2014年10月11日

邯鄲(その24)

「人一人が死ぬというのは大変なことだねぇ」
「お疲れ様、周平」
 僕は喪服のまま、客のふりをしてメグの料理を食べる。
「お父さん、大丈夫なの?」
「昼くらいには立てたって。単なる二日酔いだよ」
「可哀想だね。よっぽど辛かったんだろうね」
 僕は皿に残った輪切り唐辛子をフォークでもてあそびながら言葉を探す。
「実を言うとさ、お母さんが亡くなっても、僕はそんなにショックじゃなかったんだ。長患いだったし、それこそ『お疲れ様』って気分だった」
 僕も、たぶん咲も、心配することから解放されてホッとしていた。
「病気が分かって、手術して、だんだん弱っていって。僕は十年間かけて少しずつ母を失っていった気がする」
「でもお父さんにとってはそうじゃなかったんだろうね」
「もっと家のことをやらせるべきだったのかなぁ」
 何しろ父が作る和紙は高く売れるので、別のことをさせるのはもったいないと思っていたのだ。
「周平だってあたしが死んだら、きっと突然失うんだよ」
 僕は目を丸くしてしまう。
「メグが先に死ぬことなんて考えたことなかった」
 メグは僕より九つも下なのだ。
「おじいさんになったら、メグが作った美味しい離乳食みたいなのを毎日食べさせてもらって、幸福な赤ん坊みたいに死んでいくつもりでいたよ」
「ステキな老後の計画ですわねっ まあ元気でいたらそうするけどさ。人の命なんて分からないじゃん」
 僕は早くに亡くなった昔の恋人を思い出す。メグもたぶん同じことを考えている。
「そう言えば、ごめん。お通夜で初恋の人に会っちゃった」
「佐山竜也だなーっ」
 メグは低い声でうなる。
「よくフルネーム覚えてるね」
「その人から年賀状が来るといつもニヤニヤして見てるでしょっ」
 確かに子どもが五人もいるタツヤくんの年賀状は毎年楽しみだけど、僕が見ているのはやきもちを焼くメグの方だ。
「それにしても、お清めのお寿司が不味くてまいったよ。埼玉の奥地で生の魚なんか食べるもんじゃないね」
 メグは一瞬真顔になり、ぱっと明るく微笑んだ。
「お父さんを励ますために、お寿司作りに行って良い?」
「えっ……」
「別に恋人として紹介しなくていいよ。こんな腕の良い料理人を抱える経営者なんだぞって、お父さんに自慢して」
 僕は時々思うのだ。メグを誰より傷つけているのは僕なんじゃないかと。
「ねっ ダメ?」
「そりゃメグの料理を食べられたら、喜ぶと思うけど……」
「じゃあ決まり! お父さんの体調聞いて、平気そうなら次の定休日に」
posted by 柳屋文芸堂 at 23:30| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする