2014年10月11日

邯鄲(その20)

 おとなしい父と優しい母の間に産まれたのに、意地の悪い宇宙人に遺伝子操作でも受けたのか、咲は少女時代から恐ろしい乱暴者だった。痴漢を通学カバンで殴打して半殺しの目に遭わせたとか、あまり聞きたくない武勇伝が数多ある。
 僕はゲイであることと無関係に、こんな女とは絶対結婚したくないと思うけれど、咲は母譲りの大和撫子風の外見を悪用し、いかにも気の弱そうな、二枚目の旦那を手に入れた。頼りない! 情けない! とブーブー文句を言いつつ、大学生の息子と三人、けっこう円満に暮らしている。
 お通夜もお葬式も、実際の準備は葬儀屋が全てやってくれるので、名ばかり喪主の僕は手持ち無沙汰だ。咲が時々女王のように指示を出す。
「周平さん、ちょっと良いですか?」
「ああ、みっちゃん」
 咲の旦那のみつる君だ。
「お父さんが」
「ぼーっとしてるってね。まだ直ってないんだ」
「このまま認知症になったりしたらと思うと……」
「一時的なものだと思うけどね。お母さんが死ぬ直前まで元気だったんだし」
 みつる君は落ちぶれたアイドル風の、陰のある顔をますます曇らせる。
「奥さんに先立たれたら、立ち直れないですよ。もし咲ちゃんがいなくなったら、俺きっと、生きる気力を失って、働くことも眠ることも出来なくなると思います」
 もし君が先に死んだら、咲は嬉々として葬式の準備をすると思うよ! とはもちろん言わない。みつる君は手で涙をこすった。
「お父さんにはポカリスエットと麦茶を交互に飲ませてます。あとコンビニのおにぎりを食べさせたり」
「ありがとう」
 乱暴者の妹を愛してくれてありがとう。その家族も大切にしてくれてありがとう。
「お父さんのことは俺が見てるんで、周平さんはお母さんのことだけ考えていてください」
「特にやることもないんだけど……」
「仲良かったですもんね」
「うん」
 それは本当に、そうだ。僕は母の影響で本好きになり、文学部に進んだ。大人になってからは面白かった本の情報を交換し合い、時々二人で出かけたりして、プラトニックな恋人みたいだった。
 咲も本好きだけど、母とは趣味が合わないと言う。昔から父親の方に懐いていた。母と僕、父と咲。家族の中に二つのチームがある感じだ。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:34| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする