2014年10月11日

邯鄲(その14)

「紙すき教わるために隣に住んだのに、完全に飯炊きババアよ!」
 妹の咲が受話器の向こうで怒鳴る。
「じゃあ僕たちは『スパゲティ茹でジジイ』だねぇ」
「語呂が悪い!」
 最後の一年間、母はほとんど寝たきりで、咲が代わりに家事をしていた。
「二軒分の面倒見るのマジでキツいよ」
「手伝おうか?」
「えーっ お兄ちゃん何か出来るわけ? あー本当に男なんて何の役にも立たない!」
「僕、高校出て一人暮らしするようになってから、家事全部やってるんだけど。今も料理以外は僕の担当だし」
「へーっ じゃあ晴れた日にこっち来て、洗濯してくれない? 二軒分」
 実家へ行くのは店の定休日だけにしたいのだ。天気に左右されたくない。
「乾燥機使えば別に晴れじゃなくても」
「日光消毒!」
 僕は一緒に店をやっているメグに相談した。
「ランチの時間が厳しいと思うんだ」
「お客さんに事情を知らせて、周平のいない日だけセルフサービスにすれば良いんじゃない? 手間かけさせた分、割引券配って」
「かえって客が増えそうだね…… 僕がいなくても店が回ることが証明されてしまう」
「そんなことないよ。あたし、本の話なんて出来ないもん」
 僕たちの店は村上春樹の小説に出てくる料理を売りにしている。「かえるくんの芽キャベツパスタ」「青豆の逃亡クラッカー」「牛河さんの桃のパイ」等々、春樹ファンのためのメニューが並ぶ。本好きを集めるのが目的だったのに、メグの料理が美味し過ぎて美食クラブみたいになっている。常連が多いので、理由を話せばみんな手を貸してくれるだろう。結局のところ、メグの料理を食べられさえすれば何でも良いのだから。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:39| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする