2010年11月28日

大賢者大森賢五郎(その6)

六、大賢者大森賢五郎

 雨も上がったので暇乞いをしアパートに帰って来た。郵便受けが空っぽなのは分かっていたのだが、部屋へ入る前に何となくいつもの癖でふたを開けた。
「えっ?」
 そこには一通の白い封筒があった。寒気が背骨を伝って頭蓋に抜けていく。湯冷めのせいではない。私はそのままの姿勢で動けなくなった。
 空っぽのはず、なのに。
 私は封筒を取らないでそっとふたを元に戻した。やっぱりおかしい。封筒の気配が読み取れない。こんな事今まで一度もなかった。
(ともなりさんの過去も読めなかったし、まさか力が弱まっているんじゃ……「魔女の宅急便」かよ〜!)
 おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。いや、そんな事はどうでも良い。私は再び勢いよくふたを開け、その封筒を手に取った。表書きは無い。裏をめくると封緘されておらず、粘着テープのハクリ紙がペラペラしている。そして差出人の所に、

 大賢者大森賢五郎

 と印が押してあった。くっきりとした太目の黒字で。
(これ、シャチハタ印だ。)
 大急ぎで部屋に入って封筒の口を覗き、白い便箋二枚を引っ張り出した。
(手紙?)
 そこには味も素っ気もないワープロの文字で、こう書かれていた。


   沼田きみ子様

 秋雨の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。
 さて突然ですが、今日はあなたに忠告したいことがあってお手紙を差し上げました。と書いても何のことだかピンと来ないでしょう。
 占いのお仕事のことです。

 あなたはこの秋、川口駅から伸びる橋の上で占いを始めましたね。三度の失恋・三度の失業にくじけたり、いじけたりすることなく、
「自分や周りにとっても有意義であるような職業」
 を捜し求め、前向きに努力するあなたの姿は、まったくもって立派です。

 けれどあなたはご存知でしょうか。
「雇用保険の失業等給付 受給資格者のしおり」の三十三ページを開いてみて下さい。
 そこには「不正受給」つまり、
「本来は、失業等給付の支給を受けることができないにもかかわらず、不正な手段により失業等給付の支給を受けようとすること」
 の例がいくつか示されています。その三番目に、
「自分で営業(自営業)を始めた場合や、会社の役員に就任した(している)場合に、その事実を隠したり、偽って申告する。」
 と書かれてあるのを。

 不正受給が発覚すればただちに失業給付の支給は停止され、全額返還が命じられるなど厳しい処分を受けます。また詐欺罪などにより処罰されることもあるのです。

 確かにあなたの占いの仕事が「自営業」と言えるのかどうか、意見の分かれるところでしょう。店と呼ぶにはあまりにみすぼらしいですし、何より開業以来まだ一銭も稼いでいない。だからあなたは今日も「失業認定申告書」の、
「就職もしくは自営した人又はその予定のある人が記入してください。」
 の欄を何の迷いもなく空欄にしたまま提出しましたね。

 おそらくあなたが不正受給者として罰せられることはないでしょう。川口のハローワーク(あなたは簡単に職安、職安と呼びますが、気持ちだけでも明るくしようとモダンな愛称があるのです)は見ての通りの大忙し。「自営業」とは何か、「職に就く」とはどういうことか、というような哲学的でさえある問いに答えを与えている暇はないのです。どこからどう見ても明らかな不正行為を追いかけるのが精一杯であるに違いありません。

 しかしここで言いたいのは、あなたがそういった危険性に対してあまりに無自覚であるということなのです。あなたは「雇用保険の失業等給付 受給資格者のしおり」等のハローワークで配布された書類をほとんどまともに読んでいませんね。胸をキュンとさせる恋愛小説や、心躍らせる冒険ファンタジーならいくらでも読めるくせに、ちょっとでもお堅い事務的文書になると、
「うわー、めんどくさーい。漢字ばっかり〜」
 なんて言いながら三行で投げ出してしまう。

 あなたには自信があるのですよ。
 どんなに生き方や手先が不器用でも、苦手な分野への根気が皆無だろうと、最後には必ず「あの能力」が自分を守ってくれると無邪気に信じている。あなたは想像したことがありますか? 自分と同程度、あるいはそれ以上の「能力」を持つ者が気配を消してあなたの背中のすぐ後ろまで迫る可能性を。
 今まで無防備でいられたからといって、これからもそれで済むという保証はどこにもないのです。

 差し出がましいとは思いましたが、あなたの心身の安全を考え、あえて苦言を申し上げました。出過ぎた振る舞いをお許し下さい。

 くれぐれも、おのれの力を過信せぬように。

 大賢者大森賢五郎


 最後の「大賢者大森賢五郎」はワープロではなく、封筒の裏と同じシャチハタ印だ。
「な、何これ……」
 全身から力が抜けてゆき、小刻みな震えが止まらない。ばーちゃんちの「ぼっとん便所」の床板、人間の目そっくりに並んだ二つの節目を思い出した。そちらを見てはいけない。でも、つい目を合わせてしまったら。
「ばーちゃーん!」
「床の目なんてどうって事ない。生きてる人間のがよっぽど怖いよ。」
 などとぶつくさ言いながら、便所の戸の前で待っていてくれたっけ。
 泣きべそかいて大声出しても、もうばーちゃんは助けに来てくれない。
(落ち着こう。とりあえず落ち着こう。慌てても落ち着いても結果は同じだ。)
 私は国語の読解力試験を解く時のように、手紙を一行目から丁寧に読み直した。
(最初はよくある時候のあいさつとして、そこから先はまるで、
『お前の情報は丸見えだぞ』
 って誇示するみたいな文章だ。)
 私は大森賢五郎とやらの言う通り、職安でもらった「雇用保険の失業等給付 受給資格者のしおり」の三十三ページを開いてみた。
「あっ、本当だ。」
 そこには不正受給の例が列挙されていた。しかし占いが自営業かどうかという点を除けば、私が引っかかる部分はない。「失業認定申告書」というのは職安で失業認定を受ける時に出す書類の名前なのだが、確かに私は毎回何も考えず適当に書いている。何か問題があれば「あの能力」がちゃんと発動するはずだから。配布された書類を読んでいないのも同じ理由だ。
(うーん、言われてみると、無意識のうちに頼っちゃっているんだなあ。)
「自分と同程度、あるいはそれ以上の『能力』を持つ者」ですぐ私はともなりさんを思い浮かべた。図書館での行動や優子さんの話から考えていくと、予知能力を「気を利かせる」という形で使っている感じがするし、私が「カラマーゾフの兄弟」の背表紙を撫でてボーっとしていた時、「気配を消して」「背中のすぐ後ろまで迫」って来ていた。
(ともなりさんなら、背中の後ろまで近付かれても構わないなあ。むしろ大歓迎。)
 いやいや、いかん。相手がともなりさんだという確証などないのだ。そしてたとえともなりさんを指していたとしても、彼が危険じゃないと言い切れる?
(ダメ男だという時点で、ある意味私にとっては危険だよね。)
 ともなりさんの事を考えていたら、何だかワクワクして来た。「ダメ男のテーマソング」(作詞・作曲沼田きみ子)を歌い出したくなるような。
(ともなりさんがダメ男って決め付けちゃって良いのかなあ。まあ、追い追い解明していきましょう。)
 さて、最大の疑問。それはこの「大賢者大森賢五郎」が何者か、という事だ。私は試しに国語辞典で「賢者」を引いてみた。
「世の移り変りに盲従したり政治の表面に出たりせず、宇宙の哲理を見抜いて静かに暮らす人。」
 そうなのか。私が考えていたのと少し違う。ファンタジー好きな人なら誰でも「賢者」といえば「思慮深い大魔法使い」を思い浮かべるのではないか。「ゲド戦記」のオジオンや、「指輪物語」のガンダルフみたいな。強い魔法の力を持ち、常に遠い未来や世界の真理を見つめ、目先の事にとらわれがちな人々を導いていく。大賢者大森賢五郎もこういう魔法使いの一人?
(私の情報をこれだけ読み取っているのだから、何らかの力は使えるのだろうな。)
 はっと気付いて数日前に郵便受けに入っていたダイレクトメールを座布団の下に隠してみた。封を切らずに捨てるつもりでいた、雑貨やアクセサリーの通信販売の広告だ。
「左下にピアスの六点セット。パール、アクアマリン、アメジスト、ガーネット、ムーンストーン、ブルートパーズ。」
 封筒を破ってちらしを広げると、私が言った通りの順番で若い娘向けの小洒落たピアスが並んでいる。
(やっぱり。私の力が弱まっている訳じゃない。)
 次に大賢者大森賢五郎からの手紙を封筒に戻し座布団の下に置いた。自分で「無い無い」しておいて失くすはずもないのだけれど、自分と手紙の関係がぷっつり切れたような変な感じがする。座布団を持ち上げると、当然封筒はそのまま。
「そうよね、あるわよね。あたり前田のクラッカー。」
 今度はさっきのちらしを大賢者大森賢五郎の白い封筒に入れ、座布団下にはさむ。
 何も、見えない。広告の写真も文章も読めない。私に与えられるのは真っ暗闇。
 無だ。
(この封筒、魔法がかかってる。)
 そこまで真剣に考えて、ふっと可笑しくなってしまった。一人で何やってるんだ私。魔法使い? ファンタジー小説じゃあるまいし、そんなものが身近に現れるはずないじゃないか。
「あはははははははははははは」
 ちょっと待て。今まで考えた事もなかったが、私の持っている力だって常識から考えれば十分変ちくりんなのだ。魔法使いを笑える立場ではない。果たして超能力者というのは世の中にどれだけいるのだろうか。これまでに私が出会った「それっぽい人」は、うちのばーちゃんとともなりさんくらいなものだ。だから漠然と「そう沢山はいないだろう」程度に思っていた。しかし平凡な職人の娘にポコッと生じてしまう力が特別であるいわれはない。他の超能力者達が心理的防壁を築いて天賦の才をひた隠しにしているとしたら……
(実は魔法使いや超能力者なんてウジャウジャいるのか? ひー、商売上がったりだよ!)
 私は自分の能力を見せびらかしもしなければ、厳密に隠しもしないでこれまでやって来た。学校でも会社でも、
「ぼんやりしがちでちょっと変、でも地味で気のいい沼田きみ子さん」
 としてすぐ受け入れられ、それ以上のものを求められたり暴かれたりする事はなかったから。それとてただ単に運が良かっただけかもしれない。異端者を憎しみ込めて攻撃する「普通の人々」がどれ程怖いか、子供の頃の経験で知っている。超能力者は自分の身を守るために何らかの対策を講じる、と考えた方が自然だ。
 そして私は超能力者と超能力者が出会った場合の対処法を知らない。
(まだ遭遇していないだけで、意地悪な超能力者もきっといるよね。嫌だなあ。)
 占いをし、「能力」を人目にさらすのには、あらゆる危険がともなうのだ。
(大賢者から妙な手紙も来ちゃうしね。色々反省出来て良かったけどさ。大森賢五郎……この人が商売を始めるとしたら、「オーケン商会」だな。)
 それにしても、何故シャチハタ印なんだろう? こういう手紙をしょっちゅう出しているのだろうか。そもそも「大賢者」というのはその人を称えて他人が呼ぶ時の言い方であって、自称するものではない。それをわざわざ自分の名前にくっつけてシャチハタ印まで作ってしまうとは、一体どういう了見なんだ。
(余程自信があるか、おちゃめさんかどちらかね。)
 事務員をしていた頃、私はシャチハタ印を心底愛していた。事務仕事にはんこ押しは付き物だが、救いようのないぶきっちょである私は、スタンプ台や朱肉を使う普通のはんこを綺麗に押せたためしがなかった。端が欠けたりインクの付け過ぎで文字がつぶれたり、上司も同僚も、
(どうしてこの人がやるとこうなるんだ。)
 と口に出さずに呆れつつ、私の作った書類を茫然と眺めたものだ。
 シャチハタ印は私でもしっかりくっきりはっきり押せる。美しい印影をまるで自分の手柄のようにうっとりと見つめ、
(会社中のはんこを一つ残らずシャチハタにしてくれたら良いのに。)
 と夢見ながら毎度倒産を待っていた。
 こんな私にも得意な事務がある。それは電卓を使ったちょっとした計算だ。「あの能力」を使えば検算の必要がないし、急ぎの時は電卓を打っている振りをして全部「力」のみで算出したりした。
「はんこは押せないが、計算は速くて正確。」
 これがなければどの会社も、倒産前にクビにされていたかもしれない。
(あの能力がなかったら、ほーんと、ただのダメ人間ね、私。)
 大賢者からの手紙やちらしを片付けたら、これからの行動についてもう一度考えてみよう。
 少ない脳みそカラカラ振って。

 その日の夜も占いをしに駅前へ出た。大賢者大森賢五郎の言葉を思い出すと少しドキドキしたけれど、私にしては珍しいくらい「明るい予感」があったので、そちらを信じる事にした。街灯と花壇の間に折りたたみ式の机を広げ、失業保険の不正受給疑惑を払拭するために作った新しい看板(包装紙の裏)を貼る。
「趣味で占ってます」
 これでどうだ。趣味なら文句あるまい。私はあくまでプロの占い師になるつもりだから、「趣味」という単語を使うのは本当を言うと嫌だった。しかしそれは心意気として大切にすれば良いのであって、失業保険を放棄してまでこだわる程の事でもない気がした。それによくよく考えてみれば、大した経験も積まず「プロの占い師」を自称するのも随分おこがましい話だ。
 駅周辺では夜になると、沢山の路上ミュージシャンが歌を歌い始める。彼らの心中も、
「趣味半分、プロを目指す気持ち半分」
 といった所ではないだろうか。私も彼らと同じく趣味という形で修行しているのだと思えば、デビューの夢を果たすため地方から上京して来たアマチュアバンドの一員になったみたいな素敵な気分だ。
 ビッグになるぜ、俺は!
 故郷へ錦を飾ってやるぜ、ベイビー。
(私の場合、ビッグも錦もどうでも良いんだけどね。実情はドリーマーというより単なる失業者だし。)
 商売上の打算もあった。「趣味」という言葉には素人臭い、不完全、といった悪い印象もあるが、同時に気軽で親しみやすい雰囲気も持っている。占いというのはその存在自体も怪しい上、仕入れ原価があるでなし、適正価格も分かりづらい。だから初めて訪れる人は、ぼったくられたらどうしよう、などと要らぬ心配をして二の足を踏むかもしれない。そんな時、下手に真剣みを出してしゃちほこ張るよりも、
「趣味ですよ。遊びの一つなんですよ。」
 と軽いノリでいた方がお客さんは足を運びやすいのではないか。
 信用に足る占い師として広く認知されるまで、この路線で行こうと決めた。
(まずは私を知ってもらうのが大切だもんね。悪徳占い師なんかじゃないぞ、って。)
 服装もマチコ巻きやサングラスはやめにして、胸当てズボンととっくりのセーターで素朴さを表現してみた。まあこれはただ単に前の格好が寒過ぎたから変えただけ、というのもあるが。
(開店早々リニューアルオープンね。)
 今夜も橋の上の人間達は河の水のように流れていく。改札口からめいめいの家に向かって。その流れの中にカラオケ屋と居酒屋のチラシ配りがたたずんでいる。今日は「手相の人」を一人も見かけない。駅前で何らかの活動をする人は種々いるけれど、毎晩というのはまれで、大抵は不定期だ。夜はポップスバンド系の路上ミュージシャンが最も目に付く。数年前の流行歌やオリジナルソングを歌う若者達が、街灯の光にぼんやりと照らされている。聴衆が数人集まっている所もあれば、ギターとヴォーカルが二人きり空に向かって音を発散させている事も多い。
 前に花壇の脇でやっていた津軽三味線の路上ライブは素晴らしかった。ごつごつした体つきのお兄ちゃんの腕前は絶品で、辺り一帯が黒山の人だかりになっていた。酔っ払いのおっちゃんにワンカップを勧められ苦笑いをしながら、小さなかけ声と共に太い三味線の胴を打つ。紡がれる旋律は力強いのにどこか物悲しい。
 全国を回っていると言っていたから、今ごろは別の空の下であの音を響かせているのだろうか。
 アクセサリー売りもたまに見る。しかし物売りの姿が一番多いのは夕方だ。帰宅ラッシュの人々の財布を目当てに、八百屋や花屋が大声上げる。その派手さをよそに、韓国のおばちゃんが一等地にちょこんと座ってキムチを売っている。
 昼間店を出すのは古本屋。ござの上に雑誌や文庫を広げ、売れるのか売れないのか、茫漠とした表情のおじさんが椅子に座って番をしている。
 竹とんぼ売りなんて珍しいものもある。
「手づくり・よく飛びます」
 と自信たっぷりに赤い文字の看板を出しているのだが、そんな立派な竹とんぼを買って、その後どう活用すれば良いのだろう。
 ここには本当に色々な人がいる。
 配る人、受け取る人、受け取らない人。
 歌う人、演奏する人、聴く人、拍手する人。
 売る人、買う人、ひたすら通り過ぎるだけの人。
 外国人を沢山含んでいるのも川口の特徴だ。日本語でも英語でもない耳慣れぬ言葉にふと目を向けると、東南アジアか南米か、エキゾチックな瞳のお姉さん達が感情たっぷりにおしゃべりしている。ただでさえ大変な異国暮らし、その上こんな不景気で仕事の苦労も少なくなかろうに、彼女達はどの日本人より精力的に見える。
 民族衣装に身を包んだ黒人の集団も二度目撃した。ちっちゃな赤ん坊を抱っこして歩くでっぷりとした女性。彼女を隣で優しく見守る旦那さんらしき男性。何か面白い出来事でもあったのか、楽しそうに大声で笑い合う二、三十人程の人々。みんな美しく装って、橋の上をゆっくり移動してゆく。その様子は幻想の国のお祭りのように蠱惑的だった。
(この町で、私を必要としてくれる人は見つかるかな?)
 ほおづえを突いてぼんやりしていると、そごうの紙袋をぶら下げたおばちゃんが私の目の前でピタッと立ち止まった。地下の食品売り場で買った物でも詰め込んだのか、紙袋はパンパンに膨らんでいる。ニヤニヤしながらどう話しかけようか迷っているみたいだったから、私は心の中で、
「こんばんは。初めまして。」
 とつぶやきつつ笑顔で会釈した。
「ねえ、占いって、何でも占うの?」
 訛りというには大袈裟だけど、ちょっと田舎っぽいのん気な抑揚でおばちゃんは言った。
「はいはい、大きな事から小さな事まで、何でも!」
「じゃあさあ……コレについて聞きたいんだあ。」
 「コレ」の所でおばちゃんは、何かをつかむ形にした右手を腰の辺りに持っていき、手首を使って数回回してみせた。最初私は何だか分からなかったのだが、おばちゃんの心を盗み見てようやく理解した。
「パチンコですね。」
「そう、そう。」
 私は反射的に父の小言を思い出し、「パチンコなんてやめた方が良いですよう。」と言いそうになるのをぐっと我慢して、お客さんの話をちゃんと聞こうと決めた。
「今日は三万勝ったよ。だからこれ、そごうで買い物しちゃった。へへ。」
「それはおめでとうございます。」
「でもよ、この間なんて、十万も負けたよ!」
「駄目ですよ! パチンコでそんなに使っちゃ。」
 しまった。パチンコをするのはお客さんの自由なのに、つい駄目なんて言っちゃった。私が後悔するのも構わず、えへへへ、という感じに笑ったおばちゃんの口から、ギラリと光る銀歯の列が覗いた。
「それしか楽しみないから。」
 私がうなずいて良いものか困っていると、おばちゃんは続けた。
「他に贅沢もしないし、大丈夫よ。でもさあ、ほら、やっぱり勝った方が嬉しいからね。いっぱい出る日とか、出る台とか教えて欲しいのよ。」
「そうですねえ。じゃあ、明日は絶対やらないで下さい。で、明後日は……あの、最近大きいパチンコ屋さんに通ってませんか?」
「よく分かるねえ。そうだよ。開店したばっかりの、天井の高い綺麗な所だよ。」
「そっちじゃなくて、前に通っていた古い小さいパチンコ屋さんに行ってみて下さい。」
「あっちかあ。急に顔出さなくなっちゃってそのままだから、ちょっと行きにくいなあ。」
「久しぶりでも何でも、お客さんが来てくれたら喜びますよ、店員は。そういうのも『げん』が良い感じするでしょ?」
「うん、試しにお嬢ちゃんの言う通りにしてみるよ。ありがとう。で、占いのお代は?」
「お金はいりません。趣味、ですから!」
「ええー、そうなの。何だか悪いねえ。」
 それからおばちゃんは紙袋を持つ手を替え、あまりの荷物の重たさに赤くなったてのひらをしばらく眺めた後、ちらっとこっちを見て照れるように笑んでから、駅の方に消えていった。
 人通りがまばらになった頃、私は店を畳んで家路に就いた。パチンコおばちゃんに続くお客さんは来なかったが、私の気持ちはそこはかとなく高揚していた。
(今日の明るい予感はこれだったのね。)
 優子さんの時より具体的に占いの結果を述べられた。お金を稼がずとも、その達成感が何より私の心を満たしていた。

 その日の夜中の事だ。
 寝床に入って目をつむっても、いつものように眠りの世界にすっと吸い込まれていかなかった。普段は寝付きの良い性質なのだけれど、職安、実家、大賢者、占いと一日慌ただしかったせいで神経が高ぶっているのだろう。無駄に寝返りばかり打ってしまう。
 快い疲れが安眠を誘ってくれますように。
 そう願っても、それが実現しない予感が次第次第に強まってゆく。ああ、嫌だ、やめて。思い出させないで。このひと月、痛みを伴なう追想はせずに済んでいたのに。少し疲れただけで、もう。
 落ちてゆく。いまだ癒えない傷の中に。
 顔のない闇色のお化けが背中をドンと突いたから?
 それとも真っ暗な谷底に自ら望んで飛び込んでいったから?
 覚えているのは、裸足で踏んだ崖の土の感触だけ。

 一番辛かったのは別れの瞬間ではなかった。「最後の電話」を待ち続けた数ヶ月間、その声を何度も何度も心の耳が聞いた。告げられる言葉も、その意味も、日付も、時間も、ベルの回数も、全部知っていた。なのにそれを回避する方法は知らなかった。決定権は全て彼の側にあった。
 それまでべったりくっつき合っていたものが離れてしまうのだ。恋人と別れるのは悲しいに決まっている。「最初の彼氏」「二番目の彼氏」と別れた時だって、そりゃあ苦しみ抜いた。しかし彼らとの終わり方は「愛と憎しみと喧嘩の果て」だったから自分でも納得がいったし、試合終了のゴングが鳴った後のようにスカッと清々しい気分すら味わった。けれど「三番目の彼氏」との関係の破綻は、私達の愛情とは直接関わりのない、変な場所からもたらされた。
「今度うちの会社、××製薬と合併するんだ。」
「ふうん。」
 「三番目の彼氏」は医薬品メーカーで営業の仕事をしていた。この青臭い文学青年が数字を競い合うえげつない世界でどう働いているのか不思議だったが、医者や薬剤師に対する薬の説明が丁寧であるらしく、それなりに信頼されているようだった。
「医療業界も最近厳しくなっててね。」
「今はどの業種も色々大変みたいじゃない。小さい会社にいるとよく分からないけどさ。」
 「業界再編」という単語は知っていた。でもそれは雑誌の見出しに並ぶ流行語の一つとしてであって、具体的に何が行われているのかまるで分かっちゃいなかった。それにその時点で二回倒産を経験していた私は、つぶれる訳でもないのにガタガタ騒いで大企業はのん気なもんだ、くらいに思っていた。
「ねえ、リストラされたりはしないんでしょ?」
「四十代以上の人はされるかもしれない。管理職なんかは特に。でも僕らは大丈夫じゃないかな。いわば最前線に配属されている兵隊だからね。直接企業の業績に響くし、そう簡単に減らせないよ。」
 本当に考えた事もなかった。
 会社の合併が、社会の下っ端にいる私や彼氏にどんな影響を与えるか、なんて。
 「三番目の彼氏」との恋愛は、元々デートや電話の回数が少ない不活発なものだった。それは二人が淡白だったからというのではなくて、単に彼が忙しくて時間を取れなかったのだ。平日は早朝から終電まで働き、休日出勤も度々。その挙句営業は残業代が付かない、と聞いて、
「私だったら三日で辞めちゃうわ。」
 と感嘆を込めて言ったら、
「きみ子ちゃんなら三時間持たないと思うな。」
 と軽く訂正された。
 つまりは時間的・空間的に、細々とした小さいともし火のように危うい関係だった。でも私は気にしていなかった。それは愛情さえしっかりしていれば乗り越えられるものだと信じていたから。
 確かに妙ではあった。「三番目の彼氏」と付き合い始めた時も、「最初の彼氏」「二番目の彼氏」と一緒にいた頃以上に、
「この人といると幸せになれないのだろうな。」
 という予感が強くした。このおとなしい男が一体どんな風に私を不幸にするのだろう、酒乱か? 浮気か? と一応覚悟を決めていたのだが、一向に何も起こらない。彼は優しかった。まるで「愛している」みたいに。
 もしかして、予感が外れて幸せになってしまうんじゃないか。
 もちろん私は彼の心の中に広がる「虚無の湖」の存在を一瞬たりとも忘れはしなかったけど。
 合併の話が出てすぐ、彼と連絡が付かなくなった。それまでは携帯電話の留守電に伝言を残しておけば、数日以内に電話がかかって来た。それがひと月待っても来ない。その時になって気付いた。彼ともう二度と会えない事。あと三回しか電話で話せない事。
 留守電の二ヵ月後、最後から三番目の電話がかかって来た。連絡を取れなかった詫びと、合併後の社内の混乱が一方的に語られ、ただちに切れた。すでに声の感じが微妙に変わっている。ああ、やっぱりもう手遅れだ。またもや相手も自分も幸福に出来なかった事実を知り、私は愕然とした。他に女が出来たのを隠している、そういう嘘の声ならいっそ健康的で良かったのに。
 虚無の湖。いや違う、墨より黒い湖水は、銀色の光を放つ砂を吸い、彼の体を飲み込んで、虚無の海に成長していた。もはや地平線の彼方まで虚無しかない。ああ、水かさが上がっていく。濃いスミレ色の空も、いずれ消える。 
 虚無に包まれてしまえば、喜びを失う分、苦しみも感じなくなる。合併後の仕事はそんなに辛かったのか。辛かったら何故逃げなかったのだろう。とにかく彼は仕事を辞めるという選択肢を選ぶ代わりに、心を閉ざす道を選んだ。ずっと優等生として生きてきた彼の頭に「退職」なんて単語はなかったのか。おそらく彼が「あたかも普通の人であるかのように」生きるために、「サラリーマン」という肩書きは重要であったのだろう。ここで役を降りてしまったら、もう二度と元に戻れなくなってしまう。本当のダメ男になってしまう。そんな恐怖の中、優先順位の下の方にいる私はいつの間にかあっさりと、切り捨てられた。
「きみ子ちゃんを幸せにする自信がないんだ。」
 数ヶ月間の悲しみと拒食の日々の果て、最後の電話がこう告げた。幸せにして欲しかったんじゃないのに。ただたまに会って、手をつないでくれたりしたら、それで良かったのに。言いたい言葉があふれそうになって唇が震えた。歯がカチカチ鳴った。でも何も言わなかった。
 電話の相手は「彼氏」でなく「虚無」なのだ。言葉も感情も暗闇に捨てるだけの。
 私が何度も思い出すのは、この「最後の電話」でなく「最後から二番目の電話」だ。それは深夜と早朝の間くらいのとにかく非常識な時間に、突然かかって来た。私はきっちり五秒前に目を覚まし、一つ目のベルが鳴り終わる前に受話器を取った。
「はい、沼田です。」
「きみ子ちゃん? きみ子ちゃん? 本当にきみ子ちゃん?」
 予想通り彼は錯乱していたが、声は虚無にさらわれる前のままだった。
「は? 寝ぼけてんの?」
 神様が与えてくれた最後のチャンスなのかな、とぼんやり思いながら、こんな受け答えしか出来なかった。
「手がヌルヌルするんだ。しっかり握ろうとするんだけど、重くてすべる……僕は上手くやったのかな。斧なんて生まれて初めて持ったから、どう使ったら良いのかよく分からなくて……」
「何? 木こりにでもなったの?」
 うふふふふ。ねえ、笑って。笑ってよ。何であなたの前には血まみれの私がいるの。早く柄を伝って滴り落ちる赤い液体を拭かなくちゃ。斧を足の上に落としたりしたら危ないよ?
「きみ子ちゃんは、元気、なのかな。」
「元気よ、私は元気、とっても! 頭なんて痛くないし、貧血も起こしてないし、ほら、血なんて毎月いっぱい出してるからさ、このくらいじゃ平気! なーんて事ない。」
 本当は拒食症で牛乳と野菜ジュース以外口に入らなくなっていた。そのせいで生理も遅れ気味になっていたけど、嘘も方便、というやつだ。
「だから大丈夫。」
「……」
「もしもし?」
 それからしばらく沈黙が続いた。電話は通じている。その場を離れた様子もないし、再び眠ってしまったのか。
「おーい。電話が切れてませんよ〜」
「……あ、きみ子ちゃん、どうしたの。」
 どうしたもこうしたも。勝手な男め。
「でも良かった。なんか変な夢見ちゃって。あれ、どんなのだっけ……。そうだそうだ、思い出した。怒らないで聞いてね。」
「うん。怒らないよ。」
 あなたが何をしたって、私は怒らない。
「きみ子ちゃんがね、死んじゃう夢を見たんだ。」

「それ、あんたが長生きするって証拠よ。」
 低い見知らぬ声が坊さんのお経みたいに部屋中に響いて、私は飛び起きた。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:58| 【長編小説】大賢者大森賢五郎 | 更新情報をチェックする