2013年03月23日

オカマ板前と春樹カフェ(34/49)

「今日は口数が少ないね。元気ないの? 風邪ひいたりしてない?」
「あたしへの褒め言葉も、全部ウソだったんですか」
「え?」
「今日見に行った空き店舗と同じように、自分の商売のためにあたしの料理も美味しいって言ったんですか」
「いややや、君の料理が不味かったらそもそも雇おうとしないし」
 涙が流れて、鼻水をすすって、自分でも何が言いたいのか分からなくなる。
「感動してるふりをしたんですか」
「そうじゃない。家賃を値切るのは、君のためでもあるんだよ。僕は料理を最優先したいんだ。君が望む食材を、値段を気にせず仕入れたい。結局それがお客さんのためになるし、店のためにもなる」
 分かってる。頭では分かってるんだ。でも泣くのをやめられない。濡れたほおに冷たい風が当たって痛い。あたしは周平さんが止めるのも聞かないで、地下鉄の階段を駆け降りた。改札を通って振り向くと、機械の向こうに周平さんがいた。悲しそうな顔をして、こちらを見ている。あたしはホームに逃げた。周平さんは追いかけて来なかった。
 ベンチに腰かけ、お尻からしんしんと伝ってくる寒さに耐える。臙脂色のコートに涙が転がって染みていく。周平さんの隣を歩くことを考えて選んだ、甘過ぎない中性的なデザインのコート。
 きっとあたしはクビにされる。こんなわがままで扱いにくい料理人、あたしが経営者だったら絶対使いたくない。春樹カフェに立ちのぼるスパゲティを茹でる湯気を思い浮かべて、自分を心底恨んだ。何より強く欲していた場所を、自ら捨てようとしている。
 子どもっぽい、揺れやすい、我慢のきかないこの感情がいけないんだ。大事なものほど、冷静にならなくちゃいけないのに。


posted by 柳屋文芸堂 at 00:31| 【中編小説】オカマ板前と春樹カフェ | 更新情報をチェックする
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