2010年06月01日

ど素人南イタリア旅行記(その2)

2、知らない事だらけの旅行準備
 
 イタリア旅行と一口に言っても、一度行くだけで全て見て回れるほど小さな国ではない。Dちゃんの仕事の忙しさを考えれば、そんなに長い滞在は望めないし、ある程度目的の場所なり地域なりを決めなければいけない。

 私はDちゃんの、
「……イタリアなら良いかなぁ。食べ物美味しいし」
 というつぶやきに近いセリフを最優先しようと決め、図書館でイタリア料理についての本を探し始めた。そして大量のレシピ本の中から、イタリア出身の料理研究家アドリアーナ・ヴァッローネさんの『南イタリア スローフードな食卓より』を見つけ出した。この本にはレシピも載っているがメインはエッセイで、イタリア料理について考察するには持って来いだった。自家製のワイン、オリーブオイル、ソーセージ。収穫期に一族総出で瓶詰めする、トマトを使った料理。出来たてのチーズ。どれもこれもなーんて美味しそうなんだ! 私の大好物のポルチーニ茸についての記述もある。

「とりあえず南イタリア第1希望」

 そんな風に考えながら、近所の旅行会社に置いてあったパンフレットをめくっていって、私は衝撃の出会いをする。
 アルベロベッロ!
 石畳の道に、白壁の小さな家が建ち並んでいる。その全ての上に乗っかっているのは、細い灰色の石を重ねたトンガリ屋根。青い空の下、街にあふれる白さが、まぶしい。

 この家々はトゥルッリと呼ばれ、世界遺産に登録されており、この街独自のもののようだ。この写真を見てから、イタリアの他のどの都市の説明を読んでも、頭に入らなくなってしまった。大きな教会も良い。リゾート地も綺麗。でも全部、どこか違う。アルベロベッロじゃなきゃ、だめ。

 どうしてここまでアルベロベッロに惚れ込んだかというと、私が10年ほど前から書きたくて、構想を練り続けている物語の舞台にぴったりだったからだ。こんなような街、と頭の中でもやもやしていたものに、しっかりと形が与えられた感じ。

 それは盲目の自動人形(オートマタ)を主人公にしたファンタジー小説で、ふだん私小説めいた現代小説ばかり書いている私には荷が重い。何度も書き始めては納得出来ずにボツにしている。こういうジャンルは無理なのかも、とちょっと諦めかけていた。

 でも。もしかしたら。アルベロベッロを実際に見れば、書き上げる事が出来るかもしれない。

 幸いアルベロベッロは南イタリアに位置する。第1目標の「食べ物」にも背かない。私はすぐさまDちゃんに提案した。
「南イタリア中心にして、行程の中に必ずアルベロベッロを入れたいんだけど」
「良いよ」
 あっさり。
「本当に良いの?」

 床にパンフレットや本を並べ、調べた結果を説明する。比較対象として北イタリアの食事(トマトソースではなく、バターや生クリームをよく使う)や観光地(ミラノやヴェネチアなど、人気の高い都市が多い)についても。しかしいまいち食いつきが悪い。

「のりの好きにして良いよ。トマトソースは僕も好きだし」
 自分の希望を沢山入れられるのだから、
「全部おまかせ」
 も悪くない。
 でも何だか、一人で空回りしているような寂しさを覚える。
 この人、本当に行く気あるのかなぁ?

「あ、そうそう、まず最初はツアーでね」
 え?
「ええーっ! ツアーなの? 個人で行くとばかり思ってた!」
「だってどうやるか全然知らないでしょ」

 確かに私もDちゃんも、自力で海外旅行をした経験は一度もない。オーストラリアでショートホームステイした時も、引率の先生にくっ付いていっただけだし、Dちゃんは最後の海外旅行経験が小学生の頃。自分で手続きするはずもない。
「せっかくイタリア語勉強したのに……」
 ちょっとしょんぼりしたが、すぐに気を取り直して、ツアーのパンフレットを眺める。

「ところでDちゃん、会社は何日くらい休めそうなの?」
「せいぜい6日かなぁ……」
 6日のツアーとなると選択肢が非常に限られてしまう。
「行きと帰りの飛行機で2日半くらい取られちゃうんだから、8日は欲しい!」
「うーん……」

 Dちゃんが8日休めるという確証もないまま、私は様々な旅行会社のツアーパンフレットを集めた。そしてルックJTBの「南イタリアめぐり8」という8日間のツアーを見つけた。
「ねえ、これ見て!」
 このツアーではアルベロベッロを含む南イタリアの街を回る。その中に、モッツァレラチーズ工場の見学が入っている。

「『見学の後は試食もお楽しみいただけます』だって! モッツァレラみたいにあんまり熟成させないチーズは、日本で食べるより地元で食べた方がずっと美味しいって、本にも書いてあったよ!」
「うん、これは美味しそうだねぇ」
 チーズに目がないDちゃん、珍しく乗り気! 良いぞ良いぞ。Complimenti(コンプリメンティ)!(素晴らしい!)

「じゃあこれに決定ね」
 申し込もうと出発日を見ると、3月までしか載っていない。
「これ、10月から3月までのパンフレットみたい。ゴールデンウィークの予約はまだ出来ないのかな?」

 何しろ全て初めて。旅行するどれくらい前に申し込めば良いのかも全く分からない。パンフレットの置いてあった旅行会社に行くと、まだ4月からの予定は出ていないとの事。2月ごろ再び訪ねると、目的のパンフレット発見。ところが!

「あの…… チーズ工場見学のあるツアーがあったはずなんですが……」

 あれこれ調べてもらい、その結果は。
「チーズ工場見学のツアーはなくなってしまったようですねぇ」
 ガーン!

 とりあえず新しいパンフレットをもらい、自宅へ。チーズ工場見学を諦めるつらさに歯をギリギリさせつつ、各社のツアーを見てゆく。そして、日本旅行の「南イタリア紀行9日」に目が止まった。残念ながらチーズ工場見学は入っていないが、アルベロベッロに2泊するため、ルックJTBのツアーよりゆっくりとトゥルッリを楽しめる。9日間あるせいか、他の観光の予定にもゆとりがある。

「チーズ工場よりこっちが良くなった!」
 チーズの試食がなくなったうえに日にちが1日延びて、Dちゃんは明らかに不満そうだ。
「9日も休めるかなぁ……」

 けれど何だかんだ言ってDちゃんは私に甘い。最後はしぶしぶながらOKした。
「この4月28日出発ので良い? しかしまあゴールデンウィークと普通の日と、ずいぶん値段に差があるもんだね」
 しぶちんD(基本的に2人とも締まり屋だ)素早くパンフレットを手に取って、代金表に目を走らせる。

「1週間ずらすだけで15万近く安くなるのか……」
 Dちゃんはほんの5秒ほど考えてから、言った。
「4月21日出発のにしよう」
「大丈夫なの?」
「ま、どうにかなるでしょう」
 9日間は無理と言ったと思ったら、今度は造作なく日程をゴールデンウィークからはずしたりして、一体Dちゃんの仕事のスケジュールはどうなっているのだろう。

 直前になって、
「やっぱり仕事が入っちゃって行かれないや」
 なんて事になるんじゃなかろうか。
 不安な気持ちを残したまま、私は申し込み手続きを始めた。

 最初、日本旅行に直接電話するのかと思っていたが、パンフレットの裏を見るとどうもそうではないらしい。「お申し込み・お問い合わせ」の欄に、これが置いてあった旅行会社の印が押してある。ではここに、と考えていたら、Dちゃんから耳より情報。

「カード会社のトラベルデスクに割引サービスがあるらしい」
 カードの請求書と一緒に送られて来るチラシを見ると、おお、日本旅行のツアーは3%OFF! 総額が大きいので3%も馬鹿にならない。支払いはDちゃんのカードを使うと決め、いざ電話! 私たちのようにゴールデンウィークを避ける人が多くて満員になっていたらどうしよう。ドキドキしながらツアー名を告げる。

「現在、最少催行人数(ツアーが行われるために必要な参加人数で、今回は10人)を満たしていません」
 なーんだ、2月だとまだそんななんだ。安心して予約。
「カード番号をお願いします」
 え?
 もうそれが必要なの?

 私が用意していたのは電話番号とメモ用紙だけ。
 カードはDちゃんが持っている。
「主人のカードを使おうと思っているもので…… 番号が分からないと予約は出来ませんか?」
「いえ、ご予約はこのお電話だけで大丈夫です。カード番号はお支払いいただく方に直接確認します。ご在宅のお時間をお教えいただけますか」

 うーん、Dちゃんが忙しいから私が電話しているのである。
「私がカード番号を言うだけじゃダメなんですか?」
「ええ、お支払いいただく方に……」
 たとえ夫婦でも、本人以外がカードを使うのはなかなか難しいようだ。不正使用を防ぐためには当然かもしれないが、けっこう面倒だのう。

「そんな訳で、土曜日に電話して欲しいってさ。カードと旅行のパンフレットを用意するのを忘れずにね」
 貴重な睡眠時間をつぶされると分かり、Dちゃんは予想通りブツブツ文句を言っている(土曜は夕方近くまで寝る場合もある、過労D)悪いけど私のせいじゃない。

 無事カードの確認が終わると、トラベルデスクから書類の束が届いた。読むべきものも書くべきものも沢山ある。
「私こういうの嫌ーい!」
 結婚するまで事務員をしていたというのに、私は事務仕事が大の苦手だ。説明を読むのもうんざりするし、空欄に間違えないよう住所や名前を書くのもイライラする。

「小説みたいにドラマチックな文章しか読みたくないのよね」 

 不機嫌になりながら紙をめくってゆくと、うわあ、細かい文字の書類発見! 旅行条件書だ。会社の責任、客の責任、免責事項、個人情報の取扱い等等ずらずらとお堅い文章が並んでいる。私が全体を眺めただけでほっぽり出したこの紙を、何とDちゃんは1行目から読み始めた!
「よくやるねぇ〜」

 生真面目で用心深いDちゃんは、この手の「大事であるがゆえに小さい文字で書いてある」文書にいつもきちんと目を通す。何か問題が起きた時、相手から、
「ここにこう書いてあるでしょう」
 と示されるものだと分かってはいるのだけれど。ううむ、やっぱりつらい。

 全て読み終えたDちゃんから許可が出たので、参加申込書を書く。旅先で病気になったり、万が一死んでしまった時のために、海外旅行保険にも入る。数種類のパンフレットを見ながら比較検討した結果、病気やケガの時は無制限に保険金が下りるが、死亡時の金額は最も低いものにした。

「Dちゃんがいなくなったからってお金を沢山もらっても、どうしようもないもんね。生活費が出なくなるのは困るけど、働けば良いんだし。Dちゃんなんてもっとお金いらないよね。生活費を私に頼ってる訳じゃないんだから」

 カラカラと笑うと、Dちゃんは暗い顔。
「でも、のりがもし死んじゃったら、会社なんて辞めちゃうよ」

 おいおい頑張ってくれ。出来れば何もありませんように、死んじゃう場合は二人一緒によろしく、と祈りながら書類記入。夫婦でセットになっているものにしたら、それぞれ個人で入るより割安になった。記入するものも一枚で済む。

 ああだこうだ言いながら休日の午後を丸々つぶし、必要な書類を全て完成させ、トラベルデスクに郵送。
「これで、本当にイタリアに行かれるんだね」
「そうだよ」
「ああ! 何だか信じられない!!」

 体がほんの少し宙に浮いているような、ウキウキ・ワクワクした気持ちで、その後の数週間を過ごした。3月半ば、実家に帰る機会があったので、母と伯母2人にイタリアのどんな街に行くのかを懇切丁寧に説明。3人とも東京都内は目をつぶっても歩けると自負するものの(下町・荒川区育ち)海外の事はテレビやラジオでしか知らない。

 帰り際、伯母がゴソゴソと何やら探している。
「ほら、お小遣いだよ」
 私に渡そうと来る前から用意していたらしい。
「えっ、こんなに悪いよ!」
「旅行で使いな」
 そして3人が口々に言う。
「お土産はいらないからね」
「いらないからね」
「いらないからね」

 分かったよ!

 相変わらず可愛げのないバアさんたちだぜ、と毒づきつつ、心はぽかぽかとあたたかかった。全くDちゃんといい実家の家族といい、みんな私に甘いんだから。
 さあ、旅行の準備のラストスパート、頑張るぞ〜! と決意して帰宅すると、留守番電話のランプがピコピコと点滅している。はて?

「日本旅行の『南イタリア紀行9日』にお申し込みいただき、ありがとうございます」

 あ、トラベルデスクからだ。

「今回、残念なお知らせをしなければいけません」

 ん?

「4月21日出発のこのツアーは、参加者が最少催行人数に満たなかったため、催行中止になりました」

 何ですとー!!

 多めの小遣いまでもらっちゃったというのに、どうしてくれるんだ。
「催行中止なんて本当にあるんだねぇ」
「パンフレットには書いてあったけど、そうよくある事だとは思わなかったよ」
「同じ時期の似たようなツアーがないか、探してみる」

 ところが。トラベルデスクに電話したり、近所の旅行会社に出向いたり、インターネットで調べたり、八方手を尽くしてみたが、4月21日前後出発のツアーはことごとく中止になっている事が判明。それではとゴールデンウィークのツアーを見てみると、すでに満員。おいおいおい。

「Dちゃんの仕事の予定はそんなに簡単に変えられないし、どうにか近いツアーを見つけなくっちゃ……」

 焦りのあまり、だんだん悲壮な気分になって来る。パンフレットのページを繰り、Googleの検索ボタンを連打し、電話で確かめ、芳しくない結果を知る。

「何だかもうイヤになった。旅行は楽しむためのものなのに、つらい仕事をしているみたいだよ……」
 半泣きでDちゃんに訴える。
「そういう時は一度、頭を旅行から離してごらん。しばらく考えないでいれば、また新たな気持ちになれるから」
 4月21日まで約1ヶ月。そんなのんきにしていては申し込みの期間を過ぎてしまうのでは? と不安だったが、娯楽のためにノイローゼになるのも馬鹿馬鹿しい。ツアー探しにがむしゃらになるのはやめた。

 それでも旅行の計画を完全に中止する訳にはいかない。Dちゃんの会社が休みの日、なるたけ一生懸命にならないよう気を付けて、パンフレットを広げた。

「一つ、内容の良いのがあったのよ。時期が合わないんだけど」
「どれどれ」
 ビッグホリデーの「とっておきの南イタリア&ローマ8日間」のページを見せる。
「モッツァレラチーズ工場の見学が入っているの」
「おお、本当だ!」
 もちろんアルベロベッロも抜けていない。

「日本旅行のより予定が詰まってるのが難点かな。でもそれでも移動が少ない方なのよ」
 調べてみて分かったが、これでもかこれでもかと有名観光地を詰め込んだツアーが本当に多い。
「はいこれ、写真通りの〇〇! 見たでしょ? はい次ー! はい次ー!」
 と連れまわされる様子が目に浮かぶ。きっと移動ばかりでバスの中の思い出しか残らないだろう。私はもっとイタリアの地べたや空気を味わいたい。
 その点、ビッグホリデーのツアーは乗り物から降りて観光する時間が多く、好感が持てる。

「でもね〜、肝心の出発日がね〜」
 4月21日前後に出発するものはなく、4月14日出発はDちゃんの仕事に関する試験に引っかかるので×、4月28日出発はすでに満員で×。その後は5月だ。

「5月26日出発のはもう人が集まって催行決定してるんだって。全然知らなかったけど、一つのツアーが催行決定すると、どうしてもそこに申し込みが集中するんだってさ。確かに催行中止になると予定が狂って困るもんねぇ」
「僕、このツアーが良いな。最初の希望通りにチーズが食べられる訳だし」
「え? でも日にちは?」
「5月26日出発のにしよう」
「仕事、休めるの?」
「ま、どうにかなるでしょう」

 この気軽さは一体何なんだ?
 Dちゃんの仕事は決してひまではなく、深夜帰宅はざらで、徹夜が続く事もある。そんな職場をどうやって8日間抜け出すのだろう?

「大丈夫かなぁ…… でもまあ会社側には結婚休暇を消滅させた負い目があるのだから、そこをつつけば……」
「誰も覚えてないって」

 またもや不安な気持ちを残したまま、申し込み手続き開始。
 2度目なので慣れたもの、お手のもの。
 もう催行中止の憂き目に遭わないと思うと、心も軽い。

 パスポートの申請をしたり(古いパスポートが必要、と書いてあって、それぞれ実家から送ってもらった。ほんと色々手間がかかる)、アマゾンでスーツケースを買ったり、観光で長時間歩いても疲れないよう運動靴を買ったり、細々とした準備も進める。

 そんな中、新たな心配の種が見つかった(よく尽きないのう)

 このツアーではナポリを訪れる。
「海と山を抱く、風光明媚な街」
 の誉れ高いナポリだが、それ以上に治安の悪さで有名だ。

 ナポリ出身のパンツェッタ・ジローラモさんは、エッセイの中で、
「ナポリ人は友達のためなら、シャツ7枚分も汗をかくほどの協力を惜しまない。でもそのあいだにも、スキさえあれば友達からだって盗む」
 という言葉を紹介している。
 半分はユーモアとはいえ、他のエピソード(舌先三寸で金をせしめる詐欺師が英雄視されたり、バカンス中に家財一式がなくなったり)を読んでも、泥棒気質は本物のようだ。

 参加者を危険から守るためか(もしくは責任を取るのが嫌なのか)ツアーの行程にナポリが含まれていても、観光はバスの窓から、下車するのは博物館だけ、というものがほとんどだ(サファリパークかい!)

 なのに。ビッグホリデーの「とっておきの南イタリア&ローマ8日間」には、
「狭い路地に洗濯物がはためき、窓越しに怒鳴り合うようにお喋りしている下町、スパッカ・ナポリをそぞろ歩き」
 というイベントがある。

「何で?」
 平均的日本人以上に安全を愛するDちゃんは、眉をひそめた。
「せっかくナポリに行くんだから、その雰囲気を直接味わえた方が良いじゃない」
 安全より興味・関心・面白さを重視する私はたやすく言う。

「川口も治安悪かったけど、別にイヤな目に遭わなかったし、平気だよ」

 そう、私の出身地である埼玉県川口市も、ナポリほどではないにしろ、平穏ではなかった。「オートレース場と風俗街を抱く、風光明媚じゃない街」川口。ひったくりが横行し(母と友人が被害に遭った)、変質者も多く、「ちかん注意」の看板があちこちに立っている。最近は変わっていると良いのだが。

 Dちゃんはあきれて言う。
「川口ならカンが働くでしょ! 地元でよく知ってるんだから」
「確かに女一人で夜の西川口に行ったりしないな……」

 これ以上ツアーを変えたくないし、イタリアはナポリ以外の都市もそれほど治安が良いとは言えないらしいので、危険対策を万全にする事にした。
「日本人は特に狙われるらしいよ。多額の現金を持ち歩いている、って思われていて」

 相談の結果、現金は必要最低限の額にして、トラベラーズチェックとカードも持ってゆく、と決まった。
「ゴールデンウィークをはずして正解だったかもしれないな」
「イタリア人、絶対知ってるよね。日本人旅行者がやたらに増えるって」
「『さあみんな、稼ぎ時だよ!』なんて女親分が命令を出すんじゃなかろうか」
 二人の頭の中に浮かぶのは「天空の城ラピュタ」に出て来るドーラ(彼女は泥棒ではなく空賊だけど)

「漢字でカード番号を控えても『暗号を変えたってムダだよ!』って言われるかな?」

 それでも盗難に遭った時のために、パスポート・トラベラーズチェック・カードの番号は控えておいた方が良いらしい。かえって危険度が増すような気がして怖かったが、
「漢字を読めない泥棒に当たりますように……」
 と祈りながら壱弐参……でメモ。

「行く前にお財布整理しなくちゃね。ヨドバシのポイントカードなんて盗んでも嬉しくないだろうし」

 二人とも首からさげるタイプの貴重品入れを買った。そこにパスポート・現金・トラベラーズチェック・カードをしまい、ふだん使っている財布には1日で使う分だけの現金を入れる。これならお金の場所は4ヶ所なるので、スリに遭っても一つくらいは残るだろう。

 近所では日本円をユーロに換えられなかったため、表参道の三菱東京UFJ銀行まで行って両替をした。渡した日本円をそのままユーロにしてくれるかと思いきや、小額の現金(5ユーロと10ユーロ)は数枚がパックになったものしかなかった。トラベラーズチェックはさらに選択肢がなく(250ユーロ(約4万円)と500ユーロ(約8万円)のセットのみ)希望していた6万円分、というのは出来ず、250ユーロ両替。

 何を言われても、
「ええっ、そうなんですか?!」
 を繰り返す無知な私に対しても、銀行員のお姉さんは親切だった。

 しかしどうもユーロが高い気がする。
 ガイドブックには1ユーロが149円(2006年9月現在)と書いてあるのに、167円(2007年5月現在)とは。まさか銀行がぼったくり?! なんて訳はなく、史上最高の円安・ユーロ高なのだと後で分かった。よりによって何故私たちの旅行の時に。

 お金の用意と盗難対策はどうにか済んだ。
 あと心配なのは、Dちゃんの仕事だけ。
 これはまるで最初からそう決まっていたかのように、あっさりと解決した。

「のりに良いニュースがあるよ。会社からね……」
 ニコニコ顔。
 何だ、美味しいお菓子でももらったか?
「『30歳休暇を取りなさい』って連絡が来たんだ」
「そんなのがあるの?!」

 結婚休暇が消えたり、かと思えばそんな理由の分からない休暇が与えられたり、Dちゃんの会社の制度は全く理解しがたい。
「これは必ず取らなきゃいけない休暇だから、普通の有給より休みやすいんだよ」
 まあもらえるものはありがたく頂戴しよう。
 良い時期に当たって良かった。
 旅行の予定でもなければ、私たち、ただダラダラ休んじゃうもんね。

 しっかりとした休暇が取れたとはいえ、出発日が近付くにつれ、ドキドキして来た。
「仕事が終わらない! やっぱり休んじゃダメ!」
 なんて会社の人に捕まっちゃうんじゃないか。
 仕事がちゃんと休めても、病気になったりしたらどうしよう。
 ちょうどはしかが大流行していて、大学などが相次いで休校していた。

 楽しみにすればするほど、それが実現しなかった時の事を考え、落ち込む。悲観的な気持ちのまま、胸を押さえて荷造りし、とうとう出発前夜を迎えた。Dちゃんの仕事と体調は問題なし。私は少々セキが出るのが気になったが、旅行に支障があるほどではない。

 8日間家を空けても大丈夫なように、冷蔵庫の中も空っぽにした。
 ああ、ああ、ついに!

「ポルチーニ茸を食べにイタリアへ!」
 という願いが叶わないのを、実は準備中に、知った。

 ポルチーニはきのこ。
 きのこの旬は日本でもイタリアでも、秋。
「松茸を食べに日本へ!」
 と外国人が5月にやって来たってどうしようもない。
 それと同じ。

 でももう、最初の目的なんてどうでも良かった。
 ただ、ただ、イタリアに行きたくてたまらなかった。
posted by 柳屋文芸堂 at 11:33| 【旅行記】南イタリア旅行記 | 更新情報をチェックする