2010年08月04日

たわむれ(その11)

 自然発生した短歌(のようなもの)をながめてみると、精神、特にその病的な部分に関するものが多い。これはおそらくその時期に、妙ちきりんな精神科医、伊良部先生が大活躍する、『空中ブランコ』を読んでいたせいだ。正直、この人に診てもらえるなら、精神科(正確には神経科だったかな?)に行くのも悪くないなあ、と思った。

 私の心には病的な部分がある、と感じなくもないのだけど、幸か不幸かその手のお医者さんにかかった事はない。根っからの医者嫌い(プラス、さらにそれを増長させるような事件にも巻き込まれたし)も大きな理由の一つだが、何よりも、どこからが病気なのかよく分からないんだよね。

 少しでも症状が表れたら?
 日常生活に支障を来たすようになったら?
 周囲が異変を感じるようになったら?

 治したい、と決意したら行く、というのもあるかな。うーん、確認癖も拒食癖もヒステリーも先端恐怖症も、そういう決意をする程にはつらくないし。

 軽症なのか。それとも単なる「個性」みたいなもので、病気でも何でもないのか。

 小説を書くのだって、病的と言えなくもない。何たって頭の中に自分以外の人間がウジャウジャいて、勝手にペラペラ話しているのだ。私はそういう会話に耳をすませて、物語という形にまとめる。

 数年前まで、「ついついそんな事をしてしまう自分」が恥ずかしくて、小説を書いている事を誰にも言えなかった。少々の誇りを持って作品を発表するようになった現在でも、その行為が正常なのか異常なのか、判断出来ずにいる。

 心の事は、よく分からない。
 何故小説を書いてしまうのか分からないし、急に「五七五七七」の言葉が出て来た理由も、分からない。

 分からないなりに。
 どうにかこうにかヨタヨタと、生きてゆけたら良いな、と思う。

 柳田のり子
posted by 柳屋文芸堂 at 23:56| 【短歌】たわむれ | 更新情報をチェックする