2010年06月01日

ど素人南イタリア旅行記(その5)

3−3、南イタリア旅行3日目(5月28日) ナポリ
 
 7:00まで寝ていようと思ったら、Dちゃんがホテル備え付けの目覚ましを6:00にかけていて、その音で起きてしまった。もう! ゆっくり眠っていたかったのに。Dちゃんはシャワーを浴びるとの事。昨日は疲れてそのまま寝てしまったのだ。仕方がないのでこの旅行記のためのメモを書いたりしながらのんびりする。

 イタリアは日本と違って、あちこちに自動販売機がある訳ではないので、飲み物はお店かバスの中で買っておかなければいけない。最初のうちはそれが分からず、水分不足になってしまった。ホテルの部屋の冷蔵庫に入っているものはお酒がメインだ。日本のホテルでよくある「お湯とティーバッグのセット」も、もちろんない。コンビニもない。たとえあったとしても、ナポリで夜中の外出など怖くて出来ないが。

 今日はポンペイ遺跡を歩くので、半袖のシャツにしてみた。昨日・一昨日は長袖で、それほど暑くもなかったけれど、たまに腕をまくったりした。この季節は日本でもイタリアでも、服選びが難しい。

 Dちゃんがシャワーから上がったら、朝食へ。
 4種類のチーズ(少し堅めのもの、中がやわらかいもの、少しクセのあるもの、真っ白いモッツァレラ)を自由に食べられる事に感激!
 日本でヨーロッパのチーズを買うととても高いのだ(みみっちい)
 トマトとパンと一緒に食べたら非常に美味しかった。

 コーヒーはエスプレッソの味(酸味がない)で、濃さは日本のものと同じになっている。Dちゃんはこれをたいそう気に入っていて、
「ココア風味だね」
 なんて言っている。
 そんな感じのやわらかい香ばしさがあるのだ。
 私は牛乳を入れて飲んだ。

 部屋に戻ると、ホテルの人が掃除をしている所だった。
「Posso(ポッソ) entrare(エントゥラーレ)?(入っても良いですか?)」
「Sì(スィー),sì(スィー).(はい、はい)」
 にっこり笑って答えてくれた。

 その後、何やら分からないイタリア語2語。
「?」
 ああもう、リスニングが出来ないのがつらい。
 困り顔のまま固まっていると、
「OK(オーケー),OK(オーケー).」
 終始笑顔。

 昨日レストランで夕食を食べた時には、従業員は全員ずっとムスッとしたままで、
「イタリア人って、もっと愛想が良いかと思っていたのに……」
 とがっかりした。
 しかしよく考えてみると、あの時従業員が話していたのは、英語。
 いくら英語とイタリア語が(英語と日本語よりは)似た言語だと言っても、彼らにとって外国語であるのには変わりない。

 Dちゃんは言う。
「仕事で外国語を使っていたら、間違えないように気を遣って、愛想良く出来なくなっちゃうんだよ、きっと」
「私がイタリア語で話しかけた途端、パーッと表情が変わったもんね」
「うん。今までと全然違ってた」

 イタリアの観光地やホテルで使われる言葉は英語ばかりで、
「こんな事ならイタリア語の勉強なんてする必要なかったな……」
 と寂しく思っていた。
 けれどもこれだけ英語とイタリア語で反応が変わるなら、やった甲斐があったというものだ。返事の意味が聞き取れないのでは片手落ちだが。

「のりのイタリア語、役に立つね」
「しゃべるだけだけど…… ああーっ!」
「どうした?」
「枕チップを忘れてた!」

 1部屋に1泊するごと、枕元に1ユーロ置いておくよう、添乗員さんに言われていたのだ。
「さっきの人、見つけなくっちゃ!」
 部屋から出ると、まだ近くの部屋を掃除していた。直接お金を渡すなんて失礼かしら? と不安もあったが、
「Scusi(スクーズィ).(すみません)」
 と呼び止める。
「Grazie(グラッツィエ).(ありがとう)」

 最初は、
「そんな、申し訳ない」
 という仕草をしていたけれど、
「Grazie(グラッツィエ).」
 と何度か繰り返していたら、快く受け取ってくれた。

 掃除してくれたのも、にっこり笑ってくれたのも、とっても嬉しかったんだから。
 気持ち、伝わったかな?

 ホテルからバスで30分ほどでポンペイ遺跡へ。
 添乗員さんが入場手続きをしている間、辞書を片手に看板や貼り紙に書いてあるイタリア語を訳してみた。
「あれは何だろう?」
 Rocky、という大きな文字と、犬の写真。
「ロッキーだって」

 実家で飼っていたマルチーズと同じ名前なので、親近感がわく。
 下の文章を訳すと、
《見つかったら謝礼差し上げます》
「迷い犬だ」

 ここポンペイでは、勝手気ままに1匹で散歩している犬をよく見る。
 野良なのか、それとも自由な飼い犬なのか、と不思議に思っていたが、もしかしたら自分の家に帰るのをすっかり忘れている「半・飼い犬」も混ざっているのかもしれない。

 遺跡の中にも犬は沢山いた。
 屋根のある所で昼寝している。
 2000年も昔に作られた水道管に驚いたりしつつ、私とDちゃんは貴重な建造物そっちのけで犬の写真ばかり撮っていた。歴史より動物が好きな私たち。娼婦の館を指し示す大胆なマーク(どんなものか想像してみよう!)とか、面白いものもいっぱいあったけどね。

 日差しが強かったので、半袖にして正解だった。
 露天商のおじさんは、
「ボウシー! ジュウユーロー!!」
 と日本語で頑張っている。

 私は数年前に100円均一で買った麦わら帽子を持っているので、暑くても平気だ。
 10ユーロ(約1700円)はちょっと高くないかい?
 円安だからそう感じるのか。

 ポンペイ遺跡を後にし、ナポリの方向に戻る。
 現在バスは路面電車と並走中。
 ナポリの車道は石畳の部分や路面電車のレールがあるので、ガタガタ揺れる。
 ゴミだらけの市内に、クラクションのパープー言う音がよく響く。

 昼食はpizza(ピッツァ) Margherita(マルゲリータ)
(トマトソース・モッツァレラチーズ・バジルのピザ)
 日本のものとは比較にならないくらい美味しい!!
 けれども量が多くて半分も食べられない。
 悔しいっ。

 ピザの前に揚げ物やサラダなどの前菜も出たのだが、Dちゃんは一切食べなかった。そして大きなピザを一枚ペロリ。
「全部食べたいと思って、最初から考えていたんだ」
 作戦成功、得意満面。

「日本のと、何が違うんだろう?」
「バターの質が良い気がする」
「バターなんて使うのかな。オリーブオイルじゃない?」
「そうかな」
「それともチーズから染み出る油がバターみたいなんだろうか」
「チーズの味も良いよね」
「『とろけるチーズ』じゃあ、このコクは出ないよ。日本で同じ味のピザを作ろうと思ったら、一体いくらかかるか……」

 つい考えがお金の事になってしまう、しみったれ主婦のり子。
 でも本当に日本で美味しいチーズを手に入れるのは大変なのだ。
 イタリアではありふれた食材なのに。

 Dちゃんがワインを飲みたいと言うので、
「Vino(ヴィーノ) al(アル) casa(カーザ),per(ペル) favore(ファヴォーレ).(ハウスワインをお願いします)」
 と注文。
 まるでイタリア語ペラペラみたいな顔で組み立てたこの文章、実はデタラメ(al(アル)ではなくdella(デッラ)が正解)
 しかしちゃんと通じた。ホッ。

「ああっ」
「どうした?」
「今の注文でワインがビンで1本来ちゃうかも!」

 そう、文法的に間違っているだけでなく、量を指定する言葉が入っていなかったのだ。慌ててお店の人を捕まえる。
「Piccolo(ピッコロ)!(小さい!)」
「Sì(スィー),mezzo(メッゾ).(はい、半分ですね)」

 半分?
 大丈夫だろうか……
 やって来たのは、デキャンタ(ワインを移し替えるためのガラス製の容器)に入った、半リットルの白ワイン。うわあ、piccolo(ピッコロ)なんて曖昧な言葉を使わずに、グラス1杯って言えば良かった。調べないと単語が出て来ないけど。

「ごめんね〜 お勘定が高くなっちゃうかも……」
「良いよ、良いよ。美味しいし。全部飲めないのが残念だな」
 こういう時、母から飲んべえの血を受け継がなかった事に腹が立つ。母なら顔色一つ変えずに全て飲み干すだろう。私はおちょこ1杯が限界の下戸だ。胎内にいた時に一生分のアルコールを摂取してしまったのだ、きっと。

 デザートはティラミス。
 これもクリーム部分がふわりと軽くて絶品。
 別腹にしっかりと収まった。
 そして心配な会計……
 ん?
 ワインを注文した他の人たちと同じ額しか言われない。

「あれが標準の量だったんだね」
「あ〜 良かった」

 午後は国立考古学博物館へ。
 数々のどでかい石像にも驚いたが、何と言っても「秘密の部屋」に感動した。これは性器と性行為に関する出土品ばかりが集められた展示室。その露骨な表現は、ポンペイの娼婦の館を指し示す大胆なマーク(正解は「男性器の形」でした。当たったかな?)以上に見る人の度肝を抜く。

 以前、上野で葛飾北斎展が開催された時、私は数時間待たされて入場し、カンカンに怒って帰宅した。別に混雑がイヤだったのではない。春画(江戸時代のポルノグラフィ)が1枚もなかったからだ。「富嶽三十六景」のようなゾクゾクするほどクールで格好良い風景画や、比類ないデッサン力を感じるたおやかな美人画、そして、
「オッサン、オッサン、ちょっとやり過ぎー!」
 と後ろからどついてやりたくなるような卑猥な春画まで、幅広くこなした所に、葛飾北斎の素晴らしさはあるのに。

「春画は子供に見せられないって言うなら、レンタルビデオ屋のアダルトコーナーみたいに囲いを作って、そこに展示すれば良いのよ!!」
 私は憤慨しながらDちゃんに向かって叫んだ(全く困った妻だ)

 ひるがえってこの「秘密の部屋」
 私の思い付いた「アダルトコーナー」の実現と言っても良いのではないか。
 ああもう、偉いぞ、イタリア人!

 その中に、様々な性行為のパターンを示した絵があった。
 これはポンペイの娼婦の館のメニューだそうで、
「今日はこんな風にしてください」
 とお客が娼婦に注文する訳だ。

 春画も、寝室の屏風に貼って同じ使い方をされていた。
 2000年前のイタリアと、江戸時代の日本の共通点に感激。
 いやまあ、助平な男の人と、それを商売の種にする人の考える事なんて、古今東西変わらないのか。

 私はこの展示室でのべつ幕なしに、
「すごい! すごい!」
 と騒いでいたが、Dちゃんは完全に無反応だった。
 堅物め。

 博物館にいる間に天気が崩れ、スパッカ・ナポリは傘を差しての見学となった。バスを降りた途端寄って来る傘売り。晴れの日は何を売っているのだろう。素早い。治安が悪いと前々から聞いているので、気を引き締める。この時点で一番盗まれたくないものは、お金でも傘でもなく、この旅行記のために書きためたメモ帳だった。泥棒の方でも何の役にも立たないしね。

 並んで歩いてゆくと、ちょうど教会で結婚式があるらしく、花嫁の乗った車が通った。途中、道に落ちていた太いチェーンに引っかかるが、強行突破。ガラガラガラ! 車から降りてどけよう、などとは考えないらしい。
 荒っぽいなあ。

 お店に入ると、ガイドさん(添乗員さんではなく、日本語ペラペラのイタリア人女性)が、
「お金盗られるから気を付けて!」
 と注意。ん? と思うと、「ニュー・シネマ・パラダイス」に出て来た少年トトみたいな可愛い顔のジプシーがこちらを見ている。
 うーん、この子にならお金を盗られても……
 いやいや、この笑顔も商売道具なのだ。
 甘くなってはいかん。

 自由時間をもらったので、Dちゃんと道を歩いてみる。どのお店も小さく、棚には沢山の細かい商品が並んでいる。その様子に懐かしさを感じ、胸がキュッとなった。

 これは……
 どこだろう?

 決して綺麗でも、美しくもない。
 でも何かがある。

 猥雑さ。
 貧しさ。
 たくましさ。

 南イタリア出身のギター奏者のインタビューに、
「初めて上野のアメ屋横丁を歩いた時、何て故郷に似ているのだろうと感動した」
 という言葉があった。でも私はアメ屋横丁のあたりをあまり知らない(よく行くのは美術館の方) もっと広い範囲で、東京の下町に似ているのだろうか。

 あれこれ考え、ハッと気付いた。
 これは、母と伯母たちが娘時代を過ごした、
「戦後の東京の下町」
 だ。もちろん私は直接それを知っている訳ではない。3人が何度も何度も繰り返し話して聞かせた「思い出の中の街」だ。近くに路面電車が走っているのも、チンチン電車(都電荒川線)みたいではないか。

「埼玉は、都電の音が聞こえなくて寂しい」
 といつか伯母が言っていたっけ。

 母たちのふるさと。
 私のふるさと。

 本屋さんがあったので、思い切って入ってみた。外からは小さい店に見えるのに、中はびっくりするほど奥行きがあって広かった。典型的なうなぎの寝床。近くにナポリ東洋大学があるせいか、漢字の本が平積みされていて面白い。全体的に学生街らしい堅めの品揃えだ。店主のおじさんは、

「観光客が何の用だ?」

 と不審そうな目でちらりとこちらを見たが、すぐにもう一人のおじさん(お客という感じではなかった。出版社の営業担当?)との熱い議論に戻っていった。

「やっぱり本屋さんは良いね。すごく落ち着くよ。外国語の本ばかりなのに」
 活字中毒夫婦、読めもしない本からエネルギー吸収。治安の悪い地区にあっても、本屋さんの中だけは聖域のような気がするから不思議だ。

 スパッカ・ナポリは、誰もが楽しめる場所とは言えないかもしれない。派手さのない、単なる古くて狭い路地だ。でも、私は来て本当に良かったと思う。観光地化されていて、予想ほど怖くもなかったし。

 ……と感慨にふけっていたら、
「パーン!」
 広場に大きな音が響いた。

 銃声?
 犯罪?
 テロ??

 ドキドキしながら原因を探すと、なーんだ。子供たちが蹴って遊んでいたボールを、車が踏んで破裂させたのだ。もう、ほんと荒っぽいんだから!

 一度ホテルに戻り、夜は市内のレストランへ。
 ここのラザニアが最高だった。
「上からかかっているトマトソース、そんなにスパイスは使ってないのね。すごくさっぱりしてる」
「うん、これのおかげでチーズのコクとうまみが生きてる」
 海原雄山夫婦の本領発揮。

 実を言うと私はラザニアを作るのが不得意で、何度やっても、
「まずくはないが、あと一歩」
 の仕上がりになってしまう。
 干し魚と漬け物とみそ汁が基本の純和風の家で育った私に、そんなものをこしらえさせようとするのがそもそも間違いなのだ。

 しかしDちゃんは、
「この味を覚えて、家で再現してね」
 なんて恐ろしい事を笑顔で言っている。

「金に糸目を付けなくても良いなら」
「えっ、何で?」
「トマトソースはどうにかなると思う。でもチーズは明らかに日本の安いやつじゃダメ」
「どれくらい必要だろう…… けっこういっぱい使うよね?」
「どうして日本には安くて美味しい国産チーズがないんだろう」
「Q・B・B(日本のチーズ会社)の株を買い占めるか……」

 イタリア料理の美味しさの秘密は、1にも2にも素材の良さだ。
 その最たるものがチーズだと思う。
 これは料理の腕で解決出来るものではない。
 いっそ酪農を始めでもしない限り。

 興味深いものを見、美味しいものを食べ、楽しい1日だった。けれども心には小さな骨が刺さったまま、抜けずにいる。今日の団体行動中、おじさん・おばさんだけではなく、若いカップルたちも、勤務先と仕事内容を教え合っていたのだ。

 私とDちゃん以外がみんなやっていると言って良い。これはツアー旅行の常識なのだろうか。私は強い違和感を覚える。休暇の間は会社や社会の事を忘れていたいという考えは、ここでは通じないのだろうか。

 悩みが高じてとうとうこの日、私は不眠におちいってしまった。慣れない環境、慣れないベッド。それより何より、理解不能な周囲の日本人。

 もうあの人たちと一緒にいたくない……
posted by 柳屋文芸堂 at 11:28| 【旅行記】南イタリア旅行記 | 更新情報をチェックする