2014年10月11日

邯鄲(その16)

 メグと違い、僕は父親から和紙のことを何も教わらなかった。貴重な技術でもあるし気になって、
「仕事を継がなくて良いの?」
 と聞いたことはある。
「いやぁ……」
 父親は腕を組んで渋った。
「僕、不器用だからやめた方が良いよね?」
「そうじゃねぇ。何だって練習すりゃ上手くなるさ。でも例えばな…… 周平が誰にも作れないような素晴らしい和紙をすいたとするだろう」
「うん」
「それがどんなに画期的で美しい和紙だったとしても、誰も欲しがる人間がいなきゃ売れないんだ」
「そりゃそうだろうね」
「もう少し安けりゃ売れるかと値段を下げるとするだろう」
「うん」
「材料費の方が高くついたら手間賃が出なくなる。そんなのは仕事じゃねぇ。趣味だ」
「趣味……」
「お前がどんなものを作るかじゃなく、お客がどんだけ欲しがるかなんだ。オレはどうにかやってっけど、これから先も手すきの和紙を買う奴がいるか分かんねぇよ」
「需要と供給」
 父親は何も聞こえなかったように続ける。
「絶対やるなとは言わねぇけど、やった方が良いとも言えねぇな」
 父親が理路整然と話すのを聞いたのは初めてだった。たぶんこれが最後になると思う。父に何を聞いても、
「よく分かんねぇからお母さんに聞け」
 が決まり文句になっていた。僕がどれだけ良い成績を取っても自分を優秀だと思えないのは、父親の遺伝子のせいなんじゃないかと疑っていた。けれども父は頭が悪いのではなく、和紙のことしか考えてないだけなのかもしれない。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:38| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする