2014年10月11日

邯鄲(その15)

 メグは昔、魚河岸近くの寿司屋で修行をしていた。頭を角刈りにし、
「女っぽい」
「気持ち悪い」
「ナヨナヨするな」
 と蔑まれながら。修行時代の話を聞くと、メグを馬鹿にした奴らを殺してしまいたくなる。
 メグが寿司屋でいじめられたのは性同一性障害だったせいではなく、単に妬まれていたのだと思う。メグの実家は日本料理店で、そうするのが当たり前であるかのように子どもの頃から調理や接客をしていた。美味しいものとは何か。そこに到達するには何をすれば良いのか。腕の良い料理人である父親に徹底的に叩き込まれている。
 寿司屋に入る前にメグは板前として完成していたのだ。そんな人間が修行中の若者たちに混ざったら、それは反感を買うだろう。
 男らしく振る舞うことや、客向けの料理を作らせてもらえないことに絶望し、メグはオカマバーに転職した。そこで働いていた友人に紹介され、僕たちは知り合った。最初、純粋に仕事のパートナーとして雇うつもりだった。
「過酷な労働に就かせるために手籠めにされちゃったの」
 客に馴れ初めを尋ねられるとメグはそう言っておどけるけど、先に抱きついて来たのはメグだ。心に沢山傷を抱えたこの子を幸せに出来るだろうかと何度も自分に問いつつ、僕たちは裸になってお互いの孤独を溶かし合った。
「お前と付き合い始めて、あいつ明るくなったよな」
 友人が言ってくれたその一言が、人生で得た一番大きな勲章だ。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:38| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする