2014年10月11日

邯鄲(その31)

「お酒飲めないって知らなくて、ごめんなさい」
 メグはしゅんとしていた。
「飲めないというか、飲まないというか」
「お母さんに合わせてたんじゃないの」
「お父さん、大丈夫かな?」
「死んだらまた葬式出せば良いだけじゃん。段取り忘れないうちに」
「お前なー」
 メグは残りの魚を調理するために台所へ行った。僕もついてゆき、迷いのない包丁さばきを映画を見るように鑑賞する。
「インテリ源ちゃんなんて古臭い言葉よく知ってるね」
「うちの父さんが口うるさい客を罵るのによく使ってた」
「なるほど」
 父の親方の正太さんは「インテリ源ちゃん」を褒め言葉として使っていた。伯父の会社が潰れた時に自殺した正太さん。
 当時僕は子どもだったから何も知らない。大人たちがどんな策略を巡らせ、何に悲嘆したのか、今となっては想像するしかない。
 父だけが雑念無しに紙をすき続けた。幸運の女神に守られた家で。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:21| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする