2015年12月19日

贋オカマと他人の恋愛(その17)

「……ということがあった」
「つくづく君は世話好きだねぇ」
「は?」
 俺と周平は駅ビルの定食屋で昼飯を食べていた。最近何か面白いことはあった? と周平が尋ねたので、ミユキの恋の顛末を語って聞かせたのだ。
「週一回家庭教師しに行ってただけじゃねえか」
「タダで、でしょ? 先輩風がびゅうびゅう吹いてる」
「家出少女から金なんぞ取れるか」
 俺としては、同郷の者を見分け、ゲイでもないのにミユキをめとった秋田男の奇っ怪さを説明したつもりなのだが、周平は特に興味を引かれないようだった。
「勇気を出して田舎から出て来て良かったね、ミユキさん。そのままだったら女の人と結婚させられてたと思うよ」
「女とは、無理だろう」
「無理でも何でも、跡継ぎ作れって周囲からプレッシャーをかけられるんだと思うな」
「んな無体な会社、とっとと潰しちまえばいいんだ」
「そう簡単にいかないよ。うちは父親がうるさくないから助かってるけど」
 食べ途中の鶏のきじ焼きから顔を上げると、一瞬だけ周平と目が合った。しかしすぐに視線をそらされた。
「お前の家も自営業か」
「一応」
「何屋だ」
 数秒の沈黙。
「内緒」
 周平はこの話題から離れたいらしく、不自然に関係ない話を振ってきたので、素直に従った。
 今さら隠しごとか。癪に障るな。
 帰宅後、克巳の携帯に電話をかけて訊いた。
「周平の実家の仕事を知ってるか」
「和紙の工房だよ。お父さんが和紙をすく職人さんだから」
「和紙職人?」
 あいつはそんな渋い家で育ったのか。
「俺には教えてくれなかった」
「家業を継ぐよう言われるのが嫌なんだと思うよ。七瀬くん、そういう日本の伝統大好きじゃん」
「他人のことに口を出したりしない」
 克巳は何故か電話の向こうで爆笑した。ひーひーとしばらく会話不能になった後、急に真面目な声で言った。
「周平を女の子とくっつけたりしたら許さないからね!」
「はぁっ? する訳ないだろ!」
「あ、でも、男なら良い。おれみたいにわがままじゃなくて、優しくて、真剣に恋愛するタイプの可愛い男がいたら、紹介してあげて」
「何で俺がお見合いおばさんにならにゃならんのだ」
「周平みたいな人が一人でいるのはもったいないよ。幸せになるべきだし、相手も幸せに出来るはずだもん」
 それじゃね、と一方的に通話は切れた。周平より、克巳の恋愛の方が心配なのだが。

 大学院を修了したからといって急に教授や助教授になれる訳ではない。教員の数は多く、学生は少子化で減る一方だ。非常勤講師の口さえなかった。
 ある時、担当教授の授業に呼ばれ、舞踊の振りを実演してみせた。化粧も衣装もなくただ浴衣で踊っただけなのに、大喝采だった。次からは歌舞伎舞踊の講義も任せてもらえた。日舞はやはり、俺の武器なのだ。
 長く稽古に通わず、自己流になってしまっているかもしれない。子どもの頃に習っていた華慧先生の門を、再び叩くことにした。空いている日時を確認するために電話をかけると、
「まあ懐かしい! すぐにでもいらっしゃい」
 と明るい声が返ってきて、緊張が解けた。
 十年前には真っ黒だった先生の髪は、真っ白になっていた。
「染めるのをやめたの。鏡獅子みたいで綺麗でしょう」
 皺が増えても色気のある顔で微笑んで、俺の後ろに目をやった。
「お母様は?」
「おかげさまで、元気に働いています」
「今日はご一緒じゃないの?」
「もう母親と出歩いたりしませんよ」
「昔はべったりだったじゃないの。私が何を言ってもお母様のことばかり気にして」
「そんなでしたっけ……」
 自立が遅かった自覚はあるので気恥ずかしい。
「楽しく踊れば良いのよと言っても『楽しい』というのがどういうことなのか分からないみたいだった。いつも痛々しいくらい必死で、親の期待に応えるために無理しているんじゃないかと気が気じゃなかった」
 ごまかしを全て見抜く厳しい目が、うっすら濡れて光った。
「戻って来てくれたということは、踊りを憎んでいた訳じゃないのね?」
「憎むなんて、考えたこともありませんよ! ただ……」
 自分の不甲斐なさに耐えられず下を向く。
「お稽古に通うだけで、発表会には出演出来ません。何百万も出せるほど稼ぎが無いんです」
 華慧先生は高く声立てて笑った。
「今はもう、あんな派手な催しやってないわよ。私も歳を取ったし、お座敷を借りて内輪の会を開くだけ。あれはあなたのためにやっていたんだから。お母様が費用のほとんどを負担してね」
「そうなんですか……」
 ホッとしたのと、改めて母親に呆れたのとで、力が抜ける。
「あの頃は景気が良くて、つまらないことに大金つぎ込む人が大勢いたけど、お母様は誰より賢明だったわね」
「最も愚かなような気がしますが」
「そんなことない。愛する人を見せびらかすのは何より楽しい道楽よ。それより心ときめくものなんてこの世にあるかしら?」
「はぁ……」
 それにしたって、全財産使い切るのはやり過ぎだろう。
「お母様の愛は重たかった?」
「いえ、親というのはああいうものなのかと。他に母を知らないので」
「そうね、誰でもみんな」
 うちが貧乏になったことも、俺がオカマとして働いていることも知らないはずの先生が、全て諒解した様子で、俺を見つめる。
「あなたがまっすぐ育ってくれて、本当に良かった」
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:50| 【長編小説】贋オカマと他人の恋愛 | 更新情報をチェックする