2014年10月05日

オカマ先生の恋愛レッスン(その2)

 二週間後の夕方に、レストランの最寄り駅で待ち合わせた。
「あーん、本当に来てくれた〜」
 キミヤは両手を頬に当て、顔を真っ赤にして言った。
「馴れ馴れしいメール送っちゃって、迷惑じゃなかった?」
「いえ、別に」
「マルちゃんと食事が出来るなんて、夢みたい〜」
 キミヤは身振りと口調は完全にオネエだが、服装や髪型など、見た目は普通の男だった。パリッとアイロンのかかった白いシャツと、細身の黒いズボン。口さえ開かなければ、割とイイ男だ。
「何も考えずにジーパンはいて来ちゃったけど、ドレスコードに引っかかるかな」
「大丈夫、そんな気取った店じゃないから。でも食材と料理の技術は最高級よ」
 飲み屋に挟まれた、小さな穴のような入り口をくぐると、テーブルクロスのかかったテーブルが五つほど並んでいた。インテリアは古めかしく、フランス料理屋というより洋食屋みたいだ。
「苦手な食べ物はある?」
「ないです」
「それじゃあ、シェフのおまかせで」
 ウニをふんだんに使った前菜。肉のような味がする不思議なきのこ料理。素材の主張をソースが引き立て、どれも個性がはっきりしている。
「メチャクチャ美味いです」
「でしょ!」
「今までの人生でこんな料理食べたことない」
「マルちゃんが気に入ってくれて、あたしも嬉しいわぁ〜」
 驚いたのは料理の味だけではない。店には一切音楽がかかっておらず、その代わりに厨房から間断なく怒鳴り声が聞こえるのだ。
「仲悪いんですかね?」
「そうじゃないと思うわ。みんな料理の職人だから、ちょっと荒っぽいだけよ」
 ステーキを切り分け、フォークを右手に持ち替えて無我夢中で食べていると、キミヤと目が合った。
「すみません。行儀が悪くて」
「ううん、想像通りの食べっぷり。あたし、人が美味しそうにご飯を食べているのを見るのが大好きなの」
 ナイフを優雅に動かしながら、うっとりと目を細める。
「ゲイの友だちはね、
『いくら料理が良くても、雰囲気が全然おしゃれじゃないからイヤッ』
 って付き合ってくれないの」
「私はガサツそうだから平気だと思った」
 意地悪く笑ってみせると、キミヤはナイフとフォークを置いて大袈裟に手を振った。
「違うの! マルちゃんは質実剛健って感じがしたから、この店の魅力を理解してくれるはず、って思って」
「まあ実際ガサツだし」
 キミヤは再びナイフとフォークを握る。絶対に音を立てない。
「何かスポーツをしてるのよね?」
「大学の頃はトライアスロンを」
「ス・テ・キ」
「社会人になってからは忙しくて、水泳しかやってないです」
 ステーキを食べ終え、キミヤはナプキンで口を拭った。何故か目を閉じていて、まつ毛の長さがよく分かる。
「立ち入ったことを聞くようだけど、マルちゃんってレズビアンなの?」
「はあ? そんな風に見えますかね」
「わざと外見を男性的にしているのかなって思って」
 私は顔をしかめた。
「女か…… 女とは付き合いたくないな」
 キミヤはふふふと笑う。
「ずいぶん女を嫌うのね。女なのに」
「友達として付き合うのも面倒だった」
「どこがイヤなの?」
「いつも競争しているところ」
「あら、それじゃあ男と同じじゃないの」
 今度は二人で笑った。
「マルちゃんも、普通に男の人と恋愛するのね」
「別に、男も好きじゃないです」
「ええっ、じゃあ何が好きなの?」
「数学」
 予想外の答えだったらしく、キミヤは一瞬無言になった。
「な、なんで?」
「面白いから。大学も数学科でした」
「キャーッ うっそぉ〜」
 レストランにオネエの悲鳴が響き渡る。厨房の怒鳴り声には慣れっこの常連マダムたちが、一斉にこちらを向いた。キミヤは全く気にしない。
「あたしも数学科出身なの! 今はね、予備校で数学を教えてる。『オカマ先生の数学レッスン』って本も出したのよ」
「へぇ、そりゃすごい」
 オカマ先生って。と思わなくはなかったけれど、大学卒業後も数学の世界で生きているキミヤを、素直に尊敬した。みんながみんな出来ることじゃない。
「あたしの本、今度送るわ」
「楽しみにしてる」
「ああ、これはきっと運命ね!」

 一皿に十種類ほどのタルトや果物が載った、驚異的なデザートを食べ終えると、料理人たちが厨房から出てきた。試合終了後のスポーツ選手のような笑顔をたたえ、一列に並び私たちを見送る。
「今日も素晴らしかったわ、シェフ!」
 常連のマダムたちは感激で料理長にキスせんばかりだ。
「ね、ケンカしていた訳じゃないって、分かったでしょ」
 色々な意味で濃い店だった。キミヤの濃さと、ちょうどぴったり合っていた。
posted by 柳屋文芸堂 at 21:58| 【中編小説】オカマ先生の恋愛レッスン | 更新情報をチェックする