつながるんじゃないか?」
「おれは…… 無理だよ。周平がこの世界のどこかで元気にしてるって分かれば…… それだけで」
 しゃくり上げ、鼻をすする。また泣かせてしまった。
「周平のこと、教えてくれてありがとう」
「差し出がましい真似をしてすまん」
「慣れてるから平気だよ。じゃあね」
 慣れてる?
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:54| 【長編小説】贋オカマと他人の恋愛 | 更新情報をチェックする