2014年10月11日

邯鄲(その27)

 食卓には正月みたいに重箱が広げられていた。
「螺鈿の入った豪華なお重があったので使わせてもらいました」
「お母さんが元気な時はこれにおせちを作ってくれたよね……」
 今日、重箱に入っているのはお寿司だ。作業場から父が戻ってくる。
「お父さん、働いてるの?」
「仕事は何の問題もなく出来るんだ。他はボーッ」
 咲は頭の横で指をクルクルさせる。
「何だかあわれだね」
「とにかく食べようよ。メグちゃんありがとう。いただきます!」
 お通夜の時のことがよみがえり、僕は父から目を離さないようにした。父はどんよりした顔でウニの軍艦巻きを口に放り込む。
 目がカッと光った気がした。
「大丈夫?」
 ネタが判別出来ないほど素早く、三つ立て続けに食べる。
「あーっ そんなに急いで食べたらのどにつかえる!」
 言うことを聞かないので羽交い締めだ。それでも気にせず食べる。
「何してるの?」
 僕の攻撃をものともせず、父は目の前の寿司を完食した。
「ねえ、これ美味しいんだけど何?」
「アジのなめろう。アジをお味噌としょうがと一緒に叩いたの」
「ねえお兄ちゃん、玉子焼きとなめろう交換しない?」
 僕は父から腕を外しながら答える。
「メグのお寿司は玉子焼きも絶品だよ」
「うわっ、ほんとだ! 何これ」
「卵は何種類も食べ比べて選んで、父親に教わったダシと、ちょこっとアサツキも入れてる」
「みっちゃんとユウに食べさせたい」
 ユウというのは咲の息子の呼び名だ。
「お寿司は固くなっちゃうからダメだけど、玉子焼きはいっぱい作ったから持っていって。残ったお魚は醤油と味噌で漬けようと思ってるの。どんぶりにしたり、焼いたり出来るように」
「なんて素晴らしい嫁っ」
 メグと咲は楽しそうに、お吸い物と残りのお寿司を食べている。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:25| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする