2013年03月23日

オカマ板前と春樹カフェ(2/49)

 中学二年の頃に、家族の前で大声上げて泣いたことがある。特別酷くいじめられた訳ではなく(あたしに対するいじめは日常の中に組み込まれていた)もうそういう他人の行動はどうでも良くて、分裂した、自分を嫌っている自分に耐え切れなかったのだ。
「手に職さえつければ、男っぽいか女っぽいかなんて関係ないんだよ!」
 そう叫びながら母親は、ぽたぽた涙をこぼした。父親はもっと冷静で、母の言葉を丁寧に説明し直した。
「魚を獲ってきてくれる漁師さんや、イモやニンジンを作ってくれる農家の人たちが大切なのはよく分かるだろう」
「うん……」
 あたしはしゃくりあげ、ハンカチで涙を拭きながら考える。
「魚とか……野菜がないと……みんな飢え死にする」
「ところが人間はわがままというかなんというか、そのままでは魚や野菜を食べられないんだな。口に入れやすい大きさに切ったり、熱を加えて味噌や醤油で味つけしなけりゃならない。それもとびっきり美味しく」
 父さんはそこでパッと花の咲くような、誇り高い笑みを浮かべた
「人間が急に草だけ食べて生きられるようになったら、俺たちは商売上がったりだ。でも決してそうはならない。誰に馬鹿にされようが、美味いものを食わせた奴の勝ちさ」
 ほとんどそれは宗教といっても良かった。しかし納得しやすい教えでもあった。あたしはその日から父親の仕事を真剣に目で盗むようになった。ただの「家の手伝い」ではなく、プロの料理人になるための勉強として。
posted by 柳屋文芸堂 at 01:01| 【中編小説】オカマ板前と春樹カフェ | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。