2015年12月19日

贋オカマと他人の恋愛(その19)

 案の定、メグはおっさんにモテモテだった。特に団体客が来ると、必ずその中で一番の醜男にがっちりマークされる。
「君は本当に男の子なの?」
「そうです」
 男はスーツを脱いでメグの肩を乱暴に抱き、キスせんばかりに顔を近付けて話しかける。男に好かれるタイプじゃなくて良かったと俺はしみじみ思いながら、割って入るタイミングを見計らう。
「確かめてみないと」
「え?」
 太ももに置かれていた手が素早く移動したのをメグははっしと押し留め、大声を出した。
「そこは! 好きな人にしか触られたくないんで!」
 それ、嫌いって言ってるだろ。俺と同じようにメグを気にかけていたその場のオカマ全員が吹き出した。さてどう助けようかと考えているうちに、メグは何故かぱあっと満面笑みになり、
「そうだ、おっぱいにしましょう! おっぱい最高!」
 と言って男の手を自分の胸に押し当てた。
「ああ〜ん、感じるぅ」
 棒読みだったが男は気にしない。シリコン製のニセおっぱいが揉み過ぎでお腹までずり落ちた頃、男は深い眠りの中にいた。俺はそいつを抱きかかえ、他の客と一緒にタクシーに放り込む。
「たちの悪いいたずらはなさらないで下さいませよ、眠っている女の子の口に指を入れようとなさったりすることもいけませんよ」
「何ですか、それ」
「昔読んだエロ小説の一節。それにしてもよく頑張ったわねぇ。あの人、あなたを気に入って通い詰めちゃうかもよ」
「うえぇ〜 でも、おっぱいで満足するならキャバクラに行った方が良いんじゃないですかね?」
「本物を触る勇気はないのよ、きっと」
 板前ちゃんが面倒な客をみんな引き受けてくれるから仕事が楽になったと、オカマたちの間での評判も上々だった。
「雑魚殺し」
「板前だけに」
 七月には浴衣祭りをした。店じゅうに紅白のちょうちんを吊るし、ツルツルのピンクの造花を飾った。オカマたちは全員浴衣で接客する。お客様も浴衣でのご来店でドリンクサービス、と宣伝したら応じてくれた常連も多く、夏の夜らしい高揚感が店に満ちた。
 着付けの出来る奴は俺以外にも数人いたが、中でもメグは飛び抜けて手際が良かった。
「実家にいる頃、母親の着付けを手伝わされたんです。帯を締めるのが上手いって、よく褒められたんですよ」
 と笑うが、それだけじゃない。メグは自分の着替えを終えると部屋全体をさっと見回し、どんな順番で手伝えば全員の着付けが一番早く終わるか、一瞬で判断する。
 着物を着た経験の無い奴がいたら袖に腕を通すところからそばに付いてやり、ある程度出来る奴を見つけたら修正とチェック程度で手をかけない。考えてやっているのではなく体が勝手に動いていることが、移動の素早さで分かる。
 メグはそれぞれの器用さに合わせて少しずつやり方を教えてゆき、一週間しないうちにみんな一人で帯を結べるようになった。
 俺は店が用意した安っぽい浴衣を着るのが嫌で、自前のものを用意した。
「ナナさんだけずるーい!」
 メグが袖をつかんで抗議する。
「お客さんに作ってもらったんですか?」
「あら、みんなと違うの分かる?」
「値段が二桁上でしょう」
 その日着ていたのは藍染めの滝絞りで、およそオカマらしくない地味な柄だが、周りが派手なのでかえって目立った。
「無理に可愛くしなくても女に見えるのがすごいですよね…… あたしも着てみたいけど、自信ないなぁ」
 メグの浴衣はひまわりやハイビスカスが散っている浮かれたプリント柄だった。帯は真っ赤な兵児帯。
「そういう金魚みたいな尾っぽを垂らして許されるのは若いうちだけだから、存分に楽しみなさい」
 メグはくるっと後ろを向き、帯を揺らしてみせた。
「これ、自腹切って買っちゃったんです!」
「似合ってるわよ」
「一緒に写真を撮っても良いですか?」
 メグは通りがかった店の子に携帯電話を渡し、俺の腕にぶら下がった。
「美女二人〜」
 携帯のカメラも馬鹿に出来ないもので、なかなか綺麗に写っている。
「高く売ってよ」
「自分だけの宝物にします」

「最近、後輩に懐かれててな」
 俺はメグから送られてきた写真を周平に見せた。
「へえ、君とは違うタイプの美人だね」
「入ったばかりの頃はしょぼくれてて心配したんだが、元気に働けるようになってホッとしてるよ」
 周平はその写真からしばらく目を離さなかった。
「前の職場でずいぶんいじめられたらしくてな」
「可愛いから妬まれたのかな」
「違う違う。前は男だったんだ」
「前も何も、今だって男でしょ、オカマなんだから」
「板前として働いてたんだ。寿司屋で」
 周平は顔を上げ、五秒ほど無言で俺を見た。
「この子、僕に紹介してくれないかな?」
 今度は俺が固まる番だった。
「お前、こんなに女っぽい奴でもいけるのか!」
「いややや。……どこから話そうかなぁ」
 周平はコーヒーの水面を見ながらカップを軽く揺らし、皿に戻した。
「実を言うとね、会社を辞めようと思ってるんだ」
「とうとうクビか」
「似たようなものだよ」
 冗談のつもりだった。周平が勤めているような大企業では、クビなんてあり得ないと思っていたのだ。
「そんな泣きそうな顔しなくても良い。路頭に迷うのは七瀬じゃなく僕なんだから」
 周平は笑ってみせた。
「お前、営業向きじゃないもんな……」
「僕の売上げはそれほど悪くない。素晴らしいと言っても良いくらいだ。信じてもらえないと思うけど」
「じゃあ何で」
 声を低くして周平は言った。
「来年、僕の会社のことがたびたびニュースで流れると思う」
 つられて俺の声も小さくなった。
「悪事でも働いてるのか」
「いや、単に火の車なだけ」
「なんだ」
 俺はアイスティをちるちるすする。
「そんな風に見えないけどな。テレビでしょっちゅうコマーシャルもやってるし」
 電化製品に興味はないが、周平の会社だと思うと多少、意識した。
「お金が無くても広告を出すのは止められないよ。でもこの数年ヒット商品は全く出ていない。儲からないと商品開発にお金を回せない。冴えない物を無理に売ろうとするから、消費者はどんどん離れていく」
 客ではなく消費者か。周平の仕事が別世界のものに感じられる。
「しっかりサラリーマンしてたんだなぁ。俺が狂乱の夜を繰り返す間に」
 十年前には同じ大学の同じ学科で学んでいたのに。二人が歩んできた道の隔たり。
「会社はまず希望退職を募る。その一回目で辞めようと思ってるんだ。回を重ねるごとに条件が悪くなるからね」
「せっかく大企業に入ったのに、もったいない気もするな」
「看板は立派でも中はボロボロだよ。精神をやられて休職してる同僚が何人もいる」
「そうか」
 明らかに俺より過酷な毎日を送っている周平に、言えることなど何もない。
「で、それがうちの板前とどう関係するんだ?」
「貯金と退職金を元手にして、二丁目か三丁目に店を出したい」
 危うくアイスティを吹きそうになった。
「やぁだぁ! ついにお仲間になっちゃうわけ?」
「女装の店じゃない。ゲイバーだ」
「周平くんのエッチぃ〜」
「そんないやらしい店にはしないつもりだよ」
「じゃあどんな店だ」
 周平は何も答えず、冷えたコーヒーを飲み干す。
「何しろ飲食店はバイトでしか知らない。詳しい人に話を聞いてみたいんだ」
「それならこいつは適任だろうな。実家も料理屋だから裏も表も知り尽くしているはずだ」
「ありがとう」
 周平は、にっこりと微笑んだ。

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「たちの悪いいたずらはなさらないで下さいませよ、眠っている女の子の口に指を入れようとなさったりすることもいけませんよ」
 は川端康成「眠れる美女」からの引用です。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:47| 【長編小説】贋オカマと他人の恋愛 | 更新情報をチェックする