2014年10月11日

邯鄲(その33)

 駅が近づき、咲はようやく泣きやんだ。
「今日はありがとう、メグちゃん」
「ううん。お父さんに会えて嬉しかった。疲れが取れたら、また紙すき頑張ってね」
「家事しながらだからなかなか難しいけど」
 咲も父の技術を残したいと思ったらしく、隣に住んで少しずつ教わっているのだ。
「外国人は和紙を注文して何をするんだろう。やっぱり何か印刷するのかな」
「インテリアに使うんだって。禅の雰囲気を楽しむんでしょ」
「外国人はすぐ禅って言うよね」
「日本文化を表す言葉は禅より『無常』だと思うんだけどな」
「花が散ったり」
「人が死んだり」
「お寿司が腐ったり」
「……」
「お寿司にはそんな思想がこめられてたの?」
 咲はちょっと耳の出っぱった、母親にそっくりな顔を光らせて、ゲラゲラ笑った。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:19| 【中編小説】邯鄲 | 更新情報をチェックする