2014年10月11日

邯鄲(その12)

 新居では、先にお風呂に入らせてもらった。静子さんが重箱で用意してくれた夕御飯を食べ、治さんがお風呂から出てくるのを待つ。食器を洗っていても、これから起こることが頭に浮かんで集中出来ない。自分の心臓の音が聞こえる。何回か手を滑らせてひやっとした。
 布団を敷き終えると、ステテコ姿の治さんが部屋に入ってきた。目を合わせられず、布団の上に座って下を向く。治さんは私の前で正座した。押し倒されるものとばかり思っていたのに、いくら待っても何もされない。
 明日の朝、宮崎への新婚旅行に出発することになっている。今晩は疲れないよう何もせずに眠るのかしら。寒くなってきたので布団にもぐる。落胆しているのが恥ずかしい。
 治さんは同じ姿勢で固まって身じろぎ一つしない。心配になり手に触れると、冬の水のような冷たさだった。
「そんなに体を冷やしちゃ毒よ」
 治さんの手をにぎり布団に引き入れ、痩せた体をすっぽり抱きしめた。どうにか熱を移せないかと足をからめる。治さんは私に包まれて、少しずつあたたかくなってゆく。
 ちょうど私の胸のあたりに頭があったから、赤ん坊にお乳をあげる母親の真似をしてみたくなり、寝巻きをはだけて治さんの目の前に乳房をこぼした。乳首を唇にそっと押し付ける。治さんは口を開いて吸った。私の甘い高い声が部屋に響き、胸への口づけは深く激しくなる。濡れた唇と舌の動き。
 そのうち足の間がうずき始めてハッとした。こういう仕組みになってるの。女が心地よくなれるのは抱擁と愛撫までで、その後の行為は子どもを授かるために我慢するのだと思っていた。
 そうじゃないんだ。自分の子宮が治さんの体を求めているのがありありと感じられる。この人になら肌を許してもいいと思った相手に触れられると、女の体はこんな風に変化するの。
 私は布団にもぐり、自分の内側が欲しているものを探した。治さんのお腹に指をはわせ、おへそを見つけた後、下着の中に手を入れた。想像していたよりずっと大きくてびっくりする。行水する近所の男の子のを見たきりで、大人のは初めてだ。ずいぶん育ってしまうものだと、すみずみまで撫で回した。
 我を忘れ、自分が破廉恥になっているのに気づき、慌てて布団から顔を出す。
「ごめんなさい。女があまり積極的だと、男の人は嫌なんでしょうね?」
 治さんはじっと天井を見つめ、ゆっくりこちらを向いた。目が涙で潤んでいる。
「何だか夢を見ているようで、どうしたらいいか……」
「治さん、したことは?」
「そういう店に行こうって誘われたことはあるけど、オレもうそん時、春子さんを気に入ってて、他の女の所になんて行きたくなかった」
 気に入ってて、という言葉に全身が震える。治さんはどうしてこんなに私を幸せにしてくれるのだろう。
「情けねぇなぁ…… 無理にでも行って練習してくれば良かった」
「女の体をお金で買う人なんて、私、大嫌いよ! 治さんが悪い誘いを断ってくれて、本当に嬉しい」
 再び治さんをぎゅうっと抱きしめる。
「わざわざよそで練習する必要なんて無いわ。二人で練習しましょう」
 大胆になるのを許可された思いで、私はすぐに全裸になり、治さんの服も脱がした。
「上に乗って」
 腰の位置を合わせて足を開く。自分の中に導こうとするのに、なかなかうまくいかない。何度やってもつるつると跳ねてしまう。どうにか先端が入った時、私の指先は体液でべとべとになっていた。
 奥まで届くと、治さんはようやく本能を思い出した様子で、腰を前後に揺らし始めた。一度始まってしまえば、本人にも止められない荒々しい動きだった。
 あんなに欲しいと望んでいたのに、私に与えられたのは快楽ではなく破瓜の苦しみ。圧倒的な痛みに支配され、身動き出来ない。他の男にやられたら、とても耐えられなかっただろう。
 自分の子宮を打っているのが治さんだと思うと、痛みさえ意義深いものに感じられる。この女はオレの女だと、体の真ん中に刻印を押されているような。
 治さんのものになれるのが嬉しい。痛みが私たちを結びつけている。一段と早くなる腰の動き。燃える痛み。治さんがそばにいれば、どんな苦しみも歓喜になる。
 なんて倒錯した考え。私の頭に一つの言葉が浮かぶ。文字でしか知らなかった。今その真の意味をつかみ、喘ぎながら叫ぶ。
 愛してる。
 私は治さんを愛してる。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:42| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする