2010年06月01日

ど素人南イタリア旅行記(その6)

3−4、南イタリア旅行4日目(5月29日) アマルフィ
 
 カプリ島に行く船に乗るため、5:30起床。
 昨日早めに寝たので睡眠時間は充分なのだが、眠りが浅かったせいでフラフラしている。酔い止めを用意するよう連絡が来るほど揺れる高速船に乗るのに、大丈夫なのだろうか?

 今日もモッツァレラチーズとトマトとパンの優雅な朝食を取ろうと思っていたら、時刻が早過ぎて貧相な品揃えだった。甘いパンと牛乳入りコーヒーで我慢。慌てて荷造りし、バスへ。

 ヌオーヴォ城のすぐそばにある船乗り場には、私たち以外にも沢山の観光客が集まっていた。添乗員さんが電光掲示板をじっと見つめる。

「運航を中止しているみたいだね」
 Dちゃんが英語を読んでくれる。どうやら強風と高波のせいであるらしい。確かに冷たい風がびゅうびゅう吹いている。

「運航が再開されるかもしれないので、少し待ってみましょう。これから1時間、ここで自由時間にします」
 私とDちゃんは団体から逃げるように港を散歩。
 無茶な運転をする車を避けながら、ずいぶん遠くまで。
 Dちゃんにしては珍しく、積極的にぐんぐん進んでいく。

「わあ、綺麗!」
 危険を冒した甲斐あって、ボートの並んだ素敵な場所を発見。
「のり、そこに立ってごらん」
 記念撮影、パシャリ。
 うん、新婚旅行っぽいぞ。

 それにしてもこの風、長袖シャツ・くるぶしまであるジャンバースカート・カシミアショールといういでたちでもまだ寒い。一向に治る気配を見せないセキが悪化しないと良いのだが。

 結局カプリに向かう船は出ず、そのままソレントへ。
 カプリ島にある青の洞窟を楽しみにしていた他の参加者は、すっかり気落ちしていた。私とDちゃんは行っても行かなくてもどちらでも良かったので、問題なし。
 体調があまりすぐれないし、高速船に乗らずに済んでかえってありがたかったかもしれない。

 ソレントでの昼食は魚介類のスパゲッティ。
 ほんのりトマト味で、貝は貝殻が取ってある。
 そのせいかこの手のパスタにありがちな磯臭さがない。
「美味しい」
 貝嫌いのDちゃんが喜んで食べている。びっくり。

 エビとイカのフライや、デザートのケーキも悪くなかったが、私が最も美味しく感じたのは別会計で頼んだレモンジュース。このあたりはレモンの産地として有名なので、ぜひとも味わってみたかったのだ。

「Dちゃんも飲んでみなよ」
 口に含むと、目と眉毛と唇が顔の中央に寄り集まった。
「酸っぱ〜い!」
「甘くない所が私好み」

 ソレントはこぢんまりとした可愛らしい街で、海沿いの景色も素晴らしい。
 息さえしなければ天国のよう。
 けれども肺が空気を求めると……

「ゲホゲホゲホ」
「煙い!!」

 観光バスやバイクの排気ガスで、中心部にはまともな空気がひとかけらもないのだ。ただでさえのどの調子が悪いのに、勘弁してくれ……

 再びバスに乗り込み、世界遺産のアマルフィ海岸をドライブ。
 日差しの変化によって、紺色とエメラルド色の水面が大理石模様に混ざり合う。この様子を実際に見ると、
「世界一美しい海岸」
 というのも誇張ではない気がする。細い道がくねくね曲がっていて、バスの乗り心地はイタリア版いろは坂と言ったところ。
 少々酔う。
 ううう。

「あっ、オート三輪だ!」
 オート三輪とは、その名の通りタイヤが3つ(前1つ、後ろ2つ)の自動車。戦後から昭和30年代にかけて隆盛を極め、その後日本ではほとんど見かけなくなってしまった。タイヤが4つの普通の車の知識さえ満足にない私、当然オート三輪の事も全く知らなかった。3年前、あおばさんという詩人がひょいと目の前に現れて、
「今度、こういうものを作ったんです」
 と小冊子を渡してくれるまで。

 それは彼が編集した、オート三輪についての詩集だった。真っ赤な車の写真が表紙の、丁寧に綴じられた自家製本。その冊子を発展させ、あおばさんは昨年、136ページもある本格的なオート三輪アンソロジー「車輪人間」を詩学社から出版した。
 見上げたオート三輪愛だ。

 その情熱をもらい受けて、私もオート三輪の写真を見たりすると「あっ」と声を上げるようになった。日本では、映画やドラマの中でレトロな雰囲気を演出するのに使われたりする。

 ところが南イタリアの街では、オート三輪は現役で活躍中だった。ナポリでも何度か見かけたし、ここアマルフィ海岸では走っている車の3割がオート三輪と言っても良い。
 道が狭いから、四輪車より小回りが利いて便利なのだろう。

「あおばさんに見せたいなあ」
「ほんと、いっぱい走ってるね」

 アマルフィ海岸はオート三輪を守る聖地なのではないか。
 ファンの人はぜひ巡礼に来て欲しい。

 夕方になる前にアマルフィの街に到着。
 まずは団体で教会を見学。
 素朴な建物で、中を歩くと心がしんと静まり、落ち着いた。聖堂のろうそくには火がともり、観光スポットである前に、信仰の場として生きているのを感じる。

 大声を出してはいけない。
 Dちゃんの耳元でそっとささやいた。

「ヤスノリは、こういう雰囲気に憧れて、歌を歌っているんだろうね」

 ヤスノリというのは高校時代の後輩で、芸大の声楽科に通って勉強を続けている。彼は演奏会でイタリアの古い宗教曲も歌う。その歌声からはいつも「何か」が伝わって来た。けれどもクリスチャンでもなく、キリスト教の知識も少ない日本人である私には、それが何なのかうまくつかめなかった。それでも不思議と、強く魅せられた。

 ヤスノリが古い楽譜のすきまから拾い、歌にして私に渡してくれたのは、教会に満ちるこの雰囲気ではなかったか。信者の生活に必要不可欠な、神様に近い空気。

 直接触れるのは初めてだ。
 でも似たものを知っている。
 例えば実家近くのお稲荷さん。
 パンと稲荷寿司くらいの差があるか……

 教会の見学の後は夕食まで自由時間。
 Dちゃんと散歩に出る。
 色鮮やかな絵入りのタイルが、いくつも外壁に飾られているお店で足を止める。古代からモザイク画(ガラスやタイルの小片を組み合わせて描かれる絵画)を作製していた人たちだけあって、今でもお土産として観賞用のタイルがあちこちで売られている。その中でも、この店の商品は現代的でセンスが良かった。

「ここでDちゃんの実家へのお土産を買おうよ」
「う〜ん」
 旅行の出発前に、Dちゃんの実家からかなり高額のお餞別を受け取っていた(私の母・伯母だけでなく、Dちゃんの親も私たちに甘い訳だ) Dちゃんは特に気にならないかもしれないが、嫁としては、
「何かマトモなお土産を見つけなければ」
 と必死である。
 のんびりDに任せておくと最終日まで何も買わなさそうだし。

 躊躇するDちゃんの腕をつかんで店の中へ。
 Dちゃんは猫の絵が描いてあるタイルをじっと見ている。
 じーーーーっと見ている。
 長いんだこれが。

 そこにある数枚から瑕疵のないものを選び、次はふくろうのタイルをじーーっ。冷やかしなのか客なのか判断付きかねて、店主は困ったようにこちらを見ている。
 日本の店でもこの人はこんなですから。

「イタリア語で『これください』って何て言うの?」
 教えてあげるとDちゃんはレジに向かった。
「Questo(クエスト),per(ペル) favore(ファヴォーレ).(これ、お願いします)」
 2つ買うのに単数形のquesto(クエスト)で良かったかしら、語尾変化は…… と不安に思いつつ、ちゃんと通じたようでDちゃんは無事購入。
 やれやれ。

 私も何か話したくなって、
「Questo(クエスト) è(エ) bello(ベッロ)! bello(ベッロ)!(これは綺麗! 綺麗です!)」
「Grazie(グラッツィエ).(ありがとう)」
 変な日本人だと思われたかな?
 微笑んでくれたから良しとしよう。

「あっ、雨!」
 海のそばだけあって天気の変化が激しい。店に入る前は晴れ間も見えていたのに、店を出ると土砂降りだった。
「雨宿りにさ、bar(バール)(イタリア式喫茶店)に行こうよ!」
 広場に面した入り口に駆け込む。

「イタリアにもウインナーコーヒーがあるらしいんだけど、どこにでもあるメニューなのか、特別なメニューなのか分からないんだよね」
 私は子供の頃からウインナーコーヒーが大好きで、古めの喫茶店に入ると必ず注文する。イタリアのガイドブックにも似たような写真が載っていて、飲めるものならぜひ、と出発前から期待していた。

「聞いてみようかな」
「あっ、あの人たちの飲んでるの……」
 イタリア人らしいお客さん2人が、イタリア版ウインナーコーヒーを手に持ってお店の人と話している。
「おおー」

 さっそく注文。
「Caffè(カッフェ) con(コン) panna(パンナ),per(ペル) favore(ファヴォーレ).(生クリームを浮かべたコーヒーをお願いします)」
 一瞬「?」という顔をされたが、すぐに作ってくれた。
 濃いエスプレッソの上に生クリーム、シュワシュワシュワ。

「どう?」
「ふふふふ〜 期待以上!」
 イタリアのエスプレッソは日本のものと全く違う。
 断然香り高い。
 もう日本の喫茶店でコーヒーなんて頼めないかも……

 カップを返して店を出る時に、店員に声をかけた。
「Molto(モルト) buono(ブゥオーノ).(とっても美味しい)Grazie(グラッツィエ).(ありがとう)」
 最初はあまり愛想の良くない感じだったのに、ちょっぴり表情をゆるめてくれた。
 嬉しかった。

 雨は少々弱まったものの、やみはしない。
 その中を再び進む。
 おっ、本屋さん発見!
「入ってみよう」
 店内をぐるりと見回す。

「豆本だー!」
 てのひらですっぽり包めてしまうくらいの、ケース入りの小さな本。
 5種類ほどある。
「お母さんのお土産にしたいね」
 Dちゃんが言う。
 私の母はミニチュア好きで、特に豆本が大好きだ。

「中を確かめたいなぁ」
 イタリアのお店は客が勝手に品物を触ると嫌がると聞く。特にブランドショップや洋服屋などでその傾向が顕著らしいが、本屋さんはどうなのだろう。

「Posso(ポッソ) vedere(ヴェデーレ)?(見ても良いですか?)」
「Sì(スィー),sì(スィー).(はい、はい)」

 店主のおじさんは快く言ってくれる。
 それではとケースをはずし、そーっとページをめくった。
「わあ、壊しちゃいそう!」
 おじさんは、
「もっと大きく開いて見ていいぞ」
 というジェスチャーをする。
 南イタリアの人らしい、愛嬌たっぷりの動作。
 映画の場面みたい。

「うちの母親には、この花のイラスト集が良いかな…… でもクマも捨てがたい」
 それぞれ違う人が描いた、愛らしいクマ、クマ、クマ。
 クママニアのための豆本。
「こっちはよいこぐまさんのお土産にしたら?」
「ああ、そうだね!」

 よいこぐまさんというのは、友人の詩人、いや「天才詩人」と言い切ってしまいたい。眩暈を起こさせるような言葉を紡ぐ人で、国語便覧に載っている文学者と同じレベルで憧れていたのだが、気が付いたら友達になっていた。一見普通の女性なのに、どこか世界とのズレがある。大きなクマのぬいぐるみを思わせる人だ。
 私とDちゃんはクマグッズを見かけるたび、ほとんど反射的に、よいこぐまさんを思い出す。

「じゃあこの2冊にしよう。Quant'è(クワンテ)?(おいくらですか?)」
 おじさんはケースの底を指差す。
「Mamma(マンマ) mia(ミーア),amore(アモーレ),piccoli(ピッコリ) libri(リーブリ).」

 私は「うちの母ちゃん、愛する、小さい本」のつもりでこの文章を組み立てた。しかし「愛する」は「amore(アモーレ)」ではなく「amare(アマーレ)」(そして正しくは主語に合わせて活用する必要あり) これでは「うちの母ちゃん、愛、小さい本」だ。ちょっと拙過ぎやしないか。

 それでもおじさんはにっこり笑ってくれた。
 イタリア人男性は母親を思う気持ちが強いらしいから、私の言いたい事も分かってくれた…… かな?

「イタリア語体験が沢山出来て楽しかったー!」
 努力した分、喜びもひとしおだ。
 たとえ間違いだらけの文章でも。

 その後、今日の宿泊先「HOTEL(オテル) AMALFI(アマルフィ)」に戻って少し休む。床がタイル張りで可愛い。ささやかながらバルコニーもある。
「ベッドは小さめだけど、おしゃれな部屋だね」
 2人とも今までの中で1番気に入った。

 夕食はバスでレストランへ。
 お昼のレモンジュースが美味しかったのでここでも注文したら、ただの缶入りレモンスカッシュがやって来た。
「不二家じゃないだけマシか……」

 Dちゃんはワインを頼んだ。
 相席になった若いカップルも同じものを注文。
 なのに、
「何でこんなに量が違うの?」

 私はDちゃんの手元のデキャンタを指差しながら、ウェイターのおじさんに叫んだ。
「Grande(グランデ)!(大きい!)」
 おじさんは3つのグラスにワインを注ぎ分ける。
 空になるデキャンタ。
「Ecco(エッコ)!(どうぞ!)」

 いや「どうぞ」って言われても。
 ワインを誰が頼んだかなんてどうでも良いのか?
 それとも私の言葉が足りなかった?
 お会計はどうなる?

「よく分かりませんねえ」
 若いカップルと笑い合う。
 気さくな感じの人たちだったのでホッとしていると、
「お二人はどちらにお勤めなんですか?」
 もう、すぐこれだ!
 勤め先の分からない人間とは一緒にいたくないのだろうか。

 ちょっとムッとしていると、Dちゃんは優雅に微笑みながら答えた。
「今は旅行中ですので、プーという事で」
 よく言った、慇懃無礼が世界一似合う男よ!

「す、すみません! 酔っているんで許してください」
「そう言えば、これ、飲んじゃったけど……」
「ああ、こっちが頼んだワインじゃないのに!」
「いえいえ、どうぞ」

 その後は、イタリアのテレビの話など、楽しくおしゃべり出来た。私たちはテレビを見る習慣がないのでホテルでも一切スイッチを入れなかったが、二人は幸運にも(?)イタリア版ゴレンジャーを見る機会があったそう。

「風景は日本みたいなんだけど、マスクをはずすと中身はイタリア人なんですよ」
「人が出て来る部分だけ合成しているんですかねえ」
 うーん、羨ましい。

 パスタに入っていたフジツボ付きムール貝に驚いたり(パスタは美味。少し磯臭かったかな。フジツボは食べません)、鯛のトマト煮と一緒に出たサラダのしょっぱさに舌をしびれさせたり(でも鯛によく合っていた)、3日連続のババの甘さに思わずカプチーノを頼んだり(二つそろって完成形)、いつも通り大満足の食事。
 ツアーと言っても料理は全く問題ない。

 店を出る時、
「Cappuccino(カップッチーノ) è(エ) Molto(モルト) buono(ブゥオーノ).(カプチーノがとっても美味しい)」
 そう言って、ワインを運んでくれたウェイターのおじさんとガシッと握手した。彼の名前はジョバンニ(いつの間にかそう呼ばれていたけど、誰かが尋ねたのだろうか?) 何だか憎めない人で、ツアー客全員が握手していた。
 結局ワインの会計は同じ額。
 量は適当なのね。

「わあ、見て!」
 海の上に月が出ている。
 水面には光の帯。
 食事中、3回ほど豪雨の音を聞いたのだが、今は幸い晴れ。
 街の夜景も美しい。
 岸壁に張り付くようにして建つ家々からこぼれるともしび。

 部屋に戻る前にホテル近くの雑貨屋で水を買った。
 閉店間際だったので、
「Posso(ポッソ) entrare(エントゥラーレ)?(入っても良いですか?)」
「Sì(スィー).(はい)Prego(プレーゴ).(どうぞ)」

 急がなくちゃ!
 うーん、大きなビンの水しかないよう。
 困っていると、お店のおじさんが声をかけてくれた。

「Acqua(アックア)?(水?)」
「Sì(スィー).(はい)」
「Piccola(ピッコラ)?(小さいの?)」
「Sì(スィー),piccolo(ピッコロ).(はい、小さいの)」
「Naturale(ナトゥラーレ) o(オ) gassata(ガッサータ)?(炭酸なし、それとも炭酸入り?)」
「Naturale(ナトゥラーレ).(炭酸なし)」

 最後の2行、ラジオのイタリア語講座のテキストにまるっきり同じ問答が出て来たよ! 実際に使えるなんて。
 おじさんは小さいペットボトルの炭酸なしミネラルウォーターを出してくれた。私は心から感謝する。
「Grazie(グラッツィエ)!(ありがとう!)」

 急いでレジに向かう途中、Dちゃんが何かを指差した。
「これは……!」
 イタリアのお菓子、タラッリ。
 食感は乾パンに似ており、豚のしっぽのようにくるりと巻いてある。オリーブオイルの香りと塩味が利いていて、乾パンの100倍は美味。日本では成城石井に2種類(プレーンと玉ねぎ味)があるきりだが、ここには様々な種類がある。うわあ、選んでる時間ないのにぃ。

「ど、どうしよう…… こ、これにしよう!」
 トマトやにんにくなど、色々な野菜が描いてある袋を手に持った。
 全部混ざっているみたいだから。

「Questo(クエスト),per(ペル) favore(ファヴォーレ).(これ、お願いします)」
 レジを〆てお札を数えたりしている所だったので、ちょっとイヤそう。
 ごめん、私も似たような仕事をしていたから、気持ち分かるよ。
 それでもまあまあ快く会計してくれた。

「やったね!」
「本場のタラッリだ」

 ホテルに帰ると、Dちゃんはお風呂に入り、私は風邪薬を飲んで早めに寝た。雨のせいか体調のせいか、寒くて仕方ない。
 ぶるぶるぶる。
 おやすみなさい。
posted by 柳屋文芸堂 at 11:27| 【旅行記】南イタリア旅行記 | 更新情報をチェックする