2013年03月23日

オカマ板前と春樹カフェ(33/49)

 一月の終わりの風の強い日、周平さんと一緒に不動産屋めぐりをした。
「こんな条件の良い場所、滅多に出ませんよ」
「確かにそうだね。それに紀伊國屋書店に近いのも嬉しいな。二丁目中心に探してもらったけど、実は第一希望は三丁目なんだ」
「じゃあまさにぴったりですよ!」
 不動産屋のお兄さんは「これで決まり」とほくそ笑んだだろう。あたしもその物件で契約するものとばかり思っていた。
 書類を挟んで向かい合った途端、周平さんは渋い顔をした。
「実を言うともう一軒気になっている所があってね、条件はこっちより悪いんだけど、賃料が安いんだ。向こうの方が自分の身の丈に合ってるかなぁ」
 お兄さんは小声になる。
「……大家さんと交渉して、もう少しお安くすることも出来ますよ」
 周平さんはにっこり笑って強めの声で、
「最近は空きテナントが多くて借り手市場なんですよね」
 お兄さんは電話したり店の奥の方へ行ったり慌ただしく動いた後、小さいメモ紙に金額を書いて周平さんに見せた。
「うーん」
「それでギリギリです」
「そうか…… 今日は決められそうにないな。一応電話番号を置いていきます。何かあれば連絡ください」
 これと似たようなやり取りを、三か所の不動産屋で繰り返した。対応した人たちはぬか喜びと失意でヘトヘトになっただろう。
「家賃はこっちが赤字か黒字かに関係なく勝手に引き落とされちゃうからね。なるたけ安く抑えないと」
 心がざわざわしていた。何だろう。周平さんの笑顔が気になる。穏やかで、あたたかい、邪気のない顔。それは本当なのかな。化けの皮を剥いだら、どんな表情が現れるのか。


posted by 柳屋文芸堂 at 00:32| 【中編小説】オカマ板前と春樹カフェ | 更新情報をチェックする
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