2014年10月11日

邯鄲(その22)

「母は良妻賢母の鑑のような人でした」
 うちの前に集まった人々が、ズズッ、ズズッと一斉に鼻をすする。
「病気になった後も、家族のことばかり気にかけて、自分の身を嘆いたことは一度もありませんでした」
 ズズッ、ズズッ。オーケストラの指揮者になった気分だ。気の利いたセリフを言うべきだろうかと考えるが、もちろんそんなもの浮かばない。僕は村上春樹じゃないのだ。残念ながら。
「僕たち家族やみなさんが、健康に、楽しく生きることが、何よりの供養になると思います。本日は母のためにお集まりいただき、ありがとうございました」
 お清めの料理が並んだ部屋へ行くと、咲はニヤリと笑って僕の背中を叩いた。
「紋切り型の表現に満ちた、平々凡々としたスピーチをありがとう!」
「おかしなことを言う訳にいかないじゃないか」
「まあしょうがないよね。お母さんの生き方が紋切り型だったんだから」
 母の話になると、必ず咲はトゲのあることを言う。あの優しい人のどこが気に食わないのだろう。自分はそんなにオリジナリティあふれる生き方をしているつもりなんだろうか。
 これからは家事を手伝いに来る必要もないんだ。咲のことは頭から追い払おう。
 咲は中学・高校の同級生が大勢来たため、そこだけ飲み会のようになっている。
「みっちゃん、お酌して!」
「う、うん」
 考えてみると、咲もほとんどこの町から出たことがない。
「かんぱーい!」
「お通夜で乾杯はないよ、咲」
「ギャハハハ」
 みな咲と同じく子育てを終えたおばさんたちだ。若い娘なんてどこにもいない。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:32| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする