2014年11月16日

福岡ポエイチと柳川旅行記

 主婦の一人旅は大変だ。自分がいない間、家族が困らないように家の中を整えておかなければいけない。私には子どもがおらずダンナ(Dちゃん)のことだけ考えれば良いのだけど、それでも前日は大忙しだった。
 とりあえず二日分の食事を用意しようと、メニューをシュークルットに決めた。これは発酵したキャベツを肉と一緒に煮込む料理で、パンと茹で野菜とサラダを添えればバランスも良いし、量も十分だ。

 ところが。
「口内炎が出来ちゃった」
 とDちゃん。
「エーッ! シュークルットもサラダも酸っぱくてしみるじゃん。メニュー変更」

 Dちゃんはそのままで良いと言ってくれたが、留守番の上に痛い思いまでさせたら可哀想だ。しかしシュークルット用の塩漬け肉は用意してしまった。さてどうしよう。酸っぱくない、辛くない、刺激の少ない、二日食べても飽きない料理。ウンウンうなった末、

☆パン
☆ポトフ
☆シチュー
☆塩もみきゅうり

 に決定。スープ二つかよ! と自分でも突っ込んだ。ちなみにきゅうりは口をさっぱりさせるために用意した。ポトフもシチューもちょっとぼんやりした味だからね。口内炎しばりがあるから仕方ないのだけど。

 食卓に並べてみたら、
「スープストックっぽい!」
 ポトフもシチューも塩漬け肉から味がしみ出て美味い。意外と悪くない組み合わせだった。
 料理の他に、荷造りしたり掃除をしたり洗濯物をたたんだり、結局寝たのは午前二時。

2014年6月7日(土)
 起床は午前五時。三時間しか寝ていない。食器を洗ってゴミ捨てして、うわーっ 乗る予定だった急行の出発時間過ぎてる! 顔も洗わず家を飛び出る。皿を洗っても自分の顔は洗えない。それが主婦(時間のやりくりが上手い主婦はそんなことになりません)

 数日前に梅雨入りし、外はじゃんじゃかの雨だ。今回の福岡行きの目的である福岡ポエイチの主催者は「夏野雨」さんだしね。この雨も予定の内なのだろう。
 電車は順調に進み(よく止まる線なので毎回ドキドキ)どうにか飛行機に間に合いそうな時刻に浜松町に着いてホッ。大荷物で東京モノレールに乗ると文学フリマ気分だ。今日は流通センターではなく、もっと先まで。

 私はモノレールの車窓から見える風景が好きだ。団地。倉庫。橋。どれも巨大な人工物ばかりで、自分が模型の中の小さな人形になったような気分になる。自分の小ささを感じた時、絶望したり悲しくなったりする人もいるかもしれない。私は何故か、安心する。こんなに小さくて取るに足りないのだから、好きなだけ自由に生きちゃおう、という気持ちになる。

 飛行機の出発時刻の三十分前に羽田に着いたので「よゆ〜」と思ったらそうでもなかった。手荷物カウンターや保安検査場が混んでいて、トイレにも行けず、弁当も買えず、すぐに機内へ。私の席は窓際で、手前の二人はもう座っている。

「すみません!」
 顔を上げた通路側の男性と目が合った。あれ? この人は文学フリマによく参加している牟礼鯨さんでは? 間違いだと恥ずかしいので尋ねられない。すみません、すみません、と謝りながら二人に立ってもらって自分の席に入った。

 雨の中離陸すると、窓に付いた雨粒がほろほろ同じ方向に流れて平行線を描く。暗い視界などものともせず、空へ。文明の勝利。霧の間から海が見える。大型船から伸びる白い波の筋。
「当機は梅雨前線に突入します」
 なんてアナウンスはなかったけど、やはり揺れると言われた。窓の外は真っ白で飛行機の翼しか見えない。しかし高度が上がると雲を抜け、青空が。

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 下はずっと雲海、と思いきや時々雲が切れて海が見えたりする。こちらが下を見られるということは、向こうにいる人も空が見えるんだ。六月の青空。

 途中「お飲み物は」と乗務員さんが回ってきたのでシークァーサージュースを頼んだ。隣の席の人がショスタコーヴィッチの楽譜を読んでいるのが気になる。
「良いですよね! ショスタコーヴィッチ」
 と話しかけたいのを我慢。ショスタコーヴィッチはロシアの作曲家で、私も演奏したことがある。

 福岡へは定刻通りに到着。それほど揺れなかった。降下する飛行機から見た福岡は東京そっくり。マンションや団地がいっぱい。空港が市街地に近いため高層ビルが無いと聞いていたけど、十階建てのマンションくらいなら平気なのね。
 空港のビルには「FUKUOKA」の表示。福岡空港は「福岡めんたいこ空港」とかに変えないのだろうか。

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 飛行機から降りた後、荷物が出て来るまで時間があるだろうと思い、トイレで歯みがき・洗顔をした(家でやって来い)トイレから出ると、ガランとした広い空間に係員が一人立っている。他の客はいない。係員はこちらを見て近付いて来た。手には私の荷物。ぎゃーっ 待たせてごめんなさい。

 福岡ポエイチの会場である「リノベーションミュージアム冷泉荘」はちょっと奥まった分かりにくい場所にある。福岡市地下鉄の中洲川端駅で降り、昭和の雰囲気を残す商店街を抜けて…… チラシの地図に添えられた説明が丁寧だったので迷わずたどり着くことが出来た。

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↑この白い建物が冷泉荘
 
 途中、ラーメン屋さんの裏口だったろうか、魚醤のような濃い香りがした。それは私が暮らす埼玉や東京では嗅ぐことのない匂いだったから、遠い、知らない街に来たのだなぁと、ようやく実感した。

 会場に入ったら、さっきの飛行機で隣の隣だった人が。やっぱり牟礼鯨さんだった。彼とは文学フリマで一回だけ話したことがあり、向こうも、
「あのバンダナ(=私)、絶対見たことある気がする」
 と思っていたらしい。何故私がバンダナかというと、いつも派手な柄のを頭に巻いているから。
「あの一列だけ妙に濃かったね……」
 と言い合う。間にいたのはショスタコーヴィッチ男だしな。

 牟礼鯨さんはブログなどネット上の文章だけ見ると非常にキツい人のような印象を受けるが、実際に会うとひょうきんで、優しい雰囲気の人だ。ただ、彼の本を買うと、腕を高く上げコウモリのような格好をして、
「それでは、眠れない夜を」
 と言われる。その瞬間だけ「ああ、あの文章を書いた人だ」と感じた。

 説明が後になってしまったが、福岡ポエイチは「文学系同人誌の展示即売会および交流会」である(パンフレットからそのまま引用)実行委員会のみなさんが詩人なので詩がメインだが、私のような小説書きも出展出来る。短歌のサークルも多かった。

 ちなみに前出の文学フリマも文学系即売会。年二回、東京の流通センターで開催されている。去年から「文学フリマ大阪」も始まった。
 福岡ポエイチで私の隣に配置されたのがこの文学フリマ大阪を主催する大坂文庫さんで、初対面なのにいっぱい話しかけてしまった。

「即売会に食べ物のお店が出てると嬉しいよねー」
「大阪の会場はそんなに広くないから難しいですね……」
「いや、一般的な感想を言っただけで、要望って訳じゃないから!」

 どうしてこんな話をしたかというと、福岡ポエイチにはパン屋さんが出店しているのだ(「ぱん屋のぺったん」さん)
 朝から何も食べていなかった私はこのパンに(カロリー的にも精神的にも)ずいぶん助けられた。かえるの形をしたチーズとレーズンの入ったパンが特に美味で、二回目に行った時には売り切れていた。

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 隣の隣は自由律俳句の雲庵さん。
「短歌よりクール。定型よりロック。それが自由律俳句!」
 となかなかイカした宣伝文句を来る人来る人に向かって叫んでいる。けれども新刊を落としたらしく、そのことを平謝りに謝っていた。雲庵さんとは檀一雄の話などでも盛り上がり、大変楽しかった。

 今回私は全ての本を無料にし、
「現在、作者(=売り子)はフラフラと出歩いています。
 冊子はご自由にお持ちください。」
 という紙を立ててあちこち買い物に行った。戻ってくるとお客さんが待っていて、
「あっ 本人帰ってきた! このやり方、すごい新しいですね」
 と褒められた(呆れられた?)

 本を無料にすると大切に読んでもらえるかが心配なところ。でも沢山の人の手に渡っていったし、おつりを用意しなくても良いし、買い物にも行きやすいし、便利だった。きっと読んでくれるはずだと参加者さんを信じて、またやりたい。

 名前のことを考えるのが好き、というお客さんと小説の登場人物の名付けについて話したのも面白かった。小説を書くと、主人公から端役まで名前が必要になる(名前を付けずに進める方法もあるが、区別しにくくなり難易度が上がる)
 普通の人が名付けをするのは子どもが生まれた時くらいだろうから、語り合えるほど名付けの経験を積めるのは、小説書きだけの特権なのかもしれない。

 小説の中でしか許されないような、変わった名前も付けることが出来る。
「『鶯(うぐいす)』と『小鷺(こさぎ)』という名前の親子を出したことがあって」
 と話したらお客さんのツボだったらしく、私の本を全品もらっていってくれた。お金にならなくても嬉しいものだ。
(ちなみに鶯と小鷺が出て来るのは「鳥のいる場所」という中編小説。柳屋文芸堂のホームページで読むことが出来ます)

 私はいつも言葉を探している。私の心を動かす言葉。私を動かした言葉をたっぷり集めて材料にしないと、人の心を動かす文章は書けないと思うから。

 同人誌即売会に参加すると、私は詩のサークルを中心に回る。同じ「言葉」を使っていても、小説の中では「物語を語るための言葉」、詩の中では「言葉のための言葉」になるように感じる。言葉そのものの力が強い。
 福岡ポエイチは規模が小さいが(二日間開催で初日の今日の参加サークルは二十六)詩の本が多いので充実感がある。

 主催の夏野さんは一つ一つのサークルにあいさつに来てくれるし(感動!)お客さんもみな気軽に話しかけてくれる。会場が時折ぎゅむぎゅむするほどの賑わい。

 パフォーマンスも行われた。今日のゲストは歌人の黒瀬珂瀾さん。池袋が舞台の作品でびっくり。巣鴨プリズンとサンシャインの話。今朝通って来たよ、池袋。九州でそんな地元について聞くことになるとは。

 高森純一郎さんと歴史の話をしたのも興味深かった(と言っても八割方、私がひたすら「歴史が苦手で」と嘆いていたのだが……)高森さんの口からヒットラーとスターリンによって虐殺された人数がパッと出て来て、学者ってスゲー! と思った。

 文武蘭(もんぶらん)というサークルでは山口県長門市の観光パンフレットをもらった。何でも、地元密着型の文芸活動を行っているらしい。海が美しく、麻羅観音という怪しい名所もあり、行ってみたくなった。長門市は金子みすゞの故郷でもある。

 書肆神保堂さんではおみくじを引いた。恐ろしいことに「凶」で、
「願いが己を苦しめる」
 なんて書いてある。うーむ。けっこう当たっている。

 今回買ったものの中で最も面白かったのは価格未定さんの「高橋とエロ本」という短歌の本。

 上流にエロ本流す人がいる 下流に拾う高橋がいる

 このように(おそらく童貞の)高橋とエロ本の関係がつづられてゆく。

 エロ本を隠す岩陰 巷ではここは「高橋塚」と呼ばれる

 短歌のすぐ横に、岩のイラストが添えられている。その数ページ後、

 「エロ本を隠す岩場」というよりは「岩場を隠すエロ本」となる

 イラストは、エロ本でいっぱいになった先ほどの岩……
「高橋ぃ〜!」
 と叫びながらゲラゲラ笑って最後のページまでたどり着くと、読者は驚愕の事実を知ることになる。この作者の価格未定さんは女性で、イラストを描いているのはその旦那さまなのだ!
 何か、新しい愛の形を見せつけられた気がする。

 途中、お茶を買うために外へ出たら、浴衣地で仕立てたハッピのような、独特の着物を着たおじさんが大勢歩いていて「?」となった。お風呂の帰り……?

 そんなこんなで午後五時に福岡ポエイチ終了。さあこれから打ち上げー!

 スタッフが作業を終えるのを待っている間、価格未定さんと短歌についておしゃべり。大阪在住の歌人であるじゃこさんの話をしたら、知っていると言う。

「じゃこさんの短歌も忘れられないけど、『高橋とエロ本』も最高でした」
「じゃこさんと並べて語られるのは、何だか申し訳ない」
「いやいや、じゃこさんと価格未定さんは全く違う方向に突っ走ってて、どちらも素晴らしいですから!」

 じゃこさんの歌は、たとえばこんな。

 もうこの際男やったらあんたでもあんたんとこのポチでもええわ

 打ち上げの会場は「やぶれ居酒屋まさかど本店」
 私は渡辺玄英さんの隣だった。他の人の話によると、偉い先生らしい。何故そんな席に、と恐縮したが、どこかで聞いたことのある名前だと気付いた。

「もしかして、前にポエケット(東京の詩専門即売会)のゲストで出演されました?」
「ええ」
「いつ頃でしょう」
「震災のあった年ですね」
「あーっ!」

 私は玄英さんがその時にした発言をはっきり覚えていたので、そのまま伝えた。
「そうそう。あの時期は何を言うのも難しくてね……」
 とにっこり。

 テーブルを挟んで前の女性は初対面で、品の良い美人だ。名前を尋ねると、
「吉田群青です」
「えーっ! 本持ってます!」

 言葉の力でつながってゆく人と人。即売会に参加し続けるだけで(たとえ本が売れなくても)自然に輪が広がっていくんだ、と実感した。
 玄英さんも群青さんも気さくで感じの良い方で、お話出来て嬉しかった。

 近くに座った九州の方々に地元の話を聞く。
「福岡では『好きです』を『好いとる』って言うんですよね?」
 と尋ねると、
「私は大分だから『好いちょん』」
「『好いちょん』! めちゃくちゃ可愛いですね〜!」

 今でも大分の女子高生はバレンタインデーに体育館の裏でうつむいたまま、
「好いちょん……」
 とか言ってるのだろうか。キャーッ!

 長崎の話になり、
「長崎ちゃんぽんって、硬い麺の上に野菜の入ったあんがかけてあるやつですよね?」
 と言ったら、
「それは皿うどんです! 確かにどっちも長崎の麺類ですけど……」
「ごめん。完全に混ざってる」

 逆に言われたのは、
「関東のおでんには『ちくわぶ』が入っているよね。こっちには無いから旅行した時に食べた」
 おでん汁の染みたちくわぶの角の美味しさを説明してみる。まあ、特別自慢するほどの食品でもないんだが。関東でも地味な存在。

 おしゃべりしながら食べたのは福岡名物「もつ鍋」

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↑加熱前
↓加熱後
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 スープがあっさり味で、でもにんにくが入っている。関東のもつ料理は濃いめの味付けが多いので、珍しい〜 九州っぽい〜 と感激。最後にちゃんぽん用の麺を投入。ラーメンのようでラーメンでない、不思議な麺。

 「好いちょん」という素敵な言葉を教えてくれたのは、詩人の咲夜三恵さん。別れ際、名刺代わりに新刊の小説を渡したら「ねちょ〜ん」というラブリーな猫写真本をいただいた。

 打ち上げの幹事はポエイチ実行委員のとうどうせいらさん。いつもささやくような可憐な声で話すので、みんなで耳を澄ました。打ち上げ後このとうどうさんと、やはり実行委員の平地さんに、ホテルまで送ってもらった。本当にお世話になった。

 平地さんはこのホテルへの道で「山笠(博多祇園山笠)」というお祭りについて教えてくれた。
「この季節になると『山のぼせ』のおじさんたちがハッピ着て街を歩くようになるんですよ」
「冷泉荘の周りでも見かけた! 何だろうと思ってたの」

 この「山笠」というのは山車(だし)のことで、「流(ながれ)」という自治組織ごとに一台用意し、博多の街でそれを引いてタイムを競うという。
「うちの近所の祭りにも山車は出るけど、ただ引くだけで競わないよ!」

 二週間の祭りの間(七月初旬)参加する男たちは山笠のことしか考えられなくなり、家庭生活や仕事は完全にお留守になる。そういう人たちのことを「山のぼせ」と呼ぶらしい。
 小説を書いているさなかの私みたい……

 博多の夜の名物である屋台には、そんなおじさんたちがそろいのハッピを着て並び、仲良さそうにお酒を飲んでいる。中洲川端駅が最寄りの冷泉荘の近くでは「中洲」という文字をデザイン風にした柄のハッピを着ていた。そういうことだったのか。

 予約しておいたホテルエクレールの前でとうどうさん、平地さんとお別れし(ありがとうございました!)チェックインして部屋へ。

 いつもホテルの備え付けの洗剤を使うと肌が荒れて痛くなるので、今回は手にも体にも使える液体石けんを持ってきた。やはり大正解。手洗いもシャワーも気持ち良く済ませ、Dちゃんにおやすみのメッセージを送って十時ちょい過ぎに就寝。楽しかったけど疲れた〜 ねむー
 すやすや……

6月8日(日)
 牟礼鯨さんの呪いが効いたのか少し眠りが浅かったが、眠れないというほどではなかった。六時に携帯のアラームで起床。布団をはいでしまっていた。足が冷たい。ヨガをして土踏まずをもむ。
 荷物を整えテレビのニュースを見ると、東日本は雨雲に覆われているが西日本は何ともない。三年前に他界した伯母(小)が日本の半分の大きさまで巨大化し、私を雨から守っている。伯母(小)はもう全然小さくなんかないのだ。

 朝食は七時からなので一階へ。和食も洋食もアイリッシュパブで出るので驚く。

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↑場所と合ってない
   
 納豆のたれが透明だった。九州の納豆はどれもこうなのかな? めんたいこが嬉しい。ご飯が進んでおかわりしちゃった。青汁は思ったよりあっさりしていた。

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 ホテルの朝食にしては珍しく、ここはセルフサービスではない。おかわりも店員さんが持ってきてくれる。落ち着いて食べられて良かった。
 荷物を取りに戻ってチェックアウト。西鉄福岡(天神)駅まで歩いたら想像したより遠く、ギリギリになってしまった。

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↑博多大橋からの眺め

 どうにか計画通り八時半発の天神大牟田線特急・大牟田行きに乗り込む。間に合って良かった。
 西鉄柳川駅までは四十八分。檀一雄の本やガイドブックを読んで柳川の行動予定を立てた。

 西鉄柳川駅に着き改札を出ると、すぐにお堀めぐりの案内の人が。その人にロッカーの場所を尋ねて荷物を預ける。悪徳業者だったらどうしよう、と不安になりつつ言われるままチケット購入。舟の乗り場まで行くというミニバスに、指示通り乗り込む。
 バスを降り、ぎっしり並ぶ舟を見てホッとした。

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↑笠を借りることも出来る

 ちゃんとした会社だったようだ。待たされることもなくそのまま舟へ。少し揺れたが怖いほどではなかった。
 舟に乗ったのは十人ほど。細い堀を小さな舟でゆったりめぐる。ここからの写真は舟から撮ったもの。

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↑ゆずすこ。おそらくゆず味のタバスコ。

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↑右の細い水路を進む

 船頭さんがバスガイドのように柳川の説明をしてくれる。標準語なのが残念。まあ分かりやすいけど。
「注意しとってください」
 というのが博多弁かなぁ。低い橋が多いので、くぐるたびにみんなで頭を下げるのが醍醐味の一つ。釣りをする男の子とおじいちゃんに出くわし、手を振ってもらったりするのも楽しい。
 堀沿いには何軒かドライブスルー的な店があり、ビールやおつまみを買う人もいた。

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↑ちょうど紫陽花の季節

 トンボやモンシロチョウがふわふわ飛んでいて、のんびりした雰囲気。あちこちで亀が甲羅を干している。時々ニワトリの声も聞こえた。

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↑びわだ!

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↑柳川がカッパの里だなんて聞いてない。

 空っぽの舟とすれ違い、おや、と思う。舟は一方通行なので、手で漕いで出発地に戻すようだ。

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 二艘一緒に。なかなか大変な仕事だ。

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 船頭さんは北原白秋の話ばかりしているが、私は檀一雄への憧れからこの街に来た。小説家の檀一雄は幼年期を柳川で過ごし、「美味放浪記」などのエッセイの中で柳川の風物を愛情込めて描いている。しかし白秋より知名度が低いらしく、船頭さんの話にはほとんど出て来ない。寂しいなぁ。

 古い街並みを残す沖端町が舟の終点。降りてすぐ、鰻屋の若松屋へ。開店十分前だが、すでに入り口には列が出来ている。人気あるのね。
 「美味放浪記」から若松屋についての文章を引用してみよう。

 若松屋は、沖端の柳の濠端に、私の幼年の昔から立っている鰻屋だ。
 私の幼少年の日に、親戚の珍客でもあると、
「二人前鰻メシを取って来ライ」
 と祖父や祖母から命令されて、ダダ走り(韋駄天走り)でこの若松屋まで駆け込んでいったものである。そうして、その鰻メシの余りを、お皿一杯だけ貰って舌なめずりしながら喰べた。
 勿論のこと私の皿の中には鰻はなく、鰻の移り香とミリンの味だけであった。


 さてさて、そのお味は……

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 甘〜い! 鰻なんて日本全国そんなに変わらない食べ方をしていると思っていたけど、上に錦糸卵が載っているし、テーブルに山椒がない。何よりタレが甘い。
 確かにこれは子どもが喜びそうな味だ。「美味放浪記」を読み直してみたら、

 酒飲みの私にとっては、いささか甘過ぎる。

 とちゃんと書いてあった。私にも甘過ぎます、檀先生。まあでも、檀一雄の思い出の味を体験出来て幸せだった。数が減っているのに食べちゃってごめんね、鰻…… 今後はなるべく我慢するから許しておくれ。

 店を出ると、どこからか太鼓と笛の音色が聞こえてきた。音の元に向かうと、沖端水天宮の裏手にある建物の中で、子どもたちが神楽の練習をしていた。平たい大太鼓を長いバチで器用に打っている。地元のお祭りが近いのだろうか。
 私は子どもの頃、和太鼓を習っていたので、胸がきゅんとした。私も一緒に打たせて、と言いたくなるような気持ち。しかし私はよそ者で、なおかつおばさんなのだった。おかしいな、いつの間に……?

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 北原白秋の生家がすぐそばにあるので、とりあえず行ってみることにした。檀一雄のエッセイには、彼が暮らした家と白秋の家が同じであるかのような記述が何度も出てくる。白秋の酒倉が焼失した際、そこを買い取ったのが一雄の祖父であるらしいのだ。

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↑生家の隣の店。川越っぽい。

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↑これが北原白秋生家。資料館になっている。

 受付で檀一雄に関するものがあるか尋ねたところ、柳川には文学碑以外何も残っていない、との答え。ここは北原白秋の家の母屋で、檀一雄の祖父が所有していた酒倉の跡地には、特に何の印も立て札も無いという。

「死んじゃってから四十年近く経つし、読む人減ってるのかなー 私はあの人の文章が大好きなんですけど」
「そうですね…… 記念館の方に、生誕百周年の時に作っ本があります」
「それください!」

 記念館は生家の裏にある別の建物だ。受付の女性は私のためにわざわざ本を取りに行ってくれた。
「わぁ〜!」
 そして渡してくれたのは、檀一雄の写真が表紙になっている大きな本。ファンにはたまらない。おそらくここでしか手に入らないのではないか。嬉しい〜
「ありがとうございます!」
 福岡ポエイチに続き、どこへ行っても本を買う私であった。

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 上の写真は生家と記念館の間にある堀。雨が降っている訳でもないのに水紋が出来ていて「?」と思い、よく見たら、アメンボだった。

 堀沿いの道をてくてく歩き、柳川藩主だった立花家のお屋敷へ。一部をレストランやカフェに改造し一般に公開しているのだが、派手な案内板が並び、いかにも観光施設という感じになっていて、少々興を削がれた。古い建築や建具が好きなので、写真を撮るのは楽しかった。

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 私はいつも旅先で、その土地の方言を聞くのを楽しみにしている。しかし福岡ポエイチの会場でも柳川でも、耳に届く言葉の九割以上が標準語だった。街全体でイントネーションががらりと変わる関西とはずいぶん違う。
 九州らしい話し方が恋しく、宝石を集めるみたいに道行く人のおしゃべりをメモしてしまった。

 若松屋が開店するのを待っている時、おばあさんがおじいさんに向かって言った、
「日の照らんとこね」
 立花邸に来ていた男性の、
「踊っとんだが」
 道ですれ違った女性の、
「ご飯ば食べよー」

 「好いとる」「帰るとですか」「知っとーと?」等々ともっともっと「と」が聞きたかった……

 そろそろ駅に戻ることを考えなければいけない。地図を見ると、今いる場所から駅まで約二キロ。よし、歩いてみよう。
 この決断が正しかったのかは分からない。白秋生家や立花邸の周辺は言わば旧市街で、そこを抜けた途端、柳川はただの郊外になってしまう。整備された大きな車道に、個性のないアパートや一戸建て。突然埼玉にワープしちゃったような。日本の郊外はどこもそっくりになりつつある。

 時間ギリギリまで旧市街を堪能し、バスかタクシーで駅に戻るのが賢い観光の仕方だったのかもしれない。けれども私はこの「どこにでもある街としての柳川」も、充分楽しんだ。

 車道横の歩道を進むと、左手に学校が見えてきた。それは柳城中学校で、その敷地内に柳川城跡がある。城跡にたどり着くためには学校の中を通る小道を行くしかない。どうしようか迷ったが、せっかくなので立ち寄ることにした。

 不審者に間違えられて、
「こんなところで何してるんですかっ 関係者以外立ち入り禁止ですよ!」
 と怒鳴られたらどうしよう、とびくびく。幸い、誰にも会わなかった。

 石段を登ると……

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 私は城跡が持つ、重たい静けさが好きだ。野原や雑木林になっていても、他の場所とは異なる特別な空気を感じる。ここは歴史が埋葬されている墓地なのだ。
 霊感が強い人は幽霊を見たりするのかもしれない。鈍感な人間で本当に良かった。

 柳城中学校の隣は柳川高校で、二つの学校を隔てる道を進むと、大勢の野球部員に出くわした。
「ちーす!」
 彼らはなんと、訳の分からない闖入者である私に、そろってあいさつしてくれた。
「あなたたち、礼儀正しいのねぇ」
 とおばさん丸出しで返す私。観光地で育った子どもたちの心がけを見せてもらい、清々しい気持ちになった。

 そのまま行くと周囲は住宅地になり、どこからかピアノの音が聞こえる。おや、この曲は……「千本桜」だ! ボーカロイドの人気曲。ボカロ好きはどこにでもいるのねぇ、と微笑む。

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↑堀沿いの道も歩いた。我々もこんな風に見られていたのか。

 地図を見た時には遠くないと思ったのに、なかなか駅に着かない。正直、歩いていてそれほど面白い道でもないし。
 疲れた。暑い。何か飲みたい……

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 味気ない車道沿いに、奇跡のように可愛いカフェを発見。名前は「ムトー商店」迷わず入ってアイスのカフェラテを頼んだ。
「立花邸のあたりから歩いてきて、ヘトヘトだったので助かりました」
「間に何もないですもんね」

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 許可を取って店内の写真を撮らせてもらった。こういう店主の趣味がはっきり出ているお店、大好き! 近くなら毎日通いたい。
 私の他に二人の女性客がいた。親しい間柄らしくプライベートな話題を熱く語り合っている。彼女たちの話し方が完全に九州イントネーションで、あっと気付いた。

 九州の人たちは、地元の人同士でないと方言で話さないのではないか。相手が他の地域の人間である場合、気を使って標準語になるのかもしれない。
 誰彼構わず自分の話し方を押し通す関東人や関西人は言語上の強者で、知らず図々しく振る舞っているのだろうなと、反省した。

 休んで元気を取り戻し、西鉄柳川駅へ。そこからは割にすぐだった。無事、西鉄福岡(天神)駅行きの特急に乗る。座席に座って白秋生家で手に入れた檀一雄生誕百年記念本「檀一雄の柳川」を開いた。

 少年の私が、入船の潮川のあたりをうろついていると、
「オロー、一雄坊チ。寄って行かんカン。オリ家(ゲ)に(オレの家に)……」
 と声をかけられる。
 通路から見える、板の間に、フンドシ一貫、スッ裸の漁師どもが、胡座を組み(土地ではイタマグリという)、車座になっていて、そのまん中の大皿の上には、芝エビだの、シャコだの、ワタリガニだのを、真赤にゆであげ、手摑みで喰いながら、豪快に焼酎を飲んでいるという有様であった。


 これこそ「私が行きたかった柳川」だ。
 お堀めぐりも街歩きも楽しかった。しかし自分が本当に望む場所へ行くためには、言葉という舟に乗らなければいけないのかもしれない。

 西鉄福岡(天神)駅に着き、福岡市地下鉄の天神駅へ。西鉄福岡(天神)駅と天神駅はほぼ同じ場所にあり、徒歩で乗り換えられる。明治神宮前〈原宿〉駅と原宿駅みたいなもの、と言えば多くの人に伝わるだろうか。ちなみに「西鉄福岡(天神)駅」と「明治神宮前〈原宿〉駅」は共に正式名称である。カッコを使うなんてややこしい……

 天神駅から福岡空港まで約十分。空港が街の中心部に近くて本当に便利だ。お土産屋さんでお菓子を買い、荷物を預け、飛行機の中へ。

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 窓の外を見ていると、整備士の人がこちらに向かってきちっと礼をした後、手を振ってくれた。私も手を振り返してみたけど、見えたかな?
 羽田まで二時間弱。この旅行記を書くためのメモをまとめていたら、あっという間だった。言葉と遊んでいると時間は飛ぶように過ぎてゆく。

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 着陸のために梅雨前線に突入。光を受けた翼が雲にぶつかり、虹が立った。
 ただいま、東京。
 めでたし、めでたし。

 ……になるはずが、ならなかった!
 いやまあ、飛行機は問題なく羽田に着いたのです。その後、ちょっとしたトラブルが。

 預けたキャリーバッグを受け取ろうと、荷物を載せてガタゴト動くベルトコンベアーのところで待っていた。おお、私の、と思い引っぱり下ろし、確認のために小物入れのポケットを開けた。
 え?
 見たことのないボールペンが入っている。うわっ、間違えてよその人のを取っちゃった! 驚いたことに、同じメーカーの、同じ型の、まるっきり同じキャリーバッグだ。

 嫌な予感がした。ベルトコンベアー上の荷物はかなり減っており、二周目を見ても私のバッグは出て来ない。
 このボールペンの持ち主が、私のを持っていっちゃったんだ! バッグは数字で開けるタイプの鍵がかけられる仕組みになっている。これを壊されたら、と考えて青ざめた。私の使用済みパンツを見られるのは構わない。バッグを買ってくれたのはDちゃんで、まだ新品なのだ。

 あの使いやすいバッグがダメになったら、がっかりだよ〜 うわ〜ん。半泣きで立ち尽くす私。

 いくら待ってもやはり自分のは出て来ないので、相談するために係員のところへ。すると、人の流れに逆らい男の人が戻ってきた。彼が引くバッグを見て、あっ! 急いでかけ寄りポケットを開ける。
 そこには檀一雄の「美味放浪記」が。
「私のです!」
 その人には平謝りされたけど、そのまま家に帰ってしまわなくて本当に良かった。気付いてくれてありがとう。

 次は必ず、バッグに目立つ印を付けよう、と決意してこの旅は終了です。
 お疲れ様でした。

(終わり)

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posted by 柳屋文芸堂 at 23:06| 【旅行記】福岡ポエイチと柳川旅行記 | 更新情報をチェックする
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