2014年10月11日

邯鄲(その13)

 僕の母親は六十代で大病をしたせいか老化が早く、七十五歳で亡くなった。
 若い頃の母はふくよかな体つきをしていた。昔の女性にしては背が高く、胸とお尻は夏の果物を隠しているかのように丸く高々と膨らんで、その姿は「豊穣の神」を思わせた。
 多少の悩みや迷いがあっても、母のいる家に帰れば大丈夫。そういう安心感のもとで僕は育ち、生きてきた。
 手術後、母の肉は失われ、最後は骨と皮と、あちこちに脂肪の残りがぶら下がるだけになった。落ちくぼんだ静かな目。病室で母と話しているうち、母の顔が骸骨に見え始め、僕はトイレに行って泣いた。
「お父さんに悪くて」
 入院するたび母は辛そうにつぶやいた。家事が出来ないことだけを言っていたのではないと思う。母は父を支え続けたかったのだ。そうして送り出してから死ぬつもりでいた。二人そろって平均寿命まで生きれば、願いは順当に叶えられたはずだ。しかし当然のことながら、全ての人が平均になれる訳じゃない。
 母と一つ違いの父は、歳を取るのを忘れたみたいに元気に働き続けている。美術用の和紙を特注で作るのが父の仕事だ。書家や画家の希望を聞き、それぞれの作品に合った紙をすく。
 珍しいところでは写真家の客もいるそうだ。父の和紙にプリンタで写真を印刷する。よくにじまないなと感心する。和紙がすごいのかプリンタがすごいのか、僕にはよく分からないけど。
 特注の和紙で作品を作るのは、経済的に余裕のある芸術家だ。父のすいた和紙には紙一枚とは思えないような高値がつく。僕は子どもの時分から、父のおかげで服や食べ物を買えることに感謝したし、社会に出て金を稼ぐ大変さを知ってからは、特別なものを作って生計を立ててきた父を、尊敬するようになった。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:41| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする