2013年03月23日

オカマ板前と春樹カフェ(6/49)

 工業団地ががらんどう、ということは、須本くんも引っ越してしまったのだろうか。須本くんのお父さんは、工業団地の中で一番大きな工場を経営していた。
「僕の本当の名前を教えてあげる」
 小さな紙切れに書かれた名前は、韓国か中国か判別出来ないけど、日本人の名前ではなかった。
「どうして自分に二つ名前があるのか、謎が解けたんだ」
 須本くんはカバンから分厚い本を取り出し、小さく振ってみせた。
「相手に本当の名前を知られてしまったら、魔法をかけられる危険がある」
 急に何を言い出すんだろう。魔法?
「僕にはまだ力がないから」
 須本くんとは小学校と中学校で何度も同じクラスになった。抜群に成績が良くて、休み時間には必ず本を読んでいた。校庭へ遊びに出たりせず、友だちとおしゃべりすることもない。あたしがいじめられていても助けてくれなかったし、誰かのいじめに加わることもなかった。
 本のページをめくりながら、楽しそうに微笑んでいるのをよく見かけた。教室にいながら、一人でどこか別の世界に住んでいるみたいだった。
 彼と交わした会話は手で数えられるほど少なく、そのどれもが唐突で噛み合わなかった。
 社会に出て、ちゃんとやっていけてるのかな、須本くんは。他人の心配をしている場合じゃないけど。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:58| 【中編小説】オカマ板前と春樹カフェ | 更新情報をチェックする
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