2015年12月19日

贋オカマと他人の恋愛(その21)

 メグは恋の鱗粉を周囲に振りまけるだけ振りまいて、店のみんなにからかわれたり呆れられたりしていたが、周平からはメグの料理を絶賛するメールと、例年通りの年賀状が来たきりで、愛の話は特になかった。されたって困る。
 俺はなるたけ関わり合いにならず、二人でどうにかして欲しい。そう思っていたのに、一月終わりの雪でも降りそうな寒い夜、周平から電話がかかって来た。
「脱サラしてすぐに人を雇うのは無責任だろうか」
「は?」
 聞いたことのないような暗い声。深刻過ぎてかえって可笑しい。
「まずは一人で商売を軌道に乗せて、それから……」
「今さら何言ってんだ。あいつは『もうじき周平さんのお店で料理が出来る〜』って毎日クルクル回ってんだぞ」
「もう気持ちが変わってしまったかもしれない」
 克巳とメグだけでなく、こいつの恋愛の面倒まで見なきゃならんのか、俺は。
「何かあったのぉ〜?」
「汚れた大人なのがバレて嫌われた……」
 深夜だというのにこらえ切れず、ギャハハと爆笑してしまった。
「無理やり押し倒して、またがっちゃったわけぇ〜?」
「そんなことしてないっ! 嫌われないように…… すごく気をつけていた…… つもりだった」
 声が震えている。周平も本気なのが分かって、俺は安堵した。
「混ぜ返して悪かったよ。いったい何があったんだ」
「店舗を借りるために、二人で不動産屋へ行ってね、その時に値下げ交渉したんだ。向こうもプロだし、丸め込まれたらたまらないから、褒めたり焦らしたり色々して」
「そんなことが出来るのか。まあ、あのあたりは家賃も高いだろうしな」
「実際借りることになったら不動産屋さんにもお世話になるんだし、関係が悪くなるほど厚かましい真似はしてないよ。会社ではもっと酷い取引をしてた」
「ほー それが汚れた大人か」
 周平は無言になった。
「『あたしのことも利用するために褒めたんですか』って怒り出したんだろう」
「よく分かるね」
 周平さんは褒めてくれるんです。あたしは今まで家族以外に褒められたことがなかったから、もうそれだけで胸がドキドキしちゃって。周平さんが優しいだけなのに、こんな風に勘違いしちゃうなんて、幼稚ですよね。メグは耳まで真っ赤にして、何度も同じ話をした。
 俺だって「可愛い」「接客が上手」などと言ってメグを褒めたはずなのに、それは勘定に入らないようだった。周平はおそらくメグにとって一番大切な何かを褒めたのだ。そういうものを即座に見抜く力があるのは、付き合いが長いからよく分かる。その能力を営業にも使って、これまで食ってきたことも。
「周平、オカマが持っている最も美しい性質は何か分かるか」
「え…… 美意識とか?」
「確かに綺麗なものを好む奴は多いが、もっと本質的なことだ。オカマはな、嘘がつけないんだ」
「君が言っても信憑性ないけど」
「俺みたいなニセモノじゃなく、本物のオカマの話だよ。もし嘘がつけるなら、わざわざ苦労して女の姿になったりしないだろう。男の体で生まれてきたのに、女である自分を貫いてしまうから、自分も周りもだませないんだ」
「男らしくすることは、自分に嘘をつくことになるんだね」
「そうだ」
「七瀬の言う通り、あの子の心はまっすぐだ。見ていると苦しくなるくらいに」
 周平は大きく息をついた。
「人間性を失ってしまった僕に、人を愛する資格はあるだろうか」
「人間性を失った奴はそんなこと考えないだろう。ゴチャゴチャ言ってないで幸せにしてやってくれ」
「ありがとう」

 おあつらえ向きに世間がベタベタの甘々に包まれるバレンタインの直前、
「周平さんとお付き合いすることになりました」
 とメグから報告を受けた。
「めでたい」
「えへへ〜 ありがとうございます」
「もう愚にも付かない恋愛相談されずに済むのね。店の子全員がホッとするわ」
「これからはのろけます!」
 好きにしろ、と思って自分のメイクを続けたが、鏡の中のメグはまだ話を聞いて欲しそうな顔でこちらを見ている。
「あの、ナナさんって、本当に周平さんの恋人じゃなかったんですか」
「聞かなかったのー?」
 あんまりしつこく疑うので、本人に直接尋ねるよう言ったのだ。
「ナナさんと周平さんは大学の同級生だったんですよね」
「そうよー」
「周平さんが『十代の終わりから二十代の初めに、五年間付き合っていた人がいた』って教えてくれたんです」
 紅筆を動かしていた手が止まった。
「それって大学時代じゃないですか? ナナさんと一緒にいた時期と重なりますよね」
 ため息が出る。自分がこれまでに巻き込まれてきた他人の恋愛に、俺は改めてうんざりした。
「周平くんは今でもグンゼのパンツをはいてるの?」
「どうしてそんなこと知ってるんですか! 怪しいっ やっぱり怪しいっ!」
 三人で歌舞伎を見に行ったあの日、周平と克巳はおそろいの白いブリーフをはいていて、部屋がまるで、身体測定の時の保健室みたいになったのを思い出す。
「またがってもらえて良かったわねー」
「あっ」
 顔を赤くしているメグを見ながら、克巳に会って謝らないといけないな、と思った。
 
posted by 柳屋文芸堂 at 23:44| 【長編小説】贋オカマと他人の恋愛 | 更新情報をチェックする