2014年10月11日

邯鄲(その25)

 店の閉店が夜の十二時だから、休みの日は遅くまで寝るのが普通だ。その日メグは早起きして魚河岸まで仕入れに行った。八時半に池袋で待ち合わせる。僕も眠い。
「良いのあったよ〜」
 メグはジーパンに黒い野球帽とジャンパーで、魚と氷の詰まったカゴをかついでいる。いつもしている薄い化粧も今日は無しだ。
「ねえ、あたし男に見える?」
「うん、格好良いよ」
「えへへ〜 周平に言われると嬉しいな」
「カゴ持とうか?」
「ムリムリ。素人さんに持てる重さじゃありません」
 メグは「重たい物が持てなくなると困るから」という理由で性転換手術やホルモン治療をしていない。女になることより、料理人として最善であることの方が、優先順位が高いらしい。
「そんなに男らしくしなくても良いからね」
「この格好で女っぽかったら変じゃない? そうだ、ボロ出さないよう無口系で行くよ。『自分は……』」
「高倉健になる必要ないって! うちの父親、人のことはそんなに見ないから」
「そうなの?」
「もしメグが和紙で出来てたら細かいところまでチェックされるけどね」
 メグは「ルージュの伝言」の「ママ」を「パパ」に替えてるんるんと歌っていたが、空いた席に座った途端に眠ってしまった。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:27| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする