2010年11月28日

大賢者大森賢五郎(その7)

七、大賢者大森賢五郎(フルカラー)

 声の主はパチンコ屋の新装開店の時並べられる花輪に似た派手な背もたれ付きの椅子に座ってこちらを見ていた。紫の毛皮を肩に掛け、レモンイエローの透け透けスカートから赤い網タイツの足が覗き、その先にはラメ入りの黒い厚底サンダルがキラキラ光っている。頭のてっぺんには黄緑のトサカみたいな大きな羽根飾り。
 格好は一応女だ。しかし声と顔と体付きは、どう見ても、男。
「あなた、もしかして大賢者大森賢五郎?」
「そうよ。こんな姿で出て来るつもりはなかったのだけど。」
 きつくつり上がった瞳は水色のアイシャドウで彩られ、艶めかしいワインレッドの唇は魔物じみている。そして貴金属ジャラジャラの腕の中、「?」マークの形に曲がった金色の爪が撫でているのは……
「それ、優子さんの!」
 エメラルドグリーンの目をした白いペルシャ猫「ジルベール」だ。
「よく気付いたわね。」
「事情がいまいち飲み込めない……ええっと、何か言うべき事があったはず……そうだ! 人の事不正受給だ何だって言っておいて、そっちこそ不法侵入じゃないの。こんな夜中に突然!」
「周りをよく見てごらんなさい。」
「え……ああーっ!」
 さっきまで自分の部屋で寝ていたはずなのに。そこは見知らぬ古い和室だった。
「あなたが私をここに連れて来たの?」
「違うわよ。勝手に誘拐犯扱いしないで頂戴。」
「じゃあ……」
「さすがの私も驚いたわ。瞬間移動まですると思わなかったから。」
「ここ、優子さんの占いで見た『猫を見つけるきっかけになる場所』よね。」
 斧で脳天かち割られたりして混乱していたが、ようやく色々分かり始めた。初めて優子さんに会った夜、私は猫の居場所をはっきり突き止められなかった。しかし「時期が来れば絶対に見つかる」という確信だけは強くあったので、「祝福されているから大丈夫」なんて曖昧な言葉でどうにか安心させようとした。あの時感じた「時期」というのが今なのだ。この日が来るまで大賢者大森賢五郎が猫を隠していた、と考えればつじつまが合う。
「沼田きみ子さん」
「はい。」
「自分がとても危険な状態にあるって事、分かってる?」
「そりゃあこんな変な人と二人っきりというのは不安だけど、先に手紙も来ていたし、何か起こりそうな予感はしていたからねえ。」
「私の事は関係ないの。あんたの能力について言ってるの。その力、どんどん強力になってるわよ。」
「えっ、そうなの? 昼間なんててっきり弱まってるんじゃないかって勘違いしたのに。」
「そうでなければ瞬間移動するはずないでしょう。今までにそういう経験は?」
 確かに予知や透視と違って意識的にやったためしはない。ただぼーっとしている間に全然知らない場所に来ていた、というのは何度かあった気がする。あれは超能力だったのか、それとも単なるボケ徘徊か。
「よく分からない。でもこれってうまく使えば『どこでもドア』だよね。すごいなあ。交通費浮かせられるよ。」
「あんたはどうしてそんなにのん気なのっ!」
 大賢者大森賢五郎はカッと目を見開いて怒鳴った。その顔はぼっとん便所の床板の百倍くらい恐ろしい。その上おばさんみたいなおじさんの声は低いのによく響くのだ。
「大体ねえ、その力の源を知っているの?」
「えー……牛乳とか?」
「全っ然、違います。あんたは『このあたり』に見えない袋が付いているのよ。」
 「このあたり」の所で大賢者大森賢五郎は自分の後頭部を指差し、「?」マークの形に曲がった爪をクルクル回してみせた。
「その袋はね、普通頭の中に収まっているべきものなの。それが大きくなり過ぎて頭からはみ出ちゃってる。何故そうなったのかは知らないわ。まあ体質みたいなものでしょう。こむらがえりになりやすいとか、扁桃腺がすぐ腫れるとか、誰にだってあるものね。あんたはその袋を膨らませやすい性質を持って生まれて来たのよ。」
「はあ……。」
 血が出たり袋が出たり、随分型破りな頭だ。そのうち花が咲くかもしれない。
「その袋の役目を教えてあげましょう。袋の中はね、死者の魂や失われたはずの愛情を生き返らせるための空間になっているの。あんたいつも昔の事しか考えてないでしょう。死んだ人や別れた男の思い出ばかり。」
 それは認めざるを得ない。私はうなだれるようにうなずいた。
「もともと袋が大きいから、ついその中に詰まっている過去に意識が行ってしまう。そうしてそこで過去の人間の記憶を何度も何度もなぞれば、当然また袋は膨らむ。それの繰り返し。国の借金とか、不況の原因と同じような理屈ね。」
 「三番目の彼氏」の性格と文学の関係にも似ている。人を落とし入れるものの構造なんてみな同じなのかもしれない。
「まあ袋が際限なく肥大しているのは分かったわ。でもその袋と超能力と何の関係があるの。」
「言ったでしょう、その袋は頭の外に出ていちゃいけないものなのよ。袋自体は珍しくも何ともなくて、誰もが失われたものを慈しみ悼み葬り去るために使っている。夢見がちな人が空想を広げる場所でもあるわ。」
 私はふと叔父を思った。ファンタジー小説の異世界に憧れ、ギャンブルで大金を手にする日をいつも夢想していた。叔父もおそらく「袋肥大症」だったのだ。
「その袋が本人一人の身体の枠を超えて外気に触れると、全く関係のない人間の過去や未来や心の闇を吸い寄せてしまうの。子供の頃は巧く制御出来ずに何もかも見たり聞いたりしてしまったでしょう。」
「でも今はちゃんと欲しい情報以外には近付かないように心掛けているよ。」
「確かに能力を使う事に関しては大分意識的になったわね。私の手紙でも反省してくれたようだし。でもまだ無意識のうちに袋を膨らませるのがどんなに恐ろしいか理解していない。」
「この能力が強まり過ぎると困るの?」
「まずは悪用される恐れがあるわね。優子さんからの誘いを断ったのは立派だったわ。株で派手に儲けたりしたらどうなるか。大企業やヤクザからあっという間に目を付けられて、のんびりした日常はズタズタに壊される。」
「それくらいの危険性は予知出来るから……まあ三文ドラマ的展開として予想付くよね、『能力』が無くても。」
「本当に怖いのはそんな事じゃあない。あんた、これ以上あの袋に意識を飛ばし過ぎると、こちら側に戻って来られなくなるわよ。」
「こちら側?」
「袋、袋と言っても胃袋や玉袋と訳が違うの。本来なら人の体の中に収まっているものだけれど、そこは一種の異世界になっていてね、持ち運び可能な「向こう側」とでも言えば良いかしら。」
「今日の瞬間移動もそこを経由したのかな。」
 大賢者大森賢五郎は頭のてっぺんのトサカと一緒に重々しく首を縦に振った。
「私達は混沌から生まれ、死の力で再び混沌に帰っていく。それゆえあたかも整然と秩序立っているかのように見えるこの世界で暮らしていても、混沌を入れる袋をぶら下げていなければ生きていかれない。」
「そうしてその袋にかかずらわって夢中になると……」
「永遠に混沌の世界の住人になってしまう。」
「そうなったらそうなったで別に構わないけど。」
「もおおおっ! あんたがそういう風にいっつもフワフワしているから心配して来てやったんでしょう。ちったあ感謝して考えを改めなさい。」
 何でこのオカメインコのお化けみたいなおばさん(おじさん?)にこんな偉そうに説教されなければならないのか。
「オカメインコ、ですって?」
「ちょっと、勝手に心の中読み取らないでよう。」
「ほら、そうやっていつもスキだらけ! 私は無能な人間に説教垂れたりしません。その才能を有効に使って欲しいからこそうるさく言うのです。あんただって『自分や周りにとっても有意義であるような職業』に就きたい、なんて殊勝な決意をしていたじゃないの。立派な人間になりたいんでしょう?」
「それはまあ、もちろん。」
 今まで誰も救えなかったから。自分も、愛した人さえも。
「だったら私の言う事を素直に聞きなさい。まずこれ以上過去に囚われないよう気を付ける。自分の力を意識的に見つめれば必ず出来るはずよ。」
 この私が昔の男の記憶に頼らず生きていかれるのだろうか。例えば心が弱った時、私は知らず知らずのうちに「二番目の彼氏」の匂いを思い出してしまう。彼は体が病弱なせいか男性的魅力とは無縁で、その代わり妖艶な中性的雰囲気があった。二の腕も太ももも細っこくて生っ白くて、私は暇さえあればその滑らかな肌を撫でた。そうして胸に顔を埋め思う存分息を吸う。すると男になりたくてなり切れなかったような悲しい香りが胸いっぱいに……
「だあああっ! 言ってるそばから意識を飛ばすなあっ。」
「あっ。つ、つい。」
「とにかく、過去を思い出す回数が多過ぎます。甘い感傷を全て捨て去れっていうんじゃないの。現実と対峙する時は、袋の中に逃げない。能力に頼り過ぎない。油断しない。そうして安全を確保したら、袋の中身を眺めてもよろしい。ただし宝物を扱うように大切に。分かった?」
「はい、以後気を付けます。」
「普通の人間はね、『今』に夢中なの。あんたは予知能力があるくせに『過去』に夢中。でも本当に正しい人間になりたいのなら、袋に振り回されたりしないで、『過去』も『今』も『未来』も『現実』も『空想』も平等に真っ直ぐ見つめなければ。」
 大賢者大森賢五郎。確かにあなたは大賢者にふさわしい偉大な考えの持ち主だわ。だけど……
「何で女装しているのかって?」
「わあー。また読まれてるし。」
「私だってこんな姿で現れるつもりじゃなかったわよ! この体と服装はね、あんたの袋の中から借りたの。」
「つまり私の袋に残っていた記憶の中にそういう変な格好をした人がいた、と。うーん、覚えてないなあ……。」
「選ぶの大変だったわ。だって昔の男の格好で出て来たら何されるか分からないものね。貞操の危機ってやつかしら。そうそう言い忘れた。『私は私であって私でない。大賢者大森賢五郎だけれど大賢者大森賢五郎は別にいる。』」
「はあ?」
 なぞなぞは苦手、そう言おうとする私を無視し、おじさんなのかおばさんなのか大賢者大森賢五郎なのかさえ分からなくなって来たその人は、優子さんの飼い猫「ジルベール」を私に差し出した。
「ほら、受け取りなさいよ。探していたんでしょう?」
「い、いや、犬は好きなんだけどね、猫はどう持てば良いのか。首根っこつかむの?」
「馬鹿たれ。普通に抱っこすれば良いの。」
 ジルベールは「一瞥くれてやる」という感じにちらりとこちらを見て、すぐに大賢者大森賢五郎の方に向きを戻し目をつむってしまった。
「猫も赤ん坊も怪しい人間には近付かないのよ。」
「赤い網タイツはいてるおじさんに言われたくないな。」
 おっかなびっくり手を出しても、なかなかジルベールは素直に抱っこされてくれない。大賢者大森賢五郎はその様子を見て楽しそうにフフフフと笑った。
「あら、もうそろそろ時間だわ。」
 黄緑の大きな羽根飾りを揺らして遠くを眺め、軽くうなずいた。あれ、この光景はどこかで見た気がする。その心を読んだのか、大賢者大森賢五郎は私の瞳をじっと見すえた。
「ねえ。私達、よく似ていると思わない?」

「……師さん。………み子さん。」
 遠くで男の人の声がする。何だろう、良い気持ちだな。ああ、ばーちゃんちにいるんだっけ。雑木林から色々聞こえて来る。
 ざざん、ざざん。
 あれは竹の葉の立てる音。
 ききい、きい。
 甲高い声で知らない鳥が鳴く。
 ねえ、お願い。名前を教えて。
「占い師さん。沼田きみ子さん。」
「はっ、しまった。今、ふ、袋。袋の中に行っちゃったわよ。」
「どうしたの? そんな急に起き上がったら貧血起こすよ。」
「ああーそうだったー。」
 真っ暗。拒食症で痩せこけてから立ちくらみを起こしやすくなっていたのをすっかり忘れていた。目が見えない。耳も膜が張ったよう。脳の中にあかりがともったのか、思考だけがはっきりして来る。このすぐそばにいる男の人は、ともなりさん?
「大丈夫? もうしばらく寝ていた方が良いよ。」
 ようやく正常に戻って来た私の視界を、ともなりさんの整った顔が大きく占める。
(味気ないくらい綺麗な顔だなあ。肌にニキビ痕一つないのも憎らしいわねえ。)
「こういう時『僕の顔に何か付いてる?』って聞かなきゃいけないのかなあ。」
「私は『口の周りにアンコがいっぱいくっついてるわ。』って答えるの?」
「えっ、本当に? アンコなんて食べなかったよ。」
「自分でボケといて本気にしないでよ。」
 ともなりさんは不思議そうに私を眺めた。こんな状況で不思議がられたって。
「ここ、どこ?」
「川口駅の西口にある家の中。そう、前に本を借りた横曽根図書館の近くだよ。」
「じゃあ……」
「駄目だよ。まだ動かない方が良いって。」
 ともなりさんに制されて寝転がったまま辺りを見回すと、そこは大賢者大森賢五郎と会ったあの和室だった。
「猫はどうなったのかしら。」
「ああ、ジルベールだね。ほら、いるよ。おいで。」
 ともなりさんが呼びかける方向に目を向けると、白いペルシャ猫が軽い足取りで走り寄って来て、抱かれるのが当然であるみたいにともなりさんの腕の中にすっと収まった。
「それにしても驚いたな。ようやく家を見つけた、と思って戸の隙間から覗いてみたら、占い師さんが寝ているんだもの。」
「……どういう事?」
「図書館で話を聞いてから気になってね、このところ家探しをバイトに行く前の日課にしていたんだ。」
 偶然にしては「理由」が出来過ぎなんじゃないの、と思ったが、あまりの目まぐるしさに深く追求する元気もない。
 そんな事より、ともなりさんとのんびり話せるのが嬉しかった。たとえその存在が大賢者大森賢五郎と同じくらい不可解でも。
(男の人と二人っきりになるなんて何ヶ月振りだろう。彼氏じゃないって分かっていても、何となく幸せになるものだな。)
 独りぼっちで平気なような顔をして暮らして来たけれど、本当は心細かったのかもしれない。自覚もままならない程、寂しさは私の日常に馴染んでしまっている。
(これで「きみ子ちゃん」って呼んでくれたら最高なんだけどなあ。)
 私は呼び捨てよりもこの甘ったるい呼び方が好きで、三人の昔の男達にも強要して来た。しかしいくら何でも数回おしゃべりしただけの人にお願いするのは恥ずかしい。
 今度は急に血が下がらないよう気を付けて、私はゆっくり身を起こした。
「もう平気なの? 占い師さん。」
「ねえ、ともなりさん。『占い師さん』って呼び方はさ、ほら、ねえ、アレだから。」
「アレだから?」
 アレって何だよ。自分に自分でツッコミを入れて私はうつむいた。顔がほてる。ともなりさんは察しが良いからすぐに気付いてしまう、と思うと首から上がぐんぐん熱くなる。
「……沼田さんって呼んで欲しいの。」
「そっか、そうだよね。みんな一人一人に違う名前が付いているんだものね。うん、名前は大切にしよう。」
 ともなりさんにもあの能力があるとしたら、心の中を全部見られているのだ。そうだとしたら、決まり悪いような、安心するような。ともなりさんは私の気持ちを知ってか知らずか「もっともだ、もっともだ」と言わんばかりに何度も首を縦に振った。
「さーて、家に帰らなくっちゃね。」
「さっそくだけど、沼田さん。自分が今どんな格好をしているか、知ってる?」
「え……ああっ。」
 当然と言えば当然なのだが、昨日の夜自分の部屋で布団に入った時のまま、中学校の家庭科の授業で作ったねまきを着ていた。白と黒の牛柄で、手先の不器用な私が縫った上に長い年月にさらされて、どこもかしこもヨレヨレしている。さらにはボタン穴もユルユルなため、上二つと下二つが外れヘソ出し半裸、おっぱいがデカけりゃ見えている所だ。
「ど、どうしよう。このままじゃ帰れないよう。」
「そういう事もあろうかと、ちゃんと用意して来たよ!」
 ともなりさんはジルベールをそっと畳の上に下ろし、大層嬉しそうに淡いピンクのツーピースを広げてみせた。

「子供の手を引いて幼稚園の入園式に向かうママ、って感じね。」
 ともなりさんが持って来てくれた洋服に着替えてみると、肩も腹も腰もぴったりだった。ただおっぱいが限りなく「無」に近いせいでプカプカ浮いてしまう胸辺りの布が多少気になった。
「これ、僕のおばあさんのスーツなんだ。」
「へー、こんな明るい色を選ぶなんて随分モダンな人だね。」
 胸元には服と同じ生地で作った花飾りまで付いている。
「うちのばーちゃんと大違い。」
「沼田さんのおばあさんはどんな人?」
「『剣と魔法の世界』の登場人物にたとえるなら、人里離れた山奥に暮らす偏屈な魔女、だわね。私が子供の頃死んじゃったけど。ともなりさんのおばあさんも魚の目取りのまじないをしたりした?」
「僕のおばあさんはそんなに怪しくなかったな。」
「ひとんちのばーさんを怪しいって言うなよ。」
 ともなりさんはジルベール、私は脱いだねまきを抱えて外に出ると、占いで見えたそのままの風景が目の前に開けた。
「白いパラボラアンテナに、赤い花。」
「これはつる薔薇だね。ちょうど盛りだ。」
「しかし悔しいなあ。何でこの間は見つけられなかったんだろう。」
 大賢者大森賢五郎の陰謀、と言えばそれまでだが。
「沼田さん。ここの正確な位置、分かる?」
「この道には来なかったな……ああっ、この香り!」
 私は不意に吸い込んでしまった甘ったるい空気に耐え切れず、顔をしかめた。
「そう。お菓子工場のすぐそばだよ。少し奥まっているけどね。」
 甘い香りで私の力をかき乱すとは、敵も然る者、味なもの。
「そう言えば、図書館で借りた本は読み終わった?」
「いや、それが。」
「僕はもう全部読んで返しちゃったよ。」
「私も恋愛小説と岩波少年文庫はとっくに。でも占いの本がねー」
 また大賢者大森賢五郎に叱られそうだが、占いの説明を読んでいるとどうしても眠くなってしまうのだ。
「沼田さんは占いの本なんて読まなくても良いんじゃないかな。手相もタロットも未来予想の手掛かりでしかないと思うんだよね。何もしなくてもいきなり全部見えちゃうんでしょ?」
「うん。体質的なものらしい。」
「そういう人は占いの技術より、自分を制御する方法を覚えた方が良いよ。例えば、座禅を組んでみるとか。」
「ええっ! 木の板でバシバシ叩かれるの嫌だ〜。」
「肩こりが治りそう。」
「私の場合、何をしたって雑念を捨て去ったり出来ないよ。でもこのまま能力が強くなると、そのうち額からビームが出ちゃうかもね。」
「夜道を一人で歩く時便利そう。」
 くだらない話をしながら寂れた商店街を駅に向かって歩いてゆき、十分程で優子さんの住むマンションにたどり着いた。
「うわー、オートロックだ。私これ苦手なんだよね。みんなどうやって開けているの?」
「インターホンで優子さんに頼んでも良いし、誰か出て来て開いた所をすっと入り込む人もいるよ。泥棒みたいだけど。」
「住人の頭の中から暗証番号を読み取れば簡単よね。でもそんなやり方普通の人はしないだろうしなあ、って毎回悩んじゃう。」
「何やらせても不器用なんだねえ、沼田さんは。」
 ともなりさんが優子さんに連絡してくれて、私達はジルベールを無事帰宅させる事が出来た。二人そろっての突然の訪問に優子さんはびっくりしていたけれど、真っ白いペルシャ猫との再会を果たすと私達の姿は目に入らなくなってしまった。だから私達はジルベール発見の経緯や大賢者大森賢五郎の話を一切せずに、マンションを後にした。
「優子さん泣いていたね。」
「めでたし、めでたし、だ。」
 川口駅構内を抜け東口に出ても「それじゃあ、またね」の一言がなかなか言えなかった。ともなりさんも帰りたい素振りを全く見せなかったので、私達はそごうに向かって伸びる橋の上で立ち尽くした。
 さすがにちょっと気まずいくらいの沈黙が続いた後、ともなりさんは独り言みたいに小さくつぶやいた。
「これで安心して……」
「え?」
「何でもない。」
 思わせぶりな態度なんて私には効果なしなんだから。額からビームを出す程の強い力で、何もかも、見えてしまう。
 近い将来二人の間に起こるであろう出来事から目をそむけるように、橋の下に広がる薄ぼけた街並をじっと眺めた。
posted by 柳屋文芸堂 at 23:51| 【長編小説】大賢者大森賢五郎 | 更新情報をチェックする