2013年03月23日

オカマ板前と春樹カフェ(27/49)

「突然いなくなって、どうしたのかと思った」
「ごめんなさい。次の料理を早く出したかったの」
 真実じゃないけど嘘でもない。あたしは大島さんのサンドイッチを周平さんの前に置く。スモーク・サーモンとクレソンとレタス。
「最初、ホースラディッシュが何だか分からなかったんです。調べてみたら西洋のわさびでした」
「へー 僕はてっきり赤かぶのことだと思ってた」
 周平さんは大きく口を開けてパクパク食べてゆく。
「このホースラディッシュを手に入れられなかったので、代わりに伊豆のわさびをバターに練り込んでみました」
「えっ」
 口の動きがゆっくりになる。その時初めて味を気にしたみたいだ。
「違和感がない」
「鮭ですから。魚とわさびの組み合わせは無敵です」
「確かに」
 全て食べ終え手を拭きながら、
「夢中で食べちゃったな。これじゃただの客だ」
 とつぶやいて苦笑している。あたしは昼間のうちに揚げておいたシナモン・ドーナツを持ってきて、紅茶を淹れた。
「ドーナツにはベーキングパウダーで膨らませる『サクッ』としたタイプと、イースト菌で発酵させて作る『ムチッ』としたタイプがあります。羊博士が食べたのは『ムチッ』の方だと思うのですが、イメージ合ってます?」
「ごめん、今は目の前のドーナツのことしか考えられない」
「おあずけ」をさせられている犬の目で周平さんは言う。経営者として振る舞うのは諦めたらしい。あたしは自分のコップにも紅茶を注ぎ、ドーナツを手に取った。周平さんも一緒に食べ始める。
「幸せだなぁ。本当は批評しなきゃいけないんだろうけど、もう『美味しい』しか言えないや」
posted by 柳屋文芸堂 at 00:37| 【中編小説】オカマ板前と春樹カフェ | 更新情報をチェックする
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