2010年11月29日

大賢者大森賢五郎(その5)

五、沼田歯車製作所

 失業保険をもらいに職安へ行った。川口市の職安は市役所の横の道を奥に入った所にあるので、私の家からもそう遠くない。初めて失業した頃は失業保険の仕組みを知らなかったから、
「失業しましたよ。」
 と一回報告に行きさえすれば、再就職するまで勝手にお金が入って来るのだとばかり思っていた。実際は四週間に一度指定された日時に職安へ書類を出しに行き、失業認定というものを受けなければならなくて、今日がその日だったのだ。現金を渡される訳ではなく、数日後銀行口座に振り込まれる形なのだから「失業保険をもらいに」という言い方はおかしいのかもしれない。けれどあの手続き順番待ちの、どこかわびしい「恵んでもらう」ような感覚に、「失業認定日」というお堅い言葉は似合わない気がするのだ。
 失業三度目、勝手知ったる職安通い、と言いたい所だが、回を重ねる度に増える失業保険受給者の波に、毎回クラクラしてしまう。隣で職員に名を呼ばれるのをじっと待つ、暗い顔したおじさんが、お風呂にしばらく入っていない香りをほのかに漂わせたりすると、さすがの私も闇の重さに押しつぶされそうになる。同じ失業者とはいえ私は求人の年齢制限に引っかかる事はまだないし、簿記とパソコンが出来るから、条件にこだわりさえしなければどこかしら雇ってくれる会社はあるだろう。何より身軽で気楽な独身女、たとえ給料が安くても食べるだけならどうにでもなる。けれど隣のおじさんは違うのだ。年齢、経験、家族に縛られ、身動き取れない苦しみ、痛みが、ヒリヒリと感じられる。
 失業認定を済ませると、川口一のにぎわいを見せる職安の人波をかき分けかき分け、求人票の置いてある一階に降りていく。当分占い一本では暮らしていかれないと分かっていたので、仕事を見つける気ではいるのだが、今まで通りの方法で会社を選ぶべきか悩んでいた。求人票をめくれば、その紙面に差す影、影、影の多い事。こんなご時世、近々つぶれる「私好み」の職場はいくらでもある。しかしそういう就職先の決め方が、会社や社会、さらには自分自身に対しても、いかに無責任で無益であるか、最近ようやく理解するようになったのだ。
 この間倒産した塚沢冷機工業で直属の上司だった経理部長は、非常に有能な女性だった。「冷房の乱」を起こしそうになった事でも分かるように、性格はキツく、ヒステリックな所も多分にあったが、正真正銘の経理のプロとして恥ずかしくない腕を持ち、それを存分に発揮していた。悪口めいた噂によると、彼女は離婚したのをきっかけにこの仕事を始めたのだという。そんな就職理由を聞いたため、また常にイライラしているその態度から、私はてっきり彼女も仕方なく嫌々働いているのだとばかり思っていた。
 彼女「も」というのはつまり、私や彼女を含めたほとんど全ての人々が、暮らしていくためのお金を得るため、仕方なく嫌々ながらも労働に従事している、と考えていたという事だ。けれどあの倒産騒ぎのドタバタの中で、彼女の働く理由はそれだけでないと知った。
 塚沢冷機は大きな会社ではなかったから、労務も庶務も経理部が担当していた。それゆえ他人に仕事を任せられず、何でも一人で背負い込んでしまう経理部長は、会計士さんはもちろん労務士さんなど様々な外部の人との面会を繰り返し、さらにしっちゃかめっちゃかになりつつあった社内の統制にも力を抜かなかった。
 体の調子がどんどん悪くなっているにも関わらず、じきにつぶれる会社のために、何故それ程頑張るのだろう。最初私は不思議に思った。しかも他の社員の背中からは、
「面倒だな。早く終わってくれないかな。」
 というような単純な愚痴っぽい感情しか聞こえないのに、経理部長の内部には愛憎をない交ぜにしたような複雑な思いが渦巻いている。これは一体何なのだろう?
「悔しい……悔しい……チキショウ!」
(え?)
「私の場所、私の仕事、私の、私の、大切な……」
(ええっ?)
 経理部長の心を毎日聞いて、ようやく私も分かり始めた。彼女も就職し立ての頃は、嫌々働いていたのかもしれない。しかし必死の努力が認められ、重要な仕事を任されるようになると、彼女の中に責任感と誇りが生まれた。そして塚沢冷機が「小企業」から「やや大きな小企業」に成長するのを見守るうち、会社に「情」が移ったらしく、それは人間に対して抱くより強い、揺るぎないものになっていた。
 今まさに消え去ろうとしているこの場所で、彼女の心に満ちているのは、給料を得られなくなるという不安や不満では全くなくて、かけがえのないものを失う深い悲しみなのだった。
(男ではなく、会社を愛するなんて!)
 私の人生の中心はあくまで「ダメ男との愛欲の日々」であり、仕事はその「日々」を支えるための、ちょっと手間のかかる付属物でしかない。だから経理部長の生き方にびっくりしたのだが、よく考えてみれば裏切る事にかけて男も会社も同じようなものだ。そして裏切られると知りながら、信じ、愛し、努めるその姿は、愚かであると同時に美しい。
 私はふと、こういう生き方、働き方をしているのは経理部長だけでなく、案外沢山いるのかもしれないと思い始めた。
 例えば歯医者さんは、
「まあいいや、俺の歯じゃないんだし、適当に済ましちゃおう。」
 という気持ちで歯を削ったりはしないだろう。もちろん中にはそういういいかげんなヤブもいるが、おそらくほとんどの歯医者は自分の技術の範囲内で最善を尽くしているのではないか。
 例えば救急車の運転手は、
「まあいいや、手遅れになっても。俺が死ぬ訳じゃないし。」
 と思いながらピーポーピーポー走ってはいないだろう。一分、一秒でも早く病院に着けるよう、端に寄ってくれない自家用車を心底憎みながら、ハンドルを握っているに違いない。
 この二つは確かに人間の肉体や生死に直接関係し、真剣になって当然と言えなくもないが、果たしてこれは特別な例なのだろうか。学校の教師や菓子職人、喫茶店店主に紙切り芸人などは、人々の心を豊かにするために存在する。大工にとび、タクシーやバスの運転手は、人々の暮らしを豊かにするために危険とお近付きになる。もちろん仕事はお金を得るための手段だし、それだけの人もいるだろう。しかし己れの職業に責任と誇りを持ち、その使命の中に喜びを見出す人間こそが、この世界の骨格を担っているのではないか。そしてそんな人々が多ければ多い程、社会は正しくなる気がする。
 そう考えるようになってから、自分の生き方がひどく恥ずかしいものに思えて来た。もちろん昔の男達を愛した事を後悔してはいないけれど、体を壊すくらい一生懸命だった割に、誰一人救えはしなかった。そして事務仕事はあの通り。このままでは近所のクリーニング屋のおやじにさえ顔向け出来やしない。
 もっと真摯に取り組める仕事をしよう。今までも勤務態度は悪くなかったが、ただ惰性で通勤していただけで、経理部長と心構えが根本的に違っていた。自分や周りにとっても有意義であるような、私にしかやれない職業を選ばなければ。
 そして辿り着いた結論が、「占い師」だった。
(これからは占い中心の生活を送るのだから、やっぱりあんまり忙しくない方が良いわね。でも今時完全週休二日で残業のない正社員なんて贅沢な求人はないのだろうな……パートで働くより他ないのかな。)
 条件の合う会社が見つからなかったので、私は求人票のファイルを元に戻し、職安を後にした。
 そのまま一人暮らしをしている部屋には帰らず、実家に向けて自転車をこぎ始めた。特に用事もないのだが、何とはなしに手みやげ持って、ふらりと立ち寄ってみたい気分だったのだ。
 私の生まれ育った家は駅と反対の方角へ自転車で二十分程の所にある。一階が「沼田歯車製作所」という小さな工場になっていて、二階に父と母が住んでいる。
(おみやげは亮平も食べられる物にしなくちゃな……)
 妹は数年前に結婚して、私と同じように川口市内のアパートを借りた。しかし子供が生まれてからは、息子を連れて毎日実家に入り浸っている。亮平というのはその子、つまり私の甥っ子の名前だ。
(自分で産んだのでもないのに、ついつい中心に考えてしまうな。全くガキの力は恐ろしい。)
 朝日町で買い求めたパンを抱え、父が歯車を削る音を右手に聞きながら階段を上ると、ちょうど妹がちゃぶ台でお茶を入れている所だった。
「あ、お姉ちゃん。どうしたの、急に。」
「今日、職安の日だったからさ、何となく寄ってみたの。はい、これ『デイジィ』のパン。」
「お、気が利くね。ありがとう。でも寄るったって、職安から遠いじゃん。今日もチャリでしょ?」
「おう、もちろん。」
「すごいよね、どこまでもどこまでもチャリンコ。高校生みたい。」
 馬鹿にするようにけらけら笑われたって、車も免許も持っていないのだから自転車を使うより他ない。たまに教習所に通うよう勧められたりするのだが、
「一日に三人までひき殺して良いんだったら行くけど。」
 と言えば大抵二度とその話題は出なくなる。こんな薄らぼんやりした女に車なんて運転させたら、それこそ動く凶器だ。
 妹は私と違って運動神経・判断力ともに十分なので、親も安心して高校卒業前に免許を取らせた。今では旦那のワゴンにチャイルドシートをくっつけて乗り回している。
 妹も男好きな点では私と変わらない。しかし私が特定の男との深く重たい関係を好んだのに対し、妹は不特定多数と軽く遊ぶように付き合うのを楽しんだ。そして二十歳を過ぎた頃、相手を生真面目な機械工の男の子一人に絞り、
「男はおとなしいのが一番。」
 などとぬかしてさっさと籍を入れてしまった。
「あっ、亮平ウンチしたでしょっ!」
 妹は素早く豆ちびのおむつを脱がせおしりを拭いた。するとちびはおちんちんを見せたまま、きゃらきゃら笑って走り出す。
「お姉ちゃん、お湯気を付けて!」
「はいよ。」
 私が急須と湯呑みをちゃぶ台の真ん中に寄せる間に、妹はちびを捕らえて新しいおむつに着替えさせた。その動きは昔、妹がバスケット部の選手としてボールを追っかけていた頃を思い出させ、可笑しかった。
「亮平ってば最近ご飯食べてくれなくてさ。でもお姉ちゃんが持って来た物は食べるんだよね。」
「犬も赤ん坊もまずい物は食べないんだよ。」
「ひっどーい! 犬と一緒にした上にまずいって決めないでくれる?」
 妹は私の予知能力を知らない。知る機会はいくらでもあったはずだが、他人の細かな言動を一々気にする女じゃないのだ。だからもう私の軽口など忘れ、一等やわらかなパンを選んで二つに割り、亮平の手に握らせている。
 私が甘い物嫌いだったから、人並み以上に食いしん坊の妹は、おやつに関して一人っ子状態だった。戸棚の中の美味しい物を誰より先に見つけては、家族のために少し残しておこうなんてこれっぽっちも考えず全て平らげる。そんな妹が子供を産み、自分の食事を後回しにして亮平に食べさせようとするのを初めて見た時、ちょっぴり感動してしまった。
「あんたも偉いよね。」
「何が?」
「ちゃんと母親になったんだなあ、って思って。」
「そりゃあ自分で作ったんだもの。育てなきゃ。」
 妹の単純明快な思考の前で、感慨は無力だ。
「あら来てたの。」
 下の工場の片付けを一段落させて茶を飲みに来た母親は、姉さんかむりにしていた手ぬぐいを前掛けのポッケに突っ込み、自分の湯呑み前の座布団に正座した。
「職安の帰りなんだ。」
「どこか良さげな会社は見つかった?」
「近所で事務の正社員、となると難しそう。四トントラックドライバーの求人はいっぱい見るんだけど。」
「お姉ちゃん、人殺しになるのだけはよして。」
「私だって嫌だよ。でも今さら都内に出たくないしなあ……」
「三回も勤め先がつぶれるなんて、きみ子は本当に運が悪いよ。」
 その後は何も言わずに熱い番茶をすすり始めたけれど、母親の丸っこい背中から、
「淳ちゃんにそっくりだわ。」
 という心の声が聞こえて来た。
 淳ちゃんというのはギャンブル好きの叔父の呼び名だ。叔父はいわゆる「住所不定無職」というやつで、金が無くなるとふらりと現れ、どこか他に当てが出来ると、またふらりといなくなる。私の記憶の始まりにいる叔父は、すでにそんな風だった。
 「淳ちゃん」も若い時分はサラリーマンをしていて、職人の父や伯父より羽振りの良い時期もあったらしい。しかし勤め先の出版社がつぶれ、自分で事業を起こしてから、叔父の人生は狂い、歪んだ。素人商売は簡単に行き詰まり、赤字が膨らむ前に放り出したおかげで借金こそ残らなかったが、あの時叔父はお金より大事なものを失ってしまったのだ。
 叔父は私の家に来る度本を買って来てくれた。中でも「ナルニア国ものがたり」のシリーズを全巻そろえてもらったのは、二つの意味で画期的だった。まず子供の小遣いでも買える上、質が高く種類も豊富な「岩波少年文庫」という物語群の存在を知った事。もう一つは、ファンタジーに描かれる空想の世界で心を遊ばせ、生まれて来てしまった不幸を慰める方法を覚えた事。
 叔父は本をくれる時、必ずその物語にまつわる話をしてくれた。例えば「ナルニア国ものがたり」なら、重要な役柄で登場する神的ライオン「アスラン」は、作者C・S・ルイスの思い付きで何もない所から突如生まれた訳でなく、背景にキリスト教やヨーロッパの伝説があり、私がもう少し大きくなったらトールキンの「指輪物語」も読んでみて、どこが同じでどこが違うか比べてみると面白い、というような。
 もちろん叔父は幼い私と対等に文学談義する気はさらさらなく、単にファンタジーについて語り聞かせて自己満足していたのだろう。妹はまだ小さかったし、本の話をする暇があったらお日様の下で駆け回りたい、という至極まっとうな子供であったから、いつも逃げるごとく外に行ってしまった。だから私は一人熱心に耳を傾けた。いや、見つめていた。
 叔父の話以上に私が魅せられていたのは、叔父の背後に広がる深い闇の方だった。
 叔父は無職と言っても人に頼まれればバイトの形で働いたりもしていた。ビニール工場の繁忙期にはよく呼ばれ、現物支給されたレジ用手提げ袋の束が、未使用のまま台所にごっそり積み上げられているのに驚いた事が何度かあった。遅刻もせず、残業を断りもしない一見真面目そうな叔父は、工場の人に気に入られていたのだろう。しかし叔父は工場での労働に価値を見出せなかった。その証拠に稼いだお金をまるで「無かった事」にするかのように、丸々ギャンブルで消してしまった。ビニール袋を作るのだって真剣にやればどこかしらに面白みがあるのだろうが、叔父にはそれが出来なかった。おそらく別の何かを求めるあまり。
 叔父には常にべったりと虚無が張り付いていた。ビニール工場はもちろん、オートレース場にいる時でさえも。父に金をせびる背中に開いた穴の、闇の色の濃さ。
 叔父が虚無から解放され全身を輝かせるのは、私に向かって、と言うより自分自身に対して本の話をしている間だけ。それだけが唯一、叔父を「生ける者」にしていた。
 もしかしたら叔父は、私なんかよりずっと強く、ファンタジーの中の異世界に行ってしまいたかったのではないか。フォーンや巨人やビーバー夫婦が招待され、ごちそうとぶどう酒溢れる「ナルニア国」の大宴会。「指輪物語」の舞台中つ国の、危険な目に遭ったらトム・ボンバディルが助けに来てくれる古い古い森の奥へ。
 まだ寒さの残る三月のある日、叔父は縁もゆかりもない遠い土地で事故死した。前触れのない訪問と同じようにその知らせもひどく唐突で、親戚一同大騒ぎになった。しかし私は罪悪感を感じながらも、ほんの少しほっとしていた。いつもの予知で長生きしないのを知っていたせいもあるけれど、ちょうどその頃思春期だった私は、叔父が家にやって来るのが疎ましくてたまらなくなっていたのだ。父は叔父と違って薄らぼんやりしているし、仕事以外には無関心だから私の体や心の変化に何一つ気が付きはしないだろう。でも生理痛や覚え初めたばかりの恋の苦しさを、叔父なら全部見抜く気がした。死ぬ日時まで盗み見ておいて勝手だが、私のそういう女として生々しい部分を大人の男である叔父にさとられるのは耐え難かった。
 母はいつの間にか叔父に保険を掛けており、事故で死んだためたかられた総額を遥かに上回る保険金が下りた。子供に内緒で手続きを済ましても、当然私の目は誤魔化せない。人の死を元手にご飯を食べるような感じが気持ち悪くて、その後しばらく食欲がなくなった記憶がある。
「お姉ちゃん、パン食べないとなくなっちゃうよ?」
「え? ちょっと、一個しか残ってないじゃない! あんたと亮平で全部食べちゃったの?」
「違うよ。お母さんが一個食べて、お父さんとタケさんのために二個工場へ持って行った。あと一個は仏様。」
「それであんたは最後の一つを食べようか食べまいか迷って、一応私に声をかけた、と。」
「お姉ちゃんは仏様のを食べれば?」
「仏様に乗っかってるのはシナモンロールじゃないのっ。あんな甘いパン私が食べられる訳ないでしょ! 私はこのチーズが中に入ってるのを食べます。」
「なーんだ、ボーっとしていても全部見てたんだ。」
 私の座っている位置から仏様、つまり仏壇に供えられたパンの種類は判別出来ない。妹が大雑把な性格で良かった。ここなら気兼ねなくぞんざいに力を使える。
「お姉ちゃんは食べる事に対して真剣みが足りないのよ。今だって私が慈悲深く聞いてあげなかったら、食べられるパンは一つ残らずなくなってたんだからね。」
「恩着せがましいなあ。大体私が身銭を切って買って来たおみやげじゃないの。気を遣って当然でしょう。失業者の懐には冬の到来を告げる冷たい北風がピューピュー吹いていると言うのに。」
「そんな時にのうのうと遊びに来ちゃうのも問題なの。大飢饉になって死んじゃっても知らないんだから。」
 大飢饉になったら少食も食いしん坊も関係なく飢えるんじゃないか? と思ったが、妹なりに失業続きの姉を心配しているのが分かったので、矛盾を指摘したりせず、
「私は意外にしたたかだから大丈夫だよ。貯金もあるし。」
 とだけ答えた。
 母や妹が不安がるのも無理はない。仕事一辺倒の両親に育てられたのに、私の生き方にはそこはかとなく不埒な所がある。一見真面目そうに見えるから他人はあまり気付かないけれど、さすがに家族はお見通しなのだろう。叔父の「情操教育」に大きな影響を受けているのは間違いない。ダメ男ばかり好きになるのなんて絶対に、「ファザコン」ならぬ「叔父コン」のせいだ。しかし両親や叔父以上に私の人格形成を決定付けたのは、幼稚園に上がるまで私を毎日預かっていた父方の祖母の存在だと思う。
 祖母は沼田歯車製作所から車で十分程の小さな山の上に住んでいた。山のふもとの畑にはおたまじゃくしの泳ぐ小川が流れ、崩れかけのばーちゃんの家は密林と言っても過言ではない鬱蒼とした雑木林に囲まれており、よく蛇の出没する曲がりくねった細い道を登っていかないと辿り着けない。途中で疲れたら太い切り株に座って、蟻んこの観察をしながら休む。そこは植木の町として知られる「あんぎょう」に近いせいか、東京まで目と鼻の先とも思えない、やけに田舎じみた風景の広がる不思議な場所だった。
 ばーちゃんは体裁というものを一切気にせず、夏はヨレヨレのシミーズとグンゼのパンツで庭仕事をし、冬は有りったけの服を体に巻き付け買い物に行く。自給自足こそしていなかったが、世捨て人の雰囲気を強く漂わせていた。そんな人が孫とはいえども子供相手に愛想を振りまいたりするはずもなく、私は大概暗い家の中にほったらかしにされた。
 泣きもしないで耳を澄ますと、いつも風が何かを鳴らしていた。竹や木々の葉が擦れ合う波のような音。戸や窓が揺れる度起こる恐ろしい音。立て付けの悪いトタン板の雨戸は、ガタリガタリと自らを木枠に打ちつけ、茶っぽく煤けたガラス窓はビリリビリリと響き呼応する。時折早鐘みたいにやかましい、一年中出しっぱなしの風鈴。遠くでは鳥の声が聞こえた。夏は蝉、秋は虫の音。
 私はばーちゃんの家での暮らしが気に入っていた。ここにいれば子供の相手も大人の相手もしなくて良い。私はあの能力のせいもあってか、厭世的で人間嫌いの小癪な幼児だった。脳みそが入っているのか疑わしい、乱暴な男の子は嫌いだったし、可愛い服にこだわりお気に入りのポシェットを肩にかけるような、おしゃまな女の子はもっと嫌いだった。甘ったるい声で人を小馬鹿にする大人達は最も不愉快だ。
 ばーちゃんは優しくも怖くもなかった。そして私を子供扱いしなかった。それは何より私の居心地を良くしたけれど、ばーちゃんちの便所だけは最後まで一人で行かれなかった。床板の木にある目の形をした節に睨まれ、「ぼっとん」に落ちるのを想像してはゾッとした。
 ばーちゃんは病気を治すまじないや薬草を色々知っていて、私は定期検診や予防注射以外で病院に行く必要がなかった。「ものもらい」は物をもらえば治ると言い、私はまぶたを腫らせたまま外に出され、窓からばーちゃんの作ってくれた大きな味噌むすびを受け取った。
「全部食べ終わるまで家に入っちゃいけないよ。」
 風に吹かれ立ちんぼで食べる、味噌でベトベトした丸いおむすびは格別美味しかったのを覚えている。
 足の裏に「魚の目」が出来た時には、ゴニョゴニョ呪文を唱えながら噴火口に似た凹みの部分に火の点いたお線香を近付けた。
「このまじないをする日の朝は、魚を食べちゃいけないんだよ。」
 畳の上に寝そべって、小さいながらも痛くて気になるこの変な物が早く取れますようにと祈ると、白檀の甘い煙がやわらかく鼻腔を突いた。
 怪我をしたら家の脇に生える濃緑色の草を一本抜いて火であぶる。葉っぱがふにゃふにゃして来たら、空気中で冷まして傷の上に乗せる。包帯で押さえれば完成。
 足や腰など体の一部が痛くなったら、ムニャムニャ唱えて手を合わせ、仏様の絵柄の付いた小指の先程の小さいお札をゴクリと飲み込む。これはもっぱらばーちゃんが自分自身のために行ったまじないだ。
 思い出していくとキリがない。効果がどれだけあったのかはっきりしないが、悪化させもせず困りもしなかったから、多分あらかた治ったのだろう。二人ともそれだけ頑丈だったと言えばそれまでかもしれないけど。
「きみ子、あの鳥の声を聞いてごらん。」
「なあに?」
「ほら、雨降りぽっぽが鳴いてる。もうじき雨が降るよ。」
 雑木林の奥ではくぐもった声で、山鳩が鳴いていた。
「覚えておいで。カラスがあーや、あーやと悲しげな声で鳴いたら、それは人が死ぬという知らせだよ。」

「雨。」
「え?」
「もうじき雨が降るよ。洗濯物取り込みな。」
「うそだあ。天気予報で雨なんて言ってなかったもん。」
「信じないなら見てごらんなさいよ。」
 妹が窓を開けると、空はどんよりと鈍色に変化していた。
「わー、マジで真っ暗だよ。」
 私も手伝いベランダの角ハンガーを全て部屋に入れ終えた所で、工場前のアスファルトの道に小さい染みが目立ち始め、それらはあっという間に雨水の黒光りに転じた。
「危なかったあ。お姉ちゃんよく気付いたね。」
「雨降りぽっぽが鳴いたのよ。」
「何それ。」
「雨の前に山鳩が鳴くの。デーデデ、ポポーって。ここじゃ聞こえないけどね。」
「天気を当てるなんて、年寄りのおばあさんみたい。よく雨の前は腰が痛くなるとか言うじゃん。」
 妹は笑いながら父親の作業着が乾いているのを確認し、いつも通り荒っぽく畳んだ。
 私が小学校に上がる前にばーちゃんは死んだ。その頃妹は今の亮平くらいだったから、ばーちゃんの姿を直接知らない。死の前日、私はカラスがあーや、あーやと鳴くのを聞こうと、一生懸命耳をそばだてた。しかし工業団地の端に位置する沼田歯車製作所の付近に鳥なんて飛んでいない。鳩はもちろんカラスでさえ、鳴き声を聞くのは不可能なのだ。
 私は死ぬ日を予知していたし、ばーちゃん自身も知っていたような気がする。毎日孫の世話をしながら、「向こう側」に行く準備をしていたのではないか。部屋の中は薄暗かったけれど、あの家に満ちていたのは虚無ではなかった。この世の美しさ、醜さ、喜び、苦しみ、そういった雑多な感覚を離れた、しんと静かな何か。もしかしたらあの家は半分「向こう側」に入っていたのかもしれない。
 ばーちゃんの死は悲しくなかった。それは私に力を与えた。風の立てる音や鳥の声を心に染み渡らせるのと同じように、人間、他者や自分という存在を心に受け入れていくための。
 一つ、奇妙な事があった。ばーちゃんは莫大、とまでは行かないが、庶民らしからぬ遺産を残した。あの貧乏ったらしい生活からは想像の付かない金額に、親戚一同驚いたのだが、その出所を知る者は誰一人としていなかった。
(ともなりさんの過去を読めなかった時、こんなの生まれて初めて、って思ったけど、そういやばーちゃんの過去も分からずじまいなんだよね。「魚の目取り」で稼いでいたのかなあ?)
 沼田三兄弟はその変なお金を仲良く三等分して、伯父は鉄工所の事業拡大、父は生活費と貯金、叔父は放り出した商売の清算とギャンブルに使った。叔父はこの貯金を当てにして父の所にせびりに来ていたのだ。父は元々当人を目の前にすると何も言えなくなるタチだし、何かに付け兄貴風を吹かせる伯父を内心煙たく思っていたから、伯父でなく自分を頼って来るのが少し嬉しかったのだろう。母に内緒で、当然後でバレて叱られるのを覚悟して、お金を出した。でもその貯金も無駄に取って置いた訳じゃない。うちの工場は規模が小さく、借金が出にくい代わりに儲けも少ない。それゆえ私をばーちゃんに預け、夫婦で馬車馬のごとく働かなければならなかった。遺産のおかげで妹は母親の手で普通に育てられた。つまりその貯金は私と妹を一人前にするための大切な資金だったのだ。叔父はそれを減らし、後に増やした。
 こんなのらくら女の私の生は、二つの死の上に成り立っている。いや、焼き魚とか豚汁も数に入れれば、それはもうおびただしい死、死、死の上に。
「ねえ、下の工場で働くのはどうかな?」
「誰が?」
「私が。」
「なーに馬鹿言ってるの! お姉ちゃん超不器用じゃん。歯車削れっこないよ。」
 そうだった。私は生きるのも不器用、手先はさらに不器用、なのだった。
「削れても歯車回らなさそー。」
「確かに。すっかり忘れてたよ。」
「それにうちも経営大変みたいだよ。タケさんのお給金だけでキュウキュウ、ってお母さんたまに愚痴こぼすもん。」
 タケさんは沼田歯車製作所設立当時からいる職人さんだ。伯父と異なり経営に対してからきし能のない父は、タケさん以外に従業員を増やさなかった。叔父に帳簿付けを手伝わせる事はあっても、歯車には触れさせまいと決めていた。仕事は頑固、ダメ男にはだらしない……そうか、遺伝だったのか。
「雨止むまで帰れないから、風呂にでも入るかな。」
「実家を銭湯代わりに使っちゃ駄目だよ。」
「あんただって保育園代わりにしてるくせに。」
「まあね。」
「一人暮らしだとお風呂沸かすの面倒でさ、ついシャワーで済ませちゃう。」
「ねえ、お姉ちゃん。」
「ん?」
「実家が近所で良かったよね、お互い。」
「そうだねえ。お父さんとお母さんがどう思ってるか知らないけどね。」
 本当は知ってる。でも大丈夫。お母さんは愚痴る割に三歩歩いたら忘れるし、お父さんは当人を目の前にすると何も言えないのだから。
 歯車を削るキーンという高い金属音、ここで暮らしていた頃には全く気にもしなかったその響きが、不規則に落ちるやわらかな雨垂れと混ざり合い、私と妹と昼寝中の亮平を包んでいた。
posted by 柳屋文芸堂 at 00:00| 【長編小説】大賢者大森賢五郎 | 更新情報をチェックする