2010年06月01日

ど素人南イタリア旅行記(その1)

※2007年の旅行の話なので、情報としては古くなっている部分があります。
 ご注意&お許しを。

1、結婚2年半後の新婚旅行
 
 結納も結婚式も披露宴もしなかったし、婚約指輪も結婚指輪ももらわなかったが、新婚旅行にだけは行きたいなぁ、と考えていた。時間とお金と手間がかかるため、こういう特別なきっかけでもないとなかなか出来ない、海外旅行に。

 そんな風に思ってはいたものの、結婚した当初は引っ越しの片付けと新生活になじむのに手いっぱいで、旅行の計画どころではなかった。本来新婚旅行に当てるべき結婚休暇も、仕事の忙しさにかまけているうちに期限が過ぎて消滅してしまったし(たいそう腹が立った)

 結局、旅行の相談を始めたのは、結婚して1年以上過ぎた後だった。

「どこ行こうか。南フランスに行ってゴッホの描いた風景を見ようか? アメリカのロスアラモスに行って核兵器について調べようか? タイに行ってグリーンカレーを食べようか? 台湾に行って烏龍茶を飲もうか?」
「う〜ん」

 そう、相談と言っても、出不精のDちゃん(旦那が結婚前から使っているハンドルネーム。ダンナやダーリンの頭文字ではない)は旅行に対して全く乗り気じゃなかった。私のわがままに仕方なく付き合っている感じ。その態度に怒った私がゴネたりグズったり暴れたりしていると、ようやくこんな返事が返って来た。

「……イタリアなら良いかなぁ。食べ物美味しいし」
「よし! イタリアに行ってポルチーニ茸を食べよう!」
「言葉も覚えなきゃいけないし、5年後くらいにね」
「ええーっ!」

 まずい。このまま放置したら、絶対に旅行は実現しない。
「動かざること、岩山のごとし」
 のDちゃんの腰を上げさせるには、千本ノックのようなしつこい説得が必要なのだ。3年の長きに渡り丹頂鶴を思わせる激しい求愛を続け、友人から恋人になり、さらに数年かけて結婚を決心させた私には、よく分かる。根気と努力の日々からようやく卒業出来たと思ったのに、次は旅行かい!

「結婚式もしなかったじゃん」
「やりたくなかったんでしょ?」

 静かにうなずくより他ない。費用もかかるし、何より、
「ウェディングドレスを着て祝福される」
 というのが照れ屋の私には耐えがたく、
「どうしてもやるなら花嫁欠席で」
 なんて真剣に言っていたのだ。

「結婚指輪ももらってない」
「欲しくなかったんでしょ?」

 首肯。
 指輪をする習慣がないので使わない。
 使わない物を買うのはもったいない。
 守銭奴のり子。

「でも、新婚旅行は行きたいの!」
「結婚前にそんな事言ってたっけ?」
「結婚前は結婚するのに夢中だったから」
「この家の暮らしに慣れて、もうそろそろ別の場所で気分転換したいの? 家事も休めるし」
「それもあるけど」

 私は鼻息荒く言う。

「外の世界が見たいじゃない」

 今でこそ日本と日本文化に深々と根を下ろし、大した遠出もせず、
「東京23区とその周辺」
 いや、さらに言うと、
「Dちゃんを中心とした半径5メートル以内」
 だけを自分の世界にしている私ではあるが、10代の頃には、
「遠い外の世界」
 に強い憧れを持っていた。

 外国人と自由に意志疎通する自分を夢見、
「トイレ掃除の間は日本語禁止ね。English only!」
 などと無茶苦茶な提案をして級友たちを困惑させた中学時代(思えばみんな優しい子たちだった。怒らず付き合ってくれて。英単語が出ず、全員押し黙ったままになる事も多かったけど)英会話の力を付けるために、ラジオの英語講座を聴いたり、英語の面接がある英検3級を受験したりもした。

 そんな私が高校入学直後、校内でオーストラリアへのショートホームステイの募集があるのを知り、飛びつかない訳がなかった。討論形式の選考を度胸と負けん気だけで乗り切って、初めての海外へ。そのたった2週間の経験は、私の人生の方向を確実に変えた。母国語でない言葉で人と交流する喜びを知ったのも、もちろん大きい。しかし最も重大な変化は、「日本」及び「日本文化」を意識するようになった事だ。

 私たちは訪問先の高校で披露するために、各自「日本的な出し物」を用意するよう言われていた。習字、生け花、茶道に日舞。和風の習い事をしていなかった子は、浴衣を着て演歌を歌った。私はというと、スーツケースよりかさばる和太鼓をわざわざ持参して、ドドドンと打ち鳴らした。

「あなたの太鼓がいっっちばん素敵だったわよ!」

 帰りの車の中で、ホームステイ先のお姉さんは興奮しながら、誇らしげに言ってくれた。あなたを泊めて良かったわ、という気持ちが伝わって来て、本当に嬉しかった。

 複雑な気分になったのは、
「俺、日本語話せるぞ!」
 と意味深長な笑みを浮かべた後、
「TOYOTA!!」
 と叫んだお兄さんとの出会い。確かにオーストラリアでは、
「日本以上じゃない?」
 と思うほど、トヨタ車が多く走っていた。他にも沢山の日本企業が進出していて、高校生の私は不思議と、
「ジャパン・アズ・ナンバーワン!」
 なんて鼻高々にはなれなかった。心に満ちたのは、申し訳ないような、いたたまれないような、奇妙な感情。あれは一体何だったのだろう。はっきりした答えは、今も出ていない。

 この体験以外はひたすら楽しいものばかりだった。
 けっこうな量の米を作っているにもかかわらず(輸出量は世界有数らしい)、スープにパラパラ入れるくらいしか米の使い道を知らないオーストラリア人に業を煮やした友人は、鍋でふっくらご飯を炊いてみせた。

「な、なんて美味しいんだ!! 米というのはこういう食べ物だったのか!」

 彼女のホームステイ先の家族は、大感激してワシワシご飯をかっこんだそうだ。その頃料理が全く出来ず、炊飯器での米の炊き方すら知らなかった私は、この話を羨ましく聞いた。

 作るのは無理でも、食べるだけなら私にも出来る。ホームステイ先の家族と中華料理店に行った際、
「箸が使える」
 というだけで英雄扱いされたのだ。ふだんはナイフとフォークを優雅に使いこなす彼らの、箸との格闘。立場の逆転が面白かった。

 折り紙で鶴を折った時にも、
「器用だねえ」
 としみじみ感心された。物心が付くか付かぬかのうちに覚えた、技術というより習慣のようなものなのに。

 そんな数え切れない「日本人自覚体験」を胸に帰国した私は、決意した。
「外国に行きたければ、まず母国である日本についてもっと知らなくてはいけない」
 旅行者の気分で日本を眺めてみると、物珍しいものがいっぱいあるのにも気付いた。能、狂言、歌舞伎、落語、講談、浮世絵、マンガ、アニメ、みそ、しょうゆ…… そして英語の勉強そっちのけで日本文化に浸る20代へと突入する。

 狂言を題材に論文も書いた。長唄三味線も始めた。マンガもよく読む(まあこれは昔からだが)のりが作るみそ汁やお吸い物は美味しいと、Dちゃんに誉めてもらえるようにもなった。だから、
「もうそろそろ、外に出ても良いと思うの!」

 うーむ、長ったらしい理由付けであった。
 イタリアの話なのを忘れそうになったよ。

 Dちゃんは私の熱さなどお構いなしで、ふんふんと聞き流している。私の情熱にいちいち付き合っていたら、身が持たないと分かっているのだ。さすが夫。
「ま、気が向いたらね」
「いっつも最後はそれなんだからー!」

 この「のれんに腕押し、ぬかにクギ」男を旅行に連れ出すにはどうすれば良いのだろう? 私はまず、この旅行計画がただの雑談として流れていかぬよう、『初めてのイタリア旅行会話』という本を買って来た。
「えっ、もうこんなの用意したの?」
 案の定Dちゃんは、
「あの話、本気だったのか!」
 というように驚いている。
 そうさ、いつだって本気なのだよ、私は。

 旅行会話の本はCD付きだったので、家事の間などに繰り返しかけた。
「へえ、パスポートはpassaporto(パッサポルト)っていうんだ」
 もともと私より語学に強いDちゃん、イタリア語にも興味を持ち始めている。
 よしよし。
「Molto(モルト) buono(ブゥオーノ)!(とっても美味しい!)」
「Complimenti(コンプリメンティ)!(素晴らしい!)」
「Bravissimo(ブラーヴィッスィモ)! Bis(ビス)! Bis(ビス)!(すごく上手いぞ! アンコール! アンコール!)」

 短く印象的な言葉から頭に入ってゆく。面白がって脈絡なく叫び合う二人。しかしいくらイタリアが情熱的な国だといっても、こんな感嘆の表現ばかりでは旅行は出来ない。もちろんこの本には旅行で使える単語だけでなく例文が沢山載っているのだが、基本が分からないまま丸暗記するのもつらい。最小限に抑えられた文法解説コーナーも食い足りない。
「こうなったら、きちんと勉強しちゃおうかな」

 私は4月になると、ラジオのイタリア語講座を聴き始めた。中学時代、自主的に英語の学習に力を入れていた事からも分かるように、私はもともと語学の勉強が好きだ。実を言うと英語の他に、ドイツ語、スペイン語、ハングル、中国語をかじった経験がある。どの言語の知識も20億光年の彼方に消え去ってしまったけれど(私の脳の容量は非常に小さい)
「外国語の勉強は楽しかったなぁ」
 というあたたかな感触だけが、今も心に残っている。
 のんきなものだ。

 やってみると、イタリア語は今まで学んだどの言語より親しみやすかった。まず発音が英語と違って、ローマ字読みに近いのが良い。例えば「勉強する」は英語で「study(スタディ)」、「tu」を「タ」と読む。しかしイタリア語では「studiare(ストゥディアーレ)」、「tu」はそのまま「トゥ」だ。同じように英「university(ユニヴァーシティ)(大学)」は伊「università(ウニヴェルシタ)」、英「school(スクール)(学校)」は伊「scuola(スクオーラ)」 読みの規則が英語より単純なのが分かってもらえるだろうか。

「ねえ、英語の1の『ワン』ってさ、もしかして、『O(オー)・N(エヌ)・E(イー)』って書くんだっけ?」
「……そうだよ。当たり前じゃないか」
「ええーっ、あれを『ワン』って読むなんて!! あれはどこからどう見ても『オーネ』だー!」

 イタリア語に慣れて来ると、今まで普通に読めていた英語のつづりが奇妙に思えて来るから不思議だ(ちなみにイタリア語の1は「uno(ウーノ)」 カードゲームでおなじみ)

 疑問文を作る時、主語と動詞をひっくり返さなくて良いのもありがたい。

例文 英 平叙文 You are Japanese.(あなたは日本人です)
     疑問文 Are you Japanese?(あなたは日本人ですか?)
   伊 平叙文 Tu sei giapponese.(あなたは日本人です)
     疑問文 Tu sei giapponese?(あなたは日本人ですか?)

 そう、イタリア語は「?」を付けて尻上がりに読むだけ! 些細な事に思われるかもしれない。しかし英語でとっさの一言を言う時に、この「ひっくり返す」作業はけっこうパニックの元になった(私の英語力に問題があるせいか?)だからこのイタリア語の疑問文の規則を知った時にはかなりホッとした。

 音楽用語として覚えた単語を日常用語として使えるのも楽しい。「alto(アルト)(高い)」「basso(バッソ)(低い)」「forte(フォルテ)(強い)」「presto(プレスト)(急いで)」とそのままの意味のものも多いし、楽器の「ピッコロ」は「piccolo(ピッコロ)(小さい)」、「ピアノ」は「piano(ピアーノ)(小声で/ゆっくりと/(建物の)階)」と多くの意味を持つ。

 音や休みを延ばす記号「fermata(フェルマータ)」が「停留所」なのには、
「確かにそこに留まるもんね!」
 とポンと膝を打った。

 そしてテキストの会話文に、
「Scherzo(スケルツォ).(冗談だよ)」
 なんてセリフが出て来てニヤニヤ。
(※スケルツォは速くて軽快な曲を指し、クラシック音楽の題名によく使われる)

 ローマ字読みの例に挙げたものでも分かるように、英語と似た単語も多い。「supermercato(スペルメルカート)(スーパーマーケット)」「frutta(フルッタ)(くだもの)」「importante(インポルタンテ)(重要な)」「secondo(セコンド)(2番目の)」などなど。読み方が独特だが、全く知らない単語を覚えるよりずっと楽だ。

 と、ここまで読んで、
「イタリア語って簡単なんだ〜」
 と勘違いしてしまった人がいたら、ごめんなさい。どんな言語にも必ず難しい部分があり、イタリア語では初歩の初歩の所に難関があるのだ。それは語尾変化。

 例えば、動詞「愛する」(英「love」伊「amare」)の活用

私は愛する I love io amo
あなたは愛する you love tu ami
彼は/彼女は愛する he/she loves lui/lei ama
私たちは愛する we love noi amiamo
あなたたちは愛する you love voi amate
彼らは愛する they love loro amano

 英語が2種類なのに対し、イタリア語は6種類! うわあ、英語ってなんて簡単なんだ!!(この点だけはね) この活用のおかげでイタリア語では主語を省略出来るという利点もあり、使い慣れれば便利なのだろう。けれど初心者は、
「こうやって覚えなければいけない単語が倍々に増えていくのか……?」
 うろたえずにはいられない。

 形容詞「赤い」も、英語なら「red」一つで済む所が(伊「rosso」)

  rosa(ローザ) rossa(ロッサ)(赤いバラ)
  porco(ポルコ) rosso(ロッソ)(赤い豚)
  scarpe(スカルペ) rosse(ロッセ)(赤い靴)
  pantaloni(パンタローニ) rossi(ロッシ)(赤いズボン)

 と形容する名詞に合わせて変化する。最初のうちは煩雑さに目を白黒させたが、この「語感重視」の文法のおかげで、

「O(オー) mio(ミオ) babbino(バッビーノ) caro(カーロ)(私の大好きなお父さん)」
「In(イン) quelle(クエッレ) trine(トゥリーネ) morbide(モルビデ)(この柔らかいレースの中で)」
 なんて感じに韻を踏む、聞き心地の良い歌詞が生まれたと思えば不満も出ない(いずれもプッチーニのオペラより)

 このように私はコツコツと、楽しんだり、戸惑ったりしながら、イタリア語を学んでいった。ラジオのイタリア語講座は6ヶ月で一つのシリーズが終わる。この期間に基礎的な文法や表現がぎゅうぎゅうに詰め込まれているので、月を追うごとに見る見る内容が難しくなってゆき、後半は付いていくのが大変だった。

 しかし10月に新シリーズがスタートすると、学習内容も始めに戻り、アルファベットの読み方から。2度目で余裕が生まれたうえ、担当講師の武田好先生の声がアイドル声優のように可愛らしいのもあって、それまで以上に熱心に講座を聴くようになった。

「たとえ、一生イタリアに行く事が出来ないとしても、趣味としてイタリア語の勉強は続けよう。やっているだけで面白いもん」

 そんな風に思い始めたある日、Dちゃんが突然、言って来た。
「イタリア旅行は来年のゴールデンウィークあたりにしようかねぇ」
 え?
 ええええー!?

「イタリア旅行、行くの? 本当に行かれるの?!」
「そのためにイタリア語の勉強をしているんでしょう?」
 でもでも、5年後とか言ってたし。旅行が実現するかどうか、自分でも半信半疑だったし。
 こんなに、早く!!
 ……早く?

 来年の5月というと、結婚から約2年半後にあたる。新婚旅行としてはかなり遅い。いや、どう考えてももう「新婚」ではないだろう。けれど、おっとり・ゆっくり・のんびりが基本姿勢の私たちにしてみれば、驚くようなハイスピード。私はDちゃんの即決(イヤミに聞こえるな)に、心から感謝した。

「ありがとう。頑張って準備するよ!」
 そう、本当の意味での準備はここから始まる。
 旅行までには、まだまだ長い道のりがあるのだった……
posted by 柳屋文芸堂 at 11:34| 【旅行記】南イタリア旅行記 | 更新情報をチェックする