2014年10月11日

邯鄲(その9)

 それから次の春まで一年間、治さんは本当に毎日バス停の下の川原に来てくれた。梅雨になってしとしと雨が降っても、梅雨が明けてかんかん照りになっても、治さんは学校に向かう私を祝福するように、大きく手を振る。私も振り返す。どんな天気でもお日様みたいに光る笑顔。
 台風の日だけは橋の上で待っていてくれて、いつもと違う濁流の音を二人で聞いた。ここにいれば流されるはずもないのに、怖くて震えてしまう。私たちは何も言わずに見つめ合い、言葉にならない思いを交換し合った。

 秋に結納を済ませ、十二月には父と静子さんと四人で秩父夜祭りへ行った。とても寒くて混雑も酷く、治さんの腕につかまることが出来たら、と強く思う。けれども私たちは必ず一歩分、距離を保った。お互いの位置ばかり気にしていたせいで、うっかり途中で父たちとはぐれてしまった。
「どうしましょう!」
「そんな遠くに行かねぇと思うな」
 近辺をぐるり一周する。二人は地元の方が出している夜店で甘酒を飲んでいた。白い湯気のあたたかさが羨ましく、私たちも同じものを頼む。
「何してたの?」
「静子さんたちを探していたんじゃない」
「あなたたちの場合、本当にそうなんでしょうね…… 信じられないわ」
 冷やかされて赤くなった治さんの耳に注目し、みんなで笑った。
 もう家族に認められているのだから、手をつなぐくらい許されただろう。しかし私は知っていた。治さんの体に、肌に触れてしまったら、欲望を止められなくなることを。私は毎夜、布団の角を抱き締めて、結婚後の生活を夢見た。
 また明日、と言って別れなくても良い暮らし。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:45| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする