2014年10月05日

オカマ先生の恋愛レッスン(その7)

「突然で悪いんだけど、私、結婚することになったから」
 沈黙。電話線の先にいる母の、困惑が伝わってくる。
「何それ。電撃入籍ってやつ?」
「まあね」
「結婚詐欺ではなく?」
「そうかもね」
 普段はいい加減なくせに、自分の娘のことになると急に鋭くなるからイヤだ。もしかしたら、不安が声に出ているのかもしれない。

「お母さん、許してくれた?」
 キミヤは眉をハの字にして聞く。私はうなずく。
「休み取れたら旦那を連れて来いって」
「会わなくて良かったの?」
「遠いから。父が亡くなった後、姉の嫁ぎ先の近くに引っ越したんだ」
「あたしのしゃべり方を聞いたらびっくりするかしら。男らしく振る舞った方が良い?」
「ニューハーフの番組をわざわざ録画して見るような人だし、歓迎されると思うよ」
「お父さんのお墓にもご挨拶に行きましょうね」
 家族に紹介してもらえないのを、キミヤは寂しく感じているようだった。キミヤを見せたくない訳じゃない。どちらかというと、私を見せたくないのだ。人を信じている私を。裏切られて傷付く私を。

 キミヤの家族にはすぐに会いに行った。予想通りキミヤの実家は金持ちで、両親は洋館風の大きな家に住んでいた。
「こんなにハンサムな女の子と知り合えるなんて、キミヤは本当に運が良いわ……」
 母親はそう言って目尻をぬぐった。自分の息子が普通の男として生きられないことに、幼稚園くらいの頃から気付いていたそうだ。
「乱暴なところがなくて、女の子みたいに育てやすかった。七歳の時にはね、ドレスを着て七五三のお祝いをしたのよ」
 その時の写真を見せてもらった。紺色のロングスカートをはき、薄く化粧までしたキミヤは、疑いの余地なく美少女だった。
「世界名作劇場に出てきそうでしょう」
「ずるい……」
 実を言うと私も七歳の時、ドレスを着る予定だったのだ。しかし試着室を出た途端、母と姉二人に指差されてゲラゲラ笑われた。別に腹は立たない。男の子が罰ゲームで女装させられたような姿を、一番醜いと感じていたのは私だったから。
 あの日、私は女になるのを諦めたのかもしれない。
 いつでも遊びに来てね、と手を振るお母さんにお辞儀をし、夕焼けで赤く染まった道を歩く。
「キミヤはもう女装しないの?」
「似合わないもーん。それに、そういう欲求はそんなに強くないみたい。マルちゃんと同じように、シンプルな服が好きよ」
 もし私の顔が可愛くて、あの時ちゃんとドレスを着こなしていたら、私は女らしくなっていたのだろうか。
「父のことなんだけど…… ごめんね」
「何が?」
 謝る理由が全く分からない。
「一言も口をきかなかったでしょう」
「静かな人だなー って思った」
「父はね、あたしのことを心の底で差別してるの」
 心の底。そこでなら何をしたって構わない……とは言えないな。
「自分をリベラルな人間だと信じているから、自分の中にある差別心に耐えられないの。異質なものに違和感を感じるのは自然なことなのにね」
 困り顏のままキミヤは微笑む。
「それで腫れ物に触るような付き合い方しか出来なくなっちゃった。お互いに」
「うちだって父親とそれほど仲良くなかったよ。けっこう長く単身赴任してて、家にいなかったし」
「あたしの父も」
「私たちの世代の父親って、仕事以外何も出来なかったんじゃないかな。能力というより時間的に」
「せっかく家族なのに、もったいないわよね」
 キミヤは私のてのひらをそっと握った。つながった二つの長い影が揺れている。
「最初に会った時、マルちゃんはあたしを気持ち悪く感じた?」
「全然」
「オネエ言葉も?」
「別に。言語の一つじゃん。スペイン語、博多弁、オネエ言葉。身振りも文化によって変わる。言語の一部だから」
 キミヤは私の腕にしがみついて、ぎゅーっと力を込めた。
「あーっ 嬉しい! あたしは本当にマルちゃんのお嫁さんになるのねっ」
「嫁かよ……」
posted by 柳屋文芸堂 at 21:52| 【中編小説】オカマ先生の恋愛レッスン | 更新情報をチェックする