2015年12月19日

贋オカマと他人の恋愛(その20)

「周平さんとナナさんって、どんな関係なんですか?」
 店の近くのヴェローチェで周平と会ってきたメグは、俺の顔をじーっと覗き込んだ。
「お友達よ」
「どんな?」
 友達にどんなもこんなもあるかよ、と訝りつつ、周平が信用出来る奴だということを証明するのが、紹介した者の責任なのかもしれない、と思い直した。
「そうね、あたしがわがまま言っても怒らずに聞いてくれるから、長続きしてるんでしょうね」
「長続き」
 メグは再びじーっと俺を見上げる。
「聞いたでしょ、大学時代からの付き合いなのよ」
「真面目な人ですよね?」
「それは見た目通り。授業をサボったことなんて一度もなかったし、会社でもけっこう頑張っているみたい」
「優しいですか?」
「そうね、親切だし」
 メグは腕組みして考え込んだ。人形のような顔とは不釣り合いに、メグの手の甲には骨と筋がくっきりと浮いており、そこだけあからさまに職人の男だった。
「なら安心して一緒に働けますね」
「えっ?」
 俺は慌てて周平に電話した。
「話を聞くだけって言ったじゃないの!」
「他には何もしてないけど?」
「あんたの店で料理する気になってるわよ」
「うん、スカウトした」
 最初から引き抜くつもりだったのか、このタヌキ野郎。
「調理師の免許も持っているんだし、料理の仕事をした方があの子も幸せなんじゃないかな」
 それは俺も考えていた。いつかはそっちの世界に戻るべきだと。しかしこれじゃあ……
「友人を使って二番人気を消すなんて」
 今後自分がやらされるであろうアホらしい芝居を思い、全身の力が抜ける。
「お役に立てて嬉しいよ」
 周平は腹黒い声でクスクス笑った。
「それにしてもあの板前さん、本当に可愛いね」
「嫁を紹介したわけじゃねーからな」
「九つも下だもの。手なんて出せないよ」
 悪い予感がした。良い予感なのかもしれない。
「あの子が店に恋人を連れて来たらショックだろうな。お父さんみたいな気持ちでいないとね」
 オカマバーでの俺の立場なんてどうなっても構わない。ただ、克巳のことが気がかりで、周平の言葉は針のように胸に刺さった。

 メグの変化はさらに激しく、心の中に台風が発生したのが誰の目にも明らかだった。
「ゲイの人はやっぱり、男らしい、筋肉ムキムキの人が好きなんですよね?」
「みんながそうとは限らないんじゃない?」
 社長の部屋に行くと、メグが相談を持ちかけているところだった。
「もし筋肉ムキムキが好きだったとしても、全員に筋肉ムキムキが配られるわけじゃないですよね?」
「そーね、日本は共産主義じゃないもの」
 社長は帳簿を広げて書き込みながら、適当に受け答えしている。
「だったらあたしみたいな女っぽい男にも、チャンスはありますよね?」
「相手の男次第でしょ。何べん同じこと言わせるの」
「社長に恋愛相談……?」
 メグは俺に気付くと顔を真っ赤にして飛びのいた。
「人選間違ってるだろ」
「『その話飽きた!』って誰も聞いてくれなくなっちゃって」
 どれだけ騒いでるんだ。
「ナナには相談したの?」
 社長は俺とメグにミルキーを配り、自分でも一つ口に入れながらニヤリとした。メグは少しためらった後、うつむいて小さな声で言った。
「周平さんはどんなタイプの人が好きなんですか?」
 周平のタイプ。世の中にこれほど俺と関係ない、どうでも良い情報があるだろうか。克巳を好きだったのは知っている。しかしタイプだったのかは不明だ。しかも十年も昔の話。
 メグは瞳をうるうる潤ませ、祈るように手を合わせている。
「あたしみたいな男が好きなのよ」
「や、やっぱり」
 整形手術して、目の大きさを三倍にしなければ。背丈も…… メグはブツブツつぶやく。
「あんたたち、いい加減にしないと給料から相談料引くわよ」
「俺は相談してません!」

 お互いに憎からず思っていることは明白なのに、本人たちにはそれが分からない。生きるの死ぬのと深刻ぶったって、恋愛というのは他人が見れば、全くの茶番だ。
「板前ちゃん、恋をしてますます可愛くなったわね〜」
 赤い頭を振って踊りながらゆめこさんは言う。
「見てるとあたしまで若返っちゃいそう」
「全然変化してませんよ。……痛ぁーっ!」
 俺の尻を力まかせにつねって、ゆめこさんはしれっと続けた。
「今のあの子、サッちゃんが来ていた頃のナナみたい」
「佐知子さんのこと、覚えてるんですか」
 彼女が店に通っていたのはほんの短い期間だ。俺以外はみな忘れたものと思っていた。
「覚えてるわよ。一度でも店に来てくれた人の顔は、全員頭に入ってる」
「すごいですね…… 観光で来たおばちゃんなんていちいち記憶してませんよ」
「ナナは美貌に頼り過ぎ。たった一度ツアーで寄っただけなのに『群馬からまた来てくれたの。三年ぶりねぇ』なんて言われたら嬉しいでしょ。あたしたちはお客さんを喜ばせるのが仕事なの。脳みそは使えば使うだけ性能が良くなるんだから、もう少し仕事にも振り分けなさい」
 ゆめこさんは笑顔だったが、本気で怒っているのが分かった。
「すみません」
「まあそれはともかく。サッちゃんは特別な人だったじゃない。ナナにとって」
 佐知子さんに対する気持ちは、恋愛感情だったのだろうか。恋した、愛した、というより「必要とされているような気がした」のだ。でもそれは勝手な思い込みでしかなかった。もし俺を本当に必要としていたなら、新幹線で長野から通うことだって出来たはずだ。仕事か帰省で東京に来た時に、店に立ち寄ることだって。しかしサッちゃんはその後、はがき一枚くれない。
「佐知子さん、今どうしてますかね」
「出世してるわよ、お医者さんの世界で」
 ゆめこさんが言うからには、きっとそうなのだろう。彼女は強くて優秀で、俺が入り込む隙間なんてなかったのだ。そんな風に全く見えなかったのは、こちらがおかしなフィルタ付きで彼女を見ていたというだけのこと。
 勘違いだということが明らかになった勘違いを、何と呼んだら良いのだろう。そんなものを恋と呼ぶのは、あまりにもあわれじゃないか。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:46| 【長編小説】贋オカマと他人の恋愛 | 更新情報をチェックする